Fate/in UK   作:ニコ・トスカーニ

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異能

 今回の聖杯…いや『聖杯のできそこない』についてその後私はさらに

時計塔の名講師から受けたありがたいレクチャーを伝えた。

 

 本来聖杯は何十年もその土地のマナを吸い取り、さらに英霊という巨大な魔力の固まりを7つ焼べることで初めて正しく成立する。

 

 この土地、移民によって形成されたニューヨークは

その成り立ちから、神秘が極めて薄く霊地としての価値は限りなく低い。

 

 そんな土地の――それもマンハッタン一帯だけに限られた貧弱なマナを、

ほんの2年吸い取ったところでたかが知れているが、あのホムンクルスの少女は

器の小ささ故にそれだけでほぼ魔力が満たされた状態にある。

 

 あとは平均以上の魔力の持ち主がありったけ、保有魔力を注いでやれば

完成するわけだ。

 

 彼女、アンナ・ロセッティの魔力量は並の魔術師を遥かに凌駕している。

うってつけだ。

 

 対して、私に聖杯のレクチャーをしてくれた、時計塔随一のカリスマ講師は

魔術師として自身が凡庸である事にコンプレックスを感じている。

 きっと彼女の持つ才覚を羨ましく思うだろう。

 

 その1方でアンナは魔術の研究になんの価値も見出していない

 物質主義者で徹底的なリアリストだ。

 求める者に才能を与えず、そうでない者に才能を与える

 神とは実に気まぐれなものだ。

 

 私はレクチャーを続けながら

 そのような考察を同時進行させていた。

 我ながら意外と器用な真似ができるものだ。

 これなら半世紀後も、その日の朝に何を食したかぐらいは

覚えていられるかもしれない。

 それより大きな問題はそれまで私の命が続くかなのだが。

 

 その後短い質疑応答があり深夜0時に昨日地下に潜った

レキシントン・アヴェニュー59丁目で落ち合うこととなった。

 

 私と士郎は仮眠をとるため一旦ホテルに戻ることにした。

 途中空腹を覚えたため、ハドソンストリートまで歩いて評判のベンダーに行き、

ロブスターロールとクラムチャウダーを購入した。

 

 1本16ドルはベンダーで購入する飲食物としては

 法外に高いが、味は確かだ。

 それに大きなヤマを踏む前なのだ。

 これぐらいの贅沢はしておかないときっと後悔することになる。

 

 私と士郎は、ワシントンスクウェアパークのベンチで並んで

ロブスターロールとクラムチャウダーを食した。

 

 夏のニューヨークは昼間焼けるように熱い。

コンクリートの照り返しが容赦なく肌を焼く。

 

 我々の隣のベンチでは、体重300ポンドは軽く超えていそうな

暑苦しい二人組がダイエットの話をしながら

ポークチョップを貪り、ダイエットコークを飲んでいた。

 

 その2人をみて私は呟いた。

 

「米国人は共食いをする習慣があるのか」

 

 士郎が不思議そうな顔をして尋ねた。

 

「なんの話だ?」

「いや、なんでもない。それより味はどうだ?」

「シンプルな味付けだけどうまいぞこれ」

「そうか、それは良かった。最後の食事になりかねんからな」

「縁起でもないこと言うなよ…」

「そうだな、僕は戻って毎晩エミールのホテルの前に立ち小便をしていく

不届き物を捕まえるという重要な任務をこなさなければならない。

捕まえたらエミールから10ポンド貰えるんだ。

それに君も五体満足で帰って早く凛とベッドの上で裸のアマチュアレスリングに興じたいだろう?」

 

 士郎は赤くなって言った。

 

「な…!昼間からなに言ってんだよ、あんた!」

「なんだ、赤くなって。それとも彼女を思い出してエレクトしたか?

待っていてやるからその辺で一回ヌいてくるといい。溜めすぎは体に良くないぞ」

「するわけないだろ!」

 

 その後、士郎からは凛に対する愚痴

――主にその暴力的な行動や素直でない性格についてのものだったが

を聞かされることとなったが私にはそれらの話はただの恋人同士の

微笑ましい惚気話にしか聞こえなかった。

 

「しかし、シロウ。リンが素直でないというのは僕にはよく解らんな。

僕から見れば、君もリンも素直でいい子だぞ」

「あんたが捻くれすぎなんだよ」

「なるほど。一理ある」

 

 30分ほど士郎の話を堪能した後、最後の念押しとして私は尋ねた。

 

「シロウ、最終確認だ。

君は今日の件について納得していると思っていいんだな?」

 

 士郎は私の眼を真っ直ぐ見据えて言った。

 

「ああ、もう迷いはない」

 

 そこに昨晩見せた苦悩の面影はなかった。

 

