Fate/in UK   作:ニコ・トスカーニ

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第3部です。
fate/zeroのあの人が出てきます。


検証

「とりあえず今はこの場から離れよう」

 

 私がそう言うと、

アンナが地上から少女の位置を捕捉するために手早くルーンの仕掛けを刻んだ。

 そして、我々4名は彼女をできるだけ刺激しないようにそっとその場を辞去した。

 

 地上に出ると安堵感からか皆空腹を覚えた。

 

 店探しの過程で私とパトリックの間にささやかな議論が起こった。

 "M"の黄色い看板の店を主張するパトリックと

 人間の食物を求める私との間にはゆるやかな敵対関係が確立された。

 

私は、

「駄目だ、あの豚の餌で空腹を満たすのは避けたい。少なくとも今日はな」

と主張したが、それに対して彼はささやかな疑問を呈した。

 

「あれが豚の餌なら、お前ら英国人が普段食っているものはなんだよ?」

 

 我が国の貧弱な食文化に深い遺憾の意を覚えながら私はこう返した。

 

「あれは、豚でも食べ残す餌だ」

 

 およそ20分後、我々はミッドタウンイーストの深夜営業している

ハンバーガーショップに入り、夏の蒸し暑い夜のテラス席で

陰気な顔で額を寄せ合いハンバーガーとチップスを貪っていた。

 

 入店の際、店員は我々を見てあからさまに嫌そうな顔をしていたが

(下水を通ってきたばかりの人間など世界中どこの店も歓迎するまい)

アンナが話すとあっさり入店できた。

 

彼女は「とびっきりのスマイルでお願いしただけだよ」

と嘯いていたが……魔術を使ったな。

 

 テラス席を選んだのは他の客に対するせめてもの気遣いだった。

 

「簡潔に解析して分かった事実だけを言おう」

ジューシーでフレッシュなバーガーを砂糖の塊のようなドリンクで流し込んで

私は解析内容を話した。

 

 彼女の体、おそらく心臓が魔力をくべる炉として働いていること。

 精製されておよそ2年から3年ほどで、その間マンハッタン中のマナを

少しずつ取り込んでいったこと。

 

 容量が満たされる直前だが入れ物としての完成度が低く、

早く魔力を充填させて完成させないと中身が溢れだして惨事を引き起こす

可能性があること。

 

 眠っている間は、回路自体が閉じてしまい外からだとわずかにもれだしてくる

極めて微弱な魔力しか感知できないこと。

 

 私が話終わるとパトリックが質問した。

 

「つまり…1言で要約するとin deep shit<クソ溜まりに深く突っ込んでる>ってとこか」

「君は本当に語彙が豊富だな」

「当然だろ。何せ俺は大学中退だからな」

「僕は中卒だが、君よりは語彙が豊富な自信があるぞ」

 

 その後、解決のためパトリックとアンナはマンハッタンの地下にホムンクルスが

何故居住しているのか情報収集を、私は聖杯を理解するためのリサーチを担当することにし、その日は解散となった。

 

 その間もずっと士郎は何かについて思いつめたような表情をしていた。

 

××××××××××××××××××××××××××××××××××

 

 私と士郎があてがわれた宿泊場所はセントラルパークにほど近い

中級の小奇麗なホテルだった。

 

7月、ハイシーズンのニューヨークでこのクラスのホテルとなれば

1泊200ドル以上というところか。

 

 今回は自分の懐が痛まないとはいえ、

ニューヨークの宿泊施設の高さはいつも私をうんざりさせる。

 

 JFKからホテルに送っておいた荷物をほどき熱いシャワーを浴びる。

 時刻は午前0時を示すところだった。

 完全に夜型の私にとってこれからが最も活動的になる時間だ。

 

 まずは身近な気になることから解決だ。

 私は隣の部屋をノックした。

 

 隣の部屋の主、士郎はまだ起きていた。

 

「もう寝るところだったか?」

「いや、大丈夫だ」

「ならば少しいいかい?」

 

 10分後、私と士郎は共に帰りにデリで買ってきた

油とチリソースの味しかしないバッファローウィングを

バドワイザーで流し込んでいた。

 

 合計16ドル、安上がりな買い物だ。

 

 私の一緒に飲もうという提案に士郎は当然のごとく反対した。

 

「俺、未成年だぞ?」

「シロウ、安心しろ。バドワイザーはビールであってビールではない。

炭酸入りの小便でも飲んでいるんだと思えば問題あるまい」

「そんな表現をされて飲みたくなると思うか、普通?」

 

 結局士郎は諦めて私に付き合うことにした。

 やはり人間は素直が一番だ。

 

 目的を果たすために、私から会話を展開させる。

 もともと、この少年はそれほど饒舌な方ではない。

 私は良い聞き手に徹することで彼の言葉を引き出すようにした。

 

 最初はあまり当たり障りのない話、たとえば今日初めて会った2人

についての感想などを尋ねていた。

 

