金色の狐、緋色の尻尾   作:花海棠

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またもや三部編成。
各話の文章量にばらつきが……ちょいちょいアカデミー時代のオリ主と周囲の人々の関わりとか、ネタが積もって来たのでキリのいいところで短編を書けたらなぁと思っています。

サクラがひと皮むける話からスタートします。
作中の台詞をなんとかハショリつつ入れようと奮闘中です。

2015/05/07最終投稿。
2015/10/20名前変更。


8.『中忍試験編・第二の試験〈中篇〉』

長い一夜を明けて、サクラは音忍たちと対峙していた。

一晩中高熱に浮かされていたサスケ、気を失ったままのナルトの二人は未だ意識が戻らず、そしてサクラもまたひとり寝ずの番に徹して夜を明かしたため、心身の疲労はピークに達していた。

クナイを持つ手にすら力が入らないサクラ。だが、しかしそれでも彼女は気丈に音忍たちに立ち向かった。

 

『――サクラには、サクラにしかできないことがあるよ。だから、自分を信じて』

 

昨日、心細さに震えていたサクラを正気に戻したのは、先日サクラを励ましてくれたカミナの言葉だった。残されたカミナの額当てを握り締めて、サクラは誓った。今の自分は正直無力だ。けれど、そんな自分にもできることがあるはずだと。カミナのあの時の言葉は、彼女がサクラを信じていてくれることに他ならない。だから、サクラも信じた。カミナの無事を、自分自身の力を。

 

ナルトとサスケくんは、私が守る!!――そんなサクラの強い決意は、当初仕掛けたブービートラップを初見で見破られ、さらには圧倒的破壊力を有した敵の技を前に、早くも打ち砕かれようとしていた。しかし、そこへ颯爽とヒーローのごとく駆けつけたのが、自称・木ノ葉の美しき碧い野獣ロック・リーであった。サクラに一目ぼれしているらしいリーは、その濃いキャラと外見に当初サクラには全力で拒否られていたものの、その前向きな精神により想いは砕けてはいないようで、今回他チームのことでありながら助けに来てくれたのである。

リーは強かった。高速体術で敵を圧倒し、音忍の一人を地面に叩き付けるも、その音忍は仲間の助太刀で致命傷を免れてしまう。その名のごとく音の性質を利用した音忍の攻撃に、次第にリーの分が悪くなっていく。援護しようとサクラの投げた手裏剣攻撃も、敵の技の前に容易く跳ね返されてしまった。さらには、自身の長い髪をくノ一の音忍に鷲掴みにされて、サクラは身動きが取れなくなってしまう。

 

――ザンッ…!!――

 

自らのクナイで切り落としたサクラの桜色の髪が、散華のごとく宙に舞う。それはさながら、サクラの覚悟の証そのものだった。

髪を切り、拘束から逃れたサクラは、変わり身の術を駆使してサスケに手を掛けようとする音忍に立ち向かった。身体がクナイで傷付こうと、顔を殴られ鼻血が出ようと、サクラは敵に食らいついて離さなかった。仲間を守る、その思いだけがかつて泣き虫だったサクラを突き動かしていた。

 

 

「――サクラ…アンタには負けないって、約束したでしょ!」

「え?――いの…どうして…?」

 

さらに、そのサクラの窮地に参戦したのが、山中いの・奈良シカマル・秋道チョウジの第十班の面々だった。本当は少し前からサクラ達と音忍の戦いを茂みの中から見ていたいの達は、しかし、敵の驚異的な力に二の足を踏んでいたのだ。

敵の力は圧倒的。いま自分たちが迂闊に飛び込んだところで、勝ち目なんて……しかし、そんな弱気染みた考えは、サクラの覚悟を前に遠くの彼方へ蹴り飛ばした。同郷の仲間の…恋のライバルのピンチに駆けつけないでなにが親友よ、と…完全に尻込みしていたチョウジも無理やり引っ張り込む形で敵の前に躍り出る。傷付いた顔を驚きに染めたサクラを背後に庇って、木ノ葉伝統のフォーメーション猪鹿蝶を展開した。

 

「忍法・倍化の術!!」

「忍法・影真似の術!!」

「忍法・心転身の術!!」

 

