金色の狐、緋色の尻尾   作:花海棠

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二次試験、第二の試験……どっちが正しいんだろう?
なかなか内容が定まらず、ちょっと時間かかりました。
さっくり行くはずが、ちょっと文字数も増えた。
主人公の過去が、少しずつ明らかになっていきます。

2015/05/04最終投稿。
2015/10/20名前変更。



7.『中忍試験編・第二の試験〈前篇〉』

場所が変わって、続く第二の試験。サクラがナルトっぽいと評した試験官・みたらしアンコの説明の元、木ノ葉の第44演習場…別名『死の森』において行われる5日間の巻物争奪戦&サバイバル演習が開始された。

人食い猛獣などが闊歩する薄気味悪い森の中、サスケがカミナを呼び止めたのは、ゲート入口を抜けてからそう間もない頃であった。

 

「カミナ、おまえ…あの我愛羅ってやつと過去に何があったんだ?」

「………。」

「サスケ?」

「…サスケ君、なにも今そんな話をしなくたって…」

 

サクラはそう言ってカミナを庇うが、しかし、サクラの目から見ても今のカミナは心ここにあらずといった態が明らかであり、普段の彼女らしからぬ姿に心配を募らせてはいたのだ。

すべては、カミナがあの砂隠れの少年と出会ってからのことだった……。

 

「この第二試験は、正真正銘命を懸けたサバイバルゲームだ。腑抜けて足を引っ張られちゃたまらねぇんだよ」

「サスケ!てめぇ言い過ぎだぞッ!!」

「ウスラトンカチは黙ってろ。――カミナ…お前さっきの筆記試験で、ナルトが大声出すまで用紙の問題も解かずに呆けていただろう?」

「!」

「「えっ!?」」

「あの程度の問題、お前ならカンニングせずとも全問解けただろうけどな。……だがな!ここではわずかな油断が命取りだ。気を抜いたら、本気で殺されるぞ!!」

 

サスケの強い口調が、さらに、タイミングよくも遠くで受験者たちとおぼしき人の悲鳴まで聞こえてきたため、ナルトやサクラの肩がびくりと跳ね上がる。表情にも緊張が走った。

……それまで俯いていたカミナが、ゆっくりと顔を上げる。水底のように深く澄んだ蒼い瞳は、今はしっかりと、強い意思をもってナルトたちを見渡していた。

 

「……ごめんなさい、サスケ、ナルト、サクラ。こんなことで動揺を露わにするなんて、忍として失格よね」

「カミナ、お前は木ノ葉に来る前の記憶が無いと言っていたが、本当は砂隠れに居たのか?」

「…うん……私がこの木ノ葉隠れの里に来たのは今から6年前の、6歳の時。でも私の一番最初の記憶は、見渡す限り一面の砂漠だった……私は、砂漠をさ迷い歩いていたところを砂隠れの忍に助けられて、その人の元でしばらく暮らしていたの…――」

 

 

――我愛羅との出会いは、そんなつかの間の平和なひと時のことであった……

 

 

 

◆◆◆

 

 

カミナを助けた忍は、名を夜叉丸といい、彼は忍という肩書きが似つかわしくないくらい、とても優しい風貌と性格の青年であった。

彼は任務帰りの道中で、砂漠で生き倒れていたカミナを発見し、周囲の反対を押し切って自らの隠れ里に連れ帰ったのだそうだ。子どもとはいえ外部の人間を里に入れることに里の上層部はずいぶんと難色を示したそうだが、彼は断固としてカミナを見捨てず、手厚い治療を施してカミナの命を救ったのである。

 

自身の名前さえ分からなかったカミナに、"カミナ"という名を送ったのも彼だった。

それから夜叉丸は、自らも忙しい任務の合間を縫ってカミナに足りない知識を与え、やがて彼女が自立できるようにと生活に必要な様々なことを教えていった。幸いカミナは同年代の子どもと比べても非常に物覚えが良く、砂隠れの里に来てひと月も経つ頃には、体も回復し身の回りのことはほとんど一人でこなせるようになっていた。

 

そんな頃だった。

カミナが散歩の果てにたどり着いた公園で、ぽつんとひとりで居た小さな我愛羅に出会ったのは。

 

『あなた、ここでなにしてるの?』

『ッ!……キミ、ボクのこと…こわくないの?』

『? どうして?』

 

自分を怖くないのかと問う我愛羅は、彼の方こそカミナを…他者を、怖がっているようにも見えた。

 

我愛羅とは、出会う度に他愛のない話を繰り返すうちに、二人の関係は親密さを増していった。我愛羅と一緒にいるのは楽しい、名前を呼んでもらえると嬉しくなる。それは我愛羅も同じだと言ってくれた。夜叉丸はそんな二人の関係を、「友達」と言うのだと教えてくれた。

