Fate/in UK   作:ニコ・トスカーニ

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気付いたらいつの間にか100話目です。
思いのほか早く続章です。
いつものように前・後編2回です。


妖精たちのいるところ
小島


「アンドリュー。……ごめんなさい。仕事を紹介して」

 

 チューリッヒから帰って来た私は依頼元であるロード・エルメロイ二世の元を訪れていた。

 私の知己の商売人が持っている珍しい魔導書を購入して来て欲しいという簡単な依頼だった、

 依頼のモノを彼に渡し、執務室を出ると私が来ていることを聞いていたらしく遠坂凛と衛宮士郎が待ち伏せしていた。

 

 いつも頼みごとがある場合、最初にまず士郎が「すまない」と言うのがパターンだったが今日は逆だった。

 最初に凛が頭を下げ、それに続いて士郎が申し訳なさそうに頭を下げた。

 私はひとまず「わかった。とにかく座って話そう」と提案し、その場を離れることを促した。

 時計塔は丁度、講義の切れ目の時間帯らしい。

 廊下を多数の学生が歩いていた。

 その中の通りがかった一人がこちらに声をかけた。

 

「あら、奇遇ですわね」

 

 その人物は一瞥して分かる風貌の持ち主で、一瞬で判別がついた。

 

「やあ、ルヴィア。先日はありがとう。おかげで綺麗に収まった」

「そうですか。またコーヒーでも飲みにいらしてください。次はプッラを用意しておきましょう」

 

 彼女は我々三人を見回し、凛に対して冷笑を浮かべると我々に背を向けた。

 

「では、ごきげんよう。シェロ、アンドリュー、それにトオサカリン」

 

 彼女はそのまま立ち去って行った。

 凛はその後姿を視界から消えるまで睨み続けていた。

 ルヴィアの姿が見えなくなると、睨みつける対象はルヴィアから私になった。

 

「アンドリュー……いつからアイツと仲良く話すような仲になったの」

 

 その時に凛の反応で悟った。

 凛とルヴィアは前々からの犬猿の仲だが、彼女の口調には恨み妬み嫉み僻みと言ったありとあらゆるマイナスの感情が含まれていた。

 

 どうやらルヴィア絡みでトラブルを起こしたようだ。

 

  〇

 

 我々は時計塔を出て近所のパブでハーフパイントのエールをちびちびやりながら話していた。

 凛が興奮気味だったので落ち着かせるにはむしろ少量呑ませたほうがいいのではないかと思ったからだ。

 

「えっと……遠坂が話し辛いみたいだから、俺が代わりに説明するよ」

 

 付き合い程度のシャンディガフに一口だけ口をつけると申し訳なさそうに士郎は語り始めた。

 

 事の発端は凛とルヴィアの諍いだった。

 私は凛の事もルヴィアのことも好人物だと思っているのだが、当事者二人はお互いのことをそう思えていないようだった。

 

 その日、宝石魔術を競いあった二人は二人仲良くうっかりをやらかした。

 具体的には宝石にため込んだ魔力が暴発し、教室が無視できないレベルの損害を受けたのだ。

 

 話し合いの末、損害は凛とルヴィアが半分ずつ支払うことになっていた。

 修理代の半分である2700ポンドは莫大な資産を持っているルヴィアにとって容易に解決できる問題だったが、凛にとっては違った。

 

 ルヴィアは(凛曰く上から目線で)修理代の立替を提案した。

 士郎はありがたく受けようと提案したが、いつものごとく口げんかになり、凛が圧勝して何が何でも自分たちで払うという選択になった。

 

 これは困った。

 割のいい案件は私にとっても大事だ。

 そんなに簡単に紹介できるものではない。

 だが、彼らは大事な友人で恩もある。

 私は悩ましい気持ちから唸り声をあげた。

 

「ほら、やっぱり困ってるじゃないか。だから言っただろ」

「うるさいわね……反省してるわよ」

 

