金色の狐、緋色の尻尾   作:花海棠

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いままでの投稿原稿の中で、一番長くなってしまった……切りどころが悪くて…
いろいろ急展開。オリ主の思考が、あっちこっちいっています。
そして、アニナルはやっぱり面白いwwタグ増やしました。

2015/05/15最終投稿。
2015/10/20名前変更。



9.『中忍試験編・第二の試験〈後篇〉』

――シュコー、コポコポコポ……シュコー、コポコポコポ……――

 

水の中は、空気中よりも音が良く響く。水が、音となる振動を伝えるからだ。

――〈私〉は……水の中に、いるの……?

 

『――経過はどう?』

『……成功したのは、どうやらこの一体だけのようですね』

『そう…まぁ、一体でも生き残っただけ奇跡よ。――母体を介さない生命の創造…それを成功させた私は、神と呼べるのかしら?』

『神、ですか……火影よりも、なりたかったモノなので?』

『フフフ…まさか。ダンゾウの爺の口車に乗ったのも、火影になればもっと色々な研究がしやすくなると思っただけのことよ』

 

――話し声が、聞こえる……でも、今は〈私〉に語り掛けているのではないみたい……

 

『身体の具合はいかがかしら?気に入ってもらえた?』

 

――…そうね。悪くないわ……節々の痛みもなくて、呼吸もラク……でもさすがに、こんな小さな身体になるとは思わなかったけれど……

 

『…いま、脳波に反応が…こちらの声が、聞こえているみたいですね』

『この子には、人の言葉を理解し応えられる意思があるという証拠ね。

――これまで、器(うつわ)を作りだすことはできても、そこに魂を宿らせることはできなかった…だからこそ、柱間細胞の研究では攫ってきた赤ん坊を使ったのだけれど、アレも結局は失敗だったしねぇ………研究中だった″あの術″に、まさかこんな利用法があったなんてね……』

『一体、誰の魂を?』

『フフ……"この世界"のものではない、ひとりの女の魂よ――』

 

彼らの言葉のイミは、ほとんど理解できなかった。知らない単語が多すぎる……いいえ、知っているものもあるわ。あれ?どっち?

………ねむいわ、とても……こんなに小さな身体なんだもの、しょうがないわよね……

 

瞼を閉じるようにして、〈私〉の意識は闇に墜ちていく。

ふわふわとした現実とは別の空間で、〈私〉の意識はまどろみに沈む………変なの。〈わたし〉という身体の中に、もう一人の〈私〉が居るなんて……

 

 

 

 

 

<――……女(おんな)、もう本来の肉体へ還れ…術が完成して間もない今なら、まだ戻れるはずだ……このままでは、いずれお前の魂は……>

 

不機嫌そうな低い声音が、今日も〈私〉を追い払おうとする。でも、聞いてやんない。今日も図々しく居座ってやる。……不思議ね、もういい歳した大人なのに、こんな我儘染みたことをするなんて。

 

『いやよ。あなただって、私がいなくなったら退屈でしょう?』

<……魂が、壊れるんだぞ?>

 

声の主は、不機嫌なんじゃない。心配してくれているのだと分かった。分かりにくいぞ、このデレめ。

 

『……かまわないわ。私の役目はもう終わっているもの。ただ最後の時を待つだけなら、今は、あなたに出会えたこの奇跡に感謝して、あなたともっとお話がしたい……ねぇ、話の続きは何だっけ?』

 

〈私〉は遠慮なしに、その豊かな毛並みに抱きついた。以前はその大きな体躯に興味が湧いて、振り落とされないのをいいことに好きなだけよじ登ったりしていたっけ。ふふ、なんて子どもっぽい…でも、過ぎ行く年月の中で忘れざるをえなかった久しい楽しさだ。

 

<……お前が話す番だ。尾獣を友にしたいなどとトボケたことをぬかすガキが、波の国という土地で、初めて強い敵と対峙した時の話だ…>

『そう、その話だったわね。……あなたには、知っておいてほしいの。六道仙人の意志を受け継いだ、彼の生き様を……ねぇ、クラマ――』

 

 

◆◆◆

 

 

ふっ……と意識が浮上した。朝の寝起きとは比べ物にならないぐらい、最悪な目覚めだった。なんだか、夢を見ていたような気もするけど、思い出せない。身体中、痛い…きもちわる……

 

「――……カ…、カミナっ…頼む、起きてくれってばよ!カミナぁッ!!」

「お、おい、ナルト…あんま揺らすな――」

 

力の入らない身体を揺さぶる、未だ逞しさには遠く及ばない拙い腕。頬や額に触れている小さな掌が、震えていた。私の顔を濡らす、この温かな雫は……?

 

「……ナ、ぅ…ト…?」

「「カミナっ!?」」

「……気が付いたのか?」

 

喉が痛くて、声を出しにくかった。なんで?……痛みに数回咳き込むと、ようやく霞んだ視界が焦点を結ぶ。目の前には、不安と怪訝そうな顔を浮かべてしゃがみ込むシカマルと、白眼で周囲の警戒していたらしいネジが居た。そして……ぼろぼろに涙を零すナルトが、カミナの身体を抱き起こしていた。

 

「…ナル、ト…どぅ、し…?」

「カミナっ!!……めん、ごめん!オレってばいつも…カミナのこと、守れてねぇっ…!!」

 

ぐっと唇を噛んで涙を耐えようとするナルトに、カミナは、ひどく重い右腕を持ち上げてその泣き濡れた三本ヒゲの痣ある頬に手を添えた――そのカミナの右手には、手首に痛々しい縄の痕"だけ"が残っていた。

 

「だい、じょぶ…だから……ね?」

「っ!!」

 

ちゃんと笑えていただろうか?でも、誰よりも笑顔が似合うあなたの、そんな苦しそうな顔は見たくないから……――カミナの意識が保てたのは、そこまでだった。ずるりと力を無くして落ちた手に、ナルトが慌てて再びカミナの名を叫ぶように呼ぶ。

 

「慌てんな、ナルト…気を失っただけだ。格好はひでーが、カミナ自身に怪我はねぇみてーだし……ひとまず、皆のところに戻るぞ。お前の大声で、他のチームが集まって来ちゃたまんねぇ」

