Fate/in UK   作:ニコ・トスカーニ

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東京編、完結です。


来訪

「それで――」

 

 彼女、両儀式は供されたグリーンティーを啜りながら静かに言った。

 

「お前、トーコを探しに来たんだろう?」

「君は読心術まで身に着けたのか?」

 

 私が驚きと共にそう言うと、

彼女は私をあざ笑うように「フン」と鼻を鳴らして言った。

 

「莫迦かお前。

オレと茶飲み話しに来たんじゃないことぐらいわかる。

オレが目的じゃないなら、目的はトーコだ。

簡単な話だろ」

「ああ。伽藍の堂が両儀家の所有物になっていると聞いてね。

君ならば何か知っているのではないかと思ったんだ」

「さて、どうするかな?」

 

 彼女は微笑を浮かべて言った。

「僕の普段の皮肉に対する意趣返しか?」

「皮肉を言ってる自覚あったのか、お前」

「ふむ。ここは、日本式に『オセジ』で君から答えを引き出すとするか」

 

 彼女は微笑のまま言った。

 

「面白い。試してみろよ」

「シキ、君はこの世の万物全ての何よりも麗しく、そしてセクシーだ。

特に刃物を持った時の君。

その姿はまるで、サタンが女装して地獄から這い上がってきたかのようにセクシーだ。

どうか僕にトウコの居場所を教えてほしい」

「……それで褒めたつもりか?」

「最大限にね」

 

 彼女は変わらず微笑を浮かべたまま、静かに言った。

 

「お前、トーコを探しに来たのか、殺されに来たのか、どっちなんだ?」

 

 しばらく同じようなやり取りが続いた後、私の皮肉に飽きたらしい式が

ようやく本題に戻ってくれた。

 

「それで、トーコの居場所だけど――

――オレも知らない。

その変わり―」

 

 その変わり、繁華街の裏道で占い師をしている

 観布子の母なる人物のことを教えてくれた。

 彼女曰く、「本物の予知能力者」らしい。

 

 その後、式は観布子の母なら人物の居所を私に伝えると、直々に玄関まで見送りに

来てくれた。

 

 式の夫である黒桐幹也――今は婿養子に入り両儀幹也となっているが――

の居場所を聞くと、彼は用事があるらしく、今日は帰ってこないとのことだった。

 

「では、ミキヤによろしく伝えてくれ」と式に言うと、「そんなの自分で言え」と言われた。

 感じの良い女性だ。

 

「また来いよ。

昔話ぐらい付き合ってやる。

お前ももうオッサンに片足突っ込みかける年だろ?

オッサンなら昔話はするよな」

「じゃあ、君はババアに片足を突っ込みかける年だな」

「……お前、やっぱり削がれたいんだろ?」

「とんでもない。

ババアになっても君は美しい。

そう言おうとしたのさ」

 

 シキはただ「フン」と鼻を鳴らしただけだった。

 

 私は靴を履きながら言った。

 

「ありがとう。シキ。

再会できて思いのほか楽しかった」

「ああ。オレもお前と話すのは結構楽しいぜ」

「ようやく意見の一致を見たな」

 

 靴を履き、立ち上がると私は言った。

 

「今度は事前にアポイントを取ってから茶菓子持参で来るよ。

『トモダチ』としてね」

 

 私がそう言うと、彼女は顔をほんのり赤らめて、視線を背けると、

「フン」と鼻を鳴らして言った。

 

「用が済んだんなら。さっさと行け。

オレは暇じゃないんだ」

 

×××××

 

 両儀邸を背に、繁華街へと歩みを進める私の脳裏には先ほどの式の赤ら顔が浮かんでいた。

 

 顔を赤らめるうら若い美女の姿は普通であれば、可愛らしいものとして認識されるはずだが、両儀式の赤ら顔が私に想起させたものは赤銅色の鬼だった。

 

「……恐ろしいものを見てしまった」

 

 私はそう1人ごち、歩みを進めた。

 

 

×××××

 

 30分後。

 

 私は式に教えられた住所を頼りに、繁華街を歩いていた。

 式の話が本当であれば、この辺の裏道のどこかに観布子の母なる本物の予知能力者が居るはずだった。

 

 しかし、横道を1本ずつ検めてみても、どこにもそれらしき姿は見受けられなかった。

どうやら道に迷ったらしい。

 

 平日の昼間だというのに、観布子市の繁華街は人通りが絶えなかった。

 ロンドンの人口過密ぶりも相当なものだが、東京はその比ではない。

 大都市に慣れている私でも、あまりの人だかりに酔ってしまいそうだった。

 

 それから、さらに30分。

 薄情ではあるが、そろそろ諦めてロンドンに戻ろうかと思った頃、

突如、あらぬ方向から声をかけられた。

 

「もし」

 

 声の方向を見る。

 

「もし、そこの兄さん」

 

 薄暗い路地裏の奥から年のころは50ほどの初老の婦人が声を発していた。

 

 私は声の方向にゆっくり歩み寄ると言った。

 

