Fate/in UK   作:ニコ・トスカーニ

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気付けば一か月ちかく放置してました。
二回で終わらせる予定でしたが、意外な長さになったので3回に分けます。
もし原作設定と矛盾してたらごめんなさい。


記憶

 魔術の世界には主流派と非主流派がいる。

 主流派と非主流派を隔てるもの。

 それは価値観だ。

 

 主流派の正当な魔術師は魔術自体に価値を感じている。

 彼らはすべからくこの世の真理――根源の渦への到達を求めている。

 アプローチの仕方は千差万別だが、魔術であることに変わりはない。

 魔術を使い、根源へ至ろうとする。

 あくまで魔術自体に対して価値を感じ続ける人種。

 それが魔術師だ。

 遠坂凛とロード・エルメロイ二世は魔術師としての能力には雲泥の差があるが、大きく括れば同じ"魔術師"の範疇に入る。

 

 非主流派は魔術自体に価値を感じない。

 根源の渦に至るなどバカげた発想だと、大なり小なり感じている。

 魔術とは小遣いを稼ぐことや、悪党を成敗するための世俗での欲求をみたす手段に過ぎない。

 私にとって魔術は生活を支える道具で、衛宮士郎にとってはセイギノミカタとやらになるための手段だ。

 我々は魔術を使いはしても、魔術自体に価値は感じない、魔術師とは似て非なる魔術使いだ。

 

 魔術系統は数多あり、魔術師にも様々な人種がいる。

 私は基本的に正統派の魔術師と水と油だが凛とは友好的な関係を結んでいる。

 エルメロイ二世とは――彼の方はただの知人と主張しているが――旧友だし、エルメロイ教室の面々とも関係は悪くない。

 彼らのような友好的な魔術師は珍しい。

 私はよくよく縁に恵まれているようだ。

 

 対する魔術使いの大半ははぐれ物の一匹狼だ。

 彼らの中には時計塔で学んだ経験のある者もいるが、たいていは短期間で去っている。結局、価値観が合わないのだ。

 荒事に関わることも多く、それなりにキャリアのある魔術使いであれば一度は命の危機に直面している。

 

 その荒くれもの魔術使いのなかでも古株として知られるのがニューヨークに拠点を持つロセッティ家、マシューとアンナの親子だ。

 ロセッティ家の起源はアメリカと言う国の歴史に反してかなり長い。

 ロセッティの家系は20世紀初頭にイタリアから移民してきた魔術師で、歴史は中世後期にまで遡る。

 当時のロセッティ家にどうしようもない荒くれものがいて、放逐された。それがマシューの祖父だ。

 マシューの代になり、古代まで遡るアイルランドのフィッツジェラルドという名家の令嬢が後継者争いの血みどろ劇に巻き込まれ既に魔術傭兵として名を馳せていたマシューに保護を求めた。

 二人は恋に落ち、娘のアンナが誕生した。

 彼女は家系の歴史上でも有数の才能を持ち、力の使い方を知らないと危険だと判断したマシューは幼いころから魔術の手ほどきをした。

 アンナはティーンが顔にできたニキビの対処法に悩むような年ごろから荒事に従事するようになり、ファミリービジネスとして魔術使い業を引き継いだ。

 彼らは同業者からも一目置かれる存在であり、魔術使い同士で協力しあう必要が生じた場合は調整役に回っている。

   

 先に話し始めたのはマシューだった。

 早死にが多いヤクザなこの業界にあって、マシューはかなり長行きだ。

 この仕事を若いころからして、初老過ぎまで五体満足で生きている人間はそう居ない。

 

「あいつもご多分に漏れず早死にだった」

 

 私も凛も知らない、士郎も知らない人物のことだ。

 

 マシューももはやはっきりと月日が思い出せないほど前――本人曰く「たしかラモーンズが初期の傑作を発表したころ」の事だ。

 アンナはまだ幼く、戦力になるような状態ではなかったころ。マシューは若手の魔術使いで中々の腕利きだった。

 今では調査から物資の調達までなんでもやる万屋だが、当時のマシューは荒事をほぼ専門とする純然たる戦闘屋だった。

 主な獲物は魔術協会の禁を破った外道魔術師で、法執行機関や魔術協会から直接依頼を受けて捕縛に動くこともあれば封印指定執行者に先んじて対象を捉え、売り飛ばすこともある"ハンター"だった。

 「我ながらなかなか汚ねえ商売だった」とマシューは自嘲した。

 

 マシューは現実主義の商売人だ。

 金になりそうな情報には敏感だった。

 ある日、「教会の封印指定魔術師がヘマをして居所を漏らした」という情報が舞い込んだ。

 

 封印指定魔術師を協会に先んじて捕まえればかなりの額になる。

 養うべき家族もいるマシューは太平洋の離れ小島、アリマゴ島へと飛んだ。

 

 アリマゴ島は極めて辺鄙な場所だ。

 世界中に航空便が飛んでいるニューヨークからも直行便は飛ばない。

 マシューはコネを使ってどうにか目的地への足を確保した。

 

 その道中、捕縛対象について集められる限り集めた資料を読み込んだ。

 対象の名は衛宮矩賢。

 衛宮家をわずか四代で封印指定レベルにまで押し上げた天才だ。

 彼は固有結界を利用して宇宙の終焉を観測し、根源へといたる方法論に行きついたが、その方法を極めるには時間が足りないことに気付いた。

 そこでまずは寿命を延ばすべく、吸血衝動を抑える死徒化の完成を目指した。

 しかし、実験中の不慮の事故で雑用を手伝っていアリマゴ島の少女が完全に死徒化した。

 おそらく、死徒化は島民全体に広がり始めている。それが居所の割れた原因だろう。

 