「……少し遅かったみたいだがな」

「っ、なに!?」

 

ネジの言葉にシカマルが咄嗟に警戒態勢を取るのとほぼ同時に、近くの茂みが揺れた――ひょこりと姿を現したのは、見知った同期の顔と、見知った白い子犬だった。

 

「キバ!?」

「やっぱシカマルの匂いだったか!あとナルトと……うわっ!?カミナどーしたんだ!!!」

 

アカデミー時代でもナルトとツートップを争うほどの騒がしさを兼ね備えた同期の登場に、シカマルは緊張が解けた脱力感とともに思わず天を仰ぐ。あー、うるせーのが増えやがった……と、心底面倒に思いながら。

 

「キバ、騒ぐな。お前のデカい声が、他のチームに気取られるかもしれない。それに……カミナのその姿にはオレも驚いたが、彼女は生きている」

「わ、わーってるよ!ただ…この一帯スゲー血の匂いで鼻が利かなくなってたからよ、ちょっと驚いてだなッ…」

「ヒッ、カ、カミナちゃ…!!」

 

続いて姿を現したのは、同じく同期の油女シノと、日向ヒナタだった。表面上、動揺は露わにせず冷静に徹しているシノに対し、もとより気の弱いヒナタは、カミナの血まみれの姿に顔を青ざめさせていた。

 

「……相変わらずですね、あなたは」

「あ……ネジ、兄さん…」

 

ネジから向けられた冷たい視線と声音に、ヒナタはまたビクリと肩をすくめる。

同じ苗字とその白色の眼からも分かるように、この二人は同じ日向一族の者だった。そもそも、ネジが犬塚キバ(プラス赤丸)を含むこの第八班の接近を許したのも、この班ヒナタが居たからだろう。とはいえ、ネジから向けられるヒナタに対する態度は、とても好意的と言えるものではないが……彼らの分家と宗家にまつわる因習による根深い確執は、知る人ぞ知る有名な話だった。

 

一気にして張りつめた空気に、めんどくさいと思いながらも、状況を打破するように声をかけたのはシカマルだった。

 

「……なんでお前ら八班がここに来たのか、まぁ、聞いても聞かなくてもいいんだけどよ…とにかく、場所を移そうぜ。そんで、お前らも着いて来る気があるなら、とりあえず巻物争奪戦の話は抜きにして停戦するのが条件だ」

 

この中忍試験、どうもキナ臭いぜ――シカマルのその言葉に、キバたちの表情にも真剣みが増す。

 

「…いいぜ。同期のよしみだ、ついでにお前たちにおっかねぇー敵の情報も教えてやるよ」

「……これ以上おっかねーヤツがいるのかよ」

 

シカマルは、心底げんなりといった様子で溜息をついた。

それからカミナを抱えたまま放そうとしないナルトを促して、全員で残した仲間たちの元へ戻った。途中体力のあるキバがカミナを背負って走るナルトに代わろうか声をかけたが、「……嫌だ」というナルトの、短くもはっきりとした拒絶に逆に驚いていた。それは、普段のナルトを知るシノやヒナタも同じようだった。

 

 

 

 

意識のないカミナを連れてのその場を去るナルトたちの様子を、少し離れた木の裏から伺う者が居た。大蛇丸である。しかし彼の忍は、昨夜までの様子とは打って変わって、その白すぎる顔の額に脂汗をにじませながら、自らの両掌に裂いた布をキツく巻きつけていた。布は、彼の死んだ部下の装束の一部であり、布はすぐに血を吸って色を変えていった。

 

「フ、フフフ……危なかったわねぇ…もう少しで、″本番″前に両腕を失くしてしまうところだったわ…」

 

忌々しい痛みに耐えながらも、大蛇丸の表情からは笑みは消えなかった……否、この状況を嗤わずとしてなんとする、である。

 

「まさか……12年前、木ノ葉を壊滅させかけた″九尾の意志″が、あの娘を…人間を、守ろうとするなんてね……――」

 

大蛇丸の脳裏に、あの苛烈で強烈な″赤″が過る――

 

 

 

 

 

『あぁああああああっっ!!』

 

第二の試験・一日目。その真夜中のことである。

大蛇丸によって連れ去られたカミナは、死の森のあの場所で、その身に施された強力な封印術の解呪が行われていた。封印が強力であるが故に、解呪のために掛かるカミナへの負担も極めて大きく、地面に描かれた術式図の上から逃げられぬよう杭に身体を縛り付けられたまま、カミナはその苦しみに耐えねばならなかった。

 

『ああぁッ!…うっ…ぐ、うあぁああぁああッ!!』

 

真夜中の死の森に、少女の悲痛な悲鳴が響き渡る。しかし、悲しいことに、少女の周囲には強固な結界が張られており、誰も彼女の助けを呼ぶ声に気づかなかった。

 

『ちょっと封印が強力過ぎたかしら?苦しいのでしょう?可哀想にねぇ……せめて傀儡の術を施すまでは、死なないでちょうだいね。――お前たち、術が完了するまで九尾のチャクラが暴れないように抑えておくのよ』

『『承知』』

 

『あぁあああああッ!!!』

 

地面に縫い留められたカミナを囲んで大蛇丸の術を補助をしているのは、第二の試験開始前に殺した草隠れの忍の顔を被せた、音の里の部下である。

 

もとより難しい作業にはならないはずだった。

――6年前、カミナの記憶に掛けた封印術がここまで強固なのは、その当時の彼女の″過去″の記憶を、「あの男」に読み取られないようにするためであった。

実験を繰り返した末に、偶然発見したこの娘の能力。血継限界など目ではない、それこそ、神の力と呼ぶにふさわしいその力の一端を、大蛇丸はその眼(まなこ)で目にした。そして……戦慄した。

 

―――″この力は、下手をすれば、この世の運命すら我が物にできる″―――

 

