金色の狐、緋色の尻尾   作:花海棠

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お久しぶりです。なんとか生存中、執筆頑張ってます('◇')ゞ
毎度、タイトルには捻りもなにもない……とりあえず、概要は中忍試験本線までの大人たちの動き、です。いろいろと思惑が横行中、予想外に出番の早まった人達も!! とにかく、視点も時間軸もあっちこっち行っているので、ヒジョーに書くのが大変でした。読むのも、大変かも……
あと、すみません。まだ誰も救済できてないっていうのが……;;

本日、小生の誕生日だったので、どうしても投稿したかったんです!!
後々修正加わりますが(←確定ww)、多めに見てください;;


17.『一ヶ月の準備期間~交錯篇』

―――月光を背にそびえ立つ、異形のシルエット。

その異様なる姿と強大すぎるチャクラに圧倒されたまま、音忍ドスの身体は紙切れのように容易く切り裂かれた。周囲を、我が身と一緒に砕かれた瓦礫が舞い踊る。

 

「ッ……!!」

 

己の敗因は、一体何だった?

自分のことなど、道端の小石のごとく全く興味を示さない奴を煽るため、あの赤毛のくノ一のことを口にしたからか。ガキのくせに、濃い隈の不摂生を嘲嗤ってから永遠の眠りを与えてやろうと、一瞬揺らいだ奴の眼に油断した為か……いずれにせよ、これは、畜生にも劣る無意味な死に様だ。

 

「(は、はは………ナギ。キミの忠告、ちゃんと聞いておけばよかった…よ……)」

 

生前、渇望していた忍らしい死に様を得られた同胞が、今とても、羨ましく思った……―――

 

 

血潮の風が夜風となって駆ける時、鼠は猛禽の爪に狙われて、そして―――

 

 

◆◆◆

 

 

――タッ、タッ、タッ、タッ、ダンッ!……ダッ…タッ、タッ、タッ、タッ……

 

夜の帳も明けきらぬ、薄闇のベールに包まれた忍の里。宵闇の最中でさえ、闇の中に人の気配が皆無となることがないのがこの隠れ里の常であった。

しかし、その日の早朝は、その慣習にあたわぬ騒々しい足音が、寝静まった家々の屋根を駆け抜けていた。

 

「ハァッ…ハァッ!……ンっ、ハァッ…ハァッ!」

 

切れる息、消しきれていない気配と足音。忍としてはお粗末すぎるその有り様は、しかし、とうの本人には気に掛けている猶予の欠片すらなかった。

 

高低差のある建物の狭間を大きく跳躍するたび、白亜色の衣が翻る――それは木ノ葉病院の病人衣であり、緩めの袖や襟元から覗く肌には包帯や医療ガーゼが垣間見えた。ざんばらな赤髪が生温い夜風に煽られて、まるで炎の残滓のように明けの空を舞っていた。

 

間もなく、夜が明ける。

東の山脈から現れる朝一番のご来光は里に降り注ぎ、その荘厳な風情を持つ桔梗城の天守閣、一対の鯱(シャチホコ)を黄金色に輝かせていた。

 

「――ッ!!」

 

ダンッ…!!と、細い素足が桔梗城近くの、丸みを帯びた屋根の上に下り立った。ここまで裸足で駆けてきたため、今更ながらに足裏に熱をもった痛みがじわりと響く。

 

そして――眼前の″赤″に、ひゅっ…と息を呑んだ。

 

 

「ッ……ぁ……ぁッ……!!」

 

かさついた唇が戦慄き、外れかけた包帯がはためいている両腕ががくがくと震える。無意識に引き寄せた手が、唇に触れた。指先は血の気が引き、氷のように冷たかった。

 

――息が、苦しい。それは、決して我武者羅にここまで走って来ただけが理由ではなくて。腹の内から込み上げてくる何かが、胸を塞ぎ、身体と頭の正常な機能を奪っていく。モノクロだった″夢″の光景が、現実(リアル)に色彩を得て、いま、目の前に広がっている――

 

「ーーーーーーーッッ!!!」

 

押さえつけていた感情が、決壊する。言葉にならぬ悲痛な叫びが、東雲の浮かぶ空に響き渡った。ここは、忍の里。耳の良い者ならば、この慟哭にも似た叫びに未だ猶予のあった安眠を打ち壊されて、布団から転げるようにして飛び起きたことだろう。

 

「――おいっ!!」

 

背後に音もなく現れた複数の気配の一つに、強く肩を掴まれる。それか合図だったかのように、少女の身体は糸の切れた人形のように崩れ落ちた。暗転する意識の直前に、絶望に沈んだ蒼の双眸に映り込んだのは動物を模した白い面――自分に付けられていた暗部たちだ――彼らが奇行を犯した自分を警戒し、注視する気配を肌で感じた。

 

「………ハヤテ…」

 

面越しにくぐもった、それでも女性の物とわかる声音が、哀しみに打ちひしがれているのを聞いた。

 

―――私は、″なにも″できなかった……

 

 

 

 月光ハヤテの死は、その日のうちに里の忍全てが知ることとなる。

 

 

 

◆◆◆

 

 

「――なんですとっ!?……ハヤテが、死んだ?」

「うむ……今日の明け方に、桔梗城の傍らで発見されたそうじゃ……」

 

三代目の静かな肯定に、本来気配を殺すことを生業とする忍たちの空気が揺れた。ガイの、良くも悪くも素直な感情ゆえの驚愕は、その場に集まったほとんどの忍たちの心を代弁しているものだった。――中忍試験・第二の試験を終えて早々の翌日。里の上忍・特別上忍たちは三代目火影により、緊急招集をかけられてこの場に集まっていた。

 

「相手は大蛇丸ですか?」

「……いや、そう判断はできない。ハヤテがついていたのは、おそらくカブトという音のスパイだ。ま、大蛇丸が何かやろうとしていることは確かだが……」

 

大蛇丸の存在に過敏に反応するアンコの問いに答えたのは、隣に座していたカカシだ。しかし、そのカカシの声音は、いつもよりワン・トーン低いものだった。唯一表情のうかがえる右目の眼差しも、今日は陰りを帯びている。

 

「……カカシ、どうした?お前はハヤテのこと知ってたのか?」

「あぁ……ハヤテの遺体を発見したのは―――ウチの班のカミナだ」

「「「!!」」」

 

更に声を落したカカシの答えに、尋ねたアスマと、紅とガイが眼を瞠らせる。

その間にも、話の流れは大蛇丸と同盟各国が木ノ葉を裏切り、戦争を懸念させる方向へと行き着きかけた。

 

「とにかく、今は情報が少なすぎる。余計な勘繰りは――」

 

 

 

「――本当に情報は皆無なのか、ヒルゼンよ」

 

 

 

「「「「「「「!!」」」」」」」

 

 

静かな声音と、突如現れた気配。

里の手練れたちの視線を一身に受けながらも微動だにしない隻眼の男が、杖を付き、部屋の入り口の前に佇んでいた。

 

「ダンゾウか……」

「お前がここへ出向くとは、珍しい」

 

相談役のうたたねコハルと水戸門ホムラが、旧友の突然の来訪に僅かに目を瞠る。

――志村ダンゾウ。かつて、三代目火影・猿飛ヒルゼンと火影の座を争った里の重鎮であり、さらにはその昔、三代目と相談役二人共々、初代・二代目火影より直々に忍の教えを受けた同志達であった。

しかしながら、ダンゾウは三代目とは相反する合理的思考のもと、強固・武闘派路線の主導者となり、些か過激な処断を行うことから三代目との衝突が絶えず、ついに数年前里の中核から外されて謹慎処分を下されていた。……その数年前とは、うちは一族が悲劇の事件を迎えた時期と合致することと知る者は、ごく僅かだ。

 

 

