金色の狐、緋色の尻尾   作:花海棠

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文章を書くにあたって、最近はこの中忍試験編のアニナルをよく見直しています。
登場キャラが一気に増えたここの話は、皆下忍というのもありますが、声が皆若々しいww声優さんたちも、まだ慣れていない感があるなぁww

新たなライバル出現に、たのしい展開を目指します。

*タグ、少し変更しました。
*忍界の、東西南北がよくわからん……

2015/04/28最終投稿。
2015/10/20名前変更。



6.『中忍試験編・試験開始~第一の試験』

――ピチョン………

 

常闇の空間にて、気まぐれにどこからともなくこぼれ落ちるひと雫の水滴が、黒く透明な水面(みなも)を叩く。

羽虫の音にも及ばぬ水面の変化に、大きな体躯をもつ存在が、僅かに身じろぎをした。

 

――ジャラリ……

 

自由を奪う、不快な音。

ゆっくりと伏せられた瞼が開かれ、縦に割れた獣の瞳孔を持つ意思は、その紅玉の眼差しを遥か頭上へと投げかけた。

 

細く、柔く、短い手足に巻き付いた無数の鎖。それはさながら、蜘蛛の巣に捕らわれ蝶蝶のように、闇色の彼方の中でその小さな存在をぽっかりと浮き立たせていた。

――小さな獅子のようにその真紅の髪が逆立っているのは、幼子の頭が首に巻き付いた鎖以外に支えがなく、宙に投げ出されているからだ。そんな苦痛を強いられる姿勢で幼子が泣き声のひとつも漏らさないのは、今その"少女"に意識がないからだ。

ただ眠っているかのように閉じられた瞼の裏には、深海を思わせる瑠璃色の瞳が隠れていることをその獣の意思は知っていた……その瞳に宿る、たぐいまれなる意志の強さを。

 

ふと、その無垢なる身体にまとわりついた黒い影に、獣の意思は、忌々しげに地を這うような低い唸りを喉の奥から響かせる。

汚らわしい、厭わしい……しかし、その身を封じられているのは我も同じ。成す術無い己が身を呪いながらも、今は滾る怒りを飲み下すほかなかった。

 

真紅の眼は、再び闇の中に沈む。静かに、"刻(とき)"が来るのを待ちながら……

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

―――ヒュォーーウ、ヒュォーウ……

 

乾いた空気。

砂を舞い上げる、風の音。

この風を、『わたし』は知っている……

 

あぁ、そうだ……"ここ"は、さいしょの記憶。わたしのきおくの、はじまりの、ばしょ――

 

『――ナ、カミナ。…あ、あのね…今日もいっしょに…ボクと、ぁ、あそんで…くれる…?』

『もちろんだよ。なにしてあそぶ?』

『!……え、えっとね…!!』

『お二人とも。お遊びは、今日のお勉強が終わってからですよ』

『『えぇーー!!』』

『ふふふ……さあ、頑張った生徒さんには、おやつを用意しましょうね』

 

あまいおやつは、だいすきだ。

小さな手、あたたかい手。やさしい笑顔。

なんて、心地の良い幸せ……始めての "しあわせ"は、わたしにとって最上のものであり、唯一であった。

 

だからこそ、幸せには終わりがあるなんて、思いもしなかった―――

 

『――カミナ、すぐにこの里を出るんです。君はもう、この里に居てはいけない』

『なんでっ、どうして!!――いやだ、かえりたい!!』

『お願いです、聞きわけてくださいっ……あの子のためにも、君は生きて……ありがとう、』

『いやだぁっ…!!』

 

力強い腕に抱かれて、砂の国から遠ざかっていく。

うずくまって泣いているあの子に、わたしの手はもう、届かない―――

 

『はなして、おろしてっ!!

 

ねぇっ……夜叉丸さんッ!我愛羅、我愛羅ぁーー!!』

 

 

 

◆◆◆

 

 

――ガバッ!!――

 

「はっ、はっ、は……ゆ、夢…?」

 

跳ねるようにして起き上がったベッドの上で、カミナは、尋常でない冷や汗をかいていた気持ち悪さに深く息を吐き出す。ベッド越しの窓に掛かるカーテンを少し捲ると、東の空が白み始めていた。窓を開け放ち、心地の良い清涼な風がカミナの寝汗でべたついた髪を優しく梳いていく。

 

――乾いた風……砂の、香り……?