故に、もたらす危険の大きさも大蛇丸にはすぐに分かった。この力を、大蛇丸だけが保持できるのであれば、手放さず、命尽きるまで自らの手元で飼い殺しにしていただろう。しかし、実際はその恩恵を得るため、部外者である「あの男」の協力が必要不可欠であった――せめてあの時「うちはイタチ」の身体を手に入れることさえできていたら――思えば、最初からあの者を協力させたことすら間違いであったのかもしれない。必要であったとはいえ「あの男」は、大蛇丸以外に唯一、カミナのこの力を知っている人物。裏切りを許せば、死の刃を突き付けられるのはこちら側だった。

 

だからこそ、この娘を利用することを考えた……「あの男」の手が届かない、忍の隠れ里に隠すことで………来るべき日の、切り札として……

 

 

『(九尾への対策は、あくまで保険よ…チャクラが漏れ出してきているとはいえ、ナルト君とは違う。四代目火影が命を懸けた封印術がそうそう破られることは…)――なにッ!?』

 

異変を感じたのは、封印の解呪があと少しで終わるという時だった。

 

『な、なんだ?様子が……ぐ、がぁああッ!!』

『おいっ!?……う、なッ…チャクラが、逆流、をッ……ごはっ!!』

 

突然部下たちの身体が、次々と膨張して、破裂した。辺り一帯に血と臓物をまき散らし、それは地面に縛り付けたカミナにも降りかかる。血で術式図が乱れたため、解呪の儀式も中断してしまった。なによりも――目の前で増大する凶悪で強烈なチャクラが、大蛇丸にまで襲い掛かろうとしていたのだ。

 

『バカなっ!?まさか九尾はッ――ちぃッ!!』

 

大蛇丸は、すぐさま結界の外へ出るが、増大するチャクラはそれすらも破ろうとしている。否、即興の結界ごときで最早抑えきれるものではなかった―――!!

 

――バリィィィンッ…!!――

 

<――汚らわしい下種(ゲス)が!!我が主(ヌシ)から離れろぉおおッ!!!>

 

『ヒィッ!!』

 

カミナの身体から立ち上る赤いチャクラが――怒り狂う妖狐の姿を具現化し、凄まじき咆哮が大蛇丸を吹き飛ばした。

 

――ドォォ…ン……!!――

 

その地震もかくやという衝撃は、死の森全体を揺るがし、森の木々の一部を灰も残さず吹き飛ばした。それは、事態を把握できなかった一部の中忍試験受験者たちに、眠れぬ夜の恐怖を与えたと言う。

 

『ハァ、ハァ、ハァ……ウゥゥ…(どぉいう、こと…?)』

 

チャクラの砲弾ともいえる凄まじい咆哮は、大蛇丸の両手の皮数枚を犠牲にすることで死を免れた。とはいえ、負った傷も消して浅いものではなかったが………あと少し、対応が遅かったら、確実に大蛇丸の身はチャクラの砲弾に喰われていただろう。しかし、傷口から毒のように侵食する禍々しい九尾のチャクラは、いかに大蛇丸と言えど回復までしばらくの時間を要した。興味本位なちょっかいを仕掛けて、文字通り手痛い火傷を負ってしまった訳である。

 

『(九尾の封印は、すでに?…いいえ、そんなことよりも……九尾が人間を、人柱力を、守ったと言うの…?)』

 

完全なる使役も封印も不可能と言われた魔獣が、意志を持ち…ひとりの少女を守った?

 

 

 

 

 

――ギュッ、と…大蛇丸は、手に巻いた布の切れ端を、強く引いて固定する。そして、べろり…と、焼け爛れて″本来の顔″が半分露わになった自らの顔の傷を、長い舌で舐め上げた。

 

「……やっぱり、あの子……確実に、殺しておいたほうがいいわねぇ……」

 

死の森のどこかで……小鳥が蛇に丸呑みにされて、死んだ――

 

 

◆◆◆

 

 

ナルトたちがカミナを連れて戻ると、予想通り、カミナの悲惨な姿を見たくノ一たちは悲鳴を上げた。中でもサクラは、すでに泣き腫らしていた顔を再び涙でぐしゃぐしゃにしてしまい、そんなサクラをいのが慰めつつ、カミナもこのままでは可哀想だとくノ一たち総出で近くの河原にカミナの身を清めに行った。

カミナの身体に付いた血糊を拭き取り、任務服に染み込んだ血を川の水で洗い流している間に、一度カミナが目を覚ます。未だ意識はぼんやりとしていたが、口々に心配の言葉を掛けてくる仲間の姿に、カミナは「ありがとう…」と、ふわりと笑って礼を言った。その笑顔が、あまりにも儚すぎて……逆に彼女らを心配させてしまったことをカミナは知ることはないだろう。

 

一方で、残った男子組は、停戦の名のもとに情報交換を行った……というのも、キバが自慢げに話したがったからだ。カミナのことが気になって仕方がないナルトを、サスケがド突いて話に加わらせる。ネジとリーは、ナルトたち同期の輪には入らないまでも見張りの為に少し離れた場所で、話は聞いているようだった。

 

キバがとっておきだと言った情報――それは、その場にいた誰もを驚かせるものだった。特にナルトとサスケは、キバの告げたそいつの名に、信じがたい気持ちを抱かざるをえなかった。

 

砂瀑の我愛羅――彼ら砂の忍が、屈強な見て呉れの雨隠れの忍たちと対峙している場面に遭遇したキバたちは、しばらくその様子を静観していたのだそうだ。雨隠れの忍が仕込み武器から放った無数の千本は、傲岸不遜に佇む我愛羅に襲い掛かったかに見えた……しかし、数千を超えるであろうその攻撃は、全て、大量の砂によって防がれたのだ。我愛羅は砂を自在に操ることができるようで、砂は容易く雨隠れの忍を捕らえてしまった。そして……――

 

「――…一瞬で、雨隠れのオッサンはミンチにされちまった……おまけに、巻物を差し出して見逃してもらおうとした二人の仲間も、なんの躊躇もなく殺しやがった。アイツは、ヤバイ!!……オレたちも見つかって、アイツの仲間が止めてくれなきゃ……死んでたぜ、確実に…」