とはいえ、久しく表に出てくることのなかったこの男が、なぜ今ここに――カカシをはじめ、彼の男にまつわる黒い噂を知らない者は生憎この場にはおらず、室内は一気に戦場のごとく緊張が走った。

 

「フン…卑しくも謹慎中の身の上だが、大蛇丸の名を聞けばな……里の危機とおぼしきこの現状、ワシとて地下でくすぶっておるわけにもいかぬでな」

「……かつておぬしが四代目火影にと推した者の反逆、気になるか?」

「自らの教え子の暴挙こそ、興味があるだろう?ヒルゼン」

 

老練を費やした忍らの駆け引きじみた応酬に、周囲の忍たちが固唾を呑む。誰も口を挟めるような状況ではなかった。

ふぅ…と、ダンゾウがわざとらしく肩の力を抜いた。

 

「…まぁこちらも、呼ばれもしない招集に勝手に乗り込んできたのだ。摘まみ出される前に、要点だけ確認した上で去るとしよう」

「要点?」

「先ほど、″情報は皆無なのか″と聞いたが……どういうことだ?」

 

同期に当る相談役二人は、すでにダンゾウの話を聞く姿勢に入っている。謹慎の身の上なんだろう、とアスマが小さくぼやいていたが、聞こえたのは近くに居たカカシたちだけだっただろう。三代目はただ無言で、目の前にやって来た男を見上げていた。

 

「木乃花カミナ、だったか。あの小娘、大蛇丸の送り込んだスパイとの疑いがあるそうだが……火影殿はその点をどうお考えなのか、と思ってな?」

 

「「「「「「!?」」」」」」

「「「「ッ!!」」」」

 

ダンゾウの思わぬ言葉に、部屋中が息を呑んだ。要点だけと言いながら、それはあまりにも単刀直入過ぎる物言いだった。

大蛇丸のカミナに対する言動と詳細を知っているのは、現時点で三代目以外には彼奴と対峙したごく一部の者だけだった。寝耳に水な他の上忍らは、その未公開の情報にざわついた。いかにダンゾウと言えど三代目の信用さえ下げるその発言に、カカシたちが眼光を険しくする。

 

第二の試験で、第七班が大蛇丸の強襲を受けたこと、そして奴がうちはサスケを付け狙っていることはすでに上忍、中忍試験運営関連の人間には周知されていた(呪印については極秘扱いだが)。サスケはその特異な血継限界と悲劇の一族の生き残り故に、その希少な血を狙われているのも道理だと分かる。

しかし、カミナは? 彼女はもともと木ノ葉の生まれではなく、その出生も本人の記憶喪失の為に分からず仕舞いであった。しかし、此度の中忍試験で、彼女の過去に大蛇丸が何らかの関与があったことはもはや明確となり、その普通ではありえない忍の才も公のものとなった。

もし彼女の逸脱した能力が、過去に大蛇丸の人体実験によるものなら…? 自爆した音の忍は、チャクラの暴走によるその死に様故に肉片すら残らなかったが、直前まで目視されていた人体に埋め込まれたチャクラの結晶など、常人には予想だにできぬ方法で、未だ未知なる力がカミナの身体に秘されている可能性は十分にあった。

 

「砂隠れの忍とも、どうやら面識があるようだな。里に受け入れた時、どうしてそのことが分からなかった?一般人であればまだしも、他里の者であれば、間者の可能性を考えて対処すべきであっただろうに」

「……当時、あの子はまだ6歳かそこらだった。それほどに幼き者が、間者としての働きができるはずも無かろう」

「分からぬぞ?時として、速すぎる開花を迎える者もおる。そこにいる、はたけカカシや……うちはイタチのように、な」

「なにが言いたい、ダンゾウ?」

 

三代目が険しい眼光を向ける。ダンゾウはそれを、平然と受け止めた。二人の間に、見えない火花が散る。

 

「これは里の急務だぞ。あの小娘を、今すぐ尋問部にかけろ。本人に覚えがないと言うのなら、山中一族の秘術を使えばよい。なぜ、そこまであの者を庇い立てする?………九尾の小僧と親しい、ただそれだけの理由か?」

 

尋問部、九尾……おおよそ、里の者であれば意図して避けたがる言葉を、ダンゾウはこともなげに口にする。お前にあの子の何が分かる、とカカシは思わず言い返しそうになった。普段は沸点が低い彼でも、だ。それくらい、ダンゾウの並べる言葉の数々は腹立たしかった。近くで控える、アスマたちも同じだろう。

 

「……カミナを、贔屓しているつもりはない。尋問など不要。強制的に記憶を暴くこともしない。あの子は、必要とあれば自ら申し出てくる、素直で優しい正直な娘じゃ」

「ハッ、忍が優しく正直だと?甘いぞ、ヒルゼン。貴様の甘さがかつて大蛇丸を取り逃がし、此度の危機的状況を招いたのだ。大蛇丸のことはもとより、里の安全を考えれば、危険な芽は早急に摘み取るべきだ」

 

ダンゾウのあくまで断定する言葉に、カカシは思わずホルスターの留め具に指を掛けた。ガイとアスマが、緊張の糸を張りつめさせる。万が一にも、飛び出したカカシを止めるためだ。いかにカカシといえど、里の重鎮に切りつけて無事で居れるはずがないのだから。

周囲の忍たちも、大事の前の小事とは思えぬほどのこの剣呑な空気に息を殺し、固唾を呑んで三代目の答えを待っていた。

 

 

「――カミナは木の葉を、ナルトを裏切らぬ。絶対にじゃ」

 

 

三代目は、朗らかに笑って、そう言った。

それは、絶対の信頼があるからこその言葉だった。

 

ダンゾウが、一瞬呆気にとられる。二人の相談役も、カカシを含めた他の忍たちも同様だった。

そこまでカミナを信じ切っている三代目に純粋な驚きを感じるとともに、まただ、とカカシは思った。カミナを……カミナとナルトを語る三代目の瞳にはいつも、喜びとともに哀しみの情が浮かぶのは一体、何故なのか。

 

意表を突かれダンゾウは、わずかにでも己が動揺を示してしまったことを苦々しく思いながら、再び鋭い眼光を保つとかつての戦友を睨めつけた。

 

「……なぜ、そんなことが言い切れる?あの娘は一体なんだ?」

「カミナはまごうことなき木ノ葉の忍。あの子は誰よりも、木ノ葉隠れに受け継がれし火の意志を分かっている」

「火の意志だと?そんなもの……」

「摘み取るばかりでは、後には何も育たん。むしり取られた傷痕が残るだけじゃ。……ダンゾウよ、そんな考えだからお前は、あの時、二代目様に選ばれなかったのだ」

「ッ!!」

 

カッ、とダンゾウを怒りの感情が支配したのは一瞬だった。この男とて忍。一時の激情を耐え凌ぐ精神は持ち合わせていた。だがやはり、思い出したくもない過去の記憶を振り切るかのように、彼は踵を返すと杖を突いてまっすぐ部屋の出口へと向かった。

 

「………貴様がその甘い考えに、取り殺されぬことを祈るよ。かつてのチームメイトとしてな…」

 

バダンッ、とドアの閉まる小さな音が、やけに大きく聞こえたのは気のせいではないだろう。

ふぅー…と、三代目の心底疲れ切ったような吐息で、室内の緊張はようやく普段のものへと戻った。

 

「……ヒルゼン、ダンゾウの前であまりその話をするな。ただでさえ、お前たちは…」

「あぁ、わかっておるよ……皆も、すまなかったな。こんな内輪もめの醜態を晒してしまっての。

――木乃花カミナには、念のため暗部を付けている。これ以上の詮索は不要じゃ」

 

ホムラの諭す言葉に三代目がうなづき、カミナの件についてはとりあえずの区切りをつけた。異論のある者は、いなかった。

 