各々の一族に伝わる秘伝の術を駆使して、音忍の動きを封じるシカマルたち。しかし、音忍たちの残忍さは彼らの予想をはるかに超えていた。仲間の命すら顧みない攻撃に、場は一転して再び窮地に逆戻る。

 

「――フン、気に入らないな…田舎者(マイナー)風情が、そんな二線級をいじめて勝利者気取りか」

 

大樹の上に現れた、白い眼の少年と御団子頭の少女――リーのチームメイトである日向ネジとテンテンが、彼らの戦闘に割って入り戦況を見下ろしていた。

ネジの薄紫がかった白い瞳・白眼が音忍たちを射抜き、そのすべてを見透かす眼に音忍たちは一瞬たじろいだ。だがそこで、それまで意識を失い寝込んでいたサスケがムクりと…立ち上がった。

だが――

 

「サクラ…誰だ……お前をそんなにした奴は……」

 

サスケは写輪眼を開眼させ、さらには首筋の呪印が右半身へと広がり異様な風体となっていた。彼が帯びるチャクラもこれまでとはケタ違いに強大で、禍々しいものになっている。明らかに、いつものサスケではなかった。

恐いもの知らずの音忍が、仲間の静止にも耳を貸さず、サスケに攻撃を仕掛けた。大地を抉るほどの巨大な空気圧の攻撃――しかし、サスケは一瞬でサクラとナルトを抱えて移動すると、その音忍を殴り飛ばした。さらには火遁忍術で攻撃し、隙ができた音忍に一瞬で接近すると自慢であろう仕込みの両腕を背中に捻りあげた。そして――

 

――ゴキ、ボキ!!――

 

「ぐぉおおああ!!」

「…残るは、お前だけだな……」

 

音忍の両腕を躊躇なく折ったサスケは、次なる獲物に視線を向ける。敵とはいえ他者を傷つけ、笑みさえ浮かべているサスケを、サクラはもう見ていられなかった。

 

「やめて!!」

「!!」

「おねがい…やめて……」

 

サスケの背中に抱き着き懇願するサクラを見て、サスケの呪印は徐々に引いていった。力が抜けたようにその場に倒れ込むサスケ。荒い息を吐いてはいたが、意識もあり、その表情はいつものサスケに戻っていた。

音忍たちは手打ち料として、自分たちの「地の書」の巻物を置いて行き、傷付いた仲間を担いでその場を去ろうとする。彼らにも思うところがあるらしい。しかしその後姿を、サクラはハッと我に返って呼び止めた。

 

「待って!!――大蛇丸って一体何者なの?サスケ君に何をしたのよ!なんでサスケ君に!!……それに、カミナをどこに連れて行ったの!?」

「っ!?なんだと!!」

 

「!!」

 

「「「えっ!?」」」

「「!!」」

 

サクラの言葉に、各々が反応を示す。ネジとテンテンは大樹から飛び降り、いったんは茂みに隠れていたシカマルたちも慌てて駆け寄って来る。

 

「サクラ…どういうことだ?カミナは、アイツに連れていかれたのか!?」

「サスケ君……うん…ごめん、なさい。私、ただ見ているだけでっ…」

 

サクラの手に握られた、カミナの額当て。その存在が、彼女の不在を物語っていた。

 

「おい、どういうことだよ?カミナは、偵察とかでどっか行ってんじゃないのか?」

「サクラ!カミナが攫われたって、どういうことよ!!」

「カミナ……あの赤髪の、木乃花カミナか…」

「え?ネジ、知ってるの?」

 

驚き驚愕する仲間たちに囲まれて、ついに耐えてきた涙をこぼすサクラ。サスケはそんなサクラを痛ましげ見遣り、次いで真意を問うべく音忍たちを睨みつけた。

 

「……分からない。ボクらはただ…サスケ君を殺るように命令されただけだ」

「そんなっ…!!」

「チッ……おい、起きろ!ウスラトンカチ!!」

「んがっ!?いってぇ!!」

 

サスケは意識のないナルトへ近寄ると、容赦なくその頭を蹴った。その間に、音忍たちはその場を去って行った。

 

「サ、サスケ?……あ、あいつは!?どこいったってばよ!!」

「バカ、もういねぇよ……」

「へ?」

「ナルト……ごめん、カミナが…あいつに、大蛇丸ってやつに、連れていかれたのっ…!!」

「え………なッ!?」

 

サクラの思わぬ言葉に、ナルトは驚いて声を失う。

一晩気絶して、たった今寝起きしたばかりのナルトには何が何だか分からない。サクラの長かった髪はバッサリと短くなっているし、周りにはアカデミー同期の奴らまでいる……

 

え……カミナが、攫われた――?