 

「(まさか、ね……)」

 

覚えのある風が吹き抜けたのは、一瞬だった。

それも、寝ぼけた頭が記憶違いをしただけであろうか。

きっと、そうに違いない……あれから、もう6年もたっているのだ。

 

東の空から、日が昇る。遠い遠い砂漠の国から、太陽は昇るのだ――

 

 

 

木ノ葉隠れから少し離れた森の中。夜明けとともに、4つの影が野営地を後にしようとする。

 

「――朝日が昇った。行くぞ、木ノ葉隠れまではもう少しだ」

「はい、バキ先生」

「……我愛羅はどこだ?」

「…あそこじゃん。あいつが寝坊なんて、するわけねーじゃん」

 

黒装束の少年が指す先――その小柄な身体には大きすぎるひょうたんを背負った茶髪の少年が、未だ夜の影に覆われた森を…その先に在る木ノ葉隠れの忍里を、睨むように見つめていた。

そこに、強い奴はいるのか。己に生を感じさせてくれる敵は居るのか。額に愛の文字を刻んだ彼の頭の中は、それだけしか考えていなかった。

 

『――我愛羅!』

 

「………」

 

どうして……いまさら、あの笑顔を思い出したのだろう。

仲間に声もかけずに、我愛羅は一夜を明かした木の枝を蹴って走り出す。その後ろを、血のつながりでいうところの姉と兄、そして担当上忍師とは名ばかりの監視役の男が少し距離を置いて追走する。彼らが我愛羅の前を走ることは決してない。たとえ身内であろうと、我愛羅は躊躇なく相手を殺せる心と力を持っているからだ。

我愛羅の物理的にも精神的にも、その領域(テリトリー)に入れたのは過去に2人だけ――その者たちは、今はもういない。

 

 

もうすぐ、中忍試験が始まる―――

 

 

◆◆◆

 

 

「カミナーっ、早く行くってばよー!!」

 

アパートの階段を降りた先で、ナルトが大きく声をかける。燃えるごみが詰まった袋を収集場に捨ててきた後で、カミナが準備を終えて出てくるのを待っているのだ。

 

「ちょっと待って!――戸締り良し。行こう、ナルト」

「おう!――うらぁ!今日も任務、バリバリやってやるってばよォ!!うおぉおおお!!マッハ5――!!!」

「えっ?ちょっと…ナルト、待ってよぉー!!」

 

全力疾走で集合場所に向かうナルトを、カミナが慌てて追いかける。そんなに早く行っても、またカカシ先生遅刻してくるんじゃないかなぁ…と思いながら。

 

二月前の波の国の任務を終えてから、ナルトは毎度任務に気合が入りまくっている。……入りまくっているのだが、やはり未だ忍としての未熟さとサスケをライバル視するあまりの空回りが高じて、どの任務でもなかなか良い成果が出せていないのが現状だった。

そのサスケもまた、先の任務で写輪眼を開花させたものの、再び低ランクの任務に甘んじる日々に焦りを感じていた。そしてサクラは、いつものように騒ぐナルトをたしなめたり、サスケにアタックを続けたりと変わらぬ様子を貫いてはいるが、その裏で、チーム内で一番伸び悩んでいる自身に不安を感じているのだった。

 

近頃は班のチームワークも乱れがちである…そんな部下たちの様子に頭を悩ますカカシの上空を、一羽の鳥が飛んでいった。

 

「――さーてと!そろそろ解散にするか。オレはこれから、この任務の報告書を提出せにゃならん…」

「……なら、帰るぜ」

「あ!ね、サスケ君待ってー!」

 

サクラはサスケを修行に誘うつもりらしい。ナルトはナルトで、カミナに修行の声をかけていた。

 

「カミナ!今日こそ、今日こそオレはっ、スッゲー術を開発して見せるってばよぉ!!」

「う~ん…それよりナルトは、落ち着いて任務に取り組む精神面の修行をしたほうがいいんじゃないかなぁ……あ!」

「あ?どうしたってばよカミナ?」

「カカシ先生に、依頼主から貰った書類渡すの忘れてた…今日の報告書と一緒に提出しないといけないのに」

 