「すでに、各国へ情報収集に暗部を走らせてある。うかつに動くのは危険じゃ、そこに敵の狙いがあるやもしれん……」

「ワシは貴様らを信頼しておる。いざの際には木ノ葉の力を総結集して……戦うのみよ!」

 

三代目の強き言葉に、忍たちの心はひとつとなる。

木ノ葉に芽吹く、火の意志の元に―――

 

 

◆◆◆

 

 

会議を解散して後、カカシは里の中心部から離れた深い道なき森の中を、先を行く三代目の後ろに付いて歩いていた。他に護衛は居ない。先ほど里の脅威について話し合ったばかりだと言うのに、この無防備な現状はどうだろうかと思わなくもないが、しかし、彼の人にそれを指摘したところで「お前が居るから心配無用じゃ」と、容易く絶対の信頼を返してくれるのだろう。自分が生まれた時から忍であり、影の座に居る人なのだ。諸々の年季に、敵うはずもない。

 

「……カカシよ、カミナの様子は見に行ったか?」

「…はい。ハヤテの遺体を発見したのち気を失ったとのことですが、まだ意識は戻っていないようです。暗部の監視もあるので、今は本人のアパートに居ます。…少し熱があり、うなされていました。あとで、また様子を見に行こうと思います」

「あぁ、頼む。……先程は、ダンゾウがすまなかったな。お前も、聞いていて気分が良くはなかっただろう」

「……三代目が謝ることじゃありません。今カミナの立場が危ういのは、本当のことですから」

 

振り向かない三代目の背からは、彼の人の表情は読み取れぬが、今の自分のようにきっと口惜しい顔をしているような気がした。そして同時に、あの時は自身も軽率に殺気立ててしまったなと、未熟な失態を省みる。

――大蛇丸の関与、そして過去とは言え砂とのつながりも明らかになったカミナの立場は、今非常に微妙なものとなっていた。それでも彼女の本戦進出が覆されなかったのは、ひとえに彼女の優れた忍としての能力と医療忍術ゆえだろう。あの力は、他国に示せば木の葉が大きな力を有していることのアピールにもなる。忍の力を示すとは、無情だがそういうものなのだ。

それか、もしくは……敵の動向を探るための囮、か。現状における上層部の真意までは、カカシにも分からなかった。

 

「時に、三代目。本選に残った音忍が、死んだと聞きましたが…」

「あぁ…大蛇丸が直接手を下したのか、手下の者にやらせたのか定かではないが……桔梗城の屋根瓦が、見るも無残に成り果てておったわ。音忍の骸も言わずもがな……あやつめ、一体なにを飼っておるのやら……」

 

すでにドスの死体は回収され検死へとまわされたが、恐らく得られる情報は少ないだろう。大蛇丸が部下とはいえ、捨て駒と称していた男だ。他に、予選で負傷していた二人の音忍もいつの間にか病室から姿を消していたとの報告を受けている。

 

「此度のこと、口惜しいが全てダンゾウの言う通りだ。ワシは師として、あやつに大切なことをなにひとつ教えられなんだ……」

「三代目……」

 

三代目はかつて、非道なる人体実験を繰り返していた大蛇丸を自ら追い詰めたことがあると言う。しかし、彼はその手で弟子を裁くことができなかった。あんな男でも、三代目は今なお彼に教え子としての情が捨てきれないのだろう。カカシごときが、それ否定することなどできなかった。

 

「……ところで三代目、一体どこへ向かっているんですか?」

「言っただろう。お前に……四代目の教え子であったおぬしに、カミナのことで伝えねばならぬことがある、と…」

 

そう言って三代目は、また黙々と森の中を歩き続けた。

――中忍試験の最中、三代目はカカシにカミナのことで話すべきことがあると言っていた。しかし、それになぜ四代目火影(ミナト先生)が関わって来るのだろうか……カカシはまるで、開けてはいけないこの世の絶望が詰まっているという箱の蓋に、今、両の手をかけているかのような、そんな心地がした。……嫌なことに、こんな時の自分の勘はよく当たるというのをカカシはよく知っている。

 

やがて、森が開ける。眼下を流れていく川の向いは高さのある断崖がそびえ立っていた。

二人がその断崖に向かって、川の上を足元にチャクラを込めて歩いて渡ると――川の中央に流れ着いた石岩を越えたところで、一瞬視界が歪んだ。

 

「! 今のは……」

「結界じゃよ。四代目が……ミナトが作ったものだ。あやつが死して、もう13年もの月日が過ぎようとしているが、効力は未だ失せてはおらぬ……この中にある物を守るため、奴が苦心して作り上げた場所――産所じゃ」

「産所?……っ、まさか!!」

「あぁ……13年前、ナルトは〝ここ〝で生まれた」

 

カカシが断崖を見上げると、そこには先ほどは影も形もなかった洞窟の入り口と、封印の印が刻まれた鳥井が断崖に突き刺さるようにして存在していた。洞窟の入口へ続く橋桁は、月日の風化によるものか幾らか壊れていた。

 

三代目に導かれ、カカシも洞窟の中へと続く。ふと、背後の…常に距離を取りつつも後をつけてきていた気配が消えた。

 

「……ダンゾウの、″根″の者だろう。ここの結界にまでは入ってこれぬよ」

「やはり、気づいていて放置しておいたんですね」

「悲しいことだがな……かつてともに戦場を駆けた同志を、今や互いに監視し監視されねばならんと言うのは。――ワシは、やはり甘いのであろうな。そして偽善者だ。里を守るため、無益な犠牲を出さぬためと言いつつも、かわりに別の物を犠牲にしてきた。……ナルトにうちは、日向でさえ……カカシよ、お主の父親のこともな……」

「三代目、それは……」

「カミナのことも………カカシよ、これから見せ語るものは、極秘中の極秘。里の…いや、結局はワシの身勝手さゆえに、今日この時まで隠し続けてきてしまった、ワシの罪じゃ」

 

三代目が罪とまで語るそれに、カカシは己が手中が汗ばむのを感じた。三代目は一体、何を語ろうとしているのだろうか。

やがて洞穴を進むと、闇の先に明かりが見えた。妙だな、と思うそこには人の気配もある。三代目も気づいているはずのその気配のある場所に、彼の人は戸惑うことなく足を踏み入れた。

 

「……やはり、来ていたか自来也」

「……猿飛先生。これはいったい、どういうことです……」

 

大柄の体躯に長い白髪と巨大な巻物を携えたその姿は、木ノ葉が誇る伝説の三忍・自来也。

長らく里を離れていた彼の人の突然の帰郷にはカカシも内心驚いたが、だかそれよりも……師の師匠たる男の、かようなまでに動揺した声音は始めて聞いたと、カカシの意識はそちらの方に気を取られていた。

 

自来也が手にしている松明の明かり元、その足元には二つの木箱が置いてあった。土をかぶり、成人した大人が容易く入りそうなその箱は、蓋が開けられ中身は空だった。それが二つ、並んで置いてある。

「まさか……」と、カカシは自身の狼狽えた声音を、その耳で聞いた。

 

 

「――波風ミナト、うずまきクシナの柩じゃ。九尾事件のあと、ここに埋葬した。二人とも、なにかと秘密の多い身体だ………二人の遺体が盗まれていたことに気づいたのは、わずか5年前のことじゃった」

 

ざりっ…と、三代目がその場に膝を付いた。カカシと自来也は瞠目する。誉れ高き火影の衣が土に汚れることも厭わず、火影の傘を外して頭垂れるその姿は、懺悔するただの老人にしか見えなかった。

 

 

「……カミナの腹にはな、ミナトの…四代目火影の身体に封印された九尾の〝半身〝の封印術式が移植されているのだ。そんな芸当ができるのは、大蛇丸だけよ……先日の予選で確信した、あの子はナルトと同じ宿業を背負いし者。そして……――」