「「「「………。」」」」

「「………。」」

「あの我愛羅という下忍は、普通じゃない。戦意を無くして命乞いをする奴らですら、平気で殺す……生きるため、血を求めて獲物を殺す吸血蟲とは違う。あいつはまるで、人を殺すことそのものを求めているように見えた……」

 

厚手の服とサングラスで普段表情の分かりにくいシノですら、彼が顔色を悪くして戦慄しているであろうことが伺えた。彼ら十班が見た光景はまさに、地獄絵図そのものだったのであろう。血の雨の中、表情一つ変えずに佇む我愛羅の姿は、悪鬼に見えたに違いない。

その後、完全に戦意を喪失してしまったキバたちは、そのまま一夜を死の森で明かすことにした。そして二日目の移動の最中、大量の血の匂いを嗅ぎつけ――そこに見知った同期の匂いも混じっていたため、まさかあの我愛羅に木ノ葉の仲間が襲われたのではないか思い、僅かな逡巡の末、カミナを見つけたあの場に駆けつけたと言うことだった。

木ノ葉の忍は、どんなことがあっても仲間は見捨てない――そんなカッコいい台詞を自ら自慢してしまうキバを見て、チョウジが「だからキバって物語の主人公になれないタイプなんだよね…」と、空になった菓子袋を覗き込みながらつぶやいていた。

 

しかし…このキバの話を聞き終えてなお、ナルトとサスケは言えなかった……その我愛羅が、カミナにとってかつて特別な友であったことを。そして、この話はカミナにも伝えることはできないだろうと、二人は示し合わせたように視線を交わして、互いに苦い表情を浮かべるのだった。

 

それからナルトたちは、襲ってきた大蛇丸という忍と、音の忍の不可解な行動について情報を交換し(このとき、サスケは呪印のことをナルトたちには告げなかった)、カミナとくノ一たちが戻ってきたところで停戦協定は終了、散会とした。次に会うときは、たとえルーキー同士であろうと全力で戦い会うことを誓って。

 

 

 

それから、2日が過ぎた―――

 

 

◆◆◆

 

 

 

……カミナは、夢を見ていた……

 

 

満月の夜。傷だらけのイルカに木ノ葉の額宛を貰い、涙を流して喜ぶナルトの姿。イルカ先生も、笑顔だった。

 

 でも、あれ?……なんで……″二人だけ″なの…?

 

 

霧が立ち込める波の国。国の人々の希望を繋ぐ橋の上で、悲しき二人の忍の命が潰えようとしていた。敵であれ、彼らは己の忍道に殉じ、そして、最後には忍も人であることを知った……カカシ、ナルト、サスケ、サクラ、そして希望を見失っていた波の国の人々は、彼らの生き様を見届けた。

 

……そんな″彼ら″を、カミナはぼんやりと、傍らで眺めていた……

誰もカミナの存在には気づいていない。実体のないカミナの身体は、ナルトたちに触れることすらできなかった……どうして…わたし、″ここ″に居た、よね…?

 

 

ナニかが、チガう……ナニが?

 

″ワタシ″とは、ダレ……?

 

 

 

――バシンッ!!――

 

『きゃあっ!!』

 

「!!」

 

少女の悲鳴と、何かが床に叩き付けられるような音に、カミナはビクッと身体をすくませた。

――なに……嫌だ…この痛み、この恐怖……どこか、覚えのある……

 

『――さあ、立ちなさい。休んでいる暇なんてないのよ?』

 

闇の中から、粘着質な声が聞こえる。その声音に恐怖を覚える間もなく、足元を胴の長い身体が滑るように走って行った。子どもと同じぐらいの胴回りがありそうな――死の森で目にした大蛇よりは何倍も小さいが――普通の蛇に比べれば十分に大きい蛇であった。

 

『きゃぁあっ!こ、こないでッ――あぐッ!!』

 

再び、ドシンッ…と、鈍い振動が床に伝わる。……幼子の身体が、蛇のしなる身体に弾かれて床を転がっていったのだ。

 

『…あまり無茶をしないでくださいよ、大蛇丸様。まだカプセルから出して日も浅い、それに身体は通常の5歳児程度と変わりないんですから』

『承知の上よ。けれど、計画が始まる前にあの子に死なれちゃ意味がないの。せめて、自分の身を守れるぐらいには力をつけてもらわなくちゃ――あら?』

 

――ドシュッ!!――

 

鈍い、肉の裂ける音。同時に、床を這う物音が消えた。二つあった生き物の気配も、一つ消える。

 

『……いいわね。あの子、忍の素質がありそうだわ。――手当てしてあげてちょうだい、カブト』

『…まったく、人使いの荒いお方だ…』

 

肩をすくめて近づく、男の気配。暗がりでも分かる、レンズ越しの忍の目には見えていた。脳天にクナイを突き立てられて絶滅した蛇の亡骸と、蛇にとどめを刺したクナイを握り締めたままカタカタと身体を震わせている幼子の姿が。幼子の身体には多くの裂傷や打ち身の痕があり、片腕は動かないのかだらんとしている。恐怖と痛みに泣き続けた顔は、傷も相まって赤く腫れていた。

 

『……キミに同情はしないよ。ただキミもボクも、運が悪かったんだ…』

 

眼鏡の奥で表情の読み取れないカブトが幼子の傍らにしゃがみ込み、蛇の血に染まったクナイを握り締める小さな手を外そうと己の手を伸ばした。

傷だらけの手で握ったクナイは、少女にとっての命綱だった。失えば、死ぬ。抵抗する術を失って、死ぬ。少女の無知な頭の中に刻まれた知識は、それだけだった。

 

男の手が触れるよりも早く、少女はクナイを蛇の亡骸から引き抜いた。もんどうりうって転んだ身体を、しかしクナイは手放さず、這いつくばるように転がって……ようやく起こした身体を男に向けると、少女は、クナイを抱くように持って男に向かって走った。

 

『うわああああああっ!!』

 

ただ、怖かった…――

 

短い脚で、たいして勢いもつかないで、幼子は――カミナは、クナイを目の前の敵に向かって突き出した…――

 

 

◆◆◆

 

 

――パシッ!!――

 