すでに姿の消えていたカカシに書類を渡す為、カミナはナルトに先に演習場に向かってもらうように声をかける。ついでに、サスケにすげなく断られて落ち込むサクラも誘うようにと言い残して……ナルトのことだから、上手く提案できるか一抹の不安はあったけれども……

 

――故に、カミナは知らなかった。

カミナがその場を離れた後、ナルトを慕う木ノ葉丸たちが現れて、彼らが砂隠れの額宛をした者達と遭遇したことを。同時刻、火影の招集を受けたカカシたち担当上忍が、ナルトたちを中忍選抜試験に推薦していることを。

そして……それらが、彼女の運命を動かすハジマリとなることも。

 

この時はまだ、誰も知らなかった……

 

 

◆◆◆

 

 

「え……中忍試験?」

 

翌日。カカシから手渡された志願書を手に、その言葉を反復するカミナ。昨日、演習場で合流した際にナルトが「オレも中忍試験やりてーよ!」と連呼していたため、そろそろ開催時期であるということが伺えた。

中忍選抜試験。中忍を志願する下忍たちが、各隠れ里より集まって行う合同試験。しかし、毎年死人も出ると言うその過酷な試験内容に、自分たちルーキーはまず選ばれることはないと、昨夜残念がるナルトをカミナは諭したばかりであった。

 

当然ながらやる気満々のナルトと、好戦的な笑みを浮かべていたサスケは試験を受けるつもりなのだろう。一方、不安を募らせていたのはサクラだが……その後、カミナはサクラを甘味処へ誘い、彼女の不安の吐露に付き合った。そして、サクラにはナルトとサスケにないものを持っていること、サクラにしかできないことが必ずあると言ってサクラを励ました。

 

「ナルトもサスケも意地っ張りだから。二人の足並みが揃わないときは、サクラに喝をいれてもらわないとね」

「サスケ君をナルトと一緒にしないでよ!……でも、ありがとうカミナ。カミナって不思議ね、あなたの言葉ってすんなり心に入って来るの。大人びてて余裕があって…なんだか、お母さんみたい(もちろん、ウチのお母さんみたいに全然口うるさくないけど)」

「お母さん、かぁ………ナルトも、私のこと、そういうふうに見てるのかな……」

「!……カミナ、あなたもしかして、ナルトのこと…?」

「////」

「うっそー!なんでェ!?カミナほどの女の子が、あんな奴のどこに惹かれちゃったわけぇ!?」

「えっ、え?…ぅ、と…!!」

 

そこから根掘り葉掘り、眼をキラキラと輝かせるサクラに、カミナのナルトに対する思いを余すことなくしゃべらされてしまい……ガールズトークは、日が暮れるまで続いたのだった。

 

 

◆◆◆

 

 

中忍試験当日。

 

「さあ!行くわよ、いざ中忍試験!!」

「おぉー!!……てか、サクラちゃん?オレが言うのもなんだけどさ、なんでそんなに元気有り余ってるんだってばよ?」

「ふっふっふ~恋バナは乙女の活力!昨日たあっぷり補充しちゃったから、テンションMAXよ!――ナルト、サスケ君、カミナ。私、頑張るからね。一緒に中忍試験合格しましょう!」

「……おうッ!!ニシシ、サクラちゃんはこうでなくっちゃなぁ!(最近サクラちゃんの元気がないってカミナが心配してたけど、大丈夫そうだってばよ!)」

 

昨日とは打って変わって元気な様子のサクラに、ナルトも気分を高揚とさせた。

そんなチームメイトの無駄なやる気に、サスケは若干呆れつつも少しほっとした心地を得ながら……反対に、傍らでげっそりとくたびれた表情のカミナに、わずかに躊躇したのち声をかける。

 

「……おい、カミナ。なんでお前はそんなにやつれてんだよ?」

「……ちょっと、昨日赤裸々な告白大会を強いられまして……(サクラの食いつき、ハンパないわ…今度いのも一緒になんて言ってたし…や~だなぁ~///)」

 