 

 

 

―――あの子は……カミナはおそらく、ナルト…の……

 

 

 

 

三代目の絞り出すように紡がれたその言葉に、二人は、なおも言葉を失う他なかった。

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

――知らなければよかった真実など、この世にはゴロゴロと転がっているものだ。

世界中を旅し、忍びとして作家として、様々なものをその眼で見てきた自来也はそう持論する。

 

木ノ葉隠れに在りと謳われた伝説の三忍がひとり、妙木山の蝦蟇仙人こと自来也。

彼の男が里外れの洞窟で、師と、今は亡き弟子の教え子と再会する数時間前。

彼は数年ぶりに帰郷した里の商店街を、ぶらりと歩いていた。

 

 

昔の面影を残しつつも、里の街並みはずいぶんと様変わりもしていた。看板を下ろした店、新しくできた店。昔から贔屓にしている老舗に足を踏み入れれば、顔馴染みの店主に久しい挨拶を受けて迎えられ、短い談笑を交わしながら旅先で使い果たした品を補充していく。立ち寄った街で購入するのもいいが、やはり慣れ親しんだ故郷での買い物は同じ商品でも馴染みがいいし、買い物も楽しいというもの。

新しい書き物用の筆を眺めながら、自来也はふと、昨日知り合ったばかりの金髪頭の子どものことを思い出す。ちょうど、このフサフサの筆の毛のように、ツンツンとした髪の毛をしていた。

 

「(ナルト、か……髪と目の色は、父親似だったのォ。だがしかし、性格は恐ろしいくらい母親にそっくりになってしまいおって……)」

 

つい思い出し笑いをしてしまい、その様子を店主に訝しがられたが、愛想で誤魔化し予備の筆を購入して店を後にした。里の空は、どこまでも青かった。

――本来ならば今日は、ナルトと修行の約束をしていたのだ。里では中忍試験本選の開催が近く、ナルトが本選に向けての修行をしていることは、本来あの子の指導に当たるはずだったエビスより聞いていた。言葉では邪険にしたものの、優秀だった亡き弟子の息子に修行を付けると言うのは、知らず知らずのうちに自身も愉しみにしていたらしい。もちろん、生易しい修行を付けてやるつもりはないが。

 

だが今日、約束した河原に行ってみれば……

 

『エロ仙人、ごめん!!今日の修行、ちょっち待ってくれってばよ!いまオレ、きんきゅーじたいなんだってば!!』

『………は?』

 

そう言い残して、メッセンジャーの役割を果たしたナルトの影分身が目の前で消えた。

…………、…………いや、がっかりなんぞしてないぞ?むしろ、これで心置きなくおねーちゃんたちの水浴びののぞき……もとい、取材ができるというもの………

 

 

………。

……………。

 

 

『………今日は、気分が乗らん』

 

そう、誰にともなくつぶやいて、こうして里の中心部にまで来たと言うわけだ。

自来也という男が自ら覗き行為を取りやめるなど、知る人ぞ知れば「天変地異の前触れか!?」と、ひっくりかえって驚たに違いない。

 

 

 

そんなこんなで、自来也は久しぶりの故郷をぶらぶらとしていた。

他国にも轟く三忍の異名を得ようとも、大戦以降は大半を旅に費やしていた自来也の帰郷を知る者は存外に少なく、道端で談笑している若い娘たちに愛想良く(鼻の下を伸ばしたデレッとした表情で)手を振ってみても、胡乱げな顔をされて、そそくさと立ち去られてしまう始末。

なんでだッ!?…と、自来也の中で、季節外れの木枯らしが吹き荒っていった。

 

「――だ・か・ら!そこのリンゴを、売ってほしいいんだってばよ!!」

「てめぇに売る物なんざねぇって、さっきから言ってんだろうが!他所をあたれってんだ!!」

 

「ん?」

 

自来也が往来で黄昏ていると、なにやら商店街の先が騒がしくなっていた。視線を向ければ、人だかりもできている。自来也はその原因の元へと足を向けた。

野次馬根性など持ち合わせていないと自負する自来也ではあったが、あの聞き知った声音と語尾を耳にすれば、行かずには居られなかった。

 

 

◆◆◆

 

 

「他所ってどこだよ!?どの店行っても売ってくんねーんだぞ!しょうがねーだろ!!」

 

八百屋の店先でフーッ、フーッと、毛を逆立てた仔狐よろしく肩を怒らせて店の前から動こうとしない子どもを相手に、壮年の店主は先程から手を焼かされていた。

――里中から忌み嫌われているこの子ども・うずまきナルトが、自ら里の商店街に買い物に来ることは珍しかった。この子の中には、十数年前に里を滅ぼしかけた疫病神が宿っている。そんなやつに買い物に来られちゃ縁起が悪いと、どの店も彼を店先から締め出しているのだ。……唯一、このナルトに食事を作っているという赤髪の少女がやって来ても、それは暗黙の了解とでもいうように食材の購入を拒んだことはなかったが。

 

『――ナルトは、九尾じゃありません!ナルトは、ナルトです。彼は、なんにも悪くない……ちゃんと、彼自身を見てあげてください!!』

 

赤髪の少女・木乃花カミナは、数年前に里の外から来た身寄りのない孤児だった。幼くとも素直で賢く、里外からの来訪者という偏見をもつ一部の者たちを除けは、おおむね彼女は里の住民に受け入れられていた。

しかし、そんな良き子どもが、九尾を宿す子どもと親し気にしていることだけは、どうにも受け入れられなかった。

故に数年前、同じ思いを抱く里の大人たちが集まって、カミナに忠告したことがある。大人たちは善意のつもりで言ったのだ。しかし、その言葉を聞いたカミナは、途端に感情を無くした表情でもってその忠告を否定した。後から考えれば、身寄りもなく知らない土地に来たばかりの彼女にとって、あの騒がしくて悪戯小僧な問題児といえど、かけがえのない友だったのかもしれない。彼女が優しく慈愛に溢れた子であることはすでに自明の理であり、言い募るうちに感情の高ぶりからか泣きながらナルトの無実を訴えた姿は、今でも胸に突き刺さるものがあった。そして、連れ出したカミナを心配して里中を走り回ってたどり着いたナルトが、その小さな身体をいっぱいに広げてカミナを守ろうと立ちはだかった姿に、大人たちは、たとえ彼の中に九尾がいようとも罪悪感を感じずにはいられなかった。

 

八百屋の店主も、その当時罪悪感を一瞬でも感じたひとりだった。あの忌まわしき一夜の惨劇を招いた九尾は恐ろしいが、ナルトが店で買い物をしたからと言って潰れた店など一つもないのだ。それに、なぜ普段買い物に来るカミナが今日は来ないのか。此度の中忍試験で怪我をしたとは同業者や顔馴染みに買い物客たちからの噂でも聞き知っていた。しかし、常連である彼女の安否を尋ねたい気持ちはあれど、ナルトの中にある九尾に対する憎しみと恐怖と、そしてきっとこの店にたどり着くまでに降り積もったナルト自身の苛々した態度が、八百屋の店主の気持ちも不快に煽ってしまったのだ。

 

「なんでぇその態度は!?――チッ、欲しけりゃくれてやる。その代り、二度とウチの店に来るんじゃねぇぞ!!」

 

八百屋の店主は、自身でもどうしようもない感情の赴くまま、リンゴの入った籠ごとナルトに向かって投げつけた。

 

「っ!!」

 

 

―――パシッ、パシッ、パシッ、パシッ、パシッ!!――

 

 

咄嗟に身構える猶予もなく、至近距離から眼前に飛んできたリンゴに目をつぶってしまったナルト。その眼の前に、大きな手が横合いからぬうっ…と伸びてきた。そしてそれは、飛んできた五つのリンゴを全てキャッチした。

