エピローグはまさかのロンドン編でした。
第2回です。
fate/zeroのあの人のif設定な過去が語られます。
「さて、アンドリュー。僕が今や都市伝説と化している理由は何だったかな?」
クロウリーはいかにも高級そうなアンティークチェアに腰かけながら言った。
「協会が封印指定に失敗したからだろう?」
「そうだ。表向きはね。だが、その話には続きがある」
クロウリー邸の応接室には3セットのティーセットが運び込まれ、私と凛にダージリンのファーストフラッシュが供されていた。
ブラックティーは実に完璧な抽出具合だった。巨大なスピーカーからは長大なブルックナーの9番のシンフォニーが流れていた。
クロウリーはブラックティーを啜りながら精緻に絡み合うベルリン・フィルの合奏に耳を欹てつつ言った。
「うむ。素晴らしい。最晩年のギュンター・ヴァントはいつ聞いても完璧だった。彼も鬼籍に入ってしまったが実に残念だ。
エイミヤキリツグがすでに没してしまったのと同じようにね」
「それで?話の続きは?」
「おっと。失礼。魔術協会は僕の封印指定に失敗したが、執念深い協会がそれで手打ちにするわけがない。
そう睨んだ僕はエイワスを時計塔に放ち、その後の協会の動向を探った。
僕の予想は大当たりだった。封印指定に失敗した協会は僕を封印指定する方針から抹殺に方向転換していた。
頼みの封印指定執行者も退けられた魔術協会が最後に頼ったのが魔術師殺しの異名をとったエミヤキリツグだった」
凛が驚きの表情で私を見た。彼女が知っている衛宮切嗣はその義理の息子である士郎を通じて聞いた、頼りないが優しい
父親としての側面だけだ。魔術殺しなどという物騒な二つ名を持っているのは驚き以外何物でもあるまい。
衛宮切嗣の名前をだすとクロウリーの表情は綻び、やがて高笑いを始めた。
「彼との思い出は……実に楽しい。思い出すと気分が高揚してしまう。
最高にハイってやつだ。
――その年は聖杯戦争の前年でエミヤキリツグは聖杯戦争に向けて着々と準備を進めていた。
忙しかろうと思ってね。自分から赴いてやったよ。彼が逗留していたアインツベルン城にね」
こうしてクロウリーの長い思い出話が始まった。
「アインツベルン城の入口、アインツベルンの森に立った僕はまず、森に張り巡らされた結界の解析を始めた。
実に寒い1日だったが、その寒さも僕のこの高度な能力を鈍らせることはなかった。
解析を終えた僕はアイツベルンの森の結界を突破、アイツベルン城の扉の前に立った。
扉の前に立つと僕は、ハムレットを演じるケネス・ブラナーのように朗々と響き渡る声でまずこう言った。
『Pigs, pigs, little pigs. Let me come in?<小豚さんたち入れておくれ?>』
返答がなかったので、勝手に扉を開けた。
その瞬間グレネードが炸裂したが、そんなものが僕の物理保護障壁を突破できるはずがない。
悠々と入り口を通過した僕は、城内にエイワスを放ち、キリツグの居場所を探した。
すぐに見つかったので、そのまま一直線に彼の元に向かった――
――彼の元に向かう間も様々なトラップが襲いかかって来た。
C4にクレイモア地雷。確実に奴は僕を殺しにかかっていた。
感心したよ。犯罪者でもない僕をこれほど強い意志を持って殺しにかかれるんだ。
もともと、わざわざアインツベルン城まで赴いてやったのはエミヤキリツグという人間に興味があったからでも
あったが、ますます彼に興味を持った」
クロウリーは尚も続けた。
「いくつかのトラップを突破し、僕はエイワスが探知したキリツグの近くまでたどり着いた。
『エミヤキリツグ。お客人だ。もてなしはこれだけか?』
僕がそう言い終わるや否や、彼は物陰から飛び出してくると『あなたを殺してもよろしいですか?』の1言もなく、
サブマシンガンを掃射してきた。だが、勿論そんなものは僕に通じない。
奴の掃射した9mm弾丸は僕の障壁に僅かな綻びすら作ることが出来なかった。
悠々と奴の急襲をかわした僕だが、その1瞬後に僕の頭に違和感がよぎった。
『おかしい。簡単すぎる』とね」
私は同意して言った。
「確かにそうだな。クレイモア地雷やC4でも突破できなかった君の物理保護障壁を9mm弾の掃射ぐらいで貫けるはずもない」
クロウリーは私の感想には何の反応も示さず続けた。
「僕の灰色の頭脳はすぐにその違和感の正体に気づいたよ――
――奴はサブマシンガンを左手に持っていたんだ。
アンドリュー、君ならばその意味が分かるよな?」
「フルバーストで火を噴くサブマシンガンを左手に持っていたら、
空薬莢が顔の前を通過して邪魔で仕方ない」
「そうだ。そして僕は、奴が右手に巨大な競技用の中折れ銃を持っていることに気づいた。
当たりもしないサブマシンガンの掃射はなぜだ?