咄嗟に振り上げたクナイを持つ手を受け止められた、乾いた音――急速に焦点を結ぶ視界の中で、カミナは……一次試験の前に自分たち新人に声をかけてくれた、薬師カブトと名乗る先輩下忍が目の前に居ることを、ゆっくり時間をかけて認識した。

 

「ッ!?――ハァッ、ハァッ、ハァ…………カブト…さん…?」

「……大丈夫かい?ずいぶん魘されていたよ?」

 

カブトはにっこり微笑んで、カミナの手に重ねた自身の手を、ゆっくりと離していった。

 

「カミナっ、どうしたんだってばよ!?」

「カブトさん、大丈夫ですか!?」

「あぁ、心配ない……眠っていたと思ったのに、凄い反応だね。驚いたよ。うかつに近づいて悪かったね。……でも、あまり体調は良くないみたいだ」

 

起き抜けに突然斬りつけてきたカミナに、カブトは気を悪くしてはいないようだった。傍らでは、驚いているナルトとサクラ。サスケも、声に出さないまでも目を見張るようにしてこちらを見ていた。

ここは昨晩から休息を取っていた、死の森にある河原だった。ナルトたちはすでに昼食を食べ終えたのか、カミナの分の焼き魚が一本、消えた焚火の傍に刺さっている。そしてカミナは、焚火にほど近い岩陰で気怠い身体を横たえていた。

 

なぜ、カブトがここに……今まで、私たちはなにを……

カミナは、夢と現実が混同する記憶の道筋を、落ち着いて辿り始めた……

 

 

木ノ葉の仲間たちと別れてから、丸二日。カミナたちは、試験初日に受けた傷の治癒にその時間を費やした。あれだけ大蛇と大蛇丸に痛めつけられていたにも関わらず一晩寝たらすっかり元気になっていたナルトに対し、サスケは呪印の暴走で体力を消耗し、サクラも夜通しナルトとサスケを守る為に徹夜して、その上音忍たちとの戦闘もあって心身ともに疲弊しきっていた。

あれから運良くほかのチームと遭遇することもなかったため、十分な休息と食事を取ることができたサスケ達の体力はほぼ回復していた。

 

しかし……その中で、カミナだけが、一向に調子が戻らずにいた。

大蛇丸の手からカミナを取り戻して以来、彼女はずっと眠り続けている。声を掛ければ何とか起き上り、食事も少なからず摂れるのだが、それ以外はすぐに再び泥のように眠りに着いてしまうのだ。

カミナ自身も、常に強い眠気がある感じがして、意識を覚醒へと保てないのだと言う。そして、眠っている間のカミナは不意に動悸が早くなったり苦しげに顔を歪めたりと……まるで悪夢でも見続けているのか、決して安楽な休息が取れているわけでもないようだった。

 

『ねぇ…波の国の任務ってさ……私も一緒に行ったよね…?』

 

短い覚醒の間際に、カミナがそんなことを聞いて来たことがあった。何をあたりまえなことを、と…サスケが当然のように返す。一緒に木登りの修行したってばよ!と、ナルトも言う。ツナミさんと一緒に波の国の郷土料理も作ったわよね、とサクラが懐かしそうに言い、その料理のレシピとサクラが焦がしたおかずも覚えていると答えたら、サクラが拗ねてしまった。

なぜそんなことを聞くのかとカミナに尋ねたら……彼女はあいまいに微笑むだけだった。

 

――そうだ、みんな…覚えている。カミナは、夢と己の持つ記憶を反芻した。

チャクラコントロールを鍛えた木登りも、決死の覚悟で成功させた水遁の忍術も、喉元を貫いた冷たい千本の感触も……ぜんぶ、覚えている。なのになぜ、カミナが視る夢の映像には、カミナ(わたし)が居ないのか……?そして、どうしてこんな過去の映像ばかり、まるで停止ボタンの壊れたビデオ映像のように、否応なしに脳裏に投影され続けるのか……

そして、時折「少し違った」過去の記憶に紛れて混在する、どこかの研究所のような景色……大蛇丸という忍の、あの不快な声音…あの夢(記憶)だけは、思い起こすだけで吐きそうだ……

 

ワカからない、どうして……アタマが、イタイ……

 

 

「――カミナちゃん、大丈夫かい?……少し、熱があるかな?」

「あ、そうなんです。カミナ、ずっと熱も出ていて…手持ちの解熱薬は、全部使っちゃったし…」

 

カブトが手甲付きの手袋をはずして、直接カミナの額に触れてきた……――イヤ、怖い……そう思うのに、気怠い身体では振り解けない。

そもそもこのカブトは、カミナの夢にも現れたカブトなのか?ならばカブトは、カミナのことを知っている?でも…これまでもカブトは、カミナとは初対面のように接してきていた。あれは、カミナの失った過去の記憶なのか?……だとしたら、カミナ(私)は…サスケやナルト、サクラにひどいことをしたあの大蛇丸と、関係が……?

 

悶々と考えのまとまらない思考を巡らすカミナの傍らで、カブトがポーチから丸薬を取り出していた。兵糧丸に似た、漢方臭い匂いが鼻を付く。

 

「ボクの薬を分けてあげよう。こう見えて、ボクの家はちょっと腕に自信のある薬師(くすし)の家系でね。市販の解熱薬よりも効果があると思うよ」

「待て!信用できないな、もしそれが毒薬だったら…」

「同じ木ノ葉の忍として、そんなことはしないと誓うよ。それに……これから共闘を願う相手だ。これは、その見返りと思ってくれないかな?」

 

カブトに差し出された丸薬を、カミナは少し躊躇してから受け取り、飲み込んだ。サクラに水を貰って飲み干すと、すうっ…と、たちどころに靄の掛かっていた頭がクリアになっていくのを感じた。

 

「カミナ?……だいじょぶだってば?」

「…ナルト…うん、いま、一瞬ですごく目が冴えた感じがする………あの…カブト、さん……ありがとう、ございます…」

「どういたしまして」

「すっごーい、カブトさん!カミナ、よかったわね!」

「(丸薬ひとつで……こいつ、何者だ?)」

 