 

「おい、どういうことだよ?お前らに一体何があったんだ?」

 

先ほどの音忍といい、この中忍試験自体どうにもあやしい雲行きに、シカマルが代表して説明を求めた。その時だ。ふいにナルトは、何かに呼ばれたような気がした。勢いよく周囲を見渡して、そして、目印もない深い死の森の奥へと続く一点を見つめて動きを止める。

 

「ナルト?」

「………カミナ?」

「え?」

 

ナルトは小さくカミナの名を呼んだかと思うと、突然その方向へ向かって走り出したのだ。

 

「おい、ナルト!どこ行くんだ!!」

「――コッチ、だ。こっちの方角に、カミナがいるんだってばよ!!」

 

カミナっ!!――ナルトはカミナの名を呼び、ひとり森の奥へと走って行ってしまった。

 

「ナルト!!――あーもー…めんどくせぇな。いの!チョウジと一緒にここに残っててくれ。オレはナルトを追っかけるからよ!」

「い、いいけど……面倒くさがり屋のシカマルが、一体どーいう風の吹き回しよ?」

「あー、まぁ…知らない仲の奴でもねぇんだ。気になるだろ…」

「……そうね。頼んだわ、シカマル」

 

シカマルは気怠そうに片手をあげて見せると、ナルトの後を追うべく大地を蹴った。

 

「……テンテン、リーの手当てを頼む。ついでに後輩たちの護衛でもしてやれ」

「え?ネジも行くの?」

 

ネジはテンテンの問いには答えず、シカマルの後を追って行ってしまった。

残された面々の中、サスケは先ほどの……どこか記憶が断片的な自身の行動を思い返していると、ふいに、服の裾を遠慮がちに引かれているのに気付いた。サクラだった。

 

「サクラ…?」

「サスケ、くん……私、間違ってなかった、よね……これで、よかったん…だよ、ね……」

 

カミナは、きっとだいじょ……――それ以上、サクラの声は嗚咽に紛れて言葉にならなかった。

傷だらけで、ぼたぼたと涙をこぼすサクラの姿に、サスケは改めて息を呑む。そして、理解した……サクラとて、あのときすぐさまカミナを助けに行きたかったはずだ。しかし、意識のない自分とナルトを残して行くわけにもいかず……目の前で仲間を、友達を成す術無く連れ去られた時、サクラの胸中を過ったのは師の言葉か、友の笑顔か……いずれにせよ、望まずとも仲間を見捨てるような真似をしてしまった罪悪感と独り戦う心細さに、サクラはずっと耐えていたのだ。

 

「サクラ……頑張ったな」

「う、うぇ……さすけ、くんっ…う、うあぁぁああん!!」

 

サクラはサスケに抱き着いて、声をあげて泣いた。サスケは、ざんばらに短くなったサクラの髪が少し、勿体ないと思った。

そんな二人の様子を、いのとリーは、どこか複雑な表情で見ていたという。

 

 

◆◆◆

 

 

――暗く暗く、一筋の光すらない闇の空間。そこはかつて、カミナが波の国で白と戦い、仮死状態になった際にまみえた異様なる空間であった。

さざ波ひとつ立たない墨色の水面に、ちゃぷん…と落ちた水滴が、小さな波紋を作り出す。しかし、その波紋は……零れ落ちる水滴が溶け込むたびに、赤い波紋となって広がっていた……

 

「――あぁッ…くっ……!!」

 

少女の、苦悶に満ちた悲鳴が、果ての見えぬ空間に木霊する。ギリギリ、と……少女の柔肉に食い込む鎖が際限なく引き絞られていき、ついには、その鉄製の環が力に耐え兼ねて弾け、千切れ飛ぶ。

 

―――ギリッ…ギシ、ギシ……パァンッ!!―――

 

「あぁああぁぁああっ!!」

 

鎖が爆ぜるたび、壮絶なる痛みが少女の身体を苛んだ。圧力の掛かった柔肌は引き攣れ、鮮血の雫を零す。しかし、幼い身体を戒める鎖は、まだ無数に繋がれていた。

 

