Fate/in UK   作:ニコ・トスカーニ

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お久しぶりです。
短めのやつ前・後編。
この前、台湾に行ってきたので特に意味もなく舞台は台湾です。


追憶保管所
南国


 空港を出るとアジア特有の生暖かい空気が我々を出迎えた。

 

 ここは台北だ。

 中華民国政府が統治する台湾の首都で東アジア有数の大都市。

 その玄関口である桃園国際空港に我々――私と衛宮士郎と遠坂凛は降り立っていた。

 

 私がこの国を来訪するのは初めてではないが、かと言って香港や日本のように特別な縁があるわけでもない。

 加えて火急の用があるわけでもなく、仕事で来ているわけでもない。

 仕事と旅が一緒くたになった私の生活には珍しく完全な行楽として来ている。

 同行している士郎と凛もそうだ。

 

 では、なぜ我々が台北を訪れることになったのか……それには深いような深くないような判然としない理由に基づく。

 

 ロンドンで久しぶりに蒼崎橙子と再会した時、彼女はガラにもないことに幾つかの土産を落としていった。妖精を見る特殊なレンズをはじめとした時計塔が大騒ぎしそうな幾つかの魔術道具――それらに加えて場違いにエバー航空ロンドン発台北行きのフレキシブルチケットが混ざっていた。

 

 「貸しのある奴からもらったが用が無いから使え」と橙子は説明したが、それにしても3枚あるのは不可解だった。

 何より生活能力が皆無で年中金欠の彼女が人にものを寄越すのがこの上なく奇怪だった。

 

 おまけに異常なまでにタイミングが良かった。

 私は近く東京で仕事の用があり、士郎と凛は冬木に一時帰国する予定があった。

 

 台湾と日本は地理的に非常に近く、安価な直行便が山ほど飛んでいる。

 一度台湾まで行けばそこから日本までは安く短時間で済む。

 気色の悪い予感がしたが我々からしたら何も損することはない。

 

 折よく中々いいホテルがセールをしていたので台北で二泊してから日本に向かうことにした。

 

 飛行機を降りると、若い二人は入国審査で早速面食らっていた。

 入国審査官が流暢な日本語を話したからだ。

 日本語は東アジアの日本という国でだけ通じるクローズドな言語だ。

 遠いヨーロッパで生活し、日本の外を知っている彼らには予想できない事態であったことが想像に難くない。 

 

 日本は台湾を国家承認していないが、民間レベルであれば非常に強い結びつきがある。

 アジアに多数の国があれど、日本以外でこれほど日本語が通じる国はないだろう。

 彼らはおかげで少しリラックスできたようだった。

 

 外に出ると身を切るように寒い英国の空気で締まった体が、常夏の島台湾の温かい空気でじんわりと弛緩するのを感じた。

 「暖かい」というより「暑い」と言った方が適切だった。

 我々は示し合わせたように上着を脱いだ。

 

 台湾の物価は英国と比するとかなり安い。

 航空券がタダで手に入ったことで贅沢な気分になった我々はホテルまでタクシーを使うことにした。

 

 良い休暇の予感を感じていたがここで小さな問題が起きた。

 「そうではないか」と思ってはいたが五十がらみのタクシードライバーは英語が全く通じなかった。

 行先については予約確認書を見せるだけで事足りたが、彼はアグレッシブに話しかけてきた

 

 私は広東語は得意だが北京語は簡単なやり取りがせいぜいだ。

 同行した二人は中国語を解さない。

 加えて運転手の北京語は台湾訛りがきつく私には読解困難だった。

 

 私はなけなしの知識を振り絞って言った。

 

「すまないが、北京語は得意じゃないんだ。期待していないが広東語が日本語が出来るなら……」

 

 そこまで言ったところで運転手は顔を輝かせた。

 

「ニホンゴできるの?早く言ってよ!」

 

 道中、我々は雑談で盛り上がった、

 正確にはお喋りなタクシードライバーがほとんど一方的に話していた。

 二人を後部座席に座らせたため、お喋りの相槌は私が大半引き受けていた。 

 

 (チャン)と名乗るドライバーは台湾先住民族であるタイヤル族の血を引いている。

 台湾先住民族は互いの共通語としてかつて日本語を話しており彼の祖父母は日本語が堪能だった。

 運転手は祖父母から日本語を学び、彼の息子は日本人女性と結婚しているので義娘とは日本語で会話しているとのことだった。

 

 お喋りな彼はそのまま南国器質的な明るさで延々と話し続け、私が「台湾式の小籠包を食べるならどこがいいか?」と聞くとその質問に対して100倍以上の回答を返してきた。

 彼の話はそのまま脱線して「韓国人はみんな同じ顔。整形している」という話をし始めた。

 

 韓国と微妙な関係にある日本人二人は反応に困っていた。

 私はとりあえず笑った。

 

 注釈しておくと私は韓国に特に悪感情は持っていない。

 旅先で韓国人と遭遇することはよくあるが、私が日本にルーツを持ち日本語を解することを知ると興味を示してくる場合も多い。私は爪の先ほどの朝鮮語しか理解しないが、やはり同じ文化圏なのだとそのたび実感する。

 外から見ると、日本、韓国、台湾は仲良くなれると思うのだが国の関係とはそれだけ難しいのだろう。

 

 明るい南国の光の下、ドライバーのお喋りをBGMにタクシーは道路を走り抜けていく。

 

 ほどなくして特徴的な高層建築が見えてきた。

 最近竣工した台北101だ。

 世界最大の高層建築として評判になっている。

 高さを競い合うのは人の性なので、そのうちに追い抜かれるだろう。

 それでも台北のシンボルとしての地位は今後も保つことだろう。

 

