魔眼蒐集列車外伝 ―アラン・ホイルの華麗な冒険
落ち着いた色合いのソファーに白を基調にした部屋。
そして豪奢な装飾品の数々。
ここはロンドンを代表する老舗ホテル、ザ・サヴォイのホワイエだ。
今は午後一時過ぎで、目の前には三段重ねのトレイとティーセットが一式並んでいる。
ザ・サヴォイのアフタヌーンティーだ。
しかも人の奢りで。
本来なら最高の時間だが、この至福の時間には巨大な瑕疵があった。
それは向かいに座っている人物だ。
寸分の隙も無く仕立てられた一目で高級とわかる紳士服を纏った色白で細身な人物。
彼、メルヴィン・ウェインズとは古い付き合いだが控えめに言って好感の持てない人物だ。
それでもズルズルと関係が続いているのは彼が商売上重要な人物であるためだ。
名家の生まれで唸るような財産を持ち、有能な調律師で金払いもいい。
そんなわけで今日も今日とて私は彼に呼び出され、彼の奢りで高級アフタヌーンティーを楽しみながら商談をしていた。
今回の商談はニコロ・アマティが制作したヴァイオリンを手にいれてほしいというものだった。
アマティといえばストラディバリと並び称されるヴァイオリンの名職人だが、そのヴァイオリンは悪魔が弾いたという逸話をもつ飛び切りの逸品だった。
オーストリアの収集家が所持しているという噂だ。
年中世界を飛びまわり、世界中にコネを持つ私にとってモノの調達は最も得意とする分野だ。
私は依頼を請け負い、残りのブラックティーを楽しんだら席を立とうと思った。
その時、思いもかけない人物が現れた。
「よう。メルヴィン!アンディ!」
冬眠前のブタのような(ブタは冬眠しないはずだが)だらしない体躯、ごみ集積場のようなすえた匂いの巨体。
一目で誰だかわかってしまう不快極まりない生き物がいた、
「アラン!アランじゃないか!」
その姿を認めると、メルヴィンは立ち上がり再会の握手を交わした。
男の名はアラン・ホイル。
かつて、共に時計塔で学んだ元クラスメイトだ。
変態的な性癖を持ち、それを隠そうともしない変態的な人格の持ち主だが、この男はそれと同時に天才でもある。
魔力と電気信号を相互変換する特殊な魔術回路を持ち、アトラス院さえ驚愕するほどのレベルで科学と魔術を融合させた偉業の達成者だ。
しかし、その異常に高い能力は彼を破滅の道へと導いてしまった。
これほど異常かつ特異な能力を魔術協会が放置するはずもない。
封印指定を受けたのだ。
ホイルは自らの封印指定を知るとそのまま出奔し、身を隠した。
彼とは故あって時折連絡を取っているが、以降、魔術協会は彼の居所について手掛かりすら掴んでいない。
「魔術協会のマヌケじゃ俺の屁の残り香も捕まえられねぇ。何なら協会のジジイたちの眼前で脱糞しながらマスカキを披露してやってもいいぜ」
彼はそう豪語しているが実際、協会が彼を確保する日が来る可能性は極めて低いだろう。
人格が歪んでいる同志だからか、メルヴィンとホイルは妙に気が合う。
私はホイルのような人物との接触は最小限に抑えたいが、メルヴィンは再会を純粋に喜んでいるようだった。
「それで、アラン!私に何の用だい?また、コールガールを呼ぶ?それともストリップパブに繰り出す?」
ホイルに比べればメルヴィンの歪み具合などかわいいものだが、この男もまたあのライネスに「このクズ」と眼前で罵倒されるほどの人物である。
傍から聞いていても中々ひどい提案をしている。
ホイルにとって人生とはズリネタを探す旅である。
どうせ禄でもない要求をするのだろうと思ったが、彼は意外な要求をした。
アラン・ホイルという人物を知る我々にとってあまりにも意外過ぎる要求だった。
「お前のコネで
我々は双方同時に驚愕した。
魔眼蒐集列車とは魔眼を収集し貯蔵している列車で伝説的な存在だ。
列車では定期的に魔眼のオークションが開催されるが、常連以外のフリー枠は数が限られており招待状は争奪戦となる。
ホイルは天才的な魔術師だが「魔術の事を考えるのは一パーセントぐらい」と言ってしまうような人物だ。