「はぁっ、はぁ……ぁ、ぐっ!」

 

―――シュル……シュー…―――

 

鎖の上から少女の身体にまとわりつく、虚ろな大蛇の姿も健在である。むしろ大蛇は、以前よりもその姿に確かな実態を保ち、濁った眼は、少女の真紅の髪の狭間から覗く白い首筋一点に注がれていた。

 

「シャァー…」

 

大蛇の毒を滴らせた鋭い牙が、ゆっくりと、少女の無垢な柔肌に近づく……

 

が、しかし――

 

<――汚らわしい下種(ゲス)のウジ虫が、うせろッ!!>

 

少女が毒牙に掛かる寸前、下方から轟いた凄まじい咆哮に大蛇の身体が千々に砕けて消し飛んだ。

邪気が祓われて、少しだけ楽になった小さな身体。そう少女が息を吐いている間にも、暗闇の向こうで、ギャンッ、ガインッ…などと、重い鉄の弾ける音、波立つ水の音が大きく聞こえていた。

 

ぶわり……と、闇の中で巨大な"なにか"が動く――

 

<"刻(とき)"が、来た――今こそ、我らの呪縛を解き放つ!!ワシも主(ヌシ)の力も、これ以上好きにはさせぬ!!!>

 

闇の中から伸ばされた鋭い爪を持った前脚が、少女を――カミナを救い出すように包み込み、彼女に苦痛を与えぬよう周囲の鎖を全て断ち切った。

 

――サァァァ………―――

 

その瞬間、闇一色だった世界は崩れ、天井が眩しいほどの青空に満たされた。

 

「…主よ……」

 

闇の晴れた空間で、その声音はより明瞭となって聞こえる。カミナをすくい上げた掌が、そっとその傷ついた身体を、自らの豊かな毛並みの上に横たえた。生命力に満ちた温かなチャクラが、カミナの身体に負った傷を緩やかに癒し始めていく。

 

「お前はもう、何も覚えていないのかもしれないが……約束は違えぬ。主が辿るであろう過酷な運命(さだめ)の道筋、ワシも共に歩もうぞ………」

 

彼女を守る大きな獣は、身近らが備える数多の尾を束ねて、静かに主の傍に寄り添った。

 

 

◆◆◆

 

 

――ザッ、ザッ、ザッ……ダンッ!!――

 

生い茂る木々が、次から次へと左右から後ろへ流れていく。ナルトはただ、無心になって走っていた。本能が訴えかける、早く、もっと早くと……胸んとこが、痛い……

 

「ハァッ、ハァッ……カミナっ、カミナぁーー!!」

「おい、待てナルト!早すぎるっての!!」

 

そして叫ぶな、敵に気づかれる!!――そうシカマルこそ叫びたい本音は、なんとか心の内にとどめた。前を行くナルトを呼び止める自分の声だって、すでに十分大きいのだ。班のメンバーと別行動をしている今、敵の襲撃になど好んで遭いたいものではない。

 

「……速いな、あいつ。普段、相当鍛えているのか?」

「ハァ……どーすかね?まぁ、頭よりかは体動かすタイプっすけど……あいつはカミナ限定で、地力が普段の1.5倍くらい上がりますから…(つか、なんでオレが説明を?めんどくせー)」

 

我武者羅に突っ走っていくナルトに追いつくだけでも必死なシカマルは、乱れそうになる呼吸を律して、あたりさわりなく相手の質問に答えていた。一応年上だし、無視はできない。

そんなシカマルの隣を、涼しい顔して並走する男――日向ネジは、「そうか…」と自ら質問してきた割には興味なさそうに相槌を打って返す。……オレの質問に答えた際の酸素量を返せ、なんて、シカマルは内心愚痴をこぼしていた。

 

現在、先頭を行くナルト、それに続くシカマルとネジは、中忍試験第二の試験・二日目にして昨日となる一日目、敵の忍の輩(やから)に連れ去られたというルーキー仲間の木乃花カミナを探して、死の森を疾走していた。

正直、一つ上の先輩であるネジまでもが同行してきたことにシカマルは少し驚いたが、なんでも彼はカミナと顔見知りであるらしい。

 

『…1年ぐらい前に、巣から落ちた小鳥のヒナが、飛べるようになるかどうか賭けをしてな…』

 