後日、中忍試験以上に厄介な難題が待ち受けているだろうことに、カミナは今から頭を悩ませていた。そして、第七班は滞りなく中忍試験の会場入りを果たしたのであった。

 

 

◆◆◆

 

 

受付までの道中ではひともんちゃくあったものの、全員試験参加の意思を認められた第七班は、カカシに送り出されて試験会場へと足を踏み入れた。

今回の中忍試験は、通例に反して異様なほど木ノ葉のルーキーたちの参加が多かった。しかしながら、精神的にはまだまだ未熟なナルトたちの態度に、注意を促してきたのがカブトと名乗る木ノ葉の先輩下忍だった。

 

忍識札の説明をし始めたカブトに、カミナはなんとはなしに受験者たちを見渡した。参加者の多くは下忍として数年の経験を積んだであろう年上の忍たちが多く、自分たちのようなアカデミー卒業したての下忍は本当に少ないことが伺い知れた。

他里からは新人の参加者は居ないのだろうかと、カミナがさらに視線を巡らしていると………

 

「(え……?)」

 

――カミナは、己の視界に映りこんだものに、一瞬呼吸を忘れてしまった。

おぼろげだった過去の記憶が先日の夢で鮮明さを取り戻したのは、今日という日の暗示だったのであろうか。一歩、一歩、カミナはナルトたちからの輪を離れて、人垣の中を歩いて行く。

 

 

まるで、周囲の音が消えてしまったのかのように、自身の心臓の音だけがうるさく耳元で鳴り響いていた。確実に短くなっていく距離。彼の砂は、騒がない。それは彼が、過去の私の罪を許してくれているからか…?

お願い。こっちを向いて、その瞳の色を見せて……カミナがそう心の中で念じると、視線の先に居た人物は、その声が届いたのかのようにこちらを振り向いた。

 

唇が、わなないた。頬が自然と笑みを作り、目元が熱くなるのを感じた……

 

 

「っ……我愛羅!!」

 

 

カミナはその名を叫んで、駆け出した。

 

 

◆◆◆

 

 

――赤が、揺れていた。

それはべたついた血のような厭わしい色ではなく、強いて言うなら、日没が砂漠を焼く瞬間に魅せる黄昏の色だった。

当時、オレ達の里では珍しいその髪の色が、彼女は少し苦手だったらしい。どうせ切るならと、その頃自分と彼女の世話役だった男の髪型をまねて切ってもらったのだそうだ。肩口で切りそろえた髪を揺らし、無邪気に笑う様は…写真でしか知らぬ母の顔に、どことなく似ている気がした……

 

「我愛羅!!」

 

何故だろう、分からない。

忘れたはずだった、忘れようとしたはずだった。

色の無い人垣の間を、黄昏色が駆けてくる。組んでいた両腕を解いたのは無意識だ。黄昏が、目の前で立ち止まる。躊躇しているようだった……必要ない。迷うことなど。昔逃した温もりを、オレは腕の中に引きいれた。……まだ、オレのほうが背は低いのか。

 

「があ、ら……」

「カミナ………会いたかった」

 

背後で兄と姉が、オレの奇行に息を呑み、声を失うほどに驚いていることが振り返らずともわかった。正気に戻って声など掛けて邪魔するな、殺すぞ。

 

 

◆◆◆

 

 

砂瀑の我愛羅――下忍でありながらBランクの任務経験があり、その任務を含めて、全ての任務から無傷で帰還したという、忍として非常に優秀な能力が伺えるデータに、サスケたちの間には恐々とした緊張感が流れる。

 

「彼に興味があるのは、彼が強い忍だからかい?それとも、

 

――仲間の特別な人だからかな?」

 

カブトの思わぬ言葉に首をかしげたのは、サスケだけではなかった。困惑したルーキーたちの視線は、カブトがゆっくりと指示した指の先を追い――カミナが見知らぬ下忍(ナルトたちは昨日面識のある)に抱きしめられている様を見て、全員、思い思いの悲鳴を上げるのだった。

 

 

◆◆◆

 

 

