金色の狐、緋色の尻尾   作:花海棠

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お久しぶりです!!
7月中に更新できてよかった~!!

最近は素敵な作品を巡って、あちこちサーフィンをしておりますww
今回は、前回と同様本選までの準備期間。主に、ナルトを主軸に話を展開しています。実際同時進行ですすむシナリオとか多いですが、このキャラのこの台詞を載せたい!っていうのが多々ありましてww
いろいろフラグも回収できたかなと思います。今回もよろしくww

**2016/08/06 文章修正しました。


18.『一ヶ月の準備期間~修行編』

「木乃花カミナ……オレと取り引きをしないか?」

 

 

ただひとつの眼(まなこ)を覗かせる渦巻き模様の仮面が、カミナを見下ろしている。

両腕を浅い水面の上に押さえつけられ、身動きが取れない。恐怖と、悔しさと、憤りと……そして、ただただ無力な己に、泣きたいほどの苦しさだけが虚無なる胸の内を満たしていた。

 

「フッ、そう怯えるな。オレはお前を痛めつけるつもりはない。お前にとっても悪くない話だ。

いや…むしろ無力なお前は、このオレの提案を飲まざるを得ないだろう。……だが、忘れるな。選択をするのは、いつもお前自身であるということを――」

 

カミナを組み敷く仮面の男の背後では―――九つの尾と、手足と……口蓋を黒い杭によって貫かれたクラマが、暗き水面の上に倒れ伏していた。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

『オレの名前は、うずまきナルト!しょーらい、火影を超える男だってばよ!!』

 

かつて少年は英雄に憧れ、そして己の夢を持った。

 

 

 

火影。それすなわち、里の頂点に立つ最強の忍を意味する。

里の者たちに認められること目指し、己が夢を突き進む少年は、今――

 

「……亥、戌、酉、申、未――― 口寄せの術!!」

 

 

――ボボンッ!!………ピチ、ピチ……

 

 

「…………。」

「…………。」

 

おたまじゃくしの口寄せに、悪戦苦闘していた。

 

「違ーうっ!!何度言ったら理解る、このドアホウ!!死ぬつもりで全身のチャクラを捻り出してみろってのォ!!」

「るっせえな、もう!!こっちは本気でやってんだってばよ!!」

 

白髪の大男と金髪の少年が、もはや喧嘩のような言い合いをしながら河原で修行を行っていた。

目指すは両手両足が生えており、尻尾のないカエルを喚び出す、蝦蟇の口寄せ術だった。

 

 

修行を始めて、はや15日目。

少年の夢へと近づく歩みは、未だまったく前進していなかった―――

 

 

 

 

 

うずまきナルトは、木ノ葉隠れの里の下忍である。

この度、第七班の仲間とともに中忍試験に挑んだ彼は、幾多の試練を潜り抜けて無事本選へと駒を進めた。残念ながら、仲間のひとりであるくノ一の女の子は予選で敗退してしまい中忍への昇格は見送られた。そして残り二人――彼のライバルたる少年と、幼馴染のくノ一――は、ナルトと同じく本選進出を決めるも、予選までに受けた身体のダメージが深く、そのまま木ノ葉病院へ入院となった。

 

仲間の怪我は心配だったが、ナルトもぼやぼやとはしていられなかった。

本選は一か月後。第一回戦で、名門日向一族の天才と謂われる日向ネジと相対するナルトは、さっそく修行を見てもらうべく、担当上忍師のはたけカカシの元へ突撃した。

 

しかし、師はライバルの少年の修行に付くと言う。

ブスくれるナルトに、かわりに紹介されたのが、ナルトの弟分・三代目火影の孫である木ノ葉丸の専属家庭教師をしていたエビスであった。出会いの印象が最悪だっただけあって、ナルトも初めは反発していたが、第七班の中でも一番基本ができていない事実を論理的に看破されてしまえば、ぐうの音もでなかった。

 

『(ちょっときついようだが、お前はまだまだ強くなれるんだよ……ガンバレ)』

 

落ち込んでうつむくナルトの頭を見下ろしながら、カカシは心の中でエールを送った。

 

『くそ!………ん?……あのさあのさ、それじゃあさ、カミナは? カミナってば、サクラちゃんよりもチャクラコントロールが上手いんだろ?でもさ、サクラちゃんは……えーと、チャクラを練るのと、そのチャクラをコントロールするのがピッタシなんだよな?……それよりもチャクラのコントロールが上手いって、どゆこと?』

 

『…………。』

『…………。』

 

ナルトの意外と鋭い指摘に、カカシとエビスは顔を見合わせた。

 

『フム…アカデミーの成績はドベだったくせに、ナルトくんは本当に変なところで鋭いですねぇ…』

『ドベ!と、ヘン!は、余計だってばよ!!』

『まぁまぁ……それで、カミナくんのことですが。彼女は…まぁ、話を聞くにチャクラコントロールが上手い、という意味では、サクラくんの例で表したものと相違ありません。ですが彼女の場合、その練り上げたチャクラの質が良いのでしょうね』

『は?……シツ?』

 

ナルトはコテンと首をかしげる。

 

『ナルト、チャクラを練るのに必要なのはなんだった?』

『へ!?え、えーとぉ…んーとぉ……………………』

『…………。』

『……………………。』

『…………。』

『……………………………(焦汗)……あッ!ハイハイッ!こころエネルギーと、からだエネルギーだってばよ!!』

『(ガクッ……ココロとカラダって…カミナが分かりやすく説明し直したのか?)……覚えていてくれて、なによりだよ……』

 

エッヘンと満足げなナルトに対し、カカシとエビスはすでにこの時点でげんなりだ。

 

『ハァ……つまりその、ココロ…精神エネルギーの方ですが、カミナくんはそちらのコントロールが非常に優れているんです。精神エネルギーは本来、多くの修行や経験によって積み上げられていくものですが……彼女は元々、かなりの読書家のようですね。書物を読むということは本に書かれた知識を得られる以外にも、集中力を養うことができます。カミナくんは、その集中力が人並みを外れて群を抜いているのです』

『しゅ、集中力……?』

『ナルトはさ、アカデミーで集中力がないって怒られたクチじゃないの?』

『ギクっ!!』

 

カカシに図星を突かれて、ナルトは思わず呻いた声を上げた。

 

『高い集中力は、チャクラを無駄なくより濃密に練り上げることができます。そうして出来た良質なチャクラを、彼女はまた高い集中力によって抜群にコントロールし、術の発動へとつなげている。つまり、カミナくんはサクラくんと同じだけスタミナとチャクラを消費し術を発動したとしても、術の威力・効力がより高く強くなる、というわけです』