各々が複雑な思いを胸に秘める中、一行は河原を離れて、第二の試験のゴール地点である塔を目指した。もうすでに試験の開始から4日を過ぎている。時間が無かった。

 

 

◆◆◆

 

 

カブトは「天」と「地」二つの巻物を手に入れたものの仲間とはぐれてしまい、単身塔へと向かう最中であったらしい。その際通りかかった先の河原で、なんと「地の書」の巻物の中身を見ようとしていたナルトたちを発見し、止む無く止めに入ったとのこと。

経緯を聞いたカミナは苦笑を浮かべるとともに、二人には心底申し訳ないと思った。ただでさえ、眠り続けて足かせとなっていたカミナがいた上に、制限時間も残り間近という状況下で、皆切羽詰っていたのだろう。それをナルトたちに謝ったら「「「そんなことねぇ(ない)!!」」」と、逆に三人に全力で反論されてしまった。

 

「カミナがいたから、私たちはあの蛇顔の忍相手に生き延びることができたのよ!なのに…攫われたあなたをすぐに助けに行けなくてッ…」

「お前のその状態は、お前をみすみす連れ去られたオレたちの無力さの所為だ。お前は悪くない……」

「そうだってばよ!オレたち、いっつもカミナに頼りっぱなしだし……今度はオレが、オレたちがカミナを守る!一緒に試験を合格するんだってばよ!!」

 

仲間たちの優しさに、思わず目頭が熱くなった。そんなカミナたちの様子を見ていたカブトは、「若いねぇキミたち……」なんて年寄り染みたことを苦笑とともにこぼしていたが………もしくはそれは、忍の世界がそんな甘いものではないと言う彼からの忠告か、または嘲弄であったのか………。

 

 

かくして一行は、ゴール地点である塔を目指す。しかし、期限の迫った道中はより危険度を増している。二つ揃った巻物を丸ごと頂こうと考えたり、今のうちにライバルとなるチームを潰しておこうと考える他のチームが罠を張って待ち構えている可能性が高いからだ。カブトがあえてナルトたちの前に現れたのも、共闘する仲間を得るためであったらしいが……眼鏡の奥の一見穏やかな表情から、その真意を読み取ることはできなかった。

ようやく塔が見える地点まで来たところで、カブトの提案で此処から先はなるべく身を隠しながら進むことにした。足場の悪い密林の大地を、慎重に歩き進む……しかし、行けども行けども一向に塔へ近づいている気配が無く、ついにサクラが膝をついてへたりこんでしまった。他のメンバーも、皆疲労の色が濃かった。

 

「(……まずい……また、眠気が…)」

「ハァ、ハァ……カミナ?大丈夫かってばよ?」

 

カブトにもらった薬が切れたのか、再び頭の芯が揺れるような眠気がカミナを襲い、カミナは近くにあった樹に手を付いてしゃがみ込む。心配するナルトに大丈夫と返したところで、この有り様では説得力は皆無であろう。

 

――何かが、おかしい……これは、幻術?

 

カブトもその異変に気が付いたようで、彼が指し示した先には、数時間前にナルトが息の根を止めた巨大ムカデの死骸が、最後に見た姿のまま目の前の木に横たわっていた。

 

「ど……どういうことだってばよ!!?」

「…どうやらボクたちは、細心の注意を払って…同じところをグルグルと歩かされていたようだ…」

「幻術……監視されてるな……」

 

おそらく敵は、獲物を幻術で迷わせて、疲れ切ったところを襲うのが作戦――だとしたら、タイミングはもう十分だった。

視界が、歪む……それはカミナを惑わす眠気の所為ではなく、実際、現実に周囲の景色の一部が歪んで見えたのは、ナルトたちも同じだった。

 

「お出ましだ…」

「フン!ちょうどいいハンデだってばよ!」

 

辺り一帯は、無数の黒装束の忍たちに囲まれていた。

 

地面や木の幹から現れた雨隠れの額当てを持つ忍たちは、皆一様にして同じ姿であることから、どうやら分身体であることが伺えた。しかし、動きは鈍いものの、ナルトのパンチで油のように弾けては、またすぐに元に戻ってしまい敵の数が減らない。その上、飛んでくるクナイの攻撃は実態で、体力を温存して動かずにやり過ごすのは困難だった。

 

「クク…袋のネズミだな……」

「……巻物ヲクダサイ……」

 

「もー!これじゃキリないじゃない!!」

「こーなったらぁ!!」

 

ナルトがやけくそ気味に、影分身の印を構える。

 

「やめろナルトくん!チャクラの無駄遣いはよせ!!こいつらは攻撃しても意味がない!!」

「幻術をいっぺんにやっつければ、こいつらが元に戻る間は…敵も、うかつにクナイは撃てないってばよ…隠れているところがバレるからな!!――影分身の術!!」

 

ナルトが出した影分身は、次々と幻影の忍を倒していく――が、幻影の再生も早く、さらにはナルトの影分身に対抗して敵の数もますます増えてしまった。

……その様子を、カミナは幹に身体を預けたまま静観するしかなかった。

 

――身体が、重い…少しでも気を抜けば、すぐに寝入ってしまいそうだ……しかし、ナルトたちは何故気づかないのか?と、カミナは、無数の幻影たちが群がる最奥を……木々と闇に隠れた一点を見つめていた。

 

闇の中に、動かない気配がある。カミナは、ずっとそれに気がついていた。けれど今のカミナには、大声を出してそれをナルトたちに伝える気力も残っていなかったのだ。

 

「……動ケナイ、ネズミ…見ーッケ…」

「っ!!――カミナ、逃げろっ!!」

 

ナルトが叫ぶ。その声に、はっと一瞬だけカミナの意識がクリアになった。幻影がカミナに向けて、クナイを投じる。寄りかかった樹の幹を腕で突き放し、カミナの身体は地面に倒れ込むことによって、なんとかその攻撃は避けた。しかし、崩れた身体を持ちなおすことができず、カミナの眼前に次の攻撃が迫る。

 

「カミナぁっ!!」

 

――ガキィンッ!!――

 

ナルトがカミナとクナイの攻撃の間に飛び込んで、それを弾く。ナルトは動けないカミナを背中に背負うと、サスケやカブトたちの近くに連れて行った。

 

「カミナちゃん!?大丈夫かい!?」

「カミナ…また例の眠気か?(――ちっ、オレもこの呪印の所為で写輪眼が使えねぇし…どうする!?)」

 

「……ナル、ト…」

 

カミナのか細い声が、ナルトの耳に届いた。

 

「ハァハァ……カミナ?」

「ナルト…このまま、あっちに……あそこに、敵の本体がいるわ…」

 

カミナが示したのは、まさに一寸先は闇な状態の木々の奥。あそこに、敵の本体が?なぜ、カミナはそれが分かるのか?

