Fate/in UK   作:ニコ・トスカーニ

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皆様おひさしぶりです。
久しぶり投稿。
二回の予定です。


ヘルハウス
雑事


「アンドリュー、ボクはホンモノの幽霊屋敷を見つけたぜ」

 

 サウス・ケンジントンの小さなカフェ。

 私の向かいで注文したコーヒーに口もつけず、男は熱っぽく語った。

 男の名前はエリック・ファルコ。

 もともとは格式高い新聞社の記者だったが、長年の夢をあきらめきれずタブロイド紙に移籍した変わり種だ。

 フットボール選手がマンチェスター・ユナイテッドからパリ・サンジェルマンに移籍したら体面はある程度保てるが、どうしても都落ち感は否めない。

 逆にCSKAモスクワからアーセナルに移籍したら明らかなキャリアアップだろう。

 ファルコの経歴はその逆を行っているし、周囲もそう思っているが本人だけは違う。

 ともあれ本人が幸せなのだから良しとするべきなのだろう。

 

 ファルコの得意分野は超常現象だ。

 とりわけ幽霊屋敷にやたらと詳しく、本職である私ですら知らないような情報をもたらすことがある。

 今のところすべてガセネタだったのが玉に瑕だが。

 

「それは大変に興味深いな」

 

 私は熱っぽく語るファルコにおざなりな感想を述べると、ファルコが暴走した熱意で余計な情報を追加する前に本題に入った。

 

「それで、僕にその幽霊屋敷をどうしろと?」

 

 この世界にはファンタジーを信じる人間が山ほどいる。

 ファルコはそういったファンタジーもとい読者から寄せられるガセネタを一つずつ確認している。

 忙しくて自分で一つ一つ回れないので、パートタイムを臨時で雇っているが今回は私にそのパートタイム頼むつもりのようだ。

 

「"ホンモノの幽霊屋敷"なら、重要なのではないか?僕を選んだ理由は?」

 

 理由は簡単だった。

 エミリーやソフィー、エルバなど私には魔術協会関係者以外にも魔術を使える在野の人間と交流を持っている。

 彼らに対して隠し事をする理由は無いので素直に「フリーランスの魔術使い」と名乗っているが、それ以外には「調査業」と名乗っている。

 重要な案件だから、知己であり調査業の関係者である私に頼もうということになったようだ。

 ファルコは頭は決して悪くない。

 むしろ秀才と言っていいほどには頭が回る。

 ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスを優秀な成績で卒業し、経済記者をしていたほどのステータスの持ち主なのだから納得はいく論理性だ。

 オカルト趣味はともかくとして、だが。

 

 直近の予定もなかったのでファルコ所蔵のニコンのデジタルカメラを受け取ることになり、魔術使いアンドリュー・マクナイトは即席取材記者の仕事を請け負うことにした。

 

「ところで、聞くが……」

 

 私が引き受けたことでファルコは満足げだったが、私にはまだ確認すべきことがあった。

 大事なことだ。

 

「そのネタ、ウラはとったのか?なんなら知人にSPRのメンバーもいる。思い切って科学的に調査してもらうのはどうだ?」

 

 彼はその答えに驚いたようだ。

 

「ウラ!?取るわけないじゃないか!?科学的な調査なんてもってのほかだよ!せっかくの特ダネが台無しになるかもしれないじゃないか!」

 

 これならば魔術協会の掲げる"神秘の隠匿"にも反さないだろう。

 私は安心して仕事に取り掛かれることを確信した。

 

  〇

 

 今回は情報ソースが情報ソースなので魔術協会関係者に雑談レベルで話すことさえバカバカしかったが、私は時計塔を訪れていた。

 衛宮士郎と遠坂凛の二人とランチの約束があったのと、長年の知人以上友人未満であるウェイバー・ベルベット――ロード・エルメロイ二世に用事があったからだ。

 