それが魔術の世界の真ん中を行くようなことを言った。
デヴィッド・ベッカムがフットボールからクリケットに転向したとしてもここまで驚かなかっただろう。
メルヴィンは現実的問題としてオークションの軍資金の心配をしたが、ホイルは質の悪いことに天才だ。
当然金稼ぎの手段は確保していた。
「資金なら問題ねぇ。俺はポルノサイトの運営で結構な額を稼いでるからな」
いかにもこの男らしい手段だ。
仮に資金不足になってもこの男はその気になれば大抵の国の金融機関をクラッキングできる。
実際、ホイルは暇つぶしにバングラデシュ中央銀行のシステムをクラッキングし、銀行のメインフレームに接続されたすべての端末のデスクトップ画像を自分のケツの穴に変更するという悪事を働いたことがある。
バングラデシュ政府とインターポールが犯人を追いかけているが目下、手掛かりは犯人のものと思われるイボ痔付きの肛門の画像しかない。
「協力してもいいけどオークションに参加したい理由を聞いてもいいかい?君、あんまり魔術に興味無いじゃなかったっけ?」
ホイルは肩をすくめ「おいおい!もうちっと想像力を働かせてくれよ!」と言うと続けた。
「今回は透視の魔眼が出ると聞いてな。透視の魔眼なら覗きに役立つだろ。俺としたことが盲点だったぜ、もっと早く気付くべきだったな」
「そんなところまで想像力が働くわけがないだろう」と言おうと思ったが、この男が調子に乗りそうなのでやめた。
「それで?答えはイエスか?それともイエスか?どっちだ」
それを聞いたメルヴィンは場所もわきまえずに爆笑した。
「アラン!君は本当に面白いな!もちろんイエスさ!」
そしていつものように吐血した。
〇
ホイルがメルヴィンを誘い、私を強引に連れ出して我々三人は魔術世界のある意味最奥ともいえる魔眼蒐集列車に乗り込んだ。
オークションは恙無く行われた――と言いたいところだがそれではアンドリュー・マクナイトの華麗な事件簿の一部として語るに値しない。
事件は起きた。
それもオークションが行われるその当日に。
オークション参加者の一人、ニコラウス・ロマノフはオーストリアの術師だが悲劇の王朝、ロマノフ一族の血を引いている。
典型的な古い家系の魔術師だが、一族の中でも最も過激な思想の持ち主であるという噂が絶えなかった。
しかし、接してみるとニコラウスは温厚な青年紳士だった。
それで主催者側も我々参加者も完全に油断していた。
列車内でオークションが始まろうかというその時、オークション会場で突如として彼が口を開いた。
「紳士淑女の諸氏。以前、この魔眼蒐集列車でかのドクター・ハートレスが起こした事件のことをご存じですか?」
知っているに決まっている。
私の横にいるメルヴィン・ウェインズはその時その場に居合わせた人物の一人だ。
私はその場に居合わせなかったが、当事者の複数人からその話を聞いている。
「幸いにしてドクター・ハートレスはその時の痕跡を残してくださっていましてね。それを私も利用させていただこうかと考えております」
その場にいた全員に戦慄が走った。
ドクター・ハートレスはロード・エルメロイ二世の前に現代魔術科を統べていた人物だ。
彼は霊脈と聖遺物を使い、サーヴァントの召喚に成功。
ロード・エルメロイ二世はそのサーヴァントに狙われ辛うじてそれを凌いだ。
「皆様、ご存じの通り、私はロマノフ王朝の血筋を引いています、つまり、私自身が英霊に関連する触媒とも言えます。オークションが行われるまでの数日に、優れた魔術師である皆様から少しずつ魔力を頂戴しました。あとはここの霊脈と接続すればすべての準備が整います」
大言壮語でも誇大妄想でもない。
この男は本気でサーヴァントを召喚するつもりだ。
危険な噂は聞いていたがまさかここまでイカれた人物だったとは。
「すでに準備は整いました。あとは最後の一説を唱えるだけです。『汝、三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ―――!』」