 私の反応を見て彼らは小競り合いを始めた。

 なので私はこの場で出来る最大限の回答をした。

 

「とりあえず三日くれ。可能な限りいい案件を探してくる」

 

  〇

 

 ガトウィック空港からLCCを使い一時間半。

 私と凛はマン島唯一の空港であるアイル・オブ・マン空港に辿り着いていた。

 

 マン島はグレートブリテン島とアイルランド島に囲まれたアイリッシュ海の中央に位置する島だ。

 人口は大凡8万人程度。

 グレートブリテンおよび北アイルランド連合王国の一部ではなく、自治権を持ったイギリスの王室属領でブリテン島とは異なる独自の文化を築いている。

 事実上の公用語は英語だがケルト文化圏であり、ゲール語の一種であるマン島語(マンクス)が併用されている。

 毎年5月~6月頃に開催されるマン島TTレースは一大イベントであり、大々的に公道を封鎖されて行われる。

 

 早朝の風は冷たかった。

 我々は可能な限り経費を削減するため早朝出発の便を選択していた。

 朝が苦手な凛は半分寝ているような状態で早朝の空港に現れたが、飛行機に載った瞬間から降りる寸前まで寝ていたおかげかマン島に着くころには幾らかマシな状態になっていた。

 

 空港から旧首都のカッスルタウン中心部に移動して車をピックアップし、A5道路を走らせる。

 

 目的地はサントンというヴィレッジだ。

 ここに風変わりなコレクターが住んでおり、鑑定を所望している。

 我々は知人の知人からの紹介で「専門家」として出張鑑定に赴くことになっていた。

 

 先方からコレクションは相当な量であると聞いていたため、助手をつけることを承知してもらっている。

 もちろん凛のことだ。

 さして難しい仕事ではないが報酬は悪くない。

 凛は二つ返事で引き受けた。

 

 マン島で(タウン)と呼べる地域は四か所しかない。

 急首都であるカッスルタウンはそのうちの一つだが人口は三千と少々に過ぎない。

 タウンの中心部から車を走らせ10分もすると、ささやかな町の風景は遠くに過ぎ緑が緑で覆いつくされた景色に変わった。

 緑豊かの景色に時折人家も見えたが、近代的な外観のものは殆どなくレンガ造りか白い漆喰の素朴なデザインで統一されていた。

 その光景は古きを守ろうとしているというよりも、変わらないでいることに意固地になっているように思えた。

 

 ひたすらにA5道路をまっすぐ進み、バラサラで一度右折。

 さらにひたすら真っすぐに車を走らせる。

 

 凛はまだ眠気があるのか心ここにあらずの様子で窓の外をぼんやり眺めている。

 士郎は今頃ルヴィア邸でのパートタイムジョブに精を出しているところだろう。

 私は「寝起きの遠坂は機嫌悪いから」という士郎のアドバイスに従い乗車以降ほぼ会話をしなかった。

 車内は早朝の寝不足特有の沈黙に支配されていた。

 

 緑豊かな景色を車は進んでいく。

 車はささやかな橋に差し掛かった。

 私はその橋を見てしなければならないことを思い出した。

 

「Laa Mie」

 

 ハっとして凛がこちらを見た。 

 

「今のは何?」

「今のはマン島語(マンクス)の挨拶だ。ここの習慣だよ」

 

 私はかいつまんで説明した。

 今さっき通った橋はフェアリーブリッジという。

 伝承ではこの辺りにはイタズラ好きの妖精が住んでいてご機嫌を窺わないと事故に遭う。

 ローマに入りてはローマに従えと言う通り、マン島ではマン島の習慣に従うことにしていた。

 

 私の説明を聞いて凛は言った。

 

「妖精か。魔術師が二人も揃ってるんだし、思わぬところで遭遇するかもね」

 

 私は彼女の感想に対し「そろそろ着くぞ」とだけ答えた。

 

 フェアリーブリッジが見えればサントンは間近だ。

 

  〇

 