 

「――店主が売り物を手荒に扱うたぁ、関心せんのォ?」

「だ、誰だあんた!?――あッ、あなたはっ!!」

「シッ……ただの物書きだのォ。ボウズ、お前ぇさんワシとの修行さぼって、なんで買い物になんぞ来とるんだ?」

「え?え、ぁ……あーーっ!エロ仙人!?なんでここに居るんだってばよ!?」

 

いつの間に人だかりのできた輪の中で、驚きと驚きと疑問が、交錯する。

……とりあえず、自来也が手にした赤い品の処遇を先に対応することとした。

 

「ほれ、リンゴが欲しかったんだろ?金払っとけ」

「え………う、ぅん。……八百屋のおっちゃん、ン!」

 

自来也が店の軒先下がった袋の束から一枚失敬して、受け止めた五つのリンゴを詰め込んでナルトに手渡す。ナルトも、釈然としない表情ながらも、店主にお金を差し出した。

 

「……チッ、てめぇからの金なんざ――」

「店が商品売って金を貰わんとは、いかんだろうのォ?店とは、仕入れた商品を相応の価格でもって販売する。それがその商品のもつ値打ちだ。子どもは、こういう経験を繰り返して大人になっていくもんだぞ?」

 

ナルトの金髪の頭をわしわしと混ぜっ返しながら店主を諭す自来也に、店主はおろかナルトでさえぽかんとしてしまっていた。周りの野次馬たちでさえ。店主は少し頭が冷えたのか、渋々ながらもナルトから料金を受け取った。そして、間違いのないお釣りの料金を、ばつの悪そうにナルトに手渡す。ナルトは投げ付けられることなく手渡されたそのお金を、ついしげしげと眺めてしまった。

そんなナルトを、自来也が撫でるような軽いゲンコツを頭にぶつけて、顔を上げさせる。

 

「それからボウズ。店で買い物をする側にもだな、きちんとマナーってもんがあるんだぞ?商品はな、店の人が苦労して遠くから仕入れて、何時間も立ちっぱなしでたくさんの客に売っているんだ。仕方なく買ってやるんじゃねぇ、ボウズの欲しいものをこうして近所で手に入るようにしてくれてんだ。ちゃぁんと、そういうことに感謝して買い物をしないとのォ」

 

ひとつひとつ諭す自来也に、ナルトはまたしてもぽかんとしてしまった。話が難しいからじゃない。昨日会ったときは、ただエロいだけだと思ってたおっさんが(「失礼なっ!!」by自来也)――まるで、いつも物事丁寧に教えてくれるカミナのように、同じ目線で諭してくれるその優しさに……じんわりと、胸元が熱く…暖かくなるのを感じたからだった。

 

「……おう、そうだってばよ。――八百屋のおっちゃん、リンゴありがとな。カミナにも言っておくってばよ!!」

 

そう言ってナルトは、リンゴの入った袋を振り回しながら走り去っていった。

 

「………。」

「………ご店主、13年前の事件の傷は深いか?」

「……自来也様……」

「あの事件で、お前さんの親父さんと店が一度つぶれちまったのは聞いている。けどな……ボウズはボウズだ。これからも、新鮮な野菜を仕入れとくれよ」

 

後ろ手を振りながらその場を後にした自来也の後姿を、八百屋の店主は手拭いを脱いだ頭を深々と下げて見送った。里の商店街は、いつの間にか人だかりが捌けて、いつも通りの賑わいを取り戻していた。

 

 

◆◆◆

 

 

商店街を後にした自来也は、カンカンと、愛用する下駄も相まって響く外付けの階段を昇っていく。そして、目の前のサビの浮いた古びたドアを叩いた。

 

「――誰だってばよ?……え?エロ仙人!?なんで!?」

「お前のォ……いい加減、その呼び方やめんか。さっきも往来で遠慮なしに呼びよってからに…」

 

自来也は、予想通り扉の奥から現れた数十分ぶりの黄色頭に、げんなりとため息を落した。

 

此処はナルトの住むアパートの部屋……の、隣の部屋。昨日、エビスに案内させてナルトのアパートの位置は知っていたため、自来也はそこを訪れたのである。しかし、昨夜ナルトが寝起きしていた部屋に人の気配はなく、隣の部屋に″二人分″の気配があったため、こちらのドアを叩いたのだ。

 

「緊急事態だと言っとった割には、お前さんは元気そうだったんでの。どうしたもんかと、ちと様子を見に来たんだ」

「エロ仙人……」

「だーから、エロ仙人ではなく蝦蟇仙人の自来也と――」

「心配、してくれたのかってばよ?」

 

ぶっきらぼうな言葉とは裏腹に、ナルトの口元はむにむにと動いていた。にやける口元を、必死にこらえて耐えているような――そんなものは耐え忍ばなくていいのだと、この子にはそれすら教えられる存在が側にいなかったのだという事実に、少しだけ悲しみの感情が浮かぶ。誰よりも、この子の誕生を待ち望んでいた笑顔の似合う二人を想い浮かべ……自来也は、ガシガシとナルトの頭をその大きな手で混ぜっ返した。

 

「わわっ!さっきもだけど、やめろってばよエロ仙人!オレのイカしたヘアスタイルが乱れるってばよ!!」

「なーにがヘアスタイルだ。どうせ、洗った後はそのまま自然乾燥だろーが」

「げっ。なぜ分かる…!?」

 

 

「――ナルト、だれか……来てるの?」

 

 

玄関先で他愛のないやり取りを続けていた自来也の耳に、まるで鈴を転がしたかのような、頼りなくも柔らかい声音が届いた。

ほぼ1LDKな造りのアパートは、玄関口からベッドの上を臨むことができる。こんもりと、小さなふくらみを作ったベッドの上には、ひとりの少女が横たわっていた。白いシーツと掛物から覗く彼女の髪の色は、その青白い顔も相まって、遠目ながらもひときわ鮮烈に映って見えた。

 

「(赤い、髪……!)」

 

「カミナ!起きたのか!?」

 

その声音に、ナルトが血相を変えて、転げるように玄関からその少女の元へと駆け寄った。

自来也もまた、簡素な造りの玄関口入らせてもらう。ふと、玄関わきの台所を見遣れば、物の殆ど置いていないシンクの上に、直に剥きかけのリンゴと包丁が置いてあった。隣には残りのリンゴが入った袋もある。……どれだけ不器用なのか、剥きかけのリンゴは鱗のように小さく散乱した赤い皮と相まって、芯の周りにある薄黄色の実の部分はずいぶんと小さくなっており、さらに剥くことに時間をかけ過ぎたのか所々茶色く変色し始めていた。……本当にソレ、病人に食べさせるのか、と…自来也は思わず口の端をひくつかせてしまった。

 

「カミナ、大丈夫なのか?痛くねぇ?苦しいところないってば?」

「…少し熱っぽいけど、大丈夫よ。心配かけて、ごめんね。……ナルト、リンゴ買ってきてくれたの?」

「おう。カミナ、前に風邪ひいたときもリンゴなら食べれただろ?今、剥いてっからさ……も、もうちょーっと、待っててくれってばよ……」

「……指、切ってる。無理しなくていいのに……」

「こ、こんくらい、どぉってことねえってばよ!!」

 

カミナに指の切り傷を指摘され、ごまかすように大声で主張するナルトだが、カミナは全て御見通しとでもいうように、苦笑して優しく傷だらけの手を両手で包んだ。ここで普段であれば、カミナは医療忍術ですぐに、ナルトの手の傷を治していただろう。しかし、今のカミナにはその余力はなく、たとえ無理ではなくてもナルトに止められたかもしれない。