 

ただ、カミナが我愛羅を見つけるとき、いつも彼は一人だった。それは公園の中だけにとどまらず、彼が里の中を歩いていると表に出ていたわずかな人影でさえ、まるで我愛羅から逃れるように建物の中に閉じこもってしまうほどに、我愛羅は何故か里の人々から避けられていた。

砂隠れの里は、そんな人の気配が押し殺された、寂しい里であった。

 

しかし、そんな中でもやはり夜叉丸だけは違っていた。彼は元より我愛羅のお世話係の忍でもあったようで、カミナと我愛羅が彼のあずかり知らぬところで知り合ったことには当初ひどく驚いていたけれど、二人が並んで絵本を読んだり、一緒に出掛けて行く姿を見送る様子は、以前にも増してその優しい笑顔に嬉しさが垣間見えていた。

しかし……そんな夜叉丸の我愛羅を見る笑顔が深まるたびに、ふとした時に夜叉丸は悲しげな、そして何かを考えているように難しい表情をすることが増えていった。それにカミナが気づいたのは、彼がそういった表情するときの多くが我愛羅の隣に居るカミナ(じぶん)を見ているときであり、彼はなにかに耐えるような、そしてカミナを通して別の誰かを見ているような視線を向けてくるのであった。

 

それでもカミナの小さな世界は、確かな幸せに満ちていた。この幸せな時間は永遠に続くのだと、カミナは疑いもしなかった………あの、運命の夜までは。

 

満月の綺麗な夜だった。

眠っていたカミナを静かに起こしに来た夜叉丸は忍装束の姿であり、カミナに少ない荷物を持たせると、そのままカミナを担いで砂隠れの里を出てしまったのである。

理由も告げられず里の外に連れ出されたカミナは、夜叉丸のただならぬ様子にようやく気が付いて、無言で夜の砂漠を走り続ける彼に声をかけた。

 

『夜叉丸さん、どこに行くの?もう、かえろうよ……朝になったら、我愛羅がしんぱいする…』

『カミナ、キミはもう……砂隠れに戻って来てはいけません』

『えっ……』

 

夜叉丸の言葉の意味が、カミナには理解できなかった。夜叉丸はやがて木々の生い茂った森の中に飛び込み、カミナをさらに砂隠れから遠ざけていく。それまで砂漠の景色しか知らなかったカミナにとって、真夜中の森は化け物の巣窟のように思えてならなかった。

 

『や、やだっ!かえる、我愛羅のとこにかえる!夜叉丸さん、はなして!!』

『お願いです、聞きわけてくださいっ…あの子のためにも、キミには生きていてほしいんです!』

『い、いきて?それってどういう―――!!』

『!!』

 

カカッ!!――と、夜叉丸の行く手に、複数のクナイが刺さる。夜叉丸はクナイを避けて太い木の枝に下り立つと、抱えていたカミナを降ろして自らもクナイを構えた。彼の前には、4,5人の砂隠れの忍が降り立っていた。

 

『夜叉丸……キサマ、風影様の命を裏切るつもりか?』

『……私は、砂の忍だ。風影様への忠誠は揺るがない。しかし……この子は逃がす!』

『何故だっ、風影様の右腕と言われるほどの貴方が、なぜそんな得体の知れぬ子どものためにッ…!!』

『そんな小娘など、守鶴の化け物にくれてやれ!お前が危険を冒す必要などない!!』

 

砂の忍たちの言葉には、カミナの知らないものもあってよくわからなかった。しかしどうやら、砂の忍たちは夜叉丸を引き留めに来たようで、そして夜叉丸は、里長である風影の命令に背いてカミナを里の外に逃がそうとしていることがおぼろげにだが分かった。

 

『我愛羅様は…化け物ではない!あの子は、心の痛みを知っている…人間だ!

そして、あの子は姉が命がけで守った、私の甥……もうあの子から、何も奪わないでくれ!!』

 

砂の忍が刃向う夜叉丸に襲い掛かり、夜叉丸もそれに応戦した。夜叉丸は強かった。無数のクナイを視覚しづらいチャクラ糸で操り、相手を翻弄する。しかし、いかに夜叉丸でも多勢に無勢であり、隙を突かれて無防備になっていたカミナを襲う敵に、反応がわずかに遅れてしまった。

 

『カミナッ!?……やめろっっ!!』

『我が里のために……死ね、小娘ッ!!』

『っ!!』

 

カミナの眼前に、鈍色に光るクナイが迫っていた―――

 

 

◆◆◆

 

