他の物書くのに忙しかったもので。
UKのタイトルがついてますが、基本この小説は色んな所に行きます。
今回はローマとバチカンが舞台です。2022年の12月に行ってきたのでその体験も織り交ぜてます。
あらすじ
ロンドンを拠点とする万屋の魔術使い、アンドリュー・マクナイトは旧知の魔術使いルカ・フィチーノから調査の依頼を受ける。
金に困った友人の若き天才魔術師・遠坂凛を助手として雇ったアンドリューは彼女を伴い、一路イタリア・ローマへと渡る。
ローマでルカと合流したアンドリューと凛に告げられたのは「魔術協会も掴んでいないが、ここ数年で悪魔付きと見られる事象がイタリア、特にカトリックのおひざ元である
ローマで劇的に増加している」という事実だった。
アンドリューと凛はルカの案内を伴い、悪魔付きが急増した理由について調査を開始する。
これは信仰と魔術についての事件の記録である。
羅馬
「まるでロンドンみたいだな……」
降り立って頭に浮かんだのはまるで不相応な感想だった。
永遠の都、ローマ。
ロムルスの建国神話に始まり、大帝国ローマによる繁栄の面影を色濃く残すこの首都はその大げさな敬称がよく似合う。
案内人と待ち合わせているローマ・テルミニ駅前の
「イタリア」と聞いて反射的に思い出す陽光を浴びた美しい景観とは相反する、排ガスとゴミと人々の混雑が織りなす光景。
だがこれもまたイタリアだ。「ナポリを見て死ね」との格言で知られるナポリもゴミの投棄が問題になっており、歴史と自然が織りなす美しい景観と処理されるべきゴミが同居している。
雑多な人種と多くの車両と排ガスが織りなす大都市の都市景観はロンドンもローマも大差なかった。
冬のローマは雨が多い。そして、雨が降り出すとまるで錬金術師のフラスコからホムンクルスが湧き出すように傘を売る物売りが湧き出してくる。
助手として連れてきた遠坂凛はローマの流儀に慣れていない。
物珍しいのか、物売りを目で追っていた。
アラブ系の傘売りがすかさず彼女に近づいてきた。
「美しい
この国の人間は率直で、距離の縮め方が早急だ。加えて、彼らはこちらがイタリア語を話せるかどうかと言った些細なことを気にしない。
戸惑う彼女に変わって私が答えた。
「ありがとう。傘は差さない主義なんだ」
半分アジア人で半分ヨーロッパ人の私は、アジア人に見られる場合とヨーロッパ人に見られる場合がある。
今回は前者だった。
アジア人に見える人物が英語以外のヨーロッパの言語を流ちょうに話すと、驚きを持って迎えられることが少なくない。
「お兄さん、イタリア語上手いね。」
「君もな」
男はレバノン生まれだが少年時代に移民して、イタリア育ちだとのことだった。
今の時代、見た目と話す言語は必ずしも一致しない。
少し話すと物売りはあっさり引き下がり、他の客のところへと向かった。
テルミニ駅の駅前は待ち合わせ場所としては悪くないが、治安はそれほど良好と言い難い。まだ朝早い時間帯だが、それほど長居したい場所ではない。
隣で待つ凛も同じ気持ちだろう。そわそわした様子で腕の時計を確認し始めた。
約束の時間五分前、我々の前に年代物のフィアットが停まった。
「ゴメーン、遅れちゃったヨ!髪型が決まらなくてさ!」
年代物のフィアットのドアが開くと、三十代半ばほどで丁寧に撫でつけられた黒髪の男が降りてきた。
その男――ルカ・フィチーノは旧知の魔術使いで、今回の依頼人。正確には依頼人の窓口である。
今時珍しいほどの敬虔なカトリック信者であり、主とイエスと精霊と信仰に対する忠実な僕だ。
「いや、時間通りだ。君には三十分早い集合時間を伝えていたからね」
「オー!酷いじゃないか!アンディ、ボクたち友達だろ?」
そして典型的なイタリア人だ。
「友達あることと仕事への信用は別問題だ」と私は言った。
「冷たいよアンディ!あんまり君を待たせちゃいけないと思ったから、食後のコーヒーを一杯で済ませて、シャワーも短時間で済ませて来たのに!」
「"あんまり"ということは待たせている自覚はあったということだな。どうして君は毎回遅刻を前提に物事を進めようとするんだ……」
「違うよアンディ、ボクは遅刻を前提に動いてるんじゃないヨ!ただ時間にルーズなだけだヨ!」
屈託のない笑顔でルカは否定した。何というタチの悪い開き直り方だ。
「ワーオ!なんて美しいんだ!君がリンだね!」
ルカは何の疑問もはさむことなく凛にイタリア語で話しかけた。
彼にとって相手がイタリア語を解するかどうかは些細な問題だ。
「はい。はじめまして、シニョール・フィチーノ。
戸惑いながら彼女は英語に片言のイタリア語を交えて答えた。
「ワーオ!イタリア語上手だね!"シニョール・フィチーノ"なんて呼び方やめてくれよ!ボクはキミのボスじゃないんだから!イタリアははじめて?ローマはどう?いい街でしょ!ロンドンも良いところだけど、ローマには敵わないよね!?」