 

「カミナ、敵の居場所が分かるの!?」

「……逆に、みんなにどうして分からないのか、不思議なんだけど?……私には、敵の…悪意みたいなものが、はっきり分かる…」

 

通常の気配とは少し違う…黒くて、モヤモヤとして…敵がこちらを倒そうと、否、殺してでも巻物を奪おうとするそんな黒い感情が感じ取れるのだ……でも、なぜ?今までは、対峙した相手が変化している姿かどうかなどの気配の違いが分かるぐらい第七班の中でもカミナの感知力は秀でているものがあったが(以前、イルカに変化したミズキの正体もカミナは看破できた)、ここまではっきりと離れた敵の存在を確認できるのは初めてだった……大蛇丸は一体、自分になにをしたのだろうか…若干、うすら寒さが込み上げてくる。

 

カミナが雨隠れの忍たちの位置を特定し、ナルトたちが一斉にそちらの方向を向いた所為であろうか。本体らが移動し、左右に分かれて散会したのもカミナにはわかっていた。

 

「…敵が、移動した……右に二人、左に一人…ナルト、サスケ、カブトさんっ…」

「分かった!サクラちゃん、カミナを頼む!!――いくぜ!!」

「サスケくん、キミはナルトくんと右へ!左はボクが!!」

「っ、わかった!!」

 

ナルトたちが散会して、暗闇に潜む本体を狙う。

雨隠れの忍たちは、自分たちの居場所がバレるとは思いもしなかったのだろう。慌てて闇の中を移動し、迫りくるナルトたちの襲撃を交わして、再び闇の深い場所に身をひそめてしまう。サクラに襲い掛かる幻影の数も多く、ナルトたちは一度集まることを余儀なくされた。

 

「くっそ!逃げられた!!」

「カミナ、また奴らの位置は分かるか!?」

「……分かる。でも…三人バラバラに動いていて…私が指示を出しても、皆がたどり着く前に移動してしまうわ…」

「この暗闇の中、隠れた敵に迫るのは無理があるな……」

 

カブトの指摘に、ナルトは歯噛みする。何か方法は無いのかと……必死で無い知恵を絞って考えていると、不意に服の裾をカミナに引っ張られた。

 

「え?カミナ?」

「ナルト……なんか、影分身の数がいつもより少ないね?…調子、悪いの?」

「えっ?……うーん、やっぱりカミナには分かるってば?なんか精一杯チャクラ練っても、いつもみてぇに影分身たくさん出せねぇんだってばよ?」

 

大蛇丸と戦った後からなんだけど……――そう答えるナルトの様子に、カミナは心当たりを感じた。

 

『――五行封印!!』

『ぐはッ!!?』

 

あの時、大蛇丸はナルトの腹部に、何か封印式を書き込んでいた。おそらく、それがナルトのチャクラを乱していて、現在本調子が出せない原因となっているのだろう。

 

「……ナルト、ちょっとお腹見せて」

「へ?――うわっ!?///」

「カミナっ!?こここんな時に、ナニやってるのよ///」

 

サクラの目にカミナの行動がどう映ったのかは分からないが……ナルトの任務服の裾をたくし上げて、その腹部を見たカミナは…はっと息を呑んだ。

幼馴染としてまた互いに身寄りのない孤児として、ナルトとカミナが生活を共にする時間は多い。故に、互いにお風呂上がりの姿なんかを目撃する機会も多々ある訳だが…湯上りの暑さにナルトが上半身を裸で出てくるたびに、年頃であり異性のカミナはよく注意をしていた。そんなナルトのお腹は、つるんと傷一つない綺麗な肌をしていたはずだ。今のように……まるで、墨でうずまき模様を描いたような術式的な文様などなかったハズである。

そして……カミナは無意識に、自身の腹部にも任務服の上から手を当てていた。

 

 

――二日前に、くノ一の皆に血で汚れた身体を綺麗にしてもらっていた時だ。

 

『え……カミナ、これナニ…?』

『…え……?』

『なに、この模様……こんなの、前はなかったわよね?カミナ…』

 

任務服と鎖帷子を脱ぎ、血の付いた腹部をいのに拭いてもらっているときに指摘された、墨で渦を描いたような文様。当然ながら、いくら拭いてもその図は消えなかった。

以前波の国で、女の子同士お風呂をともにしたことのあるサクラは、その腹部の肌の色の違いを含めて、カミナの身体にそんなものが無いことは知っていた。原因があるとすれば……あの大蛇丸が、カミナの身体になにかしたのだろうか……

 

『カミナ…大丈夫なの?』

『……ぅん……きっと、ラクガキされたようなものだし……試験が終わったら、先生に相談するょ……』

 

それよりも眠気が勝っていたカミナは、特に動揺することもなくそのままにしていた。いのあたりは、乙女の身体に消えないラクガキなぞされて流すなーっ!!とか言って怒っていた気もするが……

 

 

ともかく、ナルトとカミナの腹部に似た術式が描かれていることに、カミナは改めて少し動揺した。

しかし、いまそのルーツを考えるのは後だ。ナルトの術式をじっと見つめていると、そこに違和感のような……本来あるべきではないはずの術式が、カミナにはおぼろげに感じ取れた。

 

「(この邪魔な封印式……きっとそれが、ナルトのチャクラコントロールを乱してる…)…ナルト、ちょっと服抑えていて。そう、そのまま……ちょっと衝撃があると思うけど、動かないで…」

「? お、おう…」

「おい、何してるんだ!?敵の攻撃が来るぞ!!」

 

サスケの忠告に、もう少し時間を…と、心の中で謝る。

カミナは、右の掌にチャクラを集中させた……掌仙術よりも多くのチャクラを込めて、そしてカミナの知る限りの封印術の知識を頭の中で掛け巡らせる。アドリブと勘に頼った解呪式だが、イチかバチか、ナルトの腹部めがけて複雑に練り合わせたチャクラを一気に叩き込む――!!