 

ザァァ……と、密に重なり合う葉擦れの音が辺りに満ちる。死の森を吹き抜ける湿った風が、神妙な面持ちをしたナルトたちの間を通り抜けていった。

 

「……そ、それで?」

 

サクラが、おそるおそる話の結末を尋ねる。両傍らにいるナルトとサスケも、固唾をのんでカミナの話に聞き入っていた。

 

「……その時、一瞬意識が途切れたの。……気が付いたとき、私の周りには黒こげになった死体が転がっていた。夜叉丸さんも、驚いた顔していたなぁ……」

 

今の今まで思い出せなかったカミナがヒトを殺めた記憶は、過去を語るうちに少しずつ呼び覚まされていった。我愛羅たちと再会したことも原因のひとつだろう。しかし、実際どのようにして上忍レベルの忍であった夜叉丸と互角に打ち合っていた忍をカミナが殺めたのか、その詳細までは思い出せなかった。

 

 

――転がった死体の中心で呆然としていたカミナを、夜叉丸は強く抱きしめた。「キミも、我愛羅様と同じだったんですね…」と、小さくつぶやいた夜叉丸の言葉は、そのとき動揺していたカミナには聞き取れなかった。

 

『……カミナ、この森を抜けた先に、木ノ葉隠れという里があります。砂と同じく忍の里です、そこへ行きなさい。里長の火影様は情に厚い方だと聞いています。きっと、身寄りのないカミナのことも受け入れてくれます』

『…っく、ひっく……ゃ、やだぁ…ひとりは、イヤ…さみしいよ、こわいよぉ……』

 

己の未知なる力に、カミナは恐怖した。何よりも一人ぼっちという孤独が、記憶を重ね、知識と感情を得た今のカミナには耐えきれないほどの脅威となって襲い掛かったのだ。

泣き震えるカミナを、夜叉丸の腕がより一層強く抱きしめる。血の匂いが沁み付いた、でも、とても温かな腕だった。

 

『カミナ……我愛羅様と友達になってくれて、ありがとう。……キミは、私の姉さんに似ている。キミの素直な優しさと笑顔に、私もどれほど救われたことか…こんな形で手放すことになって、すみません。キミはどうか……幸せになってください』

 

その言葉が、カミナの記憶に残る夜叉丸の最後の言葉となった。

 

やがて日が昇り、森の中で一夜を明かしたカミナの傍に、夜叉丸の姿はなかった。

カミナは悲しみを胸に秘めて、ひとり木ノ葉へと歩き出す。子どもの足では幾日もかかった道中の果てに、カミナはついに木ノ葉の「あ・ん」の門前にたどり着いた。しかしその門をくぐる前に、疲弊の極みに達したカミナの意識は途絶えてしまう……。

カミナが再び目を覚ました時、彼女が寝かされていたのは火影室のソファの上で、そこへ偶然イタズラのために忍び込んできたナルトが、見慣れないカミナを見つけてその寝顔を覗き込んできたのである。

 

『お前、ダレだってばよ?』

 

それが、ナルトとカミナの最初の出会いであった。

過去の記憶を無くし、つかの間に手に入れた幸せも失ったカミナにとって、ナルトと木ノ葉隠れの里は、カミナの新たなる居場所となった。故にカミナは、自分の大切なもの達を、今度こそ失いたくないと誰よりも強く願うのである―――

 

 

 

「――私はあの時砂の忍ではなかったし、我愛羅と過ごした時間はすごく短かったけれど……でも、彼らは初めて、私の大切なものになった人たちなの。だけど……なのに、どうして…あんなに夜叉丸さんを慕っていた我愛羅が、あの人を殺したなんて…そんなの、信じられないっ…」

 

カミナの悲痛な想いを聞き、サクラは比喩でも何でもなく自分の胸が痛むのを感じた。

ナルトも。サスケでさえ……口にこそ出さないが、大切な、かけがえのないものを一瞬で失う恐怖と悲しみは、かつて嫌というほど思い知ったものであった。

 

「……お前の気持ちはわかった。だが、今は試験中だ。思うことは、この試練を無事クリアしてから、あのひょうたん野郎にぶちまけろ」

「サスケ……うん」

「カミナっ!…今は試験中だけど、落ち着いたらなんでも話聞くからね!不安なことか困っていること、ひとりで胸に溜め込んでちゃだめよ!」

「サクラ……ありがとう」

 

サクラは、昨日は自分ばかりが悩みを聞いてもらっていたのが恥ずかしくなると、内なるサクラが独り言ちて己を責めた。堪らずカミナを抱きしめると、カミナが驚いた気配を感じつつ、やがてそっと温かな腕が背中に回されてサクラは泣きそうになった。また一つ、カミナの強さの理由を知ったような気がした。