ルカはイタリア語でまくし立てた。もちろん凛は一言も理解していない。
「ルカ、あまり距離を詰めすぎるな。リンのボーイフレンドは君よりだいぶ戦闘力が高いぞ」
私はたまらず割って入った。
「なんてこった!その幸せものはどんなヤツなんだい!こんな美人をガールフレンドにできるなんて、そいつの前世は聖人か何かだったに違いないネ!」
停車しているフィアットの背後にタクシーが迫っていた。タクシーが激しくクラクションを鳴らした。
ルカはタクシーの運転手に「
「雨も降ってきたし乗って!」
〇
ルカの運転する車に乗るのは覚えている限りで五回目だ。
人は忘却という機能を備えた生物であり、私はルカの運転がどのようなものであるか忘れていた。
一分ほどフィアットを走らせるとルカは何かに気づいて急停車し、窓を開けて叫んだ。
「キミたち!観光客かい?傘ならテルミニ駅の地下にスーパーがあるからそこで買った方がいいよ!その傘、すぐ壊れるから良くないヨ!」
ルカはイタリア語で叫んだが、路上の物売りから傘を買おうとしていた二人組の若い日本人は明らかに理解していなかった。
助手席の私が日本語でルカの話したことを伝えると、二人は礼を言って去っていった。
凛は後部座席で困惑していた。
再発進して二分ほどフィアットを走らせるとルカは何かに気づいて急停車し、窓を開けて叫んだ。
「キミ!観光客かい?トラムは待っても来ないよ!今日はATAC(ローマ交通局)がストライキしてるからネ!午後五時にはストライキ解除されるから、それ以降なら来るヨ!」
ルカはイタリア語で叫んだが、トラムの停車場で待っている一人旅の若いドイツ人は明らかに理解していなかった。
私がドイツ語でルカの話したことを伝えると、彼は礼を言って去っていった。
凛は後部座席で困惑していた。
再発進して三分ほどフィアットを走らせるとルカは何かに気づいて急停車し、窓を開けて叫んだ。
「キミたち!観光客かい?元祖カルボナーラのトラットリアを探してる?だったら二つ先の角を左だヨ!場所がわかりづらいから気を付けてネ!」
ルカはイタリア語で叫んだが、地図を見ていたオーストラリア人の老夫婦は明らかに理解していなかった。
私が英語でルカの話したことを伝えると、老夫婦は礼を言って去っていった。
凛は後部座席で困惑していた。
ルカは再び車を発進させた。
「いやー良いことをすると気持ちがいいネ!」
ルカは世話好きだ。というか、私の知っているイタリア人は大抵おいて親切だ。
ただし、その親切さは雑である。
「ああ。僕も君の通訳をさせてもらえて光栄だよ」
私は言った。
「本当かい!?それは良かった!いやあ、アンディは色んな言葉が話せて凄いネ!ボクなんてシチリア語すら理解できないヨ!」
そして皮肉が全く通じない。
「ルカ、他者に施しをしようとする君の姿勢は素晴らしいがそろそろ急いでもらえないか?先方も待っているだろう」
「そうだったネ!じゃあこの先はちょっと急ごうか」
フィアットはごみごみしたテルミニ駅の駅周辺を通り過ぎ、いくつかのローマ遺跡を通り過ぎた。
ローマでは古代遺跡と日常風景が平然と同居している。ロンドンもかなりの古都だが歴史の深さでは到底敵わない。
私は物珍しそうに車窓の外を見る凛に一つ一つ短い説明を加えていた。
シンボリックなコロッセオを通過し、数分走ると美しいヴェネチア広場が見えてくる。
この先はローマ歴史地区で、目的地であるヴァチカンが近づいてくる。
「素敵な街ね」
凛は完璧な英語を話すが、ルカが英語を解さないので自身にとって最も楽な言語――日本語で私に感想を述べた。参考までに言うと、ルカが日本について知っていることはヒデトシ・ナカタと『キャプテン翼』に限られている。
「そう思えるのは旅の醍醐味だ」と私は答えた。
「次はシロウと来るといい」
「そうね。いい仕事をありがとうね」
「その発言は仕事が終わるまで取っておいてくれ。好事魔多しと言うぞ」
「不吉なこと言わないでよ。ただでさえ貴方の持ってくる仕事、厄介なことになりがちなのに……」
フィアットはローマ歴史地区を走り抜けていく。高台にはマルケッルス劇場の威容が見える。
車窓を眺めていた凛は何か思うところがあったようで、静かに口を開いた。
「アンドリュー、空港からここに来るまでの間にいくつか街頭時計を見たけど、全部時間おかしくない?私の気のせいかしら?」
彼女がそう問い、私は答えた。
「リン、あれは時間がおかしいのではない。止まっているんだ」
日本語を一言も解さないルカは「泥棒かささぎ」の序曲を口笛で吹きながら笑顔を浮かべていた。