『影分身で起こる弊害も、コレに一因してるみたいだしね。……それに、カミナは実用書よりも物語系の本が好きなんでしょ?班編成の時の、最初の自己紹介で言ってたしね。文字を眼で追って頭の中でその情景を想像することで、イメージ力が鍛えられてるってわけだ。頭でイメージするのって、体術でも忍術でもけっこう大事なんだぞ?水遁や火遁の術も、術の効力をイメージすることでカミナはすぐにマスターできた。――かくいうオレも、そのイメージ力を鍛えるために常日頃から本を読んでいるわけだが……』

 

ここぞとばかりに愛読する書物を懐から取り出したカカシに、ナルトはうろんげな眼差しを寄越す。

 

『カカシ先生のソレは、修行じゃねえって思うってばよ……』

『カカカカ、カカシくん!!キミはまたそんないかがわしい本を、生徒の目の前でっ……!!』

『あれ?エビス先生もお持ちでしょう、コレ?しかも全巻揃えて――』

『さーあ!ナルトくん!!修行に行きますぞ!!』

『え、ちょっ……ぐえっ!!』

 

カカシの言葉が言い終らぬうちに、首ねっこを掴まれたナルトは引きずられるようにして、脱兎のごとく駆けだすエビスとともにその場を後にした。

 

それを唖然としつつも見送ったカカシは、パタン…と静かに開いていた本を閉じる。

 

『(高い集中力……確かに、そうなんだけど……カミナの場合、彼女は記憶喪失ってのもあるから、むしろ精神面の成長が遅れてもおかしくないはずなんだよなぁ……なのに、あの年端に似合わない落ち着き様に知識量、達観した考え方……あれじゃあ、まるで)』

 

カカシはふと、手にした本を眺める。イチャイチャパラダイス中巻――この巻から登場する、主人公に助言を与える幼女の姿をした仙人は実は何千年も生きるお婆さん、という設定がある。

 

『(おバアは無いにしても……)見かけは子ども、中身は大人?……あれ?どこで聞いたフレーズだったかな?』

 

ふむ、と首をかしげながら、カカシは再び病室の方へと歩いて行く。カミナのことも気にかかるが、自分もまず任された仕事を果たさなければならない。……敵の裏を掻く為にも、行動は迅速に。

サクラを心配させるかもしれないなぁと、多少の申し訳なさを思いながら。

 

兎にも角にも、こうしてナルトの中忍試験本選に向けた修行が始まったのである。

 

 

◆◆◆

 

 

気を取り直して、場所を温泉街へと移したナルトは、そこで水面歩行の業の手ほどきをエビスから受ける。しかし、程なくして彼は衝撃的なファースト・コンタクトを体験するのだった。

 

『あいやしばらく!よく聞いた!妙木山蝦蟇の精霊仙素道人、通称ガマ仙人と見知りおけ!!』

『せ……仙人…!?』

 

巨大な蝦蟇の上で見栄を切る、棚引くほどの白髪と大きな巻物を背負った初老の大男。

木ノ葉の三忍・自来也とナルトは対面する。

 

風呂場ののぞきをしていた自来也を注意したエビスが、逆に蝦蟇の返り討ちに遭ってのびてしまったため、ナルトは自来也に自分の修行を見ろと要求した。ひともんちゃくはあれど、お色気の術まで披露したナルトの粘り勝ち(?)が功を奏したのか、なんとか自来也に修行の約束を取り付けることに成功。ナルトは再び、修行を再開した。

しかしながら、もとよりチャクラコントロールが苦手なナルトにとって、どれほど集中して水面を歩いてみても足元はフラフラとして定まらない。そんなナルトのチャクラの乱れの原因を見抜いた自来也は、彼の目の前でもう一度チャクラを練らせてみた。

 

『(九尾を封印する二重の四象封印、八卦の封印式か……四代目がこの子を守るために組んだものだな。しかし…その上から五行封印をかけられてチャクラの流れがバラバラ、これじゃあチャクラが安定しないわけだのぉ。……この式の荒さ、大蛇丸か…しかし、アイツにしちゃぁ術が些か弱い気もするが…)……のぉ、ボウズ。最近、腹に忍術のような攻撃をくらったりしたか?それか、医療忍術をしてもらったとか?』

『え、ハラ…?んーとぉ………あ!中忍試験で、蛇みたいな忍者にドカッ!て痛ってぇのくらったってばよ。あとは…そのあと、カミナにまたドカッ!てされて…でも、カミナがしてくれたあとは身体が軽くなったし、チャクラ練るのも少し楽になったんだってば』

『(擬音語ばかりで、要領を得られんが…;)……カミナ?』

『おうっ!オレのチームメイトで、幼馴染だってばよ!』

 

カミナのことについて得意げに話すナルトに、自来也はフム、と己の顎に手を当てた。

 

『(大蛇丸の五行封印を、不完全とはいえ解術するとは……しかも、ナルトのチームメイトということはまだ下忍だろ? ″カミナ″……一体何者だ?)』

 

不可解に思いながらも、自来也はナルトに付けられた五行封印を完全に解術した。解術のためとはいえ、一度ならず二度までも……腹部に強烈なダメージを受けたナルトは悶絶しながら目に涙を浮かべるハメに。理不尽に思いながらも直後すんなりと水面歩行の業が成功した喜びに、その不満はすぐに解消された。

 

結局その日の修行はそこで打ち切りとなり、自来也が教えてくれると言うとっておきの技の伝授は、翌日への持ち越しとなった。

若干不完全燃焼な気持ちではあったが、ナルトは自来也と別れてアパートの帰路に着く――その前に、カミナの入院している木ノ葉病院へと立ち寄った。サスケは面会謝絶だったが、カミナは名前を告げれば受け付けは通してくれた。

……病院は、正直あまり好きではない。病院に限らず、人の集まるところは総じて、ナルトの好きな場所ではなかった。人の集まるところに行けば、無視されるか、必ず冷たい眼で見られる。

 

けれども―――

 

 

 

『――苦しがっている男の子がいるんですよ!それなのに、なんにもしてくれないってどういうことですか!?』

 

木ノ葉病院へ来ると、思い出すことがある。

 

昔、カミナが木ノ葉隠れに来たばかりのころ。ナルトはある日突然、猛烈に腹が痛くなってアパートの部屋の中で倒れてしまったのだ。直前に食べていた昼飯も全て吐いてしまい、このまま死ぬのかもしれない……と、本気で思った。そして、物音に気付いたカミナが部屋に飛び込んできたところで、ナルトの意識は一度途絶える。

 

