金色の狐、緋色の尻尾   作:花海棠

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……どーしても載せたくて、粘りました;;
本編の続きを期待していた方には、ちょっちゴメンナサイ。
けれども、たまりにたまってきた小ネタを披露するのはここしかないかなと……キャラ視点でものを書くのは難しいですね。
アニナルの、2期176(396)話~178(399)話ネタがすこぉーし入ってます。見てなくても、たぶん大丈夫です。
本編よりも、オリ主さんいっぱい喋っている気がします……。


16.『番外・イルカsid.~見えた繋がり~』

 

 

 

オレの名前は、うみのイルカ。

木ノ葉隠れの里、忍者アカデミーの新米教師である。

 

うちのアカデミーには問題児が居る。その名を、うずまきナルト。

遅刻・サボり・宿題忘れは毎日のこと、授業もろくに話を聞いていない。おまけにイタズラの常習犯。

 

……しかし、それらの人の気を引こうとする幼い行動の全てには、悲しい理由(わけ)があったんだ。

 

 

 

10年前、木ノ葉隠れの里を突如襲った災厄。

山をも超える巨大な姿、九本の尾をもつ化け狐が里を襲い多くの死傷者が出た。

 

当時まだアカデミー生だったオレの両親も、里を守るため、息子のオレを守るためにあの化け狐と戦い、死んだ……そして、後に九尾と呼ばれるその化け狐は、若き四代目火影によって封印された。彼の人の命と引き換えに…うずまきナルトという、ひとりの赤ん坊の腹の中に……。

 

四代目が亡くなり、空席となった火影の座に再び就任した三代目は、あの忌まわしい日のことを、里の者たちが口にすることを禁じた。しかし、人の心には蓋をすることはできないように、九尾への憎しみはそのままナルトへの態度となって表れてしまっていた。

 

謂れのない不当な扱いに罵声、冷たい眼……今思えば、ナルトはなんて理不尽な境遇に在ったのかと思い知らされる。九尾を封印する器とされたのも、ナルト自身が望んだわけじゃない。そもそも、あの子は自身が里の人たちに疎まれている理由すら分からないのだ。

 

『おれは、バイキンなんかじゃねぇってばよ!!』

 

イタズラをするのは、誰かの気を引きたいから。普段の底抜けな騒がしさは、ひとりの寂しさを紛らわすかのようで……早くに両親を亡くしたオレには、その気持ちがよくわかった。

 

あの子は、あいつは…九尾なんかじゃない。

木ノ葉隠れの里の、火の意志を受け継ぐ忍の卵、うずまきナルトだ。

 

いろいろあったが、オレも覚悟を決めた。

ナルト、お前ととことん向き合っていく覚悟をな。

 

 

 

 

 

 

「――いいかナルト?この手裏剣全部キレイにするまでは、絶対に家には帰さんからな!!」

 

放課後のアカデミーの校庭に、イルカの大きな声が響く。イルカの決意の日から、すでに恒例となった風景だった。

 

「えぇ~~!!こんなの明日やってもいいじゃん?明日、手裏剣の授業ないんだしさァー」

 

ブーブーと口を尖らせて文句を言うナルトの目の前には、手裏剣の入った木箱が三つ積み上げられていた。明日やるなんて言っておいて、やった試しないだろーに。

アカデミー生の小さな手に合うように作られたそれは、しかし、どれもがくすんだ黒色に染まっていた。ナルトのヤツが、今日の授業で使う手裏剣全てに墨を塗りこんでいたため、手にした途端生徒たちの手が真っ黒になってしまったのだ。

おかげで今日の手裏剣の授業は中止。手裏剣術は人気のある授業だったために、クラスの皆からはいつも以上に不満と文句の声がナルトに集中した。おかげで残りの午後の授業は、クラス中の雰囲気が悪くなりやりづらくって仕方がなかったものだ。

 

「明日の組手の授業を中止にして、今日できなかった手裏剣術の授業をすることにしたんだ。だから、責任もってきちんとキレイにしておくんだぞ!」

「えっ!?明日も手裏剣術やんの!?聞いてないってばよ!!」

 

ナルトは手裏剣術が下手だった。力み過ぎるために、なかなか的に当たらないのだ。それをクラスメイト達にいつも笑われるものだから、なおさら躍起になって結局当たらない。

……イタズラの中に、ナルトの悲しいサインを感じ取った気がして、イルカも少しだけ同情の目をナルトに向ける。しかし、周囲に迷惑をかけるイタズラは悪いことだ。イルカには教師として、ナルトにそれを教えるべき義務がある。……まぁ、片付けが終わったら夕飯に一楽のラーメンへ誘ってやろうかと、そんな優しさを胸に秘めて。イルカはナルトに手裏剣の手入れを厳命したのだった。

 

教職としての仕事も残っていたイルカは一度教員室へ戻ると、滞っていた書類を片付けた。アカデミーの教員はイルカにとっても天職であったようで、ついつい仕事に没頭し、気が付けば窓の外の空はすでに茜色に染まっていた。