ネジはそれ以上語らなかったが……シカマルは、あえて賭けの結果を興味本位で尋ねることを止めた。なんとなく、勝敗の予想がすぐにできてしまったのと……その話の結末から、テンプレのように行き着くであろう異性間で起こり得る理性とは別の感情が入り混じった複雑な人間関係予想図、に…めんどくせーことを回避したがる彼の本能が、回れ右をしたからである。

 

そもそも、巻物を奪い合うことを目的とする試験の最中に、どうして班の下忍が攫われる事態に至ったのか――詳しい事情を聞けないままナルトを追ってきたシカマルだが、どうにも嫌な予感しかしてならなかった。これが他チームの、それも見知らぬ下忍などであればさして気にも留めず不安を感じることもなかっただろう。

……そう。不安を、感じている。それは、一種の焦りや恐怖にも似た感覚だった。そしてそれはシカマルだけでなく、他の同期の仲間たちも感じていることだろうことは、容易に想像ができることだった。それだけ、この木乃花カミナという女の子は、どこか浮世離れした、それでいて印象深い少女であったからだ。

 

木乃花カミナ。木ノ葉隠れの里の外から来た、身寄りのない孤児。

アカデミーの成績は悪くも良くもなくて、その目立つ赤い髪とは裏腹に大人しい子、でも、根暗ってわけじゃない――シカマルが知り、アカデミーの同期達が知っているであろうカミナについての情報は、大抵こんなものだ。しかしシカマルはそれ以外に、周囲の奴らも知らない彼女の秘密を知っていた。

それは、彼女が……シカマルの目の前をひた走るナルトと、親密な関係にあるということだった。

親密と言っても、エロい意味合いではない。当然だ、オレ達まだ十代のガキだし……シカマルがそれを知ったのは偶然であり、もちろんその秘密を誰にも話したことはない。申し訳ないが、親友兼幼馴染のチョウジにもだ。いのは騒ぐから、絶対に言わない。

秘密にしているのは、当人たちに口止めされていたということもあるが……あの二人は、生い立ちがいろいろと複雑だった。本人たちに直接確認したわけではないが、周囲の口さがない噂話などを聞いていれば、ちょっとずつ成長する心とともに大まかなことがわかって来る。

人当たりが良くも余所者という偏見の目で見られ続けているカミナ、そして、何故だか里の大人たちからその存在を疎まれているナルト……そんな似た境遇に居たナルトとカミナは、互いが互いにとってかけがえのない存在になっているのだ。だからこそ、我を忘れるようにして走り続けるナルトの気持ちも、分からなくはない、のだが……

 

「(あそこまで取り乱すナルトなんて、初めて見たな……)」

 

すでに幼馴染の域を超えていると客観的にも分かる二人の関係は、恋愛方面ではまだまだ発展途上なのかと思っていたが、実際は結構進んでいたのかもしれないなぁ…と、いつのまにか下世話な思考に至っていた自らの脳細胞に嫌気がさして、シカマルはその思考を強制的にシャットアウトした。

 

それにしても……ナルトの奴は一体、どこまで走り続けるのだろうか?いい加減バテて来たと、シカマルにもそう自覚させるぐらい、3人はすでに結構な距離を走っていた。おまけに速い。ナルトの座学の成績は言うまでもなくからっきしだったが(かくいうシカマルも、筆記試験は真面目に受けていないため常にドベからのブービーであった)、体術の方はそれなりだったはずだ。それでも、うちはというエリートな一族出身のサスケにはコテンパンにされていたが……しかし、アカデミー時代でも、アイツはこんなに足が速かっただろうか。

下忍となってから、まだ数か月しかたっていない。あの眠そうな目つきの上忍師の元で、一体どんな修行をしてきたのだろう……それとも、カミナに関してのうんぬんは、実は地力×2倍だったのか?そしてそして、なんでこんなにも離れた場所に居るであろうカミナの存在が分かるんだと、本来タイプではないはずのその感知力に、ある意味引きそうになった。……まさか、ここまで来て考えなしに走ってたとか言うんじゃねーだろうな?と…シカマルが、そろそろ本気で心配になってきた頃だった。

 

「…なんだ、ありゃ……」

 