 

互いの胸の内を確認したところで、第七班は気を引き締めて直して第二試験に臨む。一同覚悟を改めて慎重に歩みを再開する中で、ナルトだけが、普段元気印の彼らしくなく暗い表情をしてうつろに足元を見下ろしていた。

 

「ナルト?どうしたの?」

「……カミナ。その……カミナにとって、オレってば…」

「ナルト?」

「…………何でもねぇってばよ。いくぞ、カミナ!近づく奴片っぱしからブッとばしてやるってばよ!!」

 

よっしゃあ!!いくぞ!!――と高らかに気合を叫ぶナルトは、すでに普段の調子に戻っていた。しかし、それがあまりにも大きな声だったため、直後にナルトはサスケとサクラに揃って頭を殴られてしまう。

 

「馬鹿!デカい声出すな!敵に居場所を知らせるようなもんだぞ!!」

「そーよ!もうちょっと考えて行動しなさいよ!!」

「ぐ、ぐぅぉおお…(サスケとサクラちゃんの声も、十分でけぇってばよ~~ッ!!)」

 

涙目になって頭を押さえたナルトは、痛みに耐えつつ、その瞳は苦笑を浮かべているカミナを捕らえていた。今のカミナの表情には、もうあの暗い陰りは無い。それは嬉しくもあるのだが……ナルトの胸のもやもやは、ついぞ晴れなかった。

 

「(カミナ………お前にとって、オレってば……カミナの、その"大切なもの"の中に入ってるのかってばよ…?)」

 

どうしてそんなことを思ったのか、どうしてもやもやした胸が今度は痛み出すのか……今のナルトには、まだ、分からない感情であった――

 

 

◆◆◆

 

 

カミナの過去を知り、一段と結束力の高まった第七班。

再び死の森を歩み出して早々に、ナルトに化けた雨隠れの忍に奇襲を受けるが、サスケの洞察力と即時の対応でからくも撃退する。此処は騙し騙される忍のバトルフィールド。慣れ親しんだ仲間の姿でさえ、もはや安心する要因にはならないのだ。

 

サスケが取り決めた長い合言葉にナルトが狼狽えていると、突然、前触れのない急激な突風がカミナたちに襲い掛かった。

 

「ナルトっ!!」

 

暴風の中、カミナがナルトに伸ばした手は空を掴み、カミナ自身も森の奥へとその身を吹っ飛ばされてしまった。

 

 

 

突風をまぬがれたサスケとサクラが対峙したのは、第二試験のスタート地点で、不気味に長い舌を披露したあの草隠れの忍であった。

その忍――草忍は、「地の書」を二人の前で丸呑みにして見せると、そして……殺気だけで二人に死のイメージを与えると同時に、一瞬にして戦意と気力を根こそぎ奪い去ったのである。

 

「ぐっ、うおえっ…!!(な、何者だ…コイツ…!!)」

 

サスケはその途方もない殺気に耐えられず嘔吐した。完全に畏縮しきっているサクラは、恐怖心からあふれる涙を拭うことすらできずにその場にへたりこんでいる。

草忍が放ったクナイが、身動きできない二人に襲い掛かる。

 

――カッカッ!!――

 

クナイは獲物を捕らえ損ねて、横たわる大樹に突き刺さった。草忍がゆっくりと視線を巡らせた先には、サスケとサクラを抱えて飛び退いたカミナが、二人を背後に庇いクナイを構えて草忍を睨み返していた。

 

「……サスケ、こんな状況だけど、合言葉の確認はいるかな?」

「そ、そんな場合かッ……逃げろ、カミナっ!こいつは、次元が違いすぎる!!」

「…そうよ。お前たちは、一瞬たりとも気を抜いちゃダメ…獲物は、常に気を張って逃げ惑うものよ……

 

捕食者の前ではね」

 

草忍が、再び凄まじい殺気をカミナに向けて放つ。一瞬ぞくりと身をすくませたカミナだが…刹那の後、カミナは起爆札付きのクナイを相手の急所を狙って放ち、避けられてなお、その爆風に乗じて一気に草忍めがけて肉迫した。接近するときの勢いをクナイに乗せ、渾身の一撃を敵の懐に打ち込む。

 

――ガキィンッ!!――

 

「「カミナっ!?」」

「……いい動きね。それに、私の殺気をものともせずに動けるなんて、正直驚いたわ」

「………私も、不思議よ。あなたの殺気は、居竦むどころか生存本能を掻きたてるような、不快な脅迫観念すら感じさせる……なにより、その気持ち悪い言葉遣いが、嫌悪と同時に懐かしさすら覚えるわ!!」