「そうか、なら安心だ。君が大人になってくれてアンドリューおじさんは嬉しいよ」

 

 そう言うとカップの底にわずかに残った溶けた氷の味しかオレンジジュース

で喉をうるおし、我々2人はそこを立ち去った。。

 

×××××××××××××××××××××××××××××××××××

 

 午前0時ちょうどに私と士郎が集合場所につくと、すでにアンナとパトリックが

待っていた。

 それから我々4人は一言も口にせず目的地に向かった。

 

 今回はアンナが先導した。

 自ら仕掛けた探知用ルーンの発する魔力のビーコン信号を

たどり彼女は迷いなく我々を目的の場所に誘導した。

 

 少女は変わらず眠っていた。

 

「さ、やるか」

 

 彼女はいかにも気の進まない様子で

――当然だ、人の形をしたものを切り開こうというのだから――

ファイティングナイフに強化を施して少女の前に屈みこんだ。

 

「悪いな。あんたには何の罪もないが…怨むならあんたを作った造物主を怨むんだね。

次はディズニーのマスコットキャラにでも生まれてこられる事を祈るよ」

 

 そう言うと彼女はナイフの切っ先を少女の体の中央に突き立て――

飛び出してきた人物によってはじかれた。

 

 アンナは距離を取って言った。

 

「何のつもりだ坊や」

 

 士郎は少女の前に立ちふさがり私が念のために持たせた長さ24インチの

モリブデン鋼製スティックに強化を施し構えていた。

 

「ロセッティさん。どうしてもこの方法をとるっていうなら、

俺はあんたを止めるしかない」

 

 その時私は理解した。

 今日の昼見た士郎の表情は「我々の方針に従う事を納得した」表情ではなく

「我々の方針に従わない事を決意した」表情だったということに。

 

「時間がないんだ、力づくでもそこをどいてもらうよ」

 

 アンナはそう言うと両腕から胸に広がる巨大な刻印を解放させた。

 彼女の体を巨大な魔力の奔流が覆う。

 士郎との距離はおよそ20フィート、彼女なら一足飛びで飛びこめる距離だ。

 

 身体強化を施し、士郎の間合いに飛び込む。

 士郎は得物のリーチを活かして防戦に回る。

 よほど良い師に恵まれてきたのか、相当な修羅場をくぐり抜けたか

それともその両方なのか。

 士郎は受けに徹することで、アンナの嵐のような斬撃を受け流していた。

 

「止めなくていいのか、あれ?」

 

 呆気にとられていたパトリックが我に返り私に尋ねる。

 

「メイウェザーを1ラウンドでマットに沈められるような怪物の戦いに割って入る勇気は

僕にはないね」

「いや、でもよ」

「下手に手を出せば逆にシロウを傷つけかねない。ここは彼女に任せよう」

 

 健闘を見せていた士郎だが彼我の実力差はあまりにも大きい。

 やがて彼はアンナの攻撃を捌ききれなくなり、体の各所に傷を作りはじめた。

 そして何十合目かの斬り合いで、士郎は得物をアンナに真っ二つにされ――

鳩尾と顎に強烈な連打を食らった。

 

 士郎は吹っ飛び、床にうずくまって悶絶した。

 

 それを見ていたパトリックは小さく悲鳴を上げた。

 パトリック、君には心の底から同情するよ。

 

「坊や、なんのつもりか知らないがこれ以上邪魔するなら

もっと荒っぽい手を使わざるを得ないよ」

 

 アンナはそう忠告すると、ホムンクルスへと近づいて行った。

 

 士郎の目はまだ死んでいない。

 

 私は彼の本質を読み違えていたことに後悔しつつ言った。

 

「シロウ、もうよせ。前にも言ったが時には何かを切り捨てなければ

いけないこともある。

君が今やっていることは無駄でしかない」

 

 士郎が歯をくいしばり立ちあがる。

 明らかに彼は諦めていない。

 

 彼の醸しだす空気が明らかに変わった。

 

 アンナが身構える。

 

「……投影、開始(トレース・オン)

 

 士郎が詠唱する。

 彼が使えるたった2つの魔術の内の1つ―投影をするつもりらしい。

 投影品を手に彼はアンナに突っ込む。

 

  ――まさか投影品で戦うつもりか?

 ――それとも武器を失って血迷ったのか?

 

 次の瞬間私の目の前には想像を遥かに超えた事態が

繰り広げられていた。

 

 士郎が振るった

――信じがたいことに宝具としか思えない巨大な神秘が込められた――

白と黒の中華風の剣は強化を施したアンナのファイティングナイフを

粉々に砕いていた。




ようやく長い貯めが終わりました。
次回、クライマックスです。

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