 若い二人との旨くも不味くもない凡庸なランチを終えると、偉大なる若きロードの執務室に向かった。

 ルヴィア、ライネス、カウレスといったエルメロイ教室おなじみの面々とすれ違って軽く挨拶を交わし、執務室に入る。

 私とウェイバーは友人と言えるようなウェットな間柄ではないが、ただの知人とは言えない程度に親しい。

 ジョークを言うと軽く嫌な顔をされる程度には親密だ。

 彼の仏頂面を見るたびに溢れるばかりの友愛を感じる。

 

 彼はいつものように仏頂面だった。

 内弟子のグレイは珍しく彼のそばにいなかった。

 彼女はウェイバーの介助犬ではないし、ウォレスのうっかりを見張るグルミットでもない。

 傍に居ないこともあるだろう。

 

 まずは軽いジョークを言っていつものように軽く嫌な顔をされ、頼まれた資材調達の経過を報告した。

 仕入れ元はイタリアのちょっとした旧家だが、旧家は揃って英語が苦手でイタリア語が話せる私が仲介をした。

 彼は仕事については私を信用してくれているらしく「そうか。引き続き頼む」とだけ言われた。 

 

 そのついでで、最初執務室に入った時は話すつもりはなかったが、お喋りなことこの上ない私はファルコのくだらない依頼について話した。

 我ながらくだらない雑談だと思ったが、意外なことに「予定が合えば同行しても構わないか?」と言われた。

 これは驚きだ。

 しかし、特に反対する理由は無い。

 もう一人分ぐらいの旅費はファルコに頼めば工面して貰えそうだったし、一人の仕事は好きだが信用できる同行者がいるなら話は違う。

 

「急ぎでもないし、日程の方は君の都合がいい日に合わせよう。旅費の工面はファルコに相談してみる。まあ、問題は無いと思うが」

 

 彼は「ああ」と仏頂面で返した。

 

「ところで、こんなくだらない件に同行する理由は何だ?君なりの愛?」

 

 彼はたった今、葬式から帰ってきたかのような仏頂面で言った。

 

「やめろ」

 

  〇

 

 数日後、私とウェイバーは鉄道に乗っていた。

 幽霊がらみならばグレイを連れて行くべきだったが、要件がくだらな過ぎるためグレイは同行しなかった。 

 

 目的地は古都バースだ。

 そこに件の幽霊屋敷がある。

 

 屋敷の主だったロバート・ウェブスターは地元ではよく知られた名士だ。

 豊かな中流階級に生まれたウェブスターは大学時代からラグビーのスター選手として華々しい活躍をし、当然の流れとしてイングランド代表にも選ばれた。

 主にフライハーフをつとめ、三十四歳で引退するまでイングランド代表で九十一キャップを記録し、ワールドカップ通算で二百五十得点を記録した。

 ブリティッシュアンドアイリッシュライオンズにも選出され、RCトゥーロンでリーグ優勝し、最後は地元のバース・ラグビーで現役を終えた。

 彼が現役のうちにイングランドがワールドカップで優勝していたならば、ジョニー・ウィルキンソン以上のスターになっていたことだろう。

 

 学業にも優れ、ダラム大学を優秀な成績で卒業したウェブスターが引退後に選んだ職業は何と作家だった。

 ホラーとミステリーを得意とし、名誉あるゴールド・ダガー賞と英国幻想文学大賞の候補にもなったことがある。

 トップアスリートから作家に転身した例ではディック・フランシスと並ぶ成功例だろう。

 

 アスリートに障害はつきものだ。

 実際、プロフットボール選手の障害発生率は炭鉱夫よりも高いと言われている。

 

 彼の場合、長年にわたってフルコンタクトのラグビーをしていたのが良くなかったのだろう。

 頑健なラガーマンだったウェブスターは四十代以降、体調不良に悩まされ続け、四十五歳の若さで死去した。確か、昨年の事だ。

 現役時代の身長六フィート、体重十五ストーンの立派な体躯は身長六フィート体重十ストーンにまで萎んでいた。

 