ふっと意識が戻った時、ナルトは誰かにおんぶされていた。小さな背中、熱い体。そして、視界を埋め尽くす真っ赤な髪――いまにもずり落ちそうなナルトの身体を必死に背負っている女の子の高い声が、何ごとか叫んでいた。

 

『で、でも……その子は……』

『ナルトが死んじゃいます!……お願い、助けてっ!!』

 

ナルトの為に、誰かが叫んでいる。

イタズラの常習犯であるナルトは、誰かに怒鳴られるなんてことは慣れている。しかし、その声はナルトに向けられたものではなく、ナルトの為に、誰かが誰かに助けを求めているものだった。

うれしいなぁ……と、ナルトはぼんやりする意識の中でそう思った。自分の所為で誰かが怒っているというのに、どうして嬉しく思うのか……不思議だったけれど、もしこのまま眠るように死んでしまったとしても、それでもいいかなぁと思えるくらい、どうしてだか嬉しかったのだ。

けれどもそれは、急に後ろから大きな手で身体を抱き上げられたために果たされることはなかった。腹痛以上の気持ち悪さに呻いていると、硬い指先に目元や口をぐっと痛いぐらい引っ張って開かされる。輪郭の定まらない視界には、白と黒と赤と…それから銀色の何かが見えた気がした。

 

『――病院が患者を選ぶんじゃないよ。……粗方吐き切ってはいるな。部屋を用意して。あと、解毒薬の調合を――』

 

お面越しのようなくぐもった声が何かを言っていたがよくわからず、またナルトの意識は暗転した。

 

次に目を覚ました時、ナルトは木ノ葉病院に入院していた。見舞いに来た三代目のじいちゃんに、ナルトは栄養失調で倒れたのだと説明された。毎日毎食カップラーメンばかり食べていて、身に覚えがないわけではないナルトはばつが悪い。しかし、野菜をしっかり摂れと言った三代目はそれ以上ナルトを叱ることは無く、翌日には無事退院となったのだ。そして――

 

『火影様から、ナルトの食事のお世話をするようにと頼まれました。頼まれなくても、するつもりだったけど……というか、このお部屋すっごく汚かったです。どうして?お掃除しないの?不衛生です、不健康です。ご飯はちゃんと食べてお部屋は綺麗にしないと、また病気になっちゃうよ?』

 

アパートに帰り着くなり、自分の部屋の玄関で仁王立ちで待ち構えていたカミナに、ナルトは大きな目見開いて、その空色の瞳を白黒とさせたものだ。そして、見たこともないほどきれいに片付いた自分の部屋と、ナルトの為に用意された色とりどりの食事を前にして、ナルトは、初めて温かくて美味しいご飯を涙を溢れさせながら食べたのだった。そしてそれは、初めての独りきりではない食事でもあった。

 

 

――今日こそ、カミナの手料理を久しぶりに食べたかったなぁと、ナルトは少し残念に思いながら、病院のベッドで横たわるカミナを眺めた。カミナの身体には、たくさんの包帯やガーゼが巻かれており、見ていて自分自身も痛くなるような姿だった。まだ傷が痛むのか、カミナの小さな眉間には薄く皺が寄っていた。

彼女の意識はまだ戻らない。予選の闘いで、相手の音忍が最後に自爆をしたため、カミナはその爆風に巻き込まれたのだ。至近距離での爆発にもかかわらず彼女の怪我がこの程度で済んだのは、爆発の直前に我愛羅が砂でカミナを守ってくれたからだ。我愛羅のその意外な行動には、ナルトも木ノ葉勢も、そして彼のチームメイトらも驚いた顔をしていた。

 

 

――私だってッ…できるなら我愛羅とずっと一緒に居たかった!!――

 

 

『―――…………。』

 

胸元を過ったモヤッとした気持ちを、ナルトは不快に思いながらもその理由は分からず、シャツの上から直に胸元をごしごしと擦ることで誤魔化した。何はともあれ、カミナは無事だったのだ。ナルトは、名残惜しい気持ちになりながらも病院を後にした。

 

久しぶりに食べるひとりきりの夕飯は、アパートの自室で取った。ロクな自炊ができないナルトは、常備の数は少ないがそれでも何かの時のためにと用意してあるカップラーメンにお湯を注いぐ。そして、出来上がるまでの3分を待つ間、ふと思い立って冷蔵庫の中を漁った。中忍試験で数日間不在だったため大したものは入っていなかったが、作り置きの野菜炒めを見つけて、それを即席ラーメンの上に乗せる。やっぱり、カミナと一緒にご飯を食べたいなぁと思った。

その後ナルトは、風呂は温泉で済ませてきたため着替えだけをして、早々にベッドに入った。食事内容には一応気を使ったものの、はやり片付けや後始末を催促されることのない気の緩みもあって、脱いだ服や食器をそのままにして就寝してしまったのはご愛敬である。

 

 

そして翌朝。入院していたはずのカミナがアパートの部屋の戻ってきており、それも高い熱を出してウンウンとうなされている姿に仰天したナルトは、あたふたと部屋の中を駆けまわった末に、自来也への伝言と、とにかくなにか食べれるものを思い立って外へと飛び出したのであった。

 

 

◆◆◆

 

 

「口寄せの術!!!」

 

 

時間はあっという間に過ぎて行き、すでに修行を開始してから3週間が経とうとしていた。

ボンゥッと現れた口寄せの煙に、期待を寄せて視界が晴れるのを待つのはこれで何度目だろうか。

 

「(今度こそ、カエルが……!)」

 

意気込むナルトの目の前で、煙が晴れる。河原の丸い石の上に現れたのは、手足の生えたカエル―――の、お尻には、ヒクヒクと小さなしっぽが忌々し気に揺れていた。

 

「(カエルってなんなのさ~~!どっからカエルなのさ~~~!!)」

 

頭を抱えて打ちひしがれるナルトの傍らでは、自来也がまるで期待などせず、水浴びをする娘たちにのぞきを行っていた。

 

「アハハハハ」

「ちっとは期待しろってばよ!!――……ハァ、もぅ疲れた…ちと休憩…」

 

ナルトは口寄せしたカエルもどきを手で掬うと、ソイツを川のなかへ放してやる。そのうち口寄せ時間が切れて、勝手に妙朴山とやらに還るらしい。

 

「――ザブンッ………ぷはっ!!」

 

ナルトは頭を川の冷水につっこみ、チャクラを練り続けて吹き出た汗を洗い流す。ついでに、一口水も掬って飲み干した。

 

「(……くそっ!もう時間がねぇってのに……本選まで、あと3日しかねーんだぞ!!)」

 