「!!」

 

あんた、一体なんなの!!――押し合ったクナイを弾き、間を開けずに蹴りを放って再びクナイを振るう。いつになく攻撃的に攻めるカミナの姿には鬼気迫るものがあった。それはまるで纏わりつく恐怖心を振り払うようでもあり、しかし確固たる強い意思がカミナに決して無謀な戦いをさせてはいなかった。

カミナの攻撃を相手がいなし、繰り出されるカウンターをカミナも予期して躱す。まるで互いの手数を知っているかのような双方攻防によどみのない戦いに、サスケとサクラは加勢することもできず、かといって目も離せずにいた。

 

「(相手の動きが、分かるっ…でも、どうして?それに、恐怖を感じていながら私の身体は動く……動かなければ、殺されるッ……なんで、なんでそんなことが分かるの?どうして私は、この恐怖を知っているの!?)」

 

カミナは自身を突き動かす不可思議な感覚に、次第に冷静さを保てなくなっていた。そしてわずか一瞬に生じた隙を草忍は見逃さず、カミナの懐に強烈な一撃が撃ち込まれてしまう。弾けば軽く飛ぶ身体は朽ちた大樹をへし折って、カミナの身体は落下するまま地面に叩き付けられた。

 

「うぐっ!!――ぐ、カハッ」

「「カミナぁッ!!」」

「フフフ……ダメじゃない、戦いの最中に考えごとをしちゃあ…でも、嬉しいわね。あれから6年も経ったというのに、まだ私のことを覚えてくれていたなんて……」

 

「「「ッ!?」」」

 

その言葉はまるで、草忍がカミナのことを知っているかのような口ぶりだった。

 

「(どういう、こと……?)」

 

口の中が血の味で満たされたカミナは、朦朧とする意識の中、草忍に真意を問おうとする。が、全身が痛み息もままならない……肋骨にヒビでもはいったか…。

戦意を失ったカミナに草忍はそれ以上見向きもせず、代わりに身体を蛇のような姿に変じさせて、今度は居竦むサスケへと襲い掛かった。

 

――ガッガッ!!――

 

草忍の行く手を阻んだのは、乱雑だがそれなりの威力を持って大樹に突き刺さったクナイと手裏剣であった。

 

「悪いなサスケ……合言葉は、忘れちまったぜ!!」

 

忍らしくなく堂々と、しかし絶好のタイミングで現れたのは少しボロボロな姿のナルトであった。

 

 

◆◆◆

 

 

巻物を渡す代わりにここは引いてほしいと、サスケの思わぬ行動にナルトはぶち切れた。

敵に渡す為投げられた巻物をかすめ取り、さらにサスケに全力の拳を撃ち込んだのである。

 

――ドカッ!!――

 

「てめー、急に何しやがる!!」

「ナルト…あんた何を……」

「…オレってば、合言葉忘れちまって…確かめようはねーけどよ……てめーはサスケの、偽物だろ…!!」

 

ナルトの立つ大樹の根元には、傷つき倒れ伏したカミナがなおも立ち上がろうともがいていた。

相手がどれだけ強い敵であろうと、カミナは戦った。そんなカミナをまたも守れなかった自分自身に憤り、そして己が一方的ながらもライバルと認めた男の腑抜けた姿に、ナルトは失望したのだ。

 

「こんなバカで腰抜けヤローは、ぜってーオレの知ってるサスケじゃねー!!」

 

圧倒的な力を有した敵が、巻物を渡したところでサスケたちを見逃す保証などないのである。

巻物など殺してから奪えばいいとのたまう草忍に、ナルトはカミナを傷つけられた怒りも相まって我武者羅に飛び掛かっていった。草忍は巨大な蛇を口寄せし、ナルトを容赦なく大樹に叩き付ける。血を吐くナルト。先ほどのカミナの二の舞であった。

 

「フフ……とりあえず喰らっときなさい」

 

「クソ喰らえーーー!!!」

 

――ドォッ…!!――

 

ナルトを喰らおうと大口を開けた大蛇の頭を、ナルトは力任せにぶん殴った。ナルトの眼は九尾のチャクラが呼応して赤く染まり、凄まじい勢いで大蛇に猛攻していく。しかし、カミナとは違い感情の勢いに任せた単調な攻撃は、草忍によって容易く返り討ちに合ってしまうのだった。

 

 

「――…よォ、ケガはねーかよ……ビビリ君」

「っ!?」

 