だから代わりに、カミナはそのままばつの悪い表情を浮かべるナルトの額に、自らのそれをくっつけた。二人の間では、もう習慣となり尊い儀式のようなその行為に、ナルトの心がほわりと和らぐ。……ナルトも不安だったのだ。そんな心すら見透かしているように、カミナは「ありがとう…」と囁くように感謝の言葉を告げたのだ。

 

「(なんなんじゃい、これは……?)」

 

そんな二人の世界に浸っている子どもらの様子を、図らずもカヤの外から眺めるハメになってしまった自来也は、居心地悪く立ち尽くす。――なんとゆーか、自身の執筆するエロ要素を取り入れた本のタイトルそのまんまな光景が、リアルタイムで目の前で繰り広げられているこの現状に、50を過ぎた男はいささか背筋のむず痒さを感じずにはいられなかった。内容は18禁未満だが、その分砂糖の分量が3割増しと云ったところだろうか。濃く煮出したお茶が、今非常に恋しくなった。

 

 しかし、それにしても………

 

「(ミナト……クシナ……)」

 

先ほど、弟子夫婦の姿を思い浮かべたせいか。カミナと、それに寄り添うナルトの姿は、まさに彼の二人と寸分たがわぬ色彩を見ているかのようだった。おまけに、二人の間に漂う空気すらも似通っているともなれば……もう二度と見ることが叶わないと思っていた光景だけに、自来也は無意識にもそこから目を逸らすことができなかった。

 

「――…ナルト、あちらの方は……」

「あ、うん。エロ仙人ってゆー――」

「……だから、自来也だっての」

 

幼き二人の視線がこちらに向いたことで、自来也は、その不可思議な呪縛から解放された。まるで、夢から覚めたような心地だった。

気を取り直して、下駄を脱ぎ部屋に上がらせてもらった自来也は、己の呼称に対する訂正もそこそこに、不意にぱちくりと瞬く蒼い眼と視線が合った。そして少女は、急になにかを探すようにきょろきょろし出すと、枕元に重ねてあった数冊の本の中から、一際古い装丁の冊子を手に取って、ずいっと目の前に差し出してきたのだ。心なしか、発熱以外の熱に頬が紅潮としており、キラキラとした光を湛えた眼差しが、その人物に向けて注がれる。

 

「――自来也様、サインください」

 

「「………は?」」

 

思わず、ナルトと自来也のぽかんと開いた口から、異口同音の言葉が零れ落ちた。

 

 

◆◆◆

 

 

数分後。

生活感のないアパートの部屋では、ぶすくれたナルトが床に座り込んで皮の剥かれたリンゴを黙々と皿の中から口の中へと放り込んでいた。カミナの手によって剥かれたリンゴは当然ながら形も良く、薄黄色の果肉は瑞々しくて美味しい。

ベッドの上では、胸元にサイン入りの本を抱いて喜びに浸っているカミナが、しきりに本の感想を述べていた。話すことに夢中な彼女の手元にあるリンゴは、全く減っていなかった。

そして、思わぬところで出会った自身の処女作たる小説のファンに自来也は、そのベッドの端に腰かけて上機嫌に笑い声を響かせていた。

 

「ガハハハッ!まさか、こんなお嬢ちゃんがワシの小説を読んでくれていたとはのォ!しかもそいつは、ワシがまたずいぶんと若い頃に書いたもんだ。本屋にはまだ売ってたか?良くみつけたのォ」

「ふふふ、古本屋さんで売ってました」

「ふ、古本か………し、しかし、女の子が読むにしちゃあちっと血なまぐさいシーンもあっただろう?登場人物の名前だって、当時はけっこうテキトーにつけて……」

「そんなことないですよ。これでも私くノ一なんですから、戦闘シーンとかはすごく迫力ありました。――それに、登場人物たちの葛藤とか、それぞれの想いとか願いとか…そんな、各々の強い信念が描かれていて、読んでいてすごくドキドキとしました。名前だって、素敵じゃないですか。だって、主人公が――」

「カーミーナー!頼むから、もう横になってくれってばォ……今朝、病院で入院しているはずのカミナが部屋に戻って来てて、しかも熱出してうんうん唸っているの見つけてさぁ。オレがどんだけ心配したと思ってんだってばよぉ……」

 

ベッドの上に顎を乗せたナルトが、むすーっと唇を尖らせ、細めた狐目で訴えてくる。

ついつい興奮して、ナルトの存在を放置してしまっていたカミナは、ばつの悪そうに苦笑を浮かべた。

 

「あ、ナルト…ごめんね?でも、この本すごくいい本なのよ?主人公がね、とってもかっこいいの」

 

カミナの顔は、熱のためか頬が少し赤く目元もとろんとしていたが、彼女のいつにない興奮した様子は、正直付き合いの長いナルトから見ても珍しいものだった。

カミナが読書好きであることは知っていたものの、本を全く読まないナルトはもとより、カミナが手にしたその本をナルトはこの時初めて目にした。古いがきちんと製本された、タイトルも表紙絵もない本。だがしかし、このエロ仙人こと自来也が書いている本と言えば……

 

 

『――わしゃ物書きでな、小説を書いとる! コレだ!』

 

昨日の衝撃的な出会いの記憶が、ナルトの脳裏に鮮明によみがえってくる。

 

 

「………、……はぁーっ!?エロ仙人が書いてる本って、カカシ先生が読んでるくっだらねぇエロエロな本だろぉ!!……まさか、カミナもソレ読んでたのか!?嘘だろ!やめろ、読むなってば!カミナがケガレるってばよ!!それに、オレたちまだジュウハチじゃね――あだっ!!」

「病人、いや、怪我人の前で、お前さん声はちとデカすぎるのぉ(怒)」

 

自来也の容赦ないゲンコツが、ナルトの頭上に撃ち落とされた。ごぉんっ…!!と脳天に響く衝撃に、ナルト堪らずそこを押さえて「ぬ、ぬぉおおお~~!イ、イルカ先生のゲンコツを越える痛さだってばよぉ~~!!」と叫びながらごろごろと床の上を転がっていった。……アカデミー卒業以来、イルカのゲンコツとはご無沙汰でもあったため、耐性が薄れていたのかもしれないなぁと、カミナは同情とともに乾いた笑いを零した。

 

「まぁったく……この本は、いまのワシにしちゃ珍しい健全な全年齢向けだってぇのぉ。しかし、懐かしいのぉ……。あの頃のワシは、まだまだ若かった………、……それにしても、のぉ?嬢ちゃんよ――」

「カミナです。木乃花カミナ。ナルトと同じ第七班のメンバーで、ナルトとは6歳の時からの幼馴染なんです」

「ほぉ、そうか………で、カミナよ。お前さん、この部屋に住んどる割には、ちと物が少なすぎないか?」

 

リンゴを剥いた包丁でさえ、ナルトの部屋から持ってきたものだと聞いたときはさすがに驚いた。

そして自来也は、ナルトとカミナが幼馴染以前に、すでにほぼ同棲も同然な暮らしぶりをしているのだという話を聞くにつれて「…最近の若いモンは、早熟なんだのー…」と、つい遠い眼をしてしまったのだそうな……。

そういえば、あのミナトでさえ、下忍時代にはすでに己の運命の女(ファム・ファタル)をに見つけていたのだと、自来也は思い返す。(確かにクシナは、ミナトにとって自身の運命を左右する女だった……)あの親にして、この子ありというべきか……蛙の子は蛙とはよく言ったものだと、自来也の文学に通ずる脳細胞が意識の片隅でそう評する。

それに比べて、師である自分は一途に想い続ける女からフラれ続けているこの運命のいたずらに、ついつい哀愁を感じる負えなかった。

 