 

――五行解印!!――

 

「ぐほっ!??」

 

余りの衝撃に、ナルトは身体をくの字に折って、そのままうずくまってしまった。腹を押さえて悶絶するナルトの腹からは、うずまき模様の術式は溶けるようにして消えていった。

 

「あ……ごめん、ナルト…痛かった?」

「もっ…モロクソ、痛てぇ(泣) カミナ、なんで…――アレ?」

「えーっ!?カミナなにしてんの!?……まさか、カミナまで幻術に!?」

 

カミナの奇行に、サクラは思わず目を剥いた。サクラの目には、カミナがナルトを攻撃したように映ったのだろう。

 

「違うよ、サクラ…」

「で、でも、でもっ…!!」

「……サクラちゃん、心配いらないってばよ。むしろ、さっきより身体が軽くなったッ――多重影分身の術!!!」

 

ナルトは、先ほどとは比ではない数の影分身を作り出した。心なしか、ナルトの表情には精気が戻ったようにも見える。ナルトが幻影たちに飛び掛かっている間、呆気にとられていたサクラたちをカミナは呼び寄せて、彼らの耳元にある作戦を伝えた――

 

 

――ナルト、サスケ、サクラ、カブトそしてカミナが力尽きて倒れ込んだところへ、ようやく敵の本体が姿を現した。が、それは、ナルトが影分身に変化させた囮であり、本物のサスケ達は雨隠れの忍たちの背後へと回り込んでいた。すべては、カミナが仲間たちに伝えた作戦通りであった。

しかし敵も、奥の手は隠してあったようで、実体のない分身がナルトたちを取り囲む。サスケの最後の写輪眼で、敵の本体はまたも別の場所に潜んでいることが分かった。

 

「――っ、ナルト後ろ!土の中ッ!!」

「っ!!」

 

――ガッ!!――

 

土遁で隠れた雨隠れの忍が、不意を突いてカブトに切りつけた。

 

「うッ!!」

「カブトさんっ!!」

 

衝撃で地面に倒れるカブト。雨隠れの忍たちが、まずはカブトにとどめを刺そうとした。

 

――ギロッ…!!――

 

「「「ッ!?」」」

 

何故か一瞬、雨隠れの忍たちの動きが止まった――その隙をついて、ナルトが渾身の蹴りを三人の敵にお見舞いする。敵は接近戦が弱いだけあって、一撃でノックアウトだった。

 

「ゼェ、ハァ……へっ!″スキ作っちゃダメでしょ″なんだろ!」

 

ナルトたちは、雨隠れの忍を倒した。運良くそいつらが「天の書」持っていたため、無事第7班は第二の試験の合格条件をクリアしたのであった。

 

ナルトが「天の書」を持って喜ぶ姿を最後に、カミナの意識は再び眠りに呑まれた―――

 

 

 

 

 

「―――じゃあ、お互い頑張ろう!」

「うん!」

 

たどり着いた塔の前で、仲間と合流できたカブトはナルトたちと別れた。眠ってしまって意識のないカミナはナルトの背に背負われており、「お大事に」とカブトがちょっと場違いかもしれない言葉を残して去って行く。ナルトたちもまた、ようやくたどり着いた塔の入り口をくぐった。

 

 

 

「――収穫は?」

「ああ…予想以上ですよ……――″第二の試験″での彼と…あと彼女の情報(データ)は、全て書き込んでおきましたよ。コレ要るでしょ…」

 

別の入り口から塔に入ったカブトたちは……――忍識札を差出し、それを受け取った真新しい包帯の巻かれた手に、カブトが軽く目を瞠る。

 

「……どうされたんですか、その手は?」

「あぁ、コレね……ネコにスズを付けようとして、引っ掻かれたってところよ……予想以上に治りが遅いわ、あとで治療を頼むわねカブト」

「今こんな姿のボクに、ソレ言いますか?まぁ、構いませんけどね……フフ、やはり気になるようですね――大蛇丸様」

「……お前の意見を聞きたいのよ……″音の隠密(スパイ)″としてのね……」

 

カブトから忍識札を受け取り、指示を下す男――それこそが、音忍を率いてこの中忍試験に乗り込んできた大蛇丸であった。

 

「それは必要ないでしょう…全てをお決めになるのは、アナタなのですから……

――ただ、強いて言うのなら、彼女は非常に面白い成長をしている…いえ、予想以上というべきか……まさか第二の試験の最中に封印を解くとは思いませんでしたよ」

 

事前に知らせてほしかったと、暗に告げるカブトに、大蛇丸は笑みを浮かべてそれを受け流す。

 

「まあね……″予選″が終わってから本選開始までは、一か月の猶予がある。その間に封印を解いても良かったのだけれど……″記憶″が″現実″を追い越した時、あの子がどんな行動をするかも、早めに見てみたくてね……彼女の様子はどう?」

「……アナタの封印が解かれたことで、堰き止められていた膨大な情報が一気に脳に押し寄せてきているようで、身体の防衛本能として強い眠りの症状が出ています……ですが感知能力の向上と、あとうずまき一族の血でしょうか、封印術の適性も見られますね」

「そう、素晴らしいことだわ……ご苦労」

 

大蛇丸は満足げにうなづくと、瞬身でその場を立ち去った。

 

「(″予選″は、″予期″していたように行われる、か……なるほど、確かにキミのその力は恐ろしい能力だね、カミナちゃん…)」

 

カブトは顔に負った傷を治しながら、誰に告げるでもなく、あの赤髪の少女に対してわずかに″同情する″のだった……彼女の、否応なく背負わされてしまった運命の重さに―――

 

 




補足:ナルトの五行封印は、完全には解除されていません。初見での対応の為、少しだけ邪魔な封印式を弱めただけです。

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