中々成功しない口寄せ術に、ナルトは次第に焦りを感じ始めていた。

相手は、あの日向ネジなのだ。点穴を見抜く白眼と、強力な柔拳。この口寄せの術だって、マスターしたところでネジに敵うのかどうか……そう考えたところで、ふと頭の隅に引っ掛かりのようなものを感じた。

 

「(………ん?……ネジの闘い方って、体術メインなんだよな?ゲジマユ程じゃないにしても、あの速い動き……カエル出したところで、勝ち目あんのか?)」

 

ひじょーに今更なことだが、ナルトは頭の中で想像してみた。

――ボフンッと呼びだした蝦蟇の上で、カッコ良く見栄を切るナルト。しかし、ネジはあっさりナルトの背後に回り込み、柔拳でカエルの上からナルトを叩き落とす、その姿が……苦も無く容易に思い浮かんでしまった。

 

カカシの言うとおり、イメージ力とは偉大である。

真っ白になったナルトの頭の中で、ちーん、と虚しい鐘の音が小気味よく響いた気がした。

 

「(――瞬殺だってばよ!それじゃあカエル出せるようになったところで、意味ねーじゃんよ!もっと早く気づけよ、オレ!!ど、どーすんだってばよ!?い、今からでも、エロ仙人に別の術とか教えてもらうか!?)」

「――なーにサボってんだ、ボウズ?」

「うぉわっ!?エ、エロ仙人!!」

 

いつの間にかナルトの真後ろでしゃがみ込んでいた自来也に、ナルトは驚いて飛び上がる。危うく、目の前の川に飛び込んでしまうところだった。

 

「休憩なんぞしとる暇はないだろうが。ほれ、早く修行に戻れ。本選に間に合わなくなるぞ?」

「――っ、間に合ったって!……カエルを出せたぐらいじゃ、ネジには勝てねぇってばよ!あいつってば、めちゃくちゃ強いんだ……!!」

 

悔しげに弱音を吐くナルトに、自来也は僅かに目を瞠らせた。

 

――ナルトの脳裏に過るのは、ボロボロになっても闘い続けたヒナタの姿だ。…その姿に、カミナの姿も重なる。どうして自分の知り合いの女の子たちは、皆あそこまで強いのだろうか。自身の男のとしての矜持が、ひどく頼りなく思えた。

いつもおどおどとしていてうつむき加減なヒナタの顔を、ナルトはこれまでまともに見たことが無かった。けれど、圧倒的な強さをみせるネジと対峙した彼女は、必至に顔を上げ、まっすぐ前を見て、最後まで戦う意志を崩さなかった。だから、そんなヒナタに「死んでたほうがましだった」なんて言葉を吐いたネジを、ナルトは許せなかったのだ。

 

「(ネジには勝ちたい!でもっ……オレなんかが本当に、ネジの奴に敵うのか?あいつ、天才って言われるくらいマジで強いんだろ?……そんな奴に立ち向かってったヒナタは、本当に強ぇよ…なら、オレは?前より強くなってる実感はあるけど、でもそれだけじゃ……カミナを、守ることもできていないオレはっ……)」

 

小さな頭の中でぐるぐると思い悩んでいるナルトを、自来也はただ静かに見下ろしていた。

 

正直この三週間、ひたすら口寄せの修行に打ち込み続けるナルトのド根性には、自来也も一目置いていた。だがしかし、ナルトは時たまこうして思考のドツボにはまることがあった。

――これは云わば、ナルトの心の闇。ナルトにとっての負の面と言っても良いだろう。

 

ナルトには、かつて里を襲った災厄の元凶たる九尾の妖狐が封印されている。そんなナルトを冷遇する里の大人たちの様子は、先日の商店街の一件だけでもよくわかった。にもかかわらず、ナルトはとても感情豊かなガキで、愚直なまでに性根のまっすぐな子であった。正直、その劣悪な生い立ちからは考えられない程に。

この世に生まれ落ちたその瞬間より、孤独と憎悪の中で生きてきたナルト。その無垢な心を今日日まで守ってこられたのは、やはり、カミナという少女の存在が一番大きいだろう。

 

ナルトの修行を見てきた自来也は、必然的にカミナと接する機会も多かった。毎日ここへ修行に来るナルトの手には必ず手作りの弁当があったし、時々彼女自ら自来也の分も弁当を用意してナルトの様子を見に来ることもあった。修行で汚れたナルトの顔を拭う様は、まるで幼子の世話を焼く母親のようであり、その眼差しも慈愛に満ちていた。そしてナルトは、そんなカミナに完全に甘え切っていた。――悪いことではない。カミナの愛情を享受するナルトは、ほんとうに幸せそうなのだから。そしてカミナもまた、深い情愛でもってナルトを慈しんでいることが、傍から見て取れていた。

 

 

「はぁ…」とひとつ、自来也はナルトには聞こえぬ程度のため息を零した。

それはナルトの、いまひとつ足らない意気地に対してではなく………ただ小さな幸せを育み合う幼い彼らに、否応なく背負わされたその残酷な宿命を知りながらもどうすることもできない、無力な大人である己に対する失意故にだった。

 

 

「――……のぉ、ナルト。お前の言う忍者の強さとは、一体なんだ?」

「え……は?」

 

唐突な質問に、ナルトはぽかんとした表情を浮かべた。眼前には腰を落した自来也が、真剣な眼差しでナルトを見ている。その様子に、つい先ほどまでのぞきをしていたエロおやじの鱗片はどこにもなく――今目の前にいるのは、歴史に名を刻んだ伝説の三忍がひとり自来也、その人であった。

 

考えの足らないただの馬鹿よりかは、思慮の余地がある方が良いに決まってはいる。しかし、時にソレはがむしゃらな努力を貫き通す、強き精神を脅かす足枷にもなり得るのだ。

愚鈍でありながら繊細、理性に勝る本能を備えながらも不器用……今のナルトは、ほんの少しだけ意気地の足らない、未だ無知な子どもであるだけなのだ。与えられた唯一の愛ゆえに脆さのあるその性根には、いざという時にこそ、一人で立ち上がることのできる強さが必要だった。そして、そのナルトに足りないものを教え導くことこそが、今の自来也に出来ることであると信じた。

 

「――強き忍、それはより多くの忍術を使える者か?強力な体術の使い手か?……ワシはな、そんなものは力というひとつの形に名前を与えただけに過ぎんと思っている。だが、力は力だ。己が信念を貫くには必要なものだろう。では、その力を得るために真に必要な物は何か?」

 

自来也は握った拳で、とんっと軽くナルトの胸元を小突いた。

 