莫大な魔力が吹き上がり、吹き上がった渦の中から莫大な神秘を内包した何かが姿を現した。
それはほっそりとした少女の姿をしていた。
銀色の長髪で白を基調としたドレスに身を包んでいる。
しかし、魔術師であればその少女は一見してただの人ではないことがわかる。
「サーヴァント、アナスタシア・ニコラエヴナ・ロマノヴァ。召喚の求めに応じ、ここに参上したわ」
アナスタシア・ニコラエヴナ・ロマノヴァ。
ロマノフ家の悲劇の皇女。
我々魔術師の世界では妖精と契約していたという噂もある人物だ。
その場にいた全員、身が引けていた。
熟練の魔術師が束になっても敵わない。
そういう存在であることが全員、嫌というほどわかっているからだ。
――が、その中でただ一人。
まったく冷静そのものの人物がいた。
ただ一人の冷静な人物であるアラン・ホイルは小指で鼻をほじくると「二十二メートルライン正面からのコンバージョンキック」と世界中のラグビーファンの怒りを買いそうなことを言いながら小指で鼻クソを弾き飛ばした。
「――まったく。予想通りの展開になっちまった」
この男は品性の無いことは言うが、大言壮語はしない。
本当にただ一人この状況を予見していたのだろう。
「当たり前だろ。どの世界でも二番煎じを思いつく奴はいるんだからな。予見できねえのはお前ら犬のクソみてえなマヌケだけだ」
この事態を予測していたか聞くと予想通りの答えが返ってきた。
そしてホイルはニコラウスの方を向いた。
「おい。せっかくサーヴァントなんて大層なモンを呼び出したんだ。試運転したいだろ?安心しろ。クソ天才な俺がふさわしい相手を用意してやる」
ホイルは魔術で空間をゆがませた上着の内部から何かを取り出した。
「それは何だ?蓄電池に見えるが?」
「さすがはアンディ、お利口なファック野郎だ。こいつはハイエンドのポータブル蓄電池だ。俺の魔術回路が魔力と電気信号を相互変換できるのは知ってるな?その要領で魔力を電気に変換して持ち歩いてたのさ。その気になればサーヴァントを一騎召喚できるぐらいの魔力をな。加えてこいつには召喚の術式が組み込んである。
あとはここの霊脈に接続すればビビデバビデブーってわけさ」
私は呆れと感心でどうしたらいいかわからなかった。
メルヴィンは大喜びしている。
「アラン!君は本当に面白いな!どうしてそんなに無駄にハイスペックなんだ!」
ホイルは開始の合図代わりに凄まじい勢いで放屁した。
生ごみとスパイスマーケットの匂いに汗が混ざったような凄まじい悪臭の屁だった。
「聖遺物がねえ以上、誰が召喚されるかは俺の引き次第だが、他に手はねえ。つうわけでやるぞ。見てろマヌケども!」
この男は最低だがその能力だけは本物だ。
何しろ、腕利きの封印指定執行者に影すら踏ませることなく逃げ続けているのだ。
変態性の一割でも真面目に魔術に向けていれば歴史に名前が残る存在になっていただろう。
「素に銀と鉄。 礎に石と契約の大公。
降り立つ風には壁を。
四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ。
閉じよ。閉じよ。閉じよ。閉じよ。閉じよ。
繰り返すつどに五度。
ただ、満たされる刻ときを破却する」
ホイルの周囲を莫大な魔力が渦巻いている。
術式は正常に機能しているようだ。
「――――告げる。
汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。
聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ。
誓いを此処に。
我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷しく者。
汝、三大の言霊ことだまを纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ―――!」
光が激しくスパークし、莫大な魔力が吹き上がった。