その言葉はかつて、サスケがナルトに放った言葉だった。

余りに強大な敵を前に己を見失い逃げることだけを考えてしまっていたサスケは、襲い来る大蛇を前に動けず、しかしその身を挺して大蛇を食い止めたナルトの姿に、魂が揺さぶられるのを感じた。かつて、ナルトに覚悟を促した言葉は、いま再びサスケにもその闘志を蘇えらせつつあった。

 

 

「――五行封印!!」

「ぐはっ!?」

 

腹部の四象封印に別の封印式を書き込まれたナルトは、そのまま意識を失ってしまう。巻物も奪われ、ナルトの身体は宙に投げ出された。

 

「ナルトォ!!(このままじゃ落ちる!!)」

 

ナルトを助けるためクナイを構えたサクラだが、サクラがクナイを投じるよりも早く、ナルトの身体は地上への落下を止めた。

 

「ぐぅっ!……ナル、ト…しっかりして…」

 

カミナがチャクラの吸着で大樹の斜面に立ち、ナルトを受け止めたのである。しかし、傷が痛むのかチャクラで態勢を保てないカミナは、クナイを大樹に突き刺して新たな支えとした。

 

「カミナ!?あなた酷い怪我してるのにっ…!!」

「だい、じょうぶ…よ……げほっ」

 

未だ少量の血を吐いたカミナは、ナルトを抱えて手近な太い枝の上に飛び移る。その衝撃にさえ、今のカミナの傷には大きく響いていた。

 

「(封印から12年……ナルトくんのチャクラと九尾のチャクラが呼応し始めているのね……けれど、砂の人柱力とは違い、ナルトくんに今のところ九尾の暴走は起こっていない……それはきっと、)」

 

草忍――大蛇丸の粘着質な視線は、相当な傷の痛みに耐えつつも、ナルトを気遣うカミナに注がれていた。

 

「(アナタの存在が、ナルト君の精神を支えて九尾の憎しみをコントロールしているのね……)……まったく、恐ろしい子だわ…」

 

大蛇丸の口元が、弓形に吊り上がる。それは、飽くなき興味を追及する探求者ゆえの歓びからだった。

 

 

「――サスケ君!!ナルトは…確かに、サスケ君と違ってドジで…カミナの幼馴染とは思えないぐらいガサツでバカで、足手まといかもしんないけど………でも少なくとも、臆病者じゃないわ!ねぇ!!そうでしょ!!」

 

サクラの叱咤激励を受けて、一族を滅ぼした兄・イタチの幻影を振り払い…今、サスケの眼は完全に開かれた。

写輪眼で相手の動きを先読みし、退路を塞いで見えない三手目を打つ。が、それがこの強者を相手に防がれる可能性は織り込み済みだった。三ノ太刀を防ぎ敵が油断したところを、すかさず火遁で追い討つサスケ。しかし草忍に大したダメージは与えられず、焼け焦げた顔の下からは、新たな顔が垣間見えたのである。

 

「私の名は大蛇丸。もし君が私に再び出会いたいと思うなら…この試験を、死にもの狂いで駆けあがっておいで……」

 

大蛇丸の手の中で、ナルトから奪った「天の書」の巻物は燃やされてしまう。

そして大蛇丸は印を組み、どこぞの妖怪のように首を伸ばして、金縛りの術で動けないサスケめがけて肉薄する―――

 

――シュッシュッ!!――

 

「!!」

 

大蛇丸の首が伸びる進路上を、狙いの正確な手裏剣が飛来する。俊敏な動きで手裏剣を回避した大蛇丸の首は、クナイを手にして飛び掛かる満身創痍なカミナの姿を捕らえていた。

 

「これ以上、好き勝手はさせない!!」

「まったく、無茶をする子ね。あばら骨にヒビが入っていると言うのに……下手をすれば死ぬわよ?」

 

首を伸ばした大蛇丸は特に慌てた様子も見せずに、迫るカミナをただ見上げていた。その余裕のある顔に、違和感。

――チリッ…と、不意にカミナの首筋を刺激した嫌な予感に、カミナは咄嗟に頭を屈めた。と同時に、ザンッとカミナの後頭部をかすめ飛んでいった物体の正体は飛来したクナイであり、それは別の位置に居た大蛇丸の影分身が投じたものだった。…背筋を、ひやりとした冷たい汗が流れ落ちていった。

影分身はすぐに消えたが、チャクラを付与して威力を増したクナイは、宙に舞っていたカミナの赤い髪を数十本切り落とし額あての結び目さえもも斬り裂いた。

 

はらり、と…額から外れた木ノ葉の額あてが、一瞬カミナの視界を塞ぐ。

視界が晴れた矢先、勢いを失わないクナイが飛来する先には……気を失ったままのナルトが、大樹の枝の上に横たわっている姿が、カミナの瞳には映っていた。

 