「………?」

「……お前の本選初戦の相手は、たしか日向一族の者らしいな。あの一族の柔拳は厄介だぞ?身体の内面を破壊する攻撃は、受け流すことはもとよりかすめただけで致命傷にもなり得る。おまけに木ノ葉きっての体術専門の一派。接近戦は、かなりキツイだろうのォ」

「ぐっ……」

 

分かっていたことだが、反論の余地もない事実を突きつけられるのはやはり痛い。

 

「日向の柔拳をすべて避けきろなんて、そんな器用な真似がお前さんにはできないのは百も承知よ。だからのォ―――玉砕覚悟、ただ突っ込んでいけ」

「は……?」

 

それは……ネジ攻略のアドバイスなのか?しかし、まったくもってアドバイスになっていない気がするのは、ナルトの弱いおつむの所為だけではないだろう。

 

「吹っ飛ばされても、死ぬほど痛ぇ思いをしても、最後に立ち上がったものが勝者だ。ワシはな、それをド根性と言っている」

「ド根性……」

「この口寄せの術は、確かに接近戦には向かない術だろう。だが、モノは使い様だ。戦略次第では、この術はお前の窮地を切り開く要(かなめ)になるやもしれん。そして、この困難な術を体得した時こそ、これまでの努力は必ずお前さん自身の力になる」

 

自来也は、力強くそう言い切った。

――この口寄せの術を習得させる真の目的は、ナルトに封印された九尾の強大なチャクラを自ら引き出させることにある。四代目火影は、わざわざナルトに九尾のチャクラを利用できるように封印を施した。アレは無駄なことは一切しない男だと、師たる自来也には解っていた。……ミナトは、息子(ナルト)がいつの日か、九尾の力すらもコントロールすることを見越していたのではないだろうか。そして、九尾襲来に際してミナトがそのような判断を下したのも、あるいは―――

 

「――んん゛~とぉ……あの、途中の話はムズカシくてよくわかんねぇんだけど……とにかく、ちゃんとしたカエルが出せるようになるってことは、ネジに勝つ可能性にも繋がるってことでいいんだよな!?」

「…………まぁ、そうだな。(今ワシ、すごーぐ大事な事を言ったのに、半分も理解しとらんのかコイツは……)」

 

一を教えれば十を理解してしまうような男だったミナトを思い浮かべ、本当にアイツの血継いどるのかと無駄に心配になってしまう自来也だった。ナルトは9割方母親似なのだと、認識を改めるべきだろうか。

 

なにはともあれ、悶々とした悩みを吹っ切ったらしいナルトは、口寄せの修行を再開した。子どもの思考は迷いやすいが尾を引かないから単純だ。意気込みを新たにした後姿を眺めながら、そういえば…と、自来也はナルトに声をかける。

 

「…ボウズ、最近カミナはどうしとるんだ?あの子も本選に出るんだろ?修行とかはしているのか?」

 

自来也は弁当を持ってくるカミナの姿を見たことはあれど、彼女自身が修行をしている様は見たことが無かった。ナルトの修行の邪魔にならないようにと、いつも空になった弁当箱を携えてすぐに帰ってしまうからだ。それも、ここ一週間はご無沙汰である。

自来也の問いに、口寄せの印を組んでいたナルトの手が止まり、勇んでいた肩がわずかに下がる。

 

「…んー………カミナ、まだ体調よくねぇみたいなんだってばよ。飯作ったり部屋の掃除とかはいつも通りしてんだけど、修行は身体が辛いからってずっと部屋に居るんだってば。オレも手伝うから無理すんなって言ってんだけど、休息も準備の内だからーって…。体動かすような修行とかは、ずっとしてねーみてぇなんだ……」

「……なるほどのぉ……」

 

ナルトの不安げな表情からも、相当心配していることが伺えた。まぁ彼女の実力を聞くに、新たな修行は必要ないのかもしれないが、それでも、普段忍たちが一般的に行う修練すらもできずにいると言うのは少しばかり気になるものがある。

 

「(封印術式は違えど、少なからずカミナも九尾のチャクラの影響は受けているはずだ。あの程度の怪我も、すでに治りかけていたからな………あの子は、責任感の強そうな眼をしていた。大蛇丸の関与もある。カミナは中忍に…木ノ葉の忍であることすら止めるつもりなのだろうか。そもそも、彼女は自身に九尾が封印されている事は知っているのか?―――)」

 

つらつらとカミナのことについて考えていた自来也は、しばらくの後、ドサッと河原の上に倒れる物音で意識を現実に戻される。見れば、ナルトが大の字になって倒れていた。

 

「(また倒れたか……無理もない、この21日間の修行、根性だけで続けとるよーなもんじゃからのぉ……」

 

いくら意気込みと根性があろうと、人の身で九尾のチャクラをコントロールするのがいかに困難であるかは想像に難くない。ましてや、この幼き身体では器が小さすぎるのも事実だった。

 

「(……そろそろ、この修行も潮時か。じじいに頼まれていることもあるしな。

………身の危険や感情の高ぶりが、九尾のチャクラを引き出す″鍵″ならば…)」

 

自来也は気を失っているナルトを背負うと、ある場所へと向かった。

 

 

「その″鍵″の使い方を、体で覚えさせるまでだ。悪く思うなよ四代目、カミナ……」

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

――ズズンッ……と、小さな地震のような地響きを感じて、カミナは重く億劫な瞼を開いた。

洗い物を終えてからうつ伏せて横になったその場所は、ナルトの部屋のベッドの上であり、ここ数日間は文字通りナルトとともに寝食を共にしてきた場所である。

予選を終えてからの一ヶ月間。これまでは殆ど寝るためにだけに使っていたカミナの部屋も、用事が無い限り立ち入ることはなくなっていた。朝目覚めて、一番最初に視界に入るナルトののんきな寝顔に心の穏やかさを感じるのは、もはや日課となっていた。

 

「………この、チャクラは……」

 

里の外れに位置する滝のある峡谷付近で、巨大なチャクラが出現したのをカミナは感じ取っていた。印も組まず、これほど離れた場所であるにも関わらず成されたチャクラ感知は、通常の忍には不可能だ。ひとえにカミナがそれを感じ取れたのは、そのチャクラが、カミナが最も慣れ親しんだものであるからに他ならない。むしろ、″片割れ″をその身に宿しているからこそ、その大きなチャクラの動きに反応できたのだ。

 

「――ずいぶんとデカい口寄せがされたようだな。なるほど、これが蝦蟇の口寄せ術か……」

「……何の用?」

 