シカマルたちの走るコースから少し離れた場所に見えてきた木々が、不自然にへし折られていた。…いや、そんな表現は生温かった。ナルトの走るコースは、徐々にその場所へと近づいて行き、やがて交差する。急に視界が晴れたそこは、まるで……怪獣が破壊光線でも放ったかのように、密集した巨木たちが一筋の道にならって全てなぎ倒されていたのである。すでに火種の消えた木々の焼け焦げた匂いが、鼻に付いた。

 

「こりゃぁ…戦闘の、痕なのか…?」

「これだけ広範囲に及ぶ被害、ただの忍術じゃないぞ……この先か?」

 

――白眼!!――

 

ネジの目元の血管が浮き出し、色素の薄い眼がなぎ倒された木々の先方を見据える。日向一族特有の薄紫がかった白い眼は、白眼と言い、ほぼ360度の視界と物体による障害物をも透視して数百、数キロメートル先の光景をも見通すことのできる血継限界である。

 

「――ッ!?500m先に、人が倒れている……なッ!?こ、これはっ…!!」

「どうした?カミナがいるのか!?」

「………」

 

ネジが押し黙ってしまった。ネジが見据える方向は、ナルトが向かっている方角でもある。おそらく、カミナはこの先に居るのだろう、だが……その驚いた表情はなんなんだ、ネジ。やめてくれ。最悪の予感しかしねーじゃねーか!!

 

「ナルトっ、待て!!」

 

シカマルは、疲れた脚に鞭打って、割れた木の枝を強く踏み切った。

 

 

 

「――カミナっ!!」

 

ナルトは、徐々にカミナの気配に近づいているのを感じていた。しかし…カミナに近づくと感じるたびに、腹のあたりがぎゅうっと熱くて痛くなる度合いが増してくるのだ。腹でも下したか?こんな時にっ……最早胸が痛いんだか腹が痛いんだか、訳が分からない。ただ、とにかく、この痛みはカミナも感じているような気がしてならなかった。

速く、早く、もっと、はやくっ――あのカミナの笑顔と揺れる赤い髪を、間近に見て安心したかった。

 

ダンッ!!と、高く跳躍したナルトが、一際大きな音を立てて湿った大地へと着地した。

 

「ハッ、ハッ……なっ!!――」

 

目の前に広がる光景に、ナルトは、思わず言葉を……息をするのさえ、忘れた。

 

 

――そこは、"赤"かった――

 

 

自生する大自然の木々が偶然作り出した、大地の見える開けた空間。木々がなぎ倒された道筋からは、少し離れていた。

大して広くもないその場所に、少女の…白い手足が横たわっている。血の気を失った四肢の首には荒縄がくくられていて、地面に深々と突き刺した木の杭に縛り付けられていた。縄を外そうと、相当抵抗したのだろう。淡い肌色を持つ彼女の皮膚は、縄に擦られて、血をにじませるほど真っ赤にすり切れていた。

 

そ し て ――

 

……小さく上下する彼女の胸元が、かろうじて命の存在を感じさせる。乱れた真紅の髪は土の汚れが付いて、意識のない白い顔を覆い隠していた。

――機能性を重視した、袖の短い和装型の任務服。新調したばかりのそれを、初めてナルトの前で着て見せてくれた時…カミナは、少し恥ずかしそうにして頬を染めていた。とても良く似合っていた。ボキャブラリーの少ないナルトは、ひたすら同じ言葉を繰り返して褒めていた気がする。淡い卵色の任務服は、彼女の綺麗な赤い髪をことさら良く引き立てていてとても似合っていたのだ――その、かつては淡い色彩だった任務服が、いまは……真っ赤に、鮮血を吸って染まっていた……

 

 

「カ…ミ…………ッ、カミナぁああっ!!!」

 

 

少年は、感情のままに叫んでいた。

彼女の周囲にはモノのように転がる――かつてヒトと呼ぶことのできた――無数の肉塊は、一部が焼け焦げて異臭を放っていた。その傍らには、高熱で溶かされたように形を無くした忍の額当てが落ちており……かろうじて、草忍のマークが見て取れた。

 

「ナルトっ!?――うッ!!」

「何が、あったんだ……」

 

遅れて到着したシカマルとネジも、その異様な光景に息を呑む。

 

いずれにせよ、見たかった"赤"は、こんな色ではなかったはずだ―――

 


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