――今の声は、ナルトたち?あぁ、この状況に驚いているんだね、きっと。私も少し、驚いている。まさか、抱きしめられるなんて……昔は、手をつなぐのにもこわごわとしていたのにね…我愛羅。

 

「我愛羅…私も、会いたかったよ」

 

中忍試験の前なのに、泣いちゃいけない。そもそも、これから試験を競い合う他里の忍と慣れ合うなんて、本来居あってはならないことなのだろう。

それでも、この奇跡のような再会に嬉しさは抑えきれなくて…カミナの身体を腕ごと抱きしめている我愛羅の背に手を乗せようとしたら、一瞬早くに我愛羅が先に身体を離してしまった。ちょっと惜しい…。

 

「…カミナ……木ノ葉隠れにいたのか」

「うん…あの時、何も言わずに出ていって、ごめんなさい」

「…………なぜ、謝る?」

「え?」

「お前は、オレを恐れて……逃げ出したんじゃなかったのか?」

 

我愛羅の最後の言葉は、彼が俯き、なおかつ呟くように言ったため上手く聞き取れなかった。

もう一度聞き直そうとすると、視界の端でもう一人、懐かしい人影を見た。

 

「テマリさん!」

「っ……カミナ、なのか?本当に…」

 

カミナに名を呼ばれ、緊張の呪縛が解かれたかのようにテマリは、ゆっくりと声を紡いだ。

 

「おい、テマリ…知り合いなのかよ?」

「……我愛羅ほどじゃない。ガキのころ、数回一緒に遊んだだけだ……。だけど、なんだって木ノ葉にっ…」

 

声を潜めたテマリとカンクロウの会話は、カミナたちのところまでは届かなかった。しかし、彼女たちが言葉を交わしていることが分かるくらいにはカミナたちの周囲は静まり返り、遠巻きにこちらを訝しむ声と視線が周囲から窺い知れていた。

注目の的にはなりたくなかったが、それでも昔なじみのとの再会に、カミナは完全に浮かれていた。ナルトたちに紹介をすることも忘れて、もう一人の、懐かしく大変お世話になった人のことも当然のように我愛羅に尋ねていた。

 

「本当に、久しぶりだね我愛羅。……もしかして、夜叉丸さんも一緒に来てるの?」

「「「!!」」」

「我愛羅はずいぶん背が伸びたけど、夜叉丸さんはそんなに変わりな―――ッ!!」

 

カミナは、続く言葉を飲み込んでしまった。

突如として膨れ上がった、波の国で対峙した再不斬をも凌ぐ殺気――それが、目の前に居る我愛羅から発せられているものだと気づくとほぼ同時に、カミナは強い力で身体を突き飛ばされていた。

 

「(え―――?)」

 

もつれた脚は、堪える間もなく床に倒れ込む――直前に、カミナの両脇に腕を引っ掛けて背後から身体を支えたのはナルトだった。しかし、勢いが強く、完全には支えきれずにカミナの身体は床に軽く尻餅をついた。ナルトがなにか言っているようだったが、聞こえたのは我愛羅の衝撃的な言葉の方だった。

 

「……夜叉丸は、もういない。あいつは、

 

 

オレが、殺した――」

 

 

「…………え?」

 

我愛羅の瞳に宿るもの、それは憎悪。そして……深い、悲しみの色だった。

 

 

◆◆◆

 

 

「ど………どーゆーコトだってばよぉおお!?」

 

――カブトさんが指し示した先で、カミナが……我愛羅とかいうひょうたんを背負った砂のガキに、だ、だだだ……抱きしめられていた!

てめっ、"オレの"カミナに何やってんだゴラァアアッ!!