 仕事はあっさり終わった。

 確かに見なければいけない物の量は多かったが注視すべきものは一点もなかった。

 

 経験豊富な私と名門魔術家系きっての天才である凛が同じ評価を下したのだから間違いない。

 トレヴァー・コリンズ氏のコレクションは二束三文のガラクタか二束三文にもならないガラクタのどちらかだった。

「よろしければバイヤーを紹介しますが?」と提案はしたがコリンズ氏は肩を落としてそれを断った。

 

 早々に完了したとは言え既に夕刻でありロンドンに日帰りするのはかなり微妙な時間だった。

 首都のダグラスまで行ってダグラスからリヴァプールにフェリーで向かい、陸路でロンドンに戻るという手もあったがこの方法では時間がかかりすぎる。

 私は凛と話し合い、仕方が無いのでひとまずダグラスに向かい、依頼の仲介者が紹介してくれた格安のゲストハウスを探すことにした。

 

「疲れたでしょ?私が運転するわ」

「そうか。ではお言葉に甘えるとしよう。島の通行量はささやかなものだが事故には気を付けてくれ」

 

 我々は次の行動を決め、車に乗り込もうとした。

 その時、凛がはたと立ち止まった。

 

「……アンドリュー」

 

 彼女の眼差しは島に上陸して以来最もシリアスなものだった。

 何かあったに違いない。

 その「何か」に数拍遅れて私も気づいた。

 

「ああ、僕も今、気づいた」

 

 「何か」が居る。

 それは妖精かも知れないし吸血鬼やグールかもしれない、

 とにかく人ではない何かだ。

 人ではない何かが魔力を無料で垂れ流しにしている。

 

 日の入りは逢魔が時だ。

 昼間は気づかなかったが、おそらくこの地にいる「何か」の魔力が増幅されているのだろう。

 

 反応はごく近い。

 サントンはわずか8平方マイルに過ぎない小さなヴィレッジだ。

 徒歩で移動可能な範囲にその「何か」が居るに違いない。

 より魔力の強い凛が先導して歩き、私はその後ろをついて行った。

 

 それはものの数分の徒歩での移動だった。

 

 長閑なヴィレッジのレンガ造りの素朴な家。

 そこから異様な魔力が隠す気すら無い様子で垂れ流しになっている。

 

 家の窓からは明かりが見える。

 暖炉で火を焚いているらしく、煙突からは煙が出ている。

 

 私と凛は示し合わせ、まずは扉をノックしてみた。

 「これで何も反応が無ければ突入しよう」我々はそう示し合わせていた。

 

 待つこと十秒。

 拍子抜けするほどのんびりした様子でドアが開いた。

 

 扉を開けたのは10代前半の少女だった。

 ブロンドの髪にエメラルド色の目をした美しい少女だった。

 

 彼女は我々を見ると、怯えたような表情を浮かべて屋敷の奥に駆け込んでしまった。

 

 予想外の展開だった。

 最悪の予想として急な襲撃ぐらいは覚悟していたため、逆にどうしていいかわからなくなってしまった。

 

「えっと……どうしましょう、アンドリュー」

 

 凛は困惑した様子で私に尋ねた。

 私もどうしていいかわからなかった。

 

 我々が次の行動を決めあぐねていると少女が屋敷の奥から人を連れて来た。

 

 「どうしたんだい?マーサ。え、お客さん?」というやり取りが聞こえてくる。

 

 先ほどの少女に引っ張られ誰かが奥から出てくる。

 声色からして若い男のようだ。

 

「やあ、こんにちは。えっと何か御用かな?」

 

 困惑する我々に対して、少女に引っ張られてきた青年は拍子抜けするほど穏やかにそう言った。




何となくブリテン島・アイルランド島以外を舞台にしたくてこの設定にしました。
ワイト島も考えたんですが、マン島の方が情報が多かったのでマン島にしました。
マン島、レースファンにはお馴染みですよね。
後編は少々お待ちください。
今時点で5割ぐらいまで完成してます。

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