前触れなく出現した自分以外の気配に、カミナは驚くこともなく、そしてひどく冷たい誰何を投げかけた。普段のカミナからは想像も出来ない、感情のない声音だった。相手は別段気にした風もなくそれに応える。

 

「かなり疲れが堪っているようだったんでな。様子を見に来た」

「……暇なのね。…けど、ちょうどよかったわ。今もう一人用意するから、連れて行ってくれる?」

 

主語のない会話は、互いに要点を理解しているからこそ成り立つものだった。重い体を起こしてベッドの上に座り込むカミナは、ふぅ…小さく息を吐いてから、のろのろと胸の前で十字の印を組む。

 

「すでに3体出している。これ以上無理をすれば、確実に倒れるぞ?」

「…今晩、ナルトは木ノ葉病院に泊まるもの。夜中までぶっ倒れていても問題ないわ。……あと、3日しかないのよ。早くしないと、本選に間に合わない……可能な範囲で協力してくれる約束でしょ?」

「あぁ、もちろんだ……契約は違えない」

「…………。」

 

表情のうかがえない仮面を一瞬睨みつけてから、カミナは影分身を一体出した。ベッドの横に現れた影分身は、当然ながらカミナと同じ姿であり、しかし任務の際に使用する外套を纏っていた。

影分身に可能な限りのチャクラを費やした本体(オリジナル)のカミナは、直後、顔を歪めてベッドの上に倒れ込む。影分身が咄嗟にその身体を支えようとしたが、肩を掴まれ、背後に現れた黒い渦の中に掻き消えた。カミナを支えたのは、影分身を制した黒い手袋を纏う腕だった。

 

「………愚かだな。こんなことをしても、なにも変えられはしないと言うのに…」

 

すでに意識のないカミナに、仮面の男の呟きは聞こえてはいなかった。腕の中でぐったりと身を預ける小さな身体を、男は静かにベッドへ横たえる。細められた唯一の眼に浮かぶのは、気まぐれた憐憫の情か、嘲弄の眼差しか……

 

「………手は、届かない。腕を千切れんばかりに伸ばそうと、喉が裂けるほどに慟哭しようと……この世は地獄だ…早くこの偽りの世界を見限れ。この、オレのようにな……」

 

男はカミナの身体を掛物で覆うと、音もなくその場から消え去った。

 

 

◆◆◆

 

 

自来也の荒修行(?)のおかげで、どうにか口寄せの術を成功させたナルト。まだまだ安定しているとは言えないが、自身に秘められた膨大なチャクラの源たる九尾の存在を認識できただけでも、今後のチャクラコントロールは幾分かやりやすくなるだろう。

しかし、連日に続く修行と土壇場で引き出したチャクラの量が多すぎたため、その後倒れたナルトは木ノ葉病院に入院することとなった。三日三晩の爆睡の末、目覚めたナルトの元にはチョウジの見舞いに来ていたシカマルが訪れていた。

 

見舞いの果物を食事制限中のチョウジの前で食べてやろうと、めんどくせーことを言うナルトに付き合って病室を出た二人は――とある病室の前で、不穏な気配を感じ取りそこへ飛び込んだ。

 

――砂隠れの我愛羅が、入院中のロック・リーを殺そうとしていたのだ。

 

「てめー!ゲジマユに何しようとした!」

「殺そうとした……」

 

なんの臆面もなく、砂を収めながら己の行為を認める我愛羅。

――そこから語られる、彼の半生は想像を絶するものだった。

 

母親の命を糧として生まれ落ち、里の兵器として育てられ、しかし失敗作と見なされて風影である父親から暗殺者を差し向けられる日々。安らぎなど無く、他者を殺すことでしか生きていることを実感できない自身の存在意義。

 

シカマルは、その狂気としか言いようのない思考に計り知れない恐怖を感じた。

そして、ナルトは……己と共通するその境遇と、しかし、自分以上に孤独という苦しみの中でいまなお戦い続けている我愛羅を、自分よりも強いと思わざるをえなかった。

 

そして我愛羅は、ナルトが今最も動揺する言葉を口にする。

 

「――カミナは、砂隠れに連れて行く」

 

「なっ!?」

「!!」

 

絶句するナルトたちを尻目に、我愛羅の濃い隈に縁どられた眼が彼方を見ていた。今この場には居ない、赤髪の少女を思い浮かべているのだろうか。ナルトには、それが酷く不快に感じた……だが、一度感じた恐怖は拭い切れず、強がる言葉すらでなかった。

 

「カミナは……オレの唯一の友だった。オレと砂を怖がることもなく、傍に居てくれた。あの時のオレは、孤独ではなかった………だから、アイツが砂隠れから去ったと知った時、絶望した。オレにそれを教え、オレを殺そうとした夜叉丸を…この手で殺してしまうほどにな」

「っ!? 夜叉丸って…お前の、叔父さんだったんだろ?優しくしてくれた人だったんだろ?なのに、お前を殺そうとした…?なんでっ……!!」

「……カミナが話したのか?ふっ…所詮はあいつもオレも、あの時は何も知らないただのガキだったのさ。……夜叉丸は、ずっとオレのことを憎んでいたんだ。母はオレを愛していたと、笑顔で嘘を教え続け、その実、姉の命を喰らって生まれてきたオレのことを、ずっと憎んでいたんだってな…!!」

 

膨れ上がる殺気に、ナルトもシカマルもゾクリと背筋を震わせる。

それと同時に、ナルトは……アカデミーの卒業試験の夜、ナルトを利用して火影の禁書を盗ませたミズキの言葉を思い出していた。

 

『――つまりお前が、イルカの両親を殺し、里を壊滅させた九尾の妖孤なんだよ!!

イルカも本当はな!お前が憎いんだよ!!』

 

その真実を知った時、ナルトはなにもかもが信じられなくなった。悔しくて、悲しくて、痛くて、辛くて……全てを壊してしまいたいと思ったあの衝動は、決して、忘れることはない。でも、

 

『――今はもう、バケ狐じゃない…あいつは、木ノ葉隠れの里の……うずまきナルトだ!!』

『ナルトは、ナルトです。彼は、なんにも悪くない……ちゃんと、彼自身を見てあげてください!!』

 

自分にはあの時、イルカ先生とカミナがいてくれた。だからこそ、道を誤らずに済んだのだ。

 

「(だけど、こいつは……ずっと、今でも独りぼっちで…)」

「……夜叉丸が、何を考えてカミナを砂隠れから連れ出したのか、そんな真実はどうでもいい。あいつは、オレを裏切り続けていたんだからな……だが、カミナは違う。カミナは、オレとずっと一緒に居たいと、そう言ってくれた。だから連れて行く……二度と、手放しはしない……」