近代兵器に精通したキリツグがクレイモア地雷やC4で突破できなかった僕の障壁を貫けると思っているはずがない。
では、なぜ奴はサブマシンガンを掃射した?
僕に障壁を張らせるためだ。
障壁を突破するためじゃない。
右手にもったコンテンダーが切り札。サブマシンガンは止めに移る前の布石だ。
そう判断した僕は、奴が弾切れしたサブマシンガンを捨てて、右手の中折れ銃を引き上げた瞬間、障壁を解除してすべての魔力を身体強化に回した。
銃口の角度からある程度の弾道は推測できる。
奴が引き金に指をかけた瞬間に弾道を計算した僕は、見事に奴の切り札をかわした。
切り札を見切られたこと、魔術師の僕に接近戦を挑まれたこと。
2重の想定外の事態に虚を突かれて唖然とする奴に全力のレバーブローをお見舞いしてやった。
カウントの必要もない完璧なノックアウト勝ちだった」
クロウリーは一度息をつき、ブラックティーを一口飲むとさらに続けた。
「僕は奴の意識を刈り取ると、ファイトの相手からチャット相手へと切り替えるために治癒魔術を施した。
僕の高度な治癒魔術はもちろん効果覿面だった。すぐに目を覚ました奴に僕は言った。
『おはよう。キリツグ。ケリィと呼んでもいいかな?』
奴はいぶかしげな表情で言った。
『お前は、僕のことをどこまで知ってる?』
僕は言った。
『その気になれば何もかも』
『僕にご丁寧に治癒魔術までかけて目を覚まさせた理由は何だ?』
『君に興味がある。キリツグ。このような魔術師の誇りを欠片たりとも感じさせない戦い方をする君が典型的な魔術師の
アインツベルンの雇われになってまで聖杯を欲する理由は何だ?』
『僕は魔術師だ。魔法の成就を願うのは当然だろう?』
『おお!ケリィ!勘弁してくれ!……そんなつまらん嘘が僕に通じると本気で思っているのか?』
奴は観念したらしく言った。
『その呼び方だけはやめろ』
――そのあとは……ああ、本当に最高だった!
初恋の人を眼前で失い、自分の父を止むえず殺し、母親代わりだった人物もやむを得ず殺した凄惨な少年時代。
『魔術師殺し』として悪名を馳せたそのルーツ。そして、やがて世界の恒久平和を望むようになり、聖杯に求めていること。
シェイクスピアが全力で通俗小説を書いたかのような実にドラマチックで美しい物語だった」
凛の表情は明らかに険しいものになっていた。切嗣の義理の息子の士郎は、凛の大事なパートナーだ。
そして彼もまたすべての人の幸せを願う歪な思想を持っている。そのルーツは父にあったわけだ。
「結局僕は、キリツグと握手してその場を離れ。最後の切り札も通じなかった魔術協会は僕と相互不干渉の契約を交わすことになった」
「エミヤキリツグの願いについて君はどう思ったんだ?」
「願い自体は退屈だな。恒久平和が叶った世界など退屈きわまりないものに違いあるまい。
だが、それでもいいと思った。全人類が等しく退屈するんだ。公平でいいじゃないか。
それに、まがい物の聖杯でそんな願いが到底かなうとも思えなかった」
「それで、エミヤキリツグとこの事件はどう関係している?」
「これだ」
クロウリーは懐から1発のライフル弾を取り出した。
「キリツグが生前に使っていた礼装だ。紳士的にお願いして1発譲ってもらった。思い出にね。
成分はキリツグの肋骨をすり潰したもの。
これが着弾すると被弾者の魔術回路にはキリツグの起源である『切断と結合』が効果を発揮する。
魔術回路がズタズタに引き裂かれ、出鱈目につなぎ合わされるんだ。
君が追っている事件の被害者は魔術回路があり得ない形に変形していたが、
彼の礼装、本人は『起源弾』と名付けていたそうだが、それが効果を発揮すればこうなる。
犯人は起源弾を入手したか、あるいは解析し、複製して犯行に使った。
生前のキリツグはごく限られた人間にしか礼装の正体を明かしていなかったそうだから、犯人は生前の切嗣と何らかの因縁があったのだろう」
「そういう人物の見当はつくか?」
「僕には見当がつかんが、知っていそうな人物なら知っている。
君も良く知っている人物だ」
あと2回ぐらいで完結します。