オリキャラがお見切り重要はポジションで出てきますが、今回は同人色強めです。
面会
この世には特に美味くも不味くもないのに何故か時々食べたくなるものがある。
アメリカ大手チェーンのハンバーガーとコカ・コーラの組み合わせは麻薬だ。
飲酒と喫煙と徹夜を除けば健康に留意している私でも時々無性に食べたくなる。
"I love it"(愛してる)と"I hate it"(大嫌い)で二極分化するマーマイトも時々無性に食べたくなるものの例と言っていいだろう。
この愛憎両極端の領域には真ん中が存在する。
それが我が英国の貧困な食文化を代表する料理、フィッシュアンドチップスだ。
フィッシュアンドチップスは名前がそのまま実態を表しているシンプル……というか工夫がないと評すべき料理だ。
衣をつけてフライした白身魚とチップス(フレンチフライ)を盛っただけの料理。
味も素っ気もなく、この料理の味は白身魚のフライにケチャップをかけるかモルトヴィネガーをかけるかで決まる。
味が無いので好きも嫌いも存在しない。
善悪二元論の中間に位置する、この世界のグレーな概念を体現した存在だ。
私はケチャップ派を否定する気は無いが、断然モルトヴィネガー派だ。
日本料理には「素材の味を活かす」という考えがあるが、英国料理のキモは素材の味を調味料で打ち消すことにある。
モルトヴィネガーをたっぷりとかけたフィッシュアンドチップスはもはやフィッシュアンドチップスでは無い。
モルトヴィネガー味の魚のフライとフレンチフライだ。
だが、私は時々無性にこの料理を食べたくなる。
そして、ケチャップ派とは決して分かり合えないと信じている。
昼下がりのパブ。
私はビスクドールのような風貌をした美少女とエールを傾けながらフィッシュアンドチップスを口にしていた。
向かいの少女――ライネス・エルメロイ・アーチゾルテはパイントグラスのシェパード・ニームを傾けながら、春の嵐のような勢いで白身魚にドボドボとモルトヴィネガーを振りかけている。
私と彼女は決して友達と言えるほど良好な関係ではない。
ヤクザな魔術使いと名家のご令嬢という生まれの違いがある以上、彼女と私は「妥協できるレベルの仲良し」程度にしか収まることは無いだろう。
だが、不思議と私は彼女に対して悪感情を抱いたことがない。
その理由は色々あるが、理由の一つは間違いなく、彼女がモルヴィネガー派だからだ。
前述のとおり、私と彼女は友達と言えるほどウェットな関係ではない。
よってたとえ小さな用であっても用が無ければ会わない。
存外に彼女と私は縁が深いらしく、しばしば面会している。
今日は私がライネスに紹介したアメリカ人魔術使いの親子と面会の次第について報告を受けているところだった。
彼女は話しながら、いつもながら呆れるほどの酒豪ぶりでエール一パイントを飲み干し、フィッシュアンドチップスを半分ほど平らげた。
そして、「私のオゴリだから心配するな」と私に二十ポンド紙幣を握らせ、二パイント目のビールを買う任務を仰せつかわせた。
さすがに昼間から酒盛りする酔狂は少ないらしく、店は空いていた。
パディントンの決して品がいいと言い難いパブは、夜になるとガラの良くない連中もご来店するが、今はそもそも客が我々を含めても五人しかいなかった。
あとの三人はグループで、フランス語を話していた。
うち二人はフランス人で残り一人はベルギー人らしい。
フランス人二人は「カレイはフランスだとムニエルになるのに、英国では大雑把なフライになってしまう。死んだカレイが報われない」と嘆き、ベルギー人は「フリット※と比べるとこのフレンチフライは酷すぎる。ブリュッセルのスーパーで売ってる冷凍食品の方がマシだ」と嘆いていた。
反論したかったが、その通りなので私は無言で聞いていた。
フランス語が理解できてしまう自分を恨めしく思った。
※ベルギーのフライドポテト。フレンチフライのルーツ。複数形はフリッツ。
ビールを買い、グラスを持って席に戻ると、ライネスは待ちきれない様子で二パイント目のエールに口をつけた。
彼女はまだ未成年の筈だ。