 四十代も半ばに差し掛かった最晩年のころ、ウェブスターはオカルティズムに傾倒していた。

 主流医学の治療を拒否し、効果が定かでないハーブ療法や、今や効果が完全に否定されているホメオパシーを盛んに試していた。

 やせ細った体で「チャクラ」を意識してヨガを始め、アレイスター・クロウリーの著書を読みふけっていた。

 怪しげなオカルトグッズの収集に熱心になり、作風も正統派なエンターテイメントからH・P・ラヴクラフトを思わせる幻想的なものに変わっていた。

 遺作となった『十八世紀の幽霊たち』は「奇書」としてコアなファンから評価されている。

 

 パディントン駅から列車に乗り一時間半。

 我々はバースの中心駅、バース・スパ駅に到着した。

 

 幸いにして列車はダイヤ通りに到着した。

 私とウェイバーが列車を降り、駅の外に出るとまるでスイス人のような正確さでボードを持った中年の白人男性が現れた。

 事前に連絡のあった迎えだ。

 

 「ガンツ」と名乗ったスイス人のような正確さで現れたその男は、はたしてスイス人だった。

 ベルンの出身で、軍を退役したのちタクシー運転手になり、スイスにヴァカンスに来ていたロバート・ウェブスターと出会った縁あって彼の運転手になったそうだ。

 ロバートの印税で一家は今も潤っており、ロバートの死後も引き続き一家に雇われているそうだ。

 

 どのような高級車が来るかと期待していたが、迎えの車はトヨタのプリウスだった。

私が、自身が四分の一日本人であることを告げると「色々試しましたが、乗用車は日本車が一番しっくりきます。旦那様と奥様も乗り心地に満足していました」と彼は答えた。

 私はまだ見ぬウェブスター夫妻に好感を持った。

 

 プリウスは滑らかに車道を走り始めた。

 車窓からはバース市街の街並みが見える。

 人口十万人にも満たない小さな街だがこの街の歴史は古く、古代ローマ時代まで遡る。

 ローマがブリテン島から撤退すると支配者が後退し、今の街はおもに十八世紀のジョージ王朝様式で作られている。

 近隣のコッツウォルズと同じく、蜂蜜色の石で作られた建造物が並ぶ街並みは美しく、ジェーン・オースティンの世界にいるような気分になる。

 古代ローマの公衆浴場(テルマエ)の遺跡も残っており、一説にバス(風呂)の語源ともいわれている。

 

 ガンツは元々タクシー運転手として観光客を相手にしていただけあって、客の扱いをよく心得ていた。

 もらえる額が増えるわけでもないのに、わざわざバース寺院やロイヤルクレセント、バース・スパといった定番観光地を周ってくれた。

 返礼にドイツ語での会話を試みたが、標準ドイツ語しか理解しない私には彼のスイス・ドイツ語ベルン方言は難解に過ぎ結局英語に戻した。

 ウェイバーはそのやり取りを仏頂面で聞いていた。

 

 道中、主人だったロバート・ウェブスターについても彼は語った。

 

「少々風変わりな方でしたが、寛大で品性のある良い雇い主でした」

 

 遠回りした車はバース寺院を半マイルほど先にのぞむトリム・ストリートで停まった。

 ジョージ王朝時代の建物をリノベーションして使っているという風格のある一軒家に案内され、出迎えに四十代半ばほどの女性が現れた。

 ロバート・ウェブスターの未亡人、アン・ウェブスターだ。

 出迎えは彼女一人だった。

 情報では夫婦には双子の娘がいたはずだが、娘はお行儀の良いカトリックの学校に通っているらしい。忙しいときは公的な資格を取った乳母(ナニー)を雇っているそうだ。

 

「私は少々理解に苦しみますが、これも大事なロバートの遺産ですので、ファンの方に存在を知っていただければと思って」

 

 ブラックティーとチョコレートビスケットを供しながら彼女は件の幽霊屋敷について語った。

 

 フリーランスの編集者である彼女は亡き夫のファンのことを「大事な存在」と語った。

 ファンに知らせるのは良いが、その仲介役としてファルコを選んだのは妥当な判断と思えなかったが。

 しかし、それを口にするのは野暮と言うものだ。

 取材に快く協力してくれる姿勢に感謝し、我々はアンの案内で件の屋敷へ向かった。




とりあえず今回はここまで。
次回は少々お待ちください。

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