 この情報が流れているということは、魔術協会と聖堂教会はすでに動いているだろう。

 だが、フットワークはマシューの方が軽い。

 うまくいけば先回りできると思った。

 

 気持ちは逸るが、足は中々先に進まない。

 ジェットエンジンは気持ち次第で回転数が挙がったりはしない。

 

 若いマシューは血気も盛んだった。

 おそらく、島は戦場と化するだろう。

 戦闘経験がすでに豊富だったマシューはなんとかできる自信があった。

 

 島に到着するとすで遅かった。

 それは阿鼻叫喚の地獄絵図だった。

 既に島民はことごとくが死徒化していた。

 

 魔術協会と聖堂教会は証拠隠滅のため島の住人を容赦なく皆殺しにした。

 戦闘経験が豊富な自信があったが、マシューはその自信を粉々に打ち砕かれた。

 

 それでも彼は若く、無鉄砲で協会と教会の冷血漢には無いハートを持っていた。

 「まだ誰か救えるかもしれない」その一心で若き日のマシューは駆け出した。

 そして、その疾走も無意味であることを悟った。

 

 馴染みの人物がいた。

 長身でショートヘアのほっそりとした美女。

 同業者だ。

 

「相変わらずフットワーク軽いね、マシュー」

 

 向こうが先に気付き、気軽に挨拶を交わした。

 その傍らに少年がいる。

 少年はアジア人で、十歳ほどに見えた。

 この島にアジア人の少年がいるのは不自然だ。

 執行対象の衛宮矩賢はアジア人、ならば……

 

「マシュー、あんたとは馴染みの仲だ。そう慌てなくても説明するよ」

 

 同業の彼女は何でもないかのようにそう言った。 

 

 一行はまず、見通しの良い船着き場まで移動した。

 島のあちこちで火が燃え盛っている。

 この島の歴史は一晩で灰燼に帰したようだ。

 

 魔術使いのナタリア・カミンスキーは紫煙を燻らせ、落ち着いた調子で――今思うと、そう振舞っていただけかもしれないが――事の仔細を語り始めた。

 

 少年の名前は衛宮切嗣と言った。

 予想通り執行対象の親族――息子だった。

 ナタリアはマシューと同じ目的で島に向かい、マシューより一足早く到着した。

 対象である衛宮矩賢を探し出すのは難儀したが、幸か不幸か二人は出会った。

 双方ともに情報を欲していた。

 

 切嗣は何が起きていたか知らなかった。

 ナタリアは状況を教えた。

 切嗣は父親の居場所を教えた。

 結界の癖も知っていると主張した。

 出会ってしまった二人は目的が一致してしまった。

 止めを刺したのは切嗣だった。

 

 ナタリアの淡々とした説明を切嗣は隣で聞いていた。

 「死んだ目をしたガキだった」とマシューは回想した。

 それでもマシューには死んだ目をした少年の気持ちがわかるような気がした。

 彼は選んでしまったのだ。

 父の命よりも父が再び犯す可能性のある蛮行で失われるかもしれない命の方を。

 

 空が白みかけていた。

 この島に長居する理由は無い。

 意外なことにナタリアは少年を連れて行くと言った。

 

 去り際に彼女はマシューに呟いた。

 

「あれは子が親を殺す理由としちゃ下の下だよ」

 




オマケ 封印指定魔術師アラン・ホイルの思い出。

 アラン・ホイルは封印指定の魔術師だ。
 奴が封印指定を受けたのは十年以上前のことだが、いまだに魔術協会は彼を捉えられていない。
 それでも捕えようとする努力はしたようだ。
 その努力の一つが魔術師殺しと呼ばれた衛宮切嗣だった。
 切嗣はさる情報筋から、マンチェスターの集合住宅に彼が潜んでいるとの情報を手に入れ踏み込んだ。

 部屋は汚かった。ゴミだらけだった。
 おまけにごみだけでは説明が不能な形容しがたい悪臭が漂っている。
 悪臭の奥に男がいた。
 手配写真で何度も見た顔だ。

「アラン・アンソニー・ホイルだな」

 男は振り返った。
 その顔には緊張感の欠片も無かった、

「誰だテメエは。男のストリッパーを呼んだ覚えはねえぞ」

 切嗣は何人もの魔術師を屠ってきたが、このような反応は初めてだった。

「ふざけた男だ」

 実際にそう思った。

「仕方ねえ。この際、男でも我慢しておいてやる。俺のナニをしゃぶりな。歯を立てるなよ」

 そういってアラン・ホイルは中指を立てた。

「……自分が置かれた状況を分かっていないようだな」
「わかってねえのはテメエだ、マヌケ」

 ニヤリと笑った。

「俺は情報戦の天才だぜ?そんな簡単に居場所が割れるわけねえだろ。てめえが今、見てるのは魔術とCGの合わせ技で作ったホログラムだ。嘘だと思うなら、よく見てみろ。俺がいるのはディスプレイの中だぜ」

 確かにホイルはディスプレイから照射されていた。

「今の俺はエロゲのヒロインみてえなもんだ。てめえに出来るのは、ヒロインがファックしてるのを見てマスかくだけだぜ」

 切嗣は自分が既に完敗していることに気付いた。
 この男との会話は全くに無意味だった。
 それでも気になった。

「……なぜお前は全裸なんだ?」

 アラン・ホイルは何故か照れ笑いした。

「かっこいいだろ?ナニだけはCGでちっとばかしデカく書いたがな」

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