いつも思うがこんなに若くから酒豪で大丈夫なのだろうか。
私は彼女の親戚でも友人でもないが少々心配になる。
そう、素直に吐露すると「やはり君は常識人だな。そういうところ、嫌いじゃないよ」とニヤリと笑った。
意味もなくスモールトークをしていたが、私がパイントグラスを一つ空にし、ライネスがパイントグラスを二つ空にしたところで話はようやく本題に入った。
私は最も気になっていたこと、「なぜあのアメリカ人魔術使いの親子と交流を持とうと思ったのか?」という疑問を彼女にぶつけた。
彼女は年齢に見合わない、成熟した聡明さで答えた。
「これは最悪の場合だが……もしもトリムマウを失ったら、私の戦闘能力は皆無だ。今、エルメロイ家は兄上が仮に家督を受け継いでいる状態だけど、私が正式な当主になったら――今も狙われているけど、これからも私は更に誰かに狙われる危険性を考えなければならない。自衛手段として、ああいう人種とも何かしら交流しておくべきと考えたのさ」
私が紹介したアメリカ人親子は腕利きの魔術使いで戦闘のプロで、魔術世界の武器商人でもある。
武器――特に近代兵器の素晴らしい、そして恐ろしいところは所持する人間の戦闘能力を大した訓練なしに大幅に向上させることだ。
ライネスの礼装であるトリムマウは自律思考が可能な、生きた礼装とも言える強力な代物だが、礼装である以上失われる危険性がある。
可能なら他の武器を要しておきべきだ。
彼女らしい現実的な思考だと思った。
「それにあの親子――とくに彼女はなかなか気に入ったよ」
彼女はいつものように意味ありげにニヤリと笑った。
「その様子だと、ビジネスや魔術以外の話もしたようだな。何を話したんだ?」
私が合わせてニヤリと笑うと、彼女はそれにかぶせるようにまたニヤリと笑った。
「普通に年頃の女の子がするような会話さ。……そうだね、有価証券とか株とか。そういう話、女の子なら誰でも好きだろ?」
〇
パブを出てライネスと別れると、モバイルフォンにテキストメッセージが来ていることに気付いた。
先ほど我々が話題にしていた人物からだった。
テキストメッセージにはただ一言、こう記されていた。
「アヴェンジャーズ、アッセンブル」
まったくアメリカ人という奴は……
私は異文化理解の難しさを感じながら、詳細を問うテキストメッセージを返信した。
詳細は何のことは無い、もう二、三日ロンドンに滞在するので飲みに行かないか、というありふれたものだった。
私は日本から帰国したばかりで、次の仕事まで間がある。
特に断る理由は無い。
「いいだろう。何時にする?」というつまらない返信をしようとして、ふと気が付いた。
彼らの話を聞きたがる可能性のある別の友人の存在だ。
私は誘い方をよく熟考すると、返信のために指を動かした。
〇
その日の夕刻。
講義の終了する時間帯を見計らって時計塔を訪ねた。
どちらにしてもロード・エルメロイ二世と会う予定があったため、ちょうど良かった。
講義が終わり、エルメロイ教室の面々は帰り支度を進めていた。
スヴィン、フラット、グレイなどおなじみの面々も帰り支度中であり、彼らと気安く挨拶を交わした。
彼らに遅れて目的の人物――衛宮士郎と遠坂凛も、教室の入り口で待っていた私の姿を認めると向こうから寄ってきた。
私は二人に端的に用件を述べた。
「会うかどうかは君たちに任せるが、会って欲しい人物がいる」
そしてその人物の名前と、主に何について話をするかを告げた。
「……シロウ。君の"正義の味方"とやらの理想を追いかけ続けるなら、あの親子と一度話しておく必要がある。センパイとしてのアドバイスだ。
それに何より、彼らは信用できる。きっと力になってくれるだろう」
予想していた通りだが、二人の反応は複雑だった。
当然の反応だと思ったので、私は用意していた通りの提案をした。
「彼らはもう二、三日はロンドンに滞在する予定で、観光以外に特に用はないそうだ。とは言っても、彼らも魔術関係者でロンドンには飽きるほど来ているから、こちらの都合は別に気にしなくていいとのことだった。長くは待てないが、回答は明日でも構わない」