 

我愛羅の言葉には、カミナに対する執着が伺えた。そしてそれは、ナルトにとって言いようのない、とても「嫌なこと」なのだと感じた。

 

「っ……な、に……何、勝手な事、言っていやがるんだ!!カミナはモノじゃねえんだぞ!周りの都合で、あっちこっちに連れて行かれていいわけねぇだろ!!」

「――お前は、カミナのなんだ?」

「ッ!!――ナルトっ!!」

 

我愛羅の増大した殺気に、シカマルが叫んだ。

瞬きにも満たない一瞬の間に、砂が刃のように尖ってナルトの喉元に突き付けられたのだ。僅かに遅れて、足元も逃げられぬよう砂で固定されいたことに気づく。シカマルの影縛りでは砂の動きまでも封じきれない事態に、ひやりとした冷たい汗が米神から流れ落ちるのを感じた。

 

「っ……!!」

「うずまきナルト、と言ったな……カミナが夜叉丸のこと話したことといい、アイツとはずいぶん親しいようだな……」

 

サラサラと、砂の欠片をこぼしながらも硬さを失わない切っ先が、チクリと喉元に触れたのを感じた。

 

「言え。お前は、カミナの何だ?」

「オ、オレは、カミナの……幼馴染、だってばょ……」

 

ごくりと唾を飲み込んで絞り出したナルトの答えに、我愛羅はクッと歪んだ笑みを浮かべた。

 

 

「そこまでだ!」

 

「「「!!」」」

 

殺気に満ち満ちた空気をぶち壊してくれたのは、病室に踏み込んできたガイであった。

我愛羅は頭痛を覚えたように頭を押さえると、砂を崩し、フラフラとしながらも病室を出ていった。しかし、立ち尽くすナルトとすれ違う瞬間、

 

「――うずまきナルト。お前はカミナにとって、オレの身代わりにすぎない……お前は必ず、オレが殺す」

「ッ!?」

 

ナルトにしか聞こえない声音を残して、ひょうたんを背負った後ろ姿は立ち去った。

ナルトはシカマルに声を掛けられるまで、その場から動けずにいた――

 

 

◆◆◆

 

 

ナルトが木ノ葉病院を退院してアパートに帰り着くと、カミナが夕食の支度を終えて待っていた。

 

「おかえり、ナルト。ごめんね、今日退院だって連絡貰ったのに迎えに行けなくて…」

「……帰って来るだけだったし、大したことねぇってばよ。途中までシカマルと一緒だったんだ。……ただいま、カミナ」

 

ニカッとした形だけの笑顔は、まるでハリボテの太陽のようだ、とカミナは感じた。だが、カミナはあえて追求しなかった。――″知っている″から……昼間、ナルトとシカマルがリーの病室で我愛羅と対峙したことを。そして、ナルトが我愛羅に対して言い知れぬ恐怖を抱いていること、明日のネジとの闘いを前に、彼の男の天才と能わぬ実力に怖気づきつつあることも。だが、今のナルトを勇気づけるのはカミナの言葉ではないと″分かっている″から……カミナは、何も云わなかった。本当は自らかけてあげたい想いを、ひた隠しにして……。

 

しかし――この時、ナルトが抱えている真の不安を、カミナは気づいていなかったのだ。

食卓の用意をするため台所の前を行き来するカミナを、ナルトは苦しそうに切なそうに……胸元の服を握り締めながら、見続けていた。

 

 

◆◆◆

 

 

暗き水面の異界。そこには、手足に黒い杭を打ち込まれた獣が、力なく身を横たえていた。

 

「――ふ、くっ……んぐぐぐっ、んん~~~~っっ!!」

 

カミナは、自身の両の手さえ回りきらない丸太のようなその黒い杭を、小さな身体全身を使って引き抜こうと奮闘していた。それを、冷めたような真紅の眼で見つめるクラマ。彼の口蓋を貫いていた黒い杭はすでになく、その痕跡を思わせる傷痕などもなかった。当然だ。この杭が縛るのは、質量ある物体ではなくチャクラそのものなのだから。

 

「………カミナよ…今からでも遅くはない。すべてを話してみたらどうだ?」

「はぁっ、はぁっ………クラマ、できないよ。下手をすれば、本当に砂と木ノ葉が戦争になる。私の″視た″未来だって、どこまで同じになるかわからない。木ノ葉崩しは、私ひとりでを止めるしかないの……――本当は、もっといい方法があるのかもしれない。私のやろうとしていることは、一番悪い方法なのかも……でも、私は無力で臆病だから…こんなやり方しか、できないの……」

 

滝のように流れる汗を拭いながら、カミナは再び黒い杭に手をかける。すでに、彼女の両手はボロボロだった。精神体である彼女の姿がここまで傷付き疲弊しているのだ、現実世界でも影響を及ぼしていないはずがなかった。

――彼女のどこが無力だというのか。誰からの賛辞が得られるわけでもなく、なのにこれほどまでに無茶をして、果さんとする目的のために死力を尽くしている。彼女のどこが臆病だというのか。ただ一人、深い悲しみに抱かれる未来を知って、絶望し、悲嘆の涙を流した……それでも、少女は痛む心に今なお泣き叫びながら、その強大な運命にあらがわんとして前へと歩く道を選んだのだ。その道がどれ程の苦痛が伴うものと知っていながら……

その尊き魂の在り方に、クラマは魅せられ、そして心を救われたのだ。

 

ただ、唯一惜しまれるのは―――いまの彼女は゛ひとり゛きりであるということだった。

 

「(……かつて、絆と云う尊き繋がりの大切さを、ワシに教えたのはお前だっただろうに……)」

 

クラマが喉の奥でひとりごちると、ちょうどそのあたりがチクリと痛んだ。忌々しいことに、仮面の男がクラマに刻んだ呪いの影響だった。

 

『カミナに余計なことは話すなよ、九尾。特に、13年前のことなどはな―――』

 

13年ぶりに対峙した仮面の男。突如現れたその男は、あろうことかカミナを伴って尾獣の深層心理空間にまで踏み込んできたのだ。そして意識のないカミナをその手中に納めたまま、クラマに「過去のこと」を話せなくなる強力な幻術をかけた。尾獣と畏れられるクラマとて、カミナを人質に取られて抵抗なくかけられた幻術を自らの力で解くことは出来なかった。そしてその後、クラマの身体に無数に打ち込まれた黒い杭は、カミナに対する牽制だった。カミナに取引と称して選択を迫る仮面の男を、クラマはただ射殺さんばかりの眼光で睨みつけるしかできなかった。