「自来也様?」

「……あぁ、すまん。ちと、感傷に浸ってしまってのぅ………あー、それでだ。カミナ、お前さんこの部屋で療養をするにしても日用品がそろっていないんじゃあ、いろいろと不便だろうのォ?ちょうどワシもいることだ、ナルトの部屋まで運んでやろう」

 

言うや否や、自来也は薄い掛物でカミナの身体をくるりと包み込んでしまった。それはもう、カミナ自身も呆気にとられるほどの早業で。

 

「んなっ!? やいやい、エロエロ仙人!カミナに触るなってばよ!!」

「エロがひとつ増えとるぞ……悔しかったら、カミナを姫抱っこできるぐらいには身長伸ばせ、チビボウズ♪」

「な、なんだとぉーーっ!!」

 

第七班の中でも、身長が一番低いことを気にしているナルトには、トドメの一撃だった。

 

その後も、ぎゃんぎゃん喚いているナルトに、自分の部屋のベッドのシーツを変えて来いと言って追い出した自来也は、その間にカミナの部屋に残った彼女の少ない私物を本人に聞いて手近な袋に詰め込み、そしてひどく軽い動作でカミナを再び抱き上げてアパートの部屋を出た。重たくないかと恐縮するカミナに、巻物よりも軽いわと、自来也は豪快に笑い飛ばした。

 

大慌てでベッドのシーツを取り換えたナルトの部屋は、わずか一日カミナの手が入らなかっただけで、脱ぎ捨てた着替えや洗っていない食器がテーブルの上に残ったままであり、入居者の生活力の無さを如実に物語っていた。同じ造りのカミナの部屋とはえらい違いだ。そしてカミナは、安静が必要であるにも関わらず、その部屋の惨状を見てついつい片付けをしたくなってしまい、くるまれた掛物の中でうずうずとしているところを、ナルトと自来也に咎められるのだった。

 

カミナが掃除をし出す前にと、ナルトがすぐさま自分なりに片付けをし始めたのだが、それは″物を寄せる″だけという、あまりにもお粗末なものだった。普段、いかにカミナに家事を任せきりにしていたのかと、ナルトはこの時ようやく自覚に至るのだった。

同じ男として、大の大人として呆れながらも、一人旅に事欠かなかった自来也の指示によって、ナルトは狭いアパートの部屋を端から端まで駆けまわることとなる。

 

強制的にベッドに横にされたカミナは、そこからハラハラとナルトの片付ける様子をつぶさに眺めていた。ナルトが生ごみと燃えないごみを一緒に捨てようとして思わず制止の声を上げたり、洗濯物をネットに入れず一緒くたにして洗いに行こうとしたりするため、何度もベッドから這い出そうになる。その度に、ナルトの頼もしくない元気な声で制されたり、自来也が物理的に止めたりと、まったくカミナの療養になっていない現状に唯一の大人は苦笑するのだった。

 

「(まったく、ナルトのカノジョというよりは、母親みたいなポジションにいるのぉカミナは……。……しかし、たかが下忍のくノ一ひとりに暗部を4人も付けるとは、一体どういうことだ?)」

 

自来也は、アパートの周囲より部屋の中を監視する暗部の存在には、当然気づいていた。

初めは、九尾をその身に宿すナルトに三代目が付けた護衛かとも思ったが(正しく護衛されているかは、いささか不安はあるが)、先ほど商店街でナルトと出会ったときは、ナルトの近くに暗部の気配は無かった。そして、カミナをナルトの部屋に移すことで、暗部達の監視対象を知ったのだ。

……大蛇丸が、此度の中忍試験になにかとちょっかいをかけているらしいことは聞いていたが――かつての友とこの少女の間に、一体いかような関係があるというのだろうか。気は進まないが、後で三代目の元へ顔を出す他はないかと自来也は―――″この時″はそう結論を付けていた。

 

「………ん?」

 

ふと自来也はベッドの中のカミナがいつの間にか大人しくなっており、そして小さく寝息を立てていることに気づく。ナルトも気がついたのだろう。目が合ったナルトに自来也が「静かに」とハンドサインをすると、「わかったってばよ!」と口パク返事が返って来た。……直後、玄関の段差に蹴躓いて、ゴミ袋と一緒に盛大に転んでしまったが。

 

そんな物音にも、カミナは目を覚まさなかった。

やはり、相当具合が悪いのだろう。抱き上げた時でさえ、掛け物越しに伝わってきたカミナの体温は、自来也が一瞬顔をしかめるぐらいには熱かったのだ。そして、寝間着の裾から覗く華奢な身体には包帯が幾重にも巻かれていた。

毎度のこと内容の過酷な中忍試験と言えど、幼い身体にできた怪我の痕跡というものは、やはり見ていて痛々しい。熱のためカミナが汗をかいていることにも気づいた自来也は、一度片づけを中断させてナルトにカミナの着替えを取ってくるようにと隣の部屋に送り出した。そして自ら影分身を一体出し、氷嚢用の氷を買いに行かせる。ナルトに行かせては、先ほどの二の舞になりかねないからだ。ついでに、二人分の軽食も用意するつもりでいた。

 

自来也は、くったりとした身体を起こさぬように慎重に仰向けにさせて、前合わせになっている寝間着の結び目を解いた。……言っておくが、子ども相手にやましい気持ちなど微塵も抱いていないぞ、と…ワシは幼女は対象外だ、と…自来也は無意識の内に誰かに弁明するかのような言葉の羅列を、まるで念仏のように心中で唱えていた。そうでもしないと、久しくも身体に染みついた強烈なアッパーパンチの痛みがぶり返してきそうだったからだ。

未だ未発達で凹凸の少ない柔らかな身体に、多くの包帯とガーゼは明らかに無粋だった。しかし……解けかけた包帯を直そうとした自来也の手が止まり、皺の刻まれた眼差しが訝しげに歪む。

解いた包帯の下は――傷など、ひとつもなかったのである。両手、両足、首筋に至る包帯とガーゼを全て外し、不必要になったそれらをベッドの足元に山と積み上げる。自来也は知らない。その一見無垢に見える柔肌が、昨日の予選で、無数の切り傷を作っていたことなど。わずか5日前の第二の試験で、この小さな右手の甲をクナイが刺し貫いていたことも――今のカミナの身体には、傷などひとつも無かったのである。

 

「(どういうことだ?)」

 

この理解しがたい事象を前にして、さしもの自来也も困惑を隠せなかった。

そして、ふと、着替えのためにと肌蹴たカミナの腹部に、異様な影を自来也は見た気がした。なんの疑いなど持たず、自来也は寝間着と、その下の薄い肌着をはぐる。

 

「なッ……!?」

 

自来也はこの時、ここ数年来にして久しい、驚愕という衝撃をその身に受けた。

――薄くて小さな腹の上に描かれた、左巻きのうずまき模様。そして、その周囲を縁どる炎のような形状の印。昨日目にした、ナルトの腹部に施された四象封印とは似て非なるその文様をかつて、自来也は一度だけ見た記憶があった。

 

 

 

『――ミナト……お前は、なんというものを……』

 

在りし日に。弟子の書き記した巻物に目を通した自来也は、感嘆と、そして戦慄を覚えずにはいられなかった。

 

『……三代目には、すでに禁術指定の通知を受けています。この後、この巻物は処分し、内容を知るのはオレと三代目と、自来也先生だけです』

『何故、禁術になると分かっていてこの術を完成させた?』

『……守りたいものを、何があっても守れるように。そのための力です』

 

常に穏やかな雰囲気を纏いながらも、揺るがぬ強い意思を碧眼に秘める愛弟子に、自来也は、師でありながらもその眼差しに羨望を覚えた。この男は、非常に優しい気性でありながらも、実のところ自分にも彼の妻にも負けず劣らずの筋金の入った頑固者なのだ。そして、このような術は生涯使うことが無ければいいと、そう祈って炎の中に消える巻物の姿を弟子とともに眺めていた――