 ドライバーのお喋りは小籠包と韓国人の悪口から後部座席に座る若い日本人二人の話題に移っていた。

 張は南国人らしい気質で凛の容貌の美しさをストレートに称賛し、「幸せ者だね!」と士郎に向って元気よく親指を立てた。二人は困りと照れと嬉しさを混ぜ合わせて「ありがとうございます」と返した。

 

 彼は続いて私に同意を求めた。

 いつもなら英国式婉曲表現を使うところだが、ローマに入りてはローマに従い、台湾に入りては台湾に従うべきだ。

 私は言った。

 

「リンは滅多にいないほどの美人だ。外見も内面もな。シロウは世界一ラッキーな男だよ。間違いなくね」

 

 何の反応もない。

 後部座席を振り返ると、二人が怪訝そうな表情で私を見ていた。

 

 士郎が言った。

 

「……アンドリュー、時差ボケか?」

 

 続けて凛が言った。

 

「……アンドリュー、変なものでも食べた?」

 

 何故だ。

 

  〇

 

 英国に住んでいるとどうしても不満が溜まることがある。

 食事だ。

 認めたくないが我が国の食文化は貧弱と言わざるを得ない。

 

 同じカレイでも、ドーバー海峡の向こう側は華麗なプレーボーイのように鮮やかなムニエルになるのに海峡のこちら側では、不機嫌な五歳児のようなフィッシュアンドチップスになってしまう。

 カレイのムニエルはカレイの素材そのものと複雑なベシャメルソースの味がするが、フィッシュアンドチップスの味は洪水のように振りかけたモルトヴィネガーの味だけだ。

 

 英国で生まれ育てばそのことはさして気にならないのかもしれないが、私は香港という世界最高の美食都市で育ってしまったため、我が国の食文化が貧弱であることを嫌というほど思い知っている。

 和食という賞賛すべき文化で育った若い日本人二人もそうだろう。

 

 彼らと出会って以来、年上の友人としてお節介を焼き続けているが彼らが英国に対して漏らす不満の大半は食についてだ。

 英国で食材を手に入れて自分で和食を作ろうとすると高くつく。

 外食をするとやはり高くつく。

 おまけに高い割に必ずしも美味いというわけではないのだから我が国の食事事情は深刻と言わざるを得ない。

 

 台北はその不満を解消するには最高の国だ。

 外食産業が発展した台湾のレストランには豊富な種類の料理があり、安く、平均レベルも高い。

 よほど中華料理が苦手な人間を除けば天国のような国だ。

 質で言えば香港も最上級だが安さという一点に限ってはどうあがいても敵わない。

 

 我々三人は西門のホテルに荷物を置くと、中正紀念堂と龍山寺と国立故宮博物院というお決まりの観光コースをおざなりに見学した。いずれのスポットでも日本語が通じた。

彼らは台北の街を歩きながら「日本にいるみたい」というのは双方一致した意見を漏らした。

とてもリラックスした様子だった。

 

 歩きながら日頃のストレスを晴らすがごとく買い食いに勤しんだ。

 凛は年頃の少女らしくタピオカミルクティーや台湾カステラの甘味に顔を綻ばせ、士郎は愛しいハニーの喜ぶ顔を見て頬を赤らめた。

 彼らを連れてきて正解だった。

 

 日が暮れると士林夜巿に行き、当然の選択として屋台をハシゴする。

 夜市は数々の鮮やかな料理で彩られていた。

 薄皮でジューシーな台湾式小籠包、アジアのDNAを刺激する甘辛い魯肉飯、小ぶりな牡蠣をデンプンでとじた蚵仔煎、香辛料のたっぷり効いた牛肉麺……

 食べても食べても欲求は尽きず、また物価が安いせいで一向に財布の中身も減らない。

 我々は英国料理の悪口をアテに食べて飲んで、話した。

 これほどいい気持になったのは久しぶりだ。

 台湾に来させたのがあの橙子だという事実が不穏さを頭の片隅でチラつかせていたが、そのことを考えるのはやめた。

 そのぐらい良い気分だった。

  〇

 

 翌日。

 私は「古い友人に会いに行く」と告げ、別行動を取った。

 「二人で過ごしたらどうだ?」とダイレクトに言うのは私の性ではない。

 勘の良い凛は私の意図に気付いたようだったが。

 

 早々に起きて二人が観光に出た後、私は惰眠をたっぷり貪って昼過ぎにホテルを離れた。

 そして壮年の男性と机を並べて港式飲茶を楽しんでいる。

 

 共に飲茶を楽しんでいる李崗(リー・ガン)は台北を拠点とする魔術使いだ。

 生まれ育ちは台南だが、時計塔で一時学んだ後、私の伝手で仕事を得てフリーランスの魔術使いになった。十年来の仕事仲間である。

 台湾先住民族のアミ族と漢族と日本人と朝鮮人の混血という東アジア人種の総合商社のようなルーツを持ち、北京語と日本語と朝鮮語と英語が堪能だ。

 私が「時計塔の後輩たちと一緒に来ている。一人は、友人の僕でも信じられないが御三家の当主だ」と話すと、耳寄りな情報を提供してくれた。

 

「迪化街の永楽布業商場の奥の方に面白い魔道具を扱ってる店がある。魔術で一般人には秘匿されてるが、紹介するから行ってみろ」

 

 不穏な予感が過ったがその招待を受けることにした。

 魔術の探求心が強い凛は特に喜ぶだろう。

 その時はそう思った。




後編は少々お待ちください。

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