 

――なにが尾獣だ、最強のチャクラだ。自由もなく、人の身体に封印され、そして……たった一つの小さな命すら守ることが出来ない。だが……

 

クラマはおもむろに重い頭を持ち上げると、自らの右手の甲を貫いた黒い杭に噛みついた。

 

「クラマっ!?」

「グググッ……グォオオッ!!」

 

引き抜かれた杭は、クラマが勢いまま宙へと吐き捨てると霧のように霧散した。そして左の手も、自由になった右手と牙で杭を力任せに引く抜く。右手の甲からは血が滴り、獣がかつて自慢と称した毛並みを汚していた。

 

「クラマ!そんなに強引に引き抜いちゃダメよ!チャクラを縛っているものだからこそ、あなたの身体が傷ついちゃうっ……!!」

「脆弱な人の身体と一緒にするな。大丈夫だ―――カミナよ、ぬしの覚悟は理解した。ならばワシも、できる限りお前の力となろう。……かつて誓約したからな。汝の力になると…」

 

クラマが大きく尾を翻すと、戒めの杭は全て弾け飛んだ。強力な封印の枷とはいえ、ここには術者がいないためその効力は一時的なものに過ぎない。多少の無理をすればクラマにも外せないことはなかった……かわりに、物凄く痛いが。

封じられていた膨大なチャクラが、大きく吹き荒れる。カミナの真紅色の髪がチャクラの奔流に煽られて宙を舞った。

 

「……クラマ。どうしてあなたは、私にそこまで……」

 

カミナは呆然と、その荘厳なる獣の姿を見上げた。血を流し、自由の身となった獣は、尊くも頭を垂れてカミナに傅いた。

 

「………今しばらくは語れぬ。いずれ時が来れば、すべてを話そう。だがな、これだけは覚えておいてくれ。――お前はかつて、ワシを昏き闇の呪縛より救ってくれたのだ。その尊き魂を費やして……、……この想いを言い尽くすには、どんな言葉を並べればいいのだろうな。ワシは昔から口下手だったからな……ただワシは、カミナの力になりたいと心から乞い願う」

 

――遥かなる昔、六道仙人と呼ばれた男が未来へと託した願い。それは、彼の思惑とは異なって、ただ人間たちの醜く愚かな行いを繰り返す歴史を綴るだけだった。自分ら尾獣達も、その闇の渦に幾度も巻き込まれてきた。低脳無知な人間どもなど、とうに見限っていた……。

だがしかし、かつての″カミナ″が、やがて訪れる未来の可能性を教えてくれたのだ。それこそ、六道仙人の願った世界のあり方そのものだった。この先、その通りに未来が進むとも限らない。けれど……もしそんな世界(未来)があるのなら、わずかでも信じてみたいと思ったのだ。ほかの誰でもない、クラマを恐れも拒絶もしなかった″カミナ″の言葉だからこそ――

 

「クラマ………」

 

カミナの深き蒼の双眸が、まんまるに見開く。驚いた表情は、「今」も「前」も変わらない。言葉を尽くさずとも、己の心をわかってくれる彼女の存在が愛おしかった。真紅の眼は、暖かな光を宿して彼女の視線を受け止めていた。

カミナは導かれるように、クラマの鼻先に力持たぬ両の手を伸ばした―――

 

 

 

 

 

「―――」

 

うっすらと重いまぶたを持ち上げると、そこには見慣れた天井が見えた。経年劣化の著しいこのアパートには、天井や壁には拭いても落ちきらないシミが無数に点在する。

カミナは天井に向かって伸ばしていた両の手を、パタンと布団の上に落とした。むき出しだった肌は少し冷えているが、寒いほどではなかった。

 

まだ夜は明けていない。カミナは掛物を引っ張らぬように気をつけて起き上がると、寝巻きの上から己の腹部を撫でた。布団の中で温まったぬくもり以上に、内側からの熱に頬が緩む。

 

「クラマ……ありがとう…」

 

カミナは小さく呟くと、隣で眠るナルトを見下ろした。

この一ヶ月、ナルトに添い寝を頼んだのはカミナ自身だった。夜中だけとはいえ、ひとりきりの部屋に戻ることが怖かったのだ。特に、無防備な眠りに落ちる真夜中だけは――どれだけ虚勢を張ろうと、気配もなく現れる仮面の男の存在はカミナにとって恐ろしいものであった。

得体の知れぬ正体、カミナに協力する目的……そして、彼の男が抱える闇の深さ。それでもカミナは、男の出した゛提案゛を飲むしかなかった。他に選べる選択肢など、カミナにはなかったから。

 

「……ナルト……」

 

いつもは無垢でのんきな寝顔が、今宵ばかりは小さな眉間に皺を寄せて、口元も少しへの字になって真面目な表情を浮かべている。寝てるのに。明日の、今となっては今日の……本選に向けて、緊張しているのかもしれない。

 

ネジとの試合、そして我愛羅との――明日は、ナルトにとっても多くの試練が待ち受けている。

 

「――信じてる………」

 

カミナは投げ出されているナルトの手に、起こさぬように自分の手をそっと重ねた。

 

「ナルトの、強さと優しさを……私は信じている。大丈夫だよ……」

 

これは、夕食の時ナルトに伝えてあげたかったカミナの言葉だ。誰しも、時に不安になり己を信じられなくなる時がある。それを取り戻すことができるのは、自分以外の誰かが己を信じてくれた時だ。いまのカミナがそうだった。不安だらけのおぼつかなかった歩みが、自信をもって一歩を踏みしめることができる。

 

囁き程度のこの言葉は、例えナルトが起きていても聞き取ることはできなかったかもしれない。だから、この繋いだ手を通して想いが伝わればいいと思った。そんな願いが通じたのか、ナルトの眉間の険しさが、少しだけ緩んだような気がした。くーくーと、寝息も穏やかになったような気がする。

 

わずかに開いたカーテンの隙間から、藍の空が白み始めた木の葉の里が見える。

――後悔だけは、したくない………

 

「……守るよ。ナルトと、木の葉の里を……絶対に、守る」

 

カミナは誓うように、朝日の昇る空を眺め続けていた。

 

 

 

 

 

 

「――紙面(ページ)は、捲られた。木ノ葉崩し篇開始、か……さて、イレギュラーを交えてどんな物語になるやら………ねぇ、先生?」

 

紅き眼を開いた男が、火影岩の……四代目火影の顔岩の上から、木ノ葉の里を臨んでいた。

間もなく、夜が明ける。長い一日(モノガタリ)が始まるのだ――――

 

 

 




チャクラコントロールなど独自解釈があります。

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