「明らかに『ガイジン』風の見た目の僕に日本語で話しかけるとはタダ事じゃないな」

 

 婦人はカラカラと笑うだけだった。

 

「あなたがミフネの母か」

 

 またしても婦人はカラカラと笑った。

 肯定の意のようだった。

 婦人は笑いを止めると言った。

 

「あんた、人を探しているんだろ?」

「街中でキョロキョロしている人間を見て、何かを探しているものと推測するのは妥当な判断だな」

「その性格は亡くなった伯父さん譲りだね?」

「……コールドリーディングというわけではなさそうだな」

「もっと近くへ来なさい」

 

 そう言われた私は老婆に更に歩み寄った。

 

 婦人は私が1フィートほどの距離まで近づくと、水晶を覗き込んだ。

 そして、またしてもカラカラと笑って言った。

 

「あんた、無駄足を踏んだよ」

「どういう意味だ?人類に理解可能な言語で話してもらいたいね」

「あんたが探さずとも、向こうからやってくるということさ」

 

 皮肉屋な私だが、私の直感がこの婦人の言っていることは正しいと告げていた。

 私はその言葉をしばらく反芻すると言った。

 

「ありがとう。ご婦人」

 

 もうここに用はない。

 私は直感に従うことにした。

 

×××××

 

 またしてもブリティッシュエアウェイズの狭いエコノミーシートに押し込められ、

12時間。

 

 私はホームタウンであるロンドンに戻っていた。

 

 相変わらずロンドンは曇天で、人が多く、エミールのホテルはなんの趣もなくただ

古臭いだけだった。

 

 私はまず、荷物を持って最近できた若い友人、衛宮士郎と遠坂凛のフラットに向かった。

 2人は、私が東京で購入した彼らの望みの品物を見ると素直に喜んでくれた。

 しかし、私が気を利かせて購入しておいた1ダースの主に避妊に使われるゴム製品を見せると、凛にこっぴどく叱られた。

 私の厚意は伝わり辛いらしい。

 

 私は凛の怒声を背に、2人のフラットを出るとパディントンのエミールのホテルに向かった。

 

 エミールのホテルになけなしの荷物を置いた私は、近所のパブで2パイントのエールの流し込み、部屋へ戻ろうと歩みを進めた。

 

 ここ、ロンドンにも禁煙の波は押し寄せてきている。

 全室が禁煙のエミールのホテルでは部屋で吸えない。

 

 そろそろ部屋に戻って寝ようかと思ったが、その前に一服しようと思い立ち

私はホテルエントランス前に設置された灰皿の前に立った。

 

 リッチモンドのロングを1本取り出し、火をつける。

 

 紫煙を燻らせていると、誰かが近づいて来て、

「excuse me<失礼>」と言い、灰皿にトントンと灰を落とした。

 

 私はよくある光景として、それを認識の片隅に追いやっていたが、

その声、その匂いが私の認識を眼前のものへと呼び戻していた。

 

「……相変わらずマズそうな匂いのタバコだな。

トウコ」

 

 そこに居たのは、真っ赤な長髪に赤い眼をした長身の女性だった。

 彼女だった。

 私のこの旅路の目的。

 そして、旧友。

 蒼崎橙子。

 

 彼女は紫煙を吐き出すと言った。

 

「老けたな。アンドリュー」

 

 それが7年ぶりの再会の最初の1言だった。

 

「中年に片足を突っ込みかけるような年だ。

老いもするさ。

君はまったく変わらないな。

どんな魔術を使ってるんだ?」

 

 彼女はその質問には答えず、例のあの邪悪な微笑みを浮かべるだけだった。

 

「君に色々と聞きたいことがあったはずだったが。

なぜだろう。不思議とどうでも良くなってしまった」

 

 彼女は紫煙を吐き出し言った。

 

「アンドリュー。良いことを教えてやる。

世界はお前が思ってるよりもずっと狭い」

「それはどういう意味だ?」

「本当に必要ならまた会えるということだ」

「君が僕に会いに来てくれるのはいいとして、

僕が好きなタイミングで君に会いに行ける可能性は?」

「そんなのは分かってるだろう?」

「そうだな。トウコは何でもお見通しだ」

 

 彼女はほぼ燃えさしと変わらぬタバコを灰皿に捨てると背を向けて言った。

 

「じゃあ、またな」

「貸した金を返しに来てくれたんじゃないのか?」

「返ってくると思ってたのか?」

 

 そう、素っ気なくいうと、次の瞬間、確かにそこにいたはずの橙子の姿は

夜の闇に溶けてなくなっていた。

 

「いいや」

 

 誰もいない、真っ暗闇に私はそう1人ごちた。

 

 後にはただ、彼女の残して言った紫煙の残り香が漂っているだけだった。





凶暴の権化とか書いたけど、式かわいい。
照れ隠しです。

次回は士郎をメインにしたエピソードの予定です。
今のところ最長になる予定です。
オリキャラがバンバン出てきますが、メインはあくまでも士郎です。
今、まとめてますので更新は少々お待ちください。
週末になるかもしれません。

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