「2人とも、陽気で気さくな人だと思ったよ」

「野卑で無遠慮だとも言うな」

「あんた、そんなことばかり言ってて悲しくないのか?」

「全然。参考までに、僕が最近最も悲しいと思ったのは

ケイティ・プライスが豊胸手術を受けていたという事実に対してだね」

 

 そんな風にして我々は話をした、初めて訪問したニューヨークの事。

 士郎の日本でのスクールライフ、亡き養父の想い出話……。

 

 彼の養父、衛宮切嗣は荒くれ者がひしめく我々の業界でも特に悪名高い、

「魔術師殺し」と呼ばれたとびきりの荒くれ者だったが、

士郎の記憶の中の衛宮切嗣は家を空けている時間が多いことを除けば、

少し頼りないが優しいごく普通の父親だった。

 

 衛宮切嗣の風評について彼に話そうかどうか私は再び迷っていたが、

結局話すのをやめた。

 思い出は美しすぎるぐらいがちょうどいい。

 

 アルコールの力も手伝ってか彼はいつも以上に饒舌だった。

 しかし、私はしばらくして彼の話が巧妙にある1点に向かうことを

避けているという事実に気が付いた。

 士郎が2本目のビールを飲み干したところで私は意を決して

そこに切り込むことにした。

 

「シロウ、君はホムンクルスとの間に何か因縁があるのか?」

 

 私の問いかけに、彼は一瞬驚いた表情を浮かべ

――やがてその表情は苦悩を帯びたものへと変化していった。

 

「答えてくれ。こいつを答えてもらった上で態度をはっきりさせてもらわないと

現場に同行させるわけにはいかない」

 

 やがて士郎は絞り出すようにこう答えた。

 

「救えなかったんだ……」

「ホムンクルスをか?」

「そうだ、俺の目の前で命を落とした。

年も背格好もあの子と丁度同じくらいだった」

「そうか。だがあれは人間ではない。

儀式のために作られた道具だ、たとえ聖杯としての機能をどうかしたところで

どの道長生きはできんし、そもそも自我があるかすらわからん。

もっとも聖杯として完成させたところで、

あの規模では願望器としての機能など皆無に等しいだろうがな」

 

 士郎は私の言葉をうつむいたまま聞いていた。

 

「なあ?」

「なんだ?」

「目撃された白い亡霊ってきっとあの子のことなんだよな?」

「ああ、間違いないな。Scousers<リヴァプール人>が全員泥棒というのと同じぐらい確かだ」

「あの子は地上に出て何してたんだ?」

 

 いい質問だ、私がナショナルギャラリーの学芸員で

相手が団体見学の小学生なら間違いなくそう言うだろう。

 

 しかし、相手はもうすぐ20歳になろうという若者で

私はヤクザな魔術使いの便利屋だ。

 

 あまり愉快ではない推測を私は話した。

 

「空腹で生ゴミでも漁っていたんだろう。

活動している以上、ホムンクルスでも排泄するし食事もとるからな」

「……!なら彼女は……!」

「違う、君は誤解している。それはあくまで本能に基づいた行動だ。

自我があるのとは違う。もう1度言うが、あれは破裂する寸前の爆弾みたいなもので

魔力を満たして降ろす事が誰にとっても最善だ。わかるな?」

「だけど……」

「違う、答えはイエスかイエスだ。」

 

 念押しで付け加えた私の言葉を反芻し

 

「ああ」

 

 そう一言彼は言葉を返した。

 

 その後、また彼とは他愛のない話をした。

 日本のスクールライフのこと、凛のslipped(うっかり)エピソード

どれもティーンらしい無邪気な話だった。

 士郎の様子にはもう暗い影は見られなかった。

――これで目的は果たしたか――

6パックのビールを空にすると私は辞去することにした。

 

××××××××××××××××××××××××××××××××××

 

 部屋に戻ると私は同じくデリで購入してきた

フォアローゼズをロックグラスに注ぎ、煙草に火を点けた。

 私はバーボンを好まないがフォアローゼズは好きだ。

 なによりもその安い値段が気にっている。

 味はともかく。

 

 時刻は午前3時。

 ロンドンは午前8時か、起きているかは微妙だな。

 

 私は件の人物の安眠を妨害してしまう可能性を知りながらも、

モバイルフォンを手に取った。

 

6コール目――

丁度人が掛け直すことを覚悟し始める段階で通話がつながった。

 

「はい<Hello>」

 

 明らかに起きたての声で目的の人物は電話にでた。

 私は彼の目覚めを良好なものとするため飛びきりのウィットで言った。

 

「ロンドンにいる万屋の魔術使いの中で一番のハンサムガイは誰だ?」

 

 電話口の向こうから小さな唸り声が聞こえる。

 いつも不機嫌そうな表情を顔に張り付けている彼だが、きっと今この瞬間

いつも以上に不機嫌そうな表情をしているに違いない。

 

「……アンドリュー・マクナイト」

「大正解」

 

 電話口から大きなため息が1つ聞こえた。

 

「……いったい何の用だ」

 

 電話の主、ウェイバー・ベルベット改め

ロード・エルメロイⅡ世は続けて短くそう答えた。

 


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