ルカはイタリア全土でも上位十パーセントに入るレベルのおしゃべりだが、それでも静かになる時間帯はある。フランチェスコ・トッティがすべての時間帯で得点に関与しているわけではないように、ルカ・フィチーノも常にその声帯を振動させているわけではない。
赤信号でフィアットが停まる。そのタイミングでルカのモバイルフォンが鳴った。
「
運転中の通話が感心できる行為でないことは明らかだが、ルカはそんな些細なことを気にする男ではない。
「……違うよマンマ、ペンネじゃなくてリガトーニだよ!」
信号が青に変わり、フィアットは発進した。
「……マンマ!その洗剤は混ぜちゃだめだよ!爆発しちゃうよ!」
いったい、彼の家庭で何が起きているのだろうか。
ルカは電話をやめない。
凛は不安げにこちらを見ている。
私はたまらず口を開いた。
「ルカ、運転中は前を見るものだ。前を見てくれ」
ルカは「マンマ、ちょっと待ってね」とモバイルフォンに向けて言うとこちらを向いた。
「アンディ!ボクはちゃんと前を向いて生きているよ!マンマのパスタがアルデンテでローマがラツィオに勝ってくれればボクはいつだってハッピーだよ!ボクが嫌いなのはユベントスと茹ですぎたパスタだけだヨ!」
「ルカ、僕がしているのは精神性の話じゃない。物理的な話だ」
「アンディ!もっと物事の明るい面を見ようよ!人生はうまくいかないことの連続だけど、諦めちゃダメだヨ!」
「わかった、わかったから前、前を見てくれ」
ルカは「マンマ、運転中だから切るよ」と述べてようやく電話を切った。
その前にまず、運転中に電話を取る選択をしないでほしかったが、それをルカに指摘したところで翌日には忘却しているだろう。
フィアットは市街を走り抜けていく。
遠く視線の先にサン・ピエトロ大聖堂が見えてきた。
聖堂教会を信仰の裏の顔を代表する存在とするなら、ヴァチカンは信仰世界の表を代表する存在であり、サン・ピエトロ大聖堂はそのシンボルだ。
いよいよ目的地が近い。
「ところで、ルカ、ちゃんと先方にアポはとってあるんだろうな?」
ルカの調整能力は不機嫌な五歳児より信用できない。目的地がいよいよ近づいてきたことで私は不安になってきた。
ルカはこともなげに答えた。
「もちろんさ!」
私は念押しした。
「本当に大丈夫だろうな?君は"たまに"アポ無しで行きたがるからな」
ルカは爽やかな笑顔でサムズアップした。
「本当に大丈夫さ!まかせてくれヨ!」
〇
「いや。そんな話は聞いていない」
ローマ教皇庁の守衛、ジョヴァンニ・グァダニーノは困り顔でそう言った。
やはりルカは期待を裏切らなかった。
「ジョヴァンニ、頼むよ!悪気があったわけじゃないんだ!ただアポを取り忘れてただけなんだよ!」
「困るよ……ルカ、アポは取ってくれよ」
「なあ、ジョヴァンニ、ボクたち友達じゃないか!」
「だから困るよ……ルカ、訪問する時はアポを取るものなんだよ」
「そこを何とか頼むよ!ジョヴァンニ!アンディとリンはイングランドから来てるんだヨ?時差ボケもあるだろうしお腹も空いてるはずだヨ!可哀そうじゃないか!」
「だから困るよ、ルカ。その話は
ジョヴァンニはルカと違い、真面目で控えめな性格だ。享楽的なルカが典型的なイタリア人なら、真面目なジョヴァンニもまた典型的なイタリア人である。イタリア人はこの落差が面白い。
「ねえ、この人ほんとうに大丈夫なの?」と凛が視線で問いかけている。
私はルカとジョヴァンニの押し問答に割り込み、仕事の手筈、事情といったルカが省いた"些細な"事情を説明した。
ジョヴァンニは一つ一つ念を押すように私の話に頷いた。
遠くイングランドから来た客であることに加え、私はローマ教皇庁で仕事の実績があり、ジョヴァンニとも旧知の仲である。
私の説明はルカの「友達だから」よりも効いたようだ。
「アンドリューがそう言うなら……ちょっと待ってくれ、神父様に話してみよう」
そう言って、ジョヴァンニは電話の受話器を取った。
〇
訪問先である神父は今すぐには体は空かないが、一時間後ならば空けられるとのありがたい返答が得られた。
「ありがとう、ジョヴァンニ!」
ルカは大げさにジョヴァンニの手を取って礼を述べた。
そしてこちらを向いて自慢げにウィンクした。
「バッチリだっただろ?」
今回は流行りのAIを活用しました。AIの書く文章が上手くて、物書きとして端くれの方のプロである私もびっくりしました。全体の2、3パーセントにAIが提案してきた表現を採用しています。
めちゃくちゃ優秀なアシスタントですね。
今回は今までに書いた記事で調べた、悪魔とエクソシズムとキリスト教に関する知識とローマ旅行の体験を大量披露する内容になる構想で、プロットは二の次状態になってるかもしれません。
それはそうと新作が公開になります。
https://eiga.com/movie/100865/
今回は地方巡業もありそうなので見かけたらよろしくお願いします。