「っ、ナルトォッ!!」

 

叫んだところで、大蛇丸に飛び掛かるため宙に身を躍らせていたカミナには、どうすることもできない。ひと瞬きにも満たない間に、クナイは無防備なナルトめがけて飛んでいく。絶望に見開かれたカミナの蒼の双眸は――刹那の瞬間、太陽も眩むような緋色に染め上がった。

 

――ザシュッ!!――

 

「ぅあっ!!!」

 

右手を貫いた痛みに――"カミナ″は、呻き声を漏らした。

 

「イヤぁッ、ナルトォっ!!――「カミナッ!?」――ッ、えっ!?」

 

サクラの悲鳴に、サスケの驚愕に満ちた声が被る。

気絶したナルトの傍らには、カミナが居た。ナルトの代わりにクナイの進行をさえぎった右の掌には深々とクナイが刺さってはいたが、致命傷となる傷ではない。しかし、今しがた大蛇丸に躍りかかっていたカミナがなぜあそこに――サクラが首を巡らすと、自身の足元にカランとカミナの額宛が落ちてきた。カミナは確かに、一瞬前にはこの場に居たという証であった。

 

「(今のは……まさかあの娘、すでに封印を――)……楽しみが増えたようねぇ?」

「なにっ………――がッ!!!」

「サスケ君っ!?」

 

大蛇丸の長く伸びた首は、一瞬カミナたちに気を取られていたサスケの首元に深く噛みついた。

大蛇丸が離れるとともに、サスケの首に浮かび上がる呪印の印――金縛りが解けると同時に苦しみだしたサスケに、サクラはうろたえながらも慌てて駆け寄った。

 

「ぐあぁぁあああ!!」

「サスケ君!!」

 

「う、くッ……サ、サスケ――」

「――うちはの血すら凌駕する、アナタの類まれなるその強い意志の力……少し見くびっていたようね?」

「ッ!?――うあっ!!」

 

手に刺さったクナイを引き抜き、サスケの苦しむ声音にカミナが顔を上げると……いつの間に移動したのか、目の前には大蛇丸が悠然と立ちふさがっていた。息を呑み、ろくな反応すらできず、カミナは首をわし掴まれて背後の大樹に身体を叩き付けられる。

 

「あ、ぐっ…!!」

「フフ、傷が痛むかしら?でも昔は、この程度の痛みには耐えられた子じゃない?」

 

大蛇丸は懐かしむように言葉を紡ぐと、おもむろにカミナの帯を外して上着の裾をまくりあげ、そのなだらかな腹部を晒した。ある部分から皮膚の色を変えたカミナの腹の中心には、うっすらと渦を描いたような封印式が浮かび上がっていた。

 

「(やはり、封印に影響を受けていたのはナルト君だけじゃなかったようね……6年前、この子の記憶を封じた私の術でさえ、すでに緩みかけている……)……あの砂の暗部には、カミナという名をもらったそうね。砂では失敗したけれど……木ノ葉隠れに流れ着いたのは、むしろ私にとってラッキーだったわ。仲間を守るためには己の死をも顧みない、猿飛先生が好みそうな木ノ葉の忍らしく育ってくれたしねぇ…」

「ッ!?」

 

大蛇丸の言葉に、カミナは己が耳を疑った。

砂の暗部?失敗?……カミナの中にあった奇妙な符号は、目の前の忍の言葉によって一本に繋がっていった。

 

「あなたは…何?私の…何をっ……」

「フフフ……アナタが知らなくていいことよ。むしろ、知らないほうが身の為…いいえ、アナタ自身の為よ」

「な、にっ……!!」

「それと…封印の解除は、もう少し後にしようと思っていたのだけれど……今はサスケ君と同じぐらい、アナタの力にも興味が湧いてきたわ」

 

そう言って、大蛇丸はカミナの首を押さえつけていた手を唐突に離した。滞っていた酸素の供給に咳き込む間もなく、カミナは首筋に手刀を打ち込まれて意識を奪われてしまう。

 

「アンタ!サスケ君になにをしたのよ!!