「では」と告げ、ロード・エルメロイ二世の講師室での面会のため私は踵を返した。
「ありがとう。アンドリュー」
背中に士郎の礼が聞こえた。
私は「気にするな。トモダチだろ」と手を挙げて歩き去った。
〇
二日後。
士郎と凛が自ら提案し、彼らのフラットで酒を飲みながら話すことになった。
二人はあまり飲まないため、客人側が酒を持ち込み、士郎は自慢のツマミを振舞ってくれるとありがたいことを言ってくれた。
こうして我々は面会することとなった。
客人は長身でスラリとした赤毛の美女と、毛むくじゃらで筋肉質な大男の二人組だ。
長身の美女はアンナ・ロセッティ。
アメリカ人の魔術使いで、とりわけ荒事を得意としている。
封印指定執行者を除けば最高クラスの魔術戦の達人で、五大元素使いでもあり魔術自体の腕も一流だ。
毛むくじゃらの大男はマシュー・ロセッティ。
アンナの父親で、人間離れした怪力を持つ荒くれものの魔術使いの中でも最も荒っぽい野生の王者だ。
彼ら親子と士郎は浅からぬ縁で結ばれている。
衛宮切嗣という人物との縁だ。
衛宮切嗣は士郎の養父で、ロセッティ親子は生前の衛宮切嗣と交友があった。
どの程度の縁かは知らないが、ロセッティ親子の知る衛宮切嗣は士郎が生まれる前の姿だ。
知ってどうなるものでもないし、衛宮切嗣の生前は積極的に子供に聞かせるようなものでもない。
なので迷ったが、最終的に士郎の判断に任せた。
士郎と凛は一晩話し合い、結局、ロセッティ親子に会うことを決めた。
双方から「同席してほしい」と言われたので私も同席することになった。
「まずは、久しぶりだね。ボウヤ、お嬢ちゃん。元気かい?」
アンナは二人と面識がある。
買い込んできたワインを一度置くと、アメリカ人らしい率直さで二人と再会の握手をした。
「あまり素面でしたい話じゃない。まずは飲んでからでいいかい?」
アンナがそう言うと、士郎は得意げにキッチンから作ったツマミを運んできた。
予想通りのことに、士郎の料理をロセッティ親子は大いに気に入った。
仕事があれば世界中どこでも行く二人は、日本でも仕事の経験があり、士郎の作った和食に抵抗するどころかむしろ喜んでいた。
彼ら親子は、私よりもさらにキャリアの長い、「センパイ」だ。
旅の経験も豊富で、多くのことを知っている。
アンナは私が知る限りでも七か国語を話すが、最近、北京語も覚えて八か国語が話せるようになったという話になった。
なんでも、かなりのギャラで西安で長期の仕事があったが、まったく英語が通じないのでギャラのために必死で覚えたそうだ。
彼女曰く「他の言語を覚えた時の五倍ぐらい労力がかかった」らしい。
仕事はギャラの良さ相応に難儀で、中国社会の洗礼も受けたが、やはり中華料理は最高だったと彼女は締めくくった。
興が乗ったのか余った材料で凛が中華を振舞ってくれた。
親子は喜び、士郎と凛の料理の腕を絶賛した。
宴は楽しかった。
ロセッティ親子はヤクザ者だが、基本は善人であり、善悪の観念だけは一般人に近い。
そのありきたりな善良さを若い二人も感じていたのだろう。
箱買いしてきたビールが半分まで減り(マシューがほぼ一人で大半を飲んだ)、酔いも多少回ってきたころ。
楽しいスモールトークの時間は残念ながら終わった。
いつまでも本題を後回しにしてはいられないことを全員が理解していた。
マシューが毛むくじゃらの凶悪なご面相をより凶悪にして念押しした。
「ボウズ。もうここまで来ちまったが、一応確認するぞ?」
彼の面相はマーヴェルコミックのヴィランのようだったが、口調からは思いやりを感じた、
「――キリツグの話は必ずしも愉快な話じゃない。それでも本当に聞きたいか?」
士郎ははっきりとマシューの目を見返した。
「ああ。聞かせてくれ、ロセッティさん」
というわけでキリツグの「こんなことがあったかも」な同人的エピソードです。
ライネスとのくだりは司馬懿先生の幕間の物語から思いつきました。
次回更新は少々お待ちください。
2回でエピソード完結の予定です。