 

驚きに声を上げたのは、ナルトだけではなかった。女子たちは黄色い悲鳴を上げているし(主にいのだけだったケド…サクラちゃんは意外にも、何故かひどく驚いた様子で声も出なかったようだ)、キバなんか敵意剥きだしにして「ハァアアッ!?」と目の前の現実を否定したいかのようにうるさいぐらいに喚いていた。

 

「(えっ?え?なんで…あいつってば、昨日会ったひょうたん野郎!?……カミナってば、知り合いだったのか?)」

 

ナルトの困惑した感情は、次第にムカムカしたものにすり替わっていく。

なんでだ?なんで……カミナ、あんなに嬉しそうに……

 

ムカムカついでに胸まで痛くなってきたナルトは、どーいうことなのかと、二人を問いただすためカミナの元へと駆けだした。が―――

 

――ドンッ――

 

突然、カミナの身体が後へ傾いだ。

倒れるっ――そう判断したナルトは、咄嗟にカミナの背後に滑り込んで彼女の身体を支えた。

……しんちょーが足りないせいで、カミナ、尻餅ついちまったけど……

 

カミナになにしやがるッ!!――そう出かけたナルトの言葉は、あいつの、驚くほど低い声音にしぼんで消えてしまった。

 

「夜叉丸は、オレが殺した。

――カミナ、お前が木ノ葉の忍であるというのなら、お前はオレの敵だ。せいぜい試験の途中で死ぬなよ」

 

そんな捨て台詞を残して、ひょうたん野郎は自然と割れた人ごみの中を、カミナに背を向けて歩いて行ってしまった。あいつの行く先には、昨日あいつが現れた途端、顔色を悪くした金髪のねーちゃんと黒づくめのヤローがいた。

 

「――我愛羅っ、まって!!」

 

いきなり、大人しくしていたカミナが暴れ出した。ひょうたんの奴のところへ行こうとしたから、とっさにその腕を掴む。なぜか、行かせたくなかった……。

 

「夜叉丸さんを、殺し…死んだって、どういうこと!?どうしてッだって、あんなにっ……我愛羅まって!話を聞いて!!」

「カミナっ、待つってばよ!!」

「カミナ、お前あいつと知り合いなのか?どういう関係だ?」

「サスケ君、今そんな場合じゃ…カミナ?カミナちょっと、落ち着きなさい!」

 

カミナの水底の色を思わせる瞳からは、無数の雫が溢れていた。

そんな悲しみに満ちたカミナの涙を見たのは、初めて出会ったとき以来だったから驚いた。

 

 

そうこうしているうちに、音隠れの忍が突然カブトに襲い掛かり(マイナーな里と言われたことに腹を立てたらしい)、カブトは攻撃をかわしたものの嘔吐してしまったりと大騒ぎしていくうちに、今度は強面で厳格な雰囲気を纏う試験管たちが現れて音忍たちの行動を諌めたていった。身勝手な行動は即失格に値することも、凄みを効かせて言明していく。

これから、中忍選抜第一の試験が始まるのだ。

 

「座席番号の札を受け取り、その指定通りの席に着け!その後、筆記試験の用紙を配る」

「? ? ―――ぺッ…ペーパーテストォォオオオ!!?」

 

ナルトの絶望的な悲鳴が、小さく会場にこだました。

 

 

◆◆◆

 

 

第一の試験、その目的は難解な問題の答えを他人に気づかれることなく収集する、いわゆるカンニング行為を公認とした忍の情報収集能力を測るためのものであった。もとより学のあるサクラと写輪眼を有するサスケは大した障害もなく9問目の回答まで埋めることができた。

問題はナルトである。ナルトは情報収集の技能はおろか、試験の意図にすらまるで気が付いていなかった。偶然隣の席になった同期の日向ヒナタの優しさに、誘惑で負けそうになりながらも断り(直後、意地を張ったことにスゲー後悔する)、ナルトは一縷の希望を最後の10問目に賭けることにした。

 

筆記試験の10問目。問題を受けるか受けないかの選択を迫られ、もし問題を間違え不合格となればその者は一生下忍のままという不誠実極まりない難関な問題。精神的に追い詰められ棄権者が続々と退出していく中で、ナルトは、「なめんじゃねーー!!!オレは逃げねーぞ!!」と試験中にも関わらず大声で宣言した。

 

「もう一度訊く…人生を掛けた選択だ。やめるなら今だぞ」

「まっすぐ自分の言葉は曲げねぇ…オレの、忍道だ!!」

 

その言葉が、すべての忍から不安を消し去った。

これ以上は時間の無駄だと判断した試験官・森乃イビキは、そこで……残る受験者たち全員に、第一の試験合格の通知を言い渡した。

 

 

 

 


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