――ッ!?ちょっと!!カミナをどうする気!?」

 

サクラは苦しむサスケの手を握り締めながら、そして睨みつけようと顔を上げた先で、大蛇丸が気を失ったカミナを抱えている姿にぎょっとした。

 

「この子、少しの間預かるわ」

「はぁっ!?…ちょ、ちょっとまって!待ちなさい!!」

「この第二試験、班に欠員が出た場合即失格だものね。サスケ君が失格になるのはちょっと困るから、殺しはしないわよ。殺しはしないけど……この子が明日の朝まで生きているかどうかは、彼女の運次第ね」

「!!」

 

大蛇丸はそう言い残すと、カミナを抱えたまま土の中に沈んでいく。咄嗟に助けに動こうとしたサクラも、しかし苦しみに呻くサスケの手がサクラの手を強く握り込んでいて動けなかった。……否、もとより震えているサクラの両足は、彼女の思いに反して動かなかったのである。

 

「い、嫌よ、やめてっ……カミナを返して!カミナっ、カミナぁあああーー!!」

 

サクラの叫びは無情にも届かず、カミナが持つ印象的な真紅の色彩は、蛇顔の忍とともに土の中に消えてしまったのである。

先ほどサスケの火遁によって焼け焦げた木の葉が、あざ笑うかのようにカミナたちの消えた地面の上を舞って踊っていた。

 

「そ、そんなぁ……ナルト…ナルト…サスケ君が、カミナがっ……」

 

助けを求めて辺りを見回すサクラの傍には、未だ苦しみ続けるサスケと、気を失ったままのナルトしかいない。

カミナを連れ去られ、ひとり取り残されてしまったサクラは、恐怖と心細さに目の前で苦しんでいるサスケに縋って嗚咽を零すほかなかった。

 

「うっ…うっ…(私…どうしたらいいの…!!)」

 

――カチャリ…―――

 

「キャッ!!」

 

ふいに足元に触れた、冷たい感触に……今や木々の葉擦れの音にさえ怯えるサクラは、ほんのわずかな刺激でパニックに陥る寸前だった。

 

「うぅっ……あっ、――これ……」

 

そんな恐慌状態にあったサクラの視界に、ある鈍色の輝きが映り込んだ―――

 

 

◆◆◆

 

 

――みたらしアンコは、夕暮れ間近の死の森で、かつて師であり上司であった男と対峙していた。

草隠れの忍たちを抹殺して成り代わり、中忍試験に潜入した大蛇丸を足止めするべくアンコは玉砕覚悟で挑んだものの、彼女ではかつて伝説の三忍と呼ばれた忍の実力に及ぶことはできず、逆に呪印を暴走させられて身動きが取れなくなってしまっていた。

 

「ぐっ…い、今さら…何しに来た…!!」

「久しぶりの再会だというのに…えらく冷たいのね…アンコ。――欲しい子がいてね……さっきそれと同じ呪印を、プレゼントしてきたところなのよ」

 

うちはサスケ。この男の目論見はわかっている。血継限界の中でも最強瞳術を誇るうちはの写輪眼、この男はそれが欲しくて欲しくてたまらないのだ。

 

「くれぐれも、この試験中断させないでね。もし私の愉しみを奪うようなことがあれば…木ノ葉の里は終わりだと思いなさい」

「ぐっ…!!――ッ!?そ、その子はっ…!!」

「あぁ、この子?可愛いでしょ?……私のムスメよ」

「………………冗談は、休み休み言いなさい、よ…」

 

大蛇丸が立ち去る間際、彼の男が腕に抱えていた下忍の少女の姿に、アンコは減らず口で返しながらもその目は驚きに満ちていた。

あの鮮血で染め抜いたような赤い髪……彼女は、あのうちはサスケと、九尾をその身に封印されたやんちゃな下忍・うずまきナルトの同班の子ではなかったか。アンコは、その下忍の少女が右手の甲から血を流しており、顔色も良くないことに即座に気がついた。おそらく他にも傷を負っているのだろう。

しかし、そもそも目の前の男が、なぜ下忍の少女などをまるで攫ってきたかのような態で携えているのか……悪い予感しかしなかった。

 

「うっ…その子を、どうする気……? は、放しなさいッ…!!」

「用事が済んだら返すわよ。サスケ君には、こんなところで失格になってほしくはないしねぇ?」

「用事?その子は、お前の…仲間、なのか…!?」

「いいえ……この子は何も知らないわ。誰よりも木ノ葉の忍らしい忍で、他人を愛することを知っている、ただの女の子よ……そしてこの先の結果次第では、私の、これまでの最高傑作になるでしょうね…」

「!!」

 

大蛇丸のカミナを見る目は、まるで刀匠が己の打った刀に魅せられ酔いしれるようなソレだった。

 

「この子にも、余計な手出しはダメよ……三代目にも、よくよく伝えておいてね」

「ま、待て!!――う、うぅ…!!」

 

アンコが止める間もなく、大蛇丸の姿は赤髪の少女とともにその場から消え去ってしまった。

未だ強く疼く呪印に苦しみながら、アンコは、大蛇丸が消え去った場所を睨みつけて、己の無力さを歯噛みした。

 


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