 

 

 

――がたんっ、と、自来也がことさら大きな音を立ててベッドから立ち上がったのと、ナルトが四苦八苦しながらかき集めたカミナの着替えを抱えて部屋に戻って来たのは、ほぼ同時だった。

 

「エ、エロ仙人?……どうしたんだってばよ?」

「……すまん、ちと用事を思い出した。ボウズ、カミナが起きたら着替えを手伝ってやれのォ」

「う、うん……?」

 

口調こそ変わらぬものの、僅かな間に纏う雰囲気ががらりと変わっていた自来也の様子に、ナルトは思わず恐々としてしまった。そしてそんなナルトをよそに、自来也は降ろしていた巻物と荷物を背負い直して玄関へと赴く。その折、カミナの着替えを抱えたまま呆然と立ち尽くしていたナルトの頭にずしっ…と、髪をかき回すでなく、ゲンコツでもない、温かな重みが乗せられた。

 

「っ、へ…?」

「……修行は、明日の午後からだ。遅れるんじゃないぞ、ナルト」

 

そう言い残して、自来也はふらりと玄関を出ていった。

 

「……え、ぁ………っ!!――オ、オッス!!」

 

呆気にとられたが、それでも自来也が自分との修行を忘れずにいてくれたことに、ナルトはすでに届かないかもしれない返事を力強く返した。……直後、カミナが寝ていることを思い出して、慌てて口元を抑えたとか。

 

 

 

自来也は、ナルトのアパートを出て後、忍の脚で里の外れに向かって走っていた。

青葉の生い茂る森を駆けながら、自来也の思考を埋め尽くすのはあの封印術式だった。

 

「(――間違いない。アレは、屍鬼封尽の封印術式だ。なぜ、あんなものが一介の下忍のくノ一の腹に?……そもそも、あの術の使用者は死神に魂を差し出して命を落とす。術が使えるのは、じじぃ以外にはミナトだけだった……)」

 

三代目は、いまだ存命中だ。そして、四代目火影であったミナトが屍鬼封尽を使うような場面があったのは……――

 

 

――ザンッ……と、自来也はせせらぎの流れる川縁へと降り立った。伝説の三忍とも謳われる自身の脈動が、不必要に乱れているのを感じた。

13年前、密書にて三代目より伝え聞いた秘密の墓所。実際に訪れるのは初めてだった。九尾事件のあった当時、自来也は、木ノ葉隠れから遠く離れた地に居たため、彼らの葬儀には間に合わなかったのだ。……本当なら、彼らに特別にあつらえた出産祝いの土産を持って里に帰郷するはずだった、あの頃。

 

自来也は結界を潜り抜けて、息を殺し、暗闇のなかへと足を踏み入れる。

 

 

 

そして……――事実は小説よりも奇なり、そして、酷く残酷なものであるということを、弟子の部下だった男とともに目の当たりにするのだった。

 

 

 

◆◆◆

 

 

見慣れた天井を、蒼の瞳がぽかりと眺めていた。窓から望める空の色は、橙色に染まりつつある。

ひとりきりのアパートの一室は静かで、しかし、それでもほとんど寝るためにしか使っていない自分の部屋よりは、生活の匂いが沁み付いたこの部屋のほうが幾分落ち着いていられた。

氷枕の氷はすっかり溶けており、おかげで熱の下がった身体には少しの気怠さが残るのみ。余分な包帯もなくなっていて、より楽になっていた。……包帯を外す時のくすぐったさを耐えて寝たふりを続けるのは、なかなかに大変だった…と思いながら、カミナは寝巻きの上から平らな腹に手を乗せる。いろんな感情の混ざった吐息がひとつ、零れた。

 

今、ナルトは出かけている。先の中忍試験で消耗した、忍具の調達に行っているのだ。五日日間のサバイバル生活のおかげで、クナイや手裏剣の刃はボロボロだったし、起爆札や煙玉も尽きていた。忍の命綱ともいえる最低限の忍具は配給制であるため、ナルトだけでも調達には問題ない。もしナルトに対して配給を拒み、そしてそれが原因で彼らの班が任務先で支障を来した場合、責任を取らされるのは配給所だ。今は、里有数の上忍であるカカシもいる。……昼間、商店街で起きただろうトラブルは起こらないはずだ。

 

二人でいつも一緒に食事をするテーブルの上には、まだ皮を剥いていないリンゴが二つ並んで置いてある。きっと…あのリンゴを手に入れるだけでも、ナルトは嫌な思いをしてきたに違いない。そうまでして、カミナの為に行動してくれるナルトを、嬉しく思う反面、辛く思う時もある。

 

「(赤……)」

 

窓から差し込む夕日によって、なお赤く見えたリンゴの形。

――モノクロの世界に″赤″の色を挿した光景が、脳裏でフラッシュバックした。

 

「うっ……!!」

 

突如、胸にこみ上げてくる嘔吐感に、カミナは咄嗟にベッドの上で身を丸くする。胸元を抑え、シーツをしわになるほど強く掴んで、気持ち悪さの波が引くのをじっと耐え忍んだ。

……ものの数分で、嘔吐感は治まった。けれども、苦しくて苦しくて、横たわるカミナの目元からは涙の筋が零れていた。胸元の不快感は、未だ完全に消え去ってはいない。

 

――″夢″に導かれ、脳裏に刻まれたのは色の無い世界(モノガタリ)。そして今朝、その光景に色が植え付けられた。物語が描くのは木ノ葉隠れに訪れる未来の姿であり、その一端はすでに望まぬ形のままカミナの前に現れた。

 

「……ぁたし…ど、すれば……いぃ、の……?」

 

昼間、自来也に本の感想を嬉々として語っていたとは思えぬほど、弱弱しい声音が血の気の引いた唇から零れ落ちた。

 

 

 

「――どうにもできはしない。世界は、″夢″の通りに定められた脚本(シナリオ)をなぞらえる。

お前はただの、傍観者にすぎないのだ……木乃花カミナ」

 

「っ!!」

 

 

突如、カミナ以外には人が居ないはずの部屋の中に出現した、他者の気配。

カミナは反射的に跳ねるようにしてベッドから飛び起きたが、それよりも一瞬速い動きが、振り上げたカミナの右手首と喉元を掴み、再びシーツの上に戻される。安普請のベッドが、ギシリと悲鳴を啼き上げた。

 

 

――黄昏色に染まる薄闇の室内で、カミナを組み敷き見下ろすのは、黒いフードを纏った仮面の男だった。

 

 

 

 

 

 

「世界」の、色彩(いろ)が変わる。

 

月明かりによる闇と青白い色彩に染まった、木ノ葉病院の病室。

悪夢に魘され、冷や汗と涙に溺れそうになっていたカミナは、動揺と混乱と、不可視の恐怖に苛まれながら、苦しい息を吐いていた。――乱れた呼吸を遮るのは手袋に覆われた大きな手、両手の自由も同様に人の手によって縛められていた。

 

 

『―――ようやく記憶が戻ったか。6年ぶりだな、大蛇丸の実験体よ・・・』

 

 

カミナを病院のベッドの上に組み敷き、馬乗りとなって動きを封じる仮面の男。渦巻き模様を描いた面は、右の眼の位置に1つだけ穴が穿たれており、そこより覗くのは赤い眼――写輪眼の輝きが、カミナを夢無き闇の中へと引きずり込んでいった。

 

 

 




文字数最多更新!!まいど、文字数が増えていくような~~むしろ、無駄に長々しくなっていく…;;
自来也って、良いキャラしてますよねー。口調を表現するのがすんごい難しかったですが……そうそう、先に公開されたドラ○もん・新日本誕生の映画にて、敵役を自来也様のナカの人が演じています。めっさ、カッコ良かったですぅ~なぜか自来也に惚れ直した//

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