夢の中という不完全な形とは言え、私は一度サーヴァントを目の当たりにしたことがある。
今、目の前で展開されているのは同じ現象だと経験からわかる。
「wwwデュフフフwww。黒髭、参上ですぞー! 緑は敵ですぞー!」
一体なんだこれは……
黒髭ことエドワード・ティーチは大航海時代の暗黒側面、悪名高い海賊の代名詞的存在だ。
悪逆非道なエピソードには事欠かず、最後は英国軍と壮絶な死闘を繰り広げ断首されたが、ニ十箇所の刀傷、五発の銃弾を受けても憤怒の形相で戦い続けたと伝えられる最も悪名高い反英雄の一人だろう。
しかし――
「おひゃーーーーーーーー!!!!!!銀髪色白のメカクレ美少女ktkr!!!!!!!!」
一体、英霊の座で何があったのだろうか。
「美少女の匂いが含有された空気!スーハースーハー……パワーアップ百二十パーセント充填!」
相手側のサーヴァント、アナスタシアは青ざめている。
我々凡人は唖然としている。
ここまで来たところでようやく契約で最も大事なところ、マスターの存在に気付いたようだ。
黒髭はホイルの方を見た。
ホイルを舐めるように凝視すると急に真剣な眼差しになった。
「マスター、拙者と同じ匂いがするでござるな……」
髭面の不潔な生き物と、でっぷり太った不潔な生き物は正面から向かい合った。
「マスター……ぬるぽ」
「ガッ!」
彼らはがっしりと握手を交わした。
……こいつら、義兄弟の契りを結びやがった。
「マスター、拙者、あの銀髪美少女の脇と鼠径部をprprしてもかまわないでござるか!」
「ああ、いいぜ!俺には髪の毛ハムハムさせてくれ!」
「オゥフwww期待と興奮で拙者の股間もおもわずふっくら!マスター、拙者、もうパンツ脱いで良いでござるか!?」
「いいぜ!俺はすでにノーパンだ!」
二匹の変態は息ぴったりだった。
「おk!契約成立!さあ……いざ尋常にwwwデュフフwww勝負!勢いあまってプニプニとかしちゃっても事故だから許してね!」
〇
戦いは一方的だった。
相手に突っ込み、ひたすら素手で触れようとする黒髭と悲鳴を上げて逃げ回るアナスタシア。
もはや戦闘行為なのか痴漢行為なのか判別がつかない。
黒髭は接近の度に「ワンタッチ!ツータッチ!スリータッチ!」と絶叫している。
感覚を共有しているホイルはそのたびに下卑た笑みを浮かべている。
その場にいた一同は唖然としながら防御結界で身を守っている。
メルヴィンは私の結界の後ろで笑い転げながら吐血している。
事態は膠着していたが、ここでニコラウスがカードを切った。
令呪。
三度だけ行使できるサーヴァントへの絶対命令権だ。
彼は逃走を命じたが、ホイルは読んでいた。
「令呪を以て我がマブタチに命ずる。逃がすな!」
ホイルの手から令呪が一画消失した。
「まかされて!」
恐ろしいことに彼らは一卵性双生児のように好相性だった。
そしてホイルは勝負を決めに行った。
「悪いがそろそろ魔力切れだ!残る令呪を以って我がブラザーに命ずる!てめえの最強にマザーファッカーな一撃で敵のケツ穴をファックしてやれ!!!」
残る令呪が消失する。
消失した二画は莫大な魔力になり黒髭の背を押した。
「行くでござる行くでござる!『
黒髭、渾身の一撃で事件は幕を閉じた。
サーヴァントは影法師のような存在だ。
よほど特殊な状況でなければ限界を続けることは出来ない。
令呪という楔も無くなり、ホイルの溜めこんだ魔力も底をついた。
黒髭の肉体が薄くなり、光の粒子へと変換されていく。
「次会う時は下痢するまで飲んでコールガール呼ぼうぜ!」
ホイルは黒髭に手を差し出し、黒髭はがっしりとその手を取った。
「ありがとうよ、マスター。楽しいシャバだったぜ!じゃあな。黒髭は逝くぞ!」
こうして英霊は泡沫の夢のように消えた。
この件についてこれ以上語ることは無い。
というわけで番外的エピソードでした。
まったく練らず勢いだけで書きました。
原作設定ともかみ合ってないところがあるかも。
ほんとうにすいません。