……まずい、ナルトのヤツ、逃げ出してサボっているかもしれない。イルカは少し慌てて席を立つと、ナルトを置いてきた校庭へと向かった。

 

 

「――イルカ先生ってば、めちゃくちゃ怒んだもん。おっかねーよ」

「自業自得だよ。ナルトが怒られるに相当するイタズラばっかりしてるんだもん。―あ、ナルト。顔に墨付いてる」

「んー、取ってぇカミナ」

 

そんな微笑ましい会話が聞こえてきて、イルカは咄嗟に校庭へと走る脚に急ブレーキをかけ、反射的に校舎の影に身を隠していた。

夕暮れ時のアカデミーにはすでに生徒の姿はなく、この先に居るのは手裏剣の手入れをするナルトだけだと思っていた。ましてや、あのナルトのイタズラの片づけを手伝う生徒なんて……当人には悪いが、誰もいないと思っていたのだ。それが……

 

イルカは、そっと首だけを伸ばして校舎の壁越しに様子を伺った。そして、視界に映り込んだ光景に、イルカは思わず目を見張り、そしてえもいわれぬ感動染みた心地を得た。

 

 

あのナルトの傍らに、見慣れないアカデミーの生徒がいた。

 

 

新米という時期は既に卒業したイルカにとって、むしろ見慣れない生徒がいることの方が珍しかった。ましてやその生徒は、少女は……現在アカデミーに在学するどの生徒も持ちえない、まるで熟れたトマトのような、はたまた紅生姜のような…(いや、女の子にこの例えは流石にマズいか)とにかく、今日の里の青空を、夜の帳が降りる前に染め上げるあの夕日のように、とても綺麗な赤色の髪の持ち主であったのだ。

思えば何年も前に、それこそイルカの両親が生きていて自身が子ども時代だった頃、そんな髪の色の女性がひとり里に住んでいたような気もしたが……あの九尾事件以降からその色を見かけた覚えはなく(当時は自身も両親の死でそれどころではなかったし)、あの事件ないし、他の任務最中に帰らぬ人になったのか……そんな過去に過ぎ去って久しい記憶が、一瞬だけイルカの脳裏をかすめたものの、イルカは再びナルトの傍らにしゃがみ込んでいる少女に視線を戻した。

 

少女の名前は、木乃花 カミナ(このはな かみな)。

数年前、この木ノ葉隠れの里に流れ着いた身寄りのない孤児であり、火影様直々に後継人となった少女であった。ナルトと同年代ではあるが、アカデミーに入学したのは同期達よりも数年遅れとなっており(おそらく、事前情報にもあった記憶喪失というのが関係しているのだろう)、しかし、とても勉強熱心で物覚えが良く、先に学び始めた同期達の授業にも遅れることなく付いて来ているため、周囲から声高に秀才と言われるうちはサスケや春野サクラらにも劣らぬ、隠れた秀才だとイルカは一目置いていた。

しかしながら、性格は非常に控えめであるようで、その髪の色意外に本当に目立つことの少ない、とても大人しい子であった。

 

ナルトとカミナ。異性であり、性格も正反対なこの二人に、接点など皆無だと思っていた。

クラスに居る時でさえ、二人が話している姿を見たことが無いのだから。

 

しかし、今、目の前にあるこの光景はどうだろう。

 

ナルトは面倒なはずの自身のイタズラの片づけを、文句を垂れながらもどこか楽しそうに行っており、カミナもまた、アカデミーでは見せたことのない柔らかな笑みを浮かべていて、ナルトよりも器用にかつ効率よくその手伝いを行っている。

 

ナルトとカミナが、あれほど親しい仲になっているだなんて知らなかった。教師として、またナルトと向き合うと決意した日から今日まで、その事実にまったく気付かなかった己にイルカはなんだか軽いショックを受けていた。

自分だけがナルトと向き合える特別な存在――そんな風に意識していたわけでも、そんなものに優越感を感じていたわけでもないが……強いてあげるなら、手のかかる弟に実はカノジョが居たことを不意打ちで知ってしまった兄、そんな心地だ。まぁ、実際にあの年頃で彼氏彼女だとは思わないが、ウルサくてイタズラの常習犯と認識高いナルトに、女の子の友達がいたというのがちょっと驚きだったのだ。

いい歳して未だに彼女ひとり居ない自身をちょっと顧みて、ほんのちょっとだけ悔しいやら、寂しいやら……よくわからないこの感情は結局、嬉しさという一つの気持ちに行きついた。

ナルトをナルトとして見てくれる友が居る、それが堪らなく嬉しかった。

 

そんな心温まる気持ちのまま、イルカは二人に一楽のラーメンを奢ってやろうと、校舎の影から足を踏み出した。

 

「ナルトー、手裏剣の片付けは終わったか?それから、―――あれ?」

 

イルカが改めてナルトを見遣ると、そこには……なぜか、ナルト一人の姿しかなかったのだ。

そして彼の前には、手入れの終わった手裏剣が綺麗に箱に詰め込まれていた。

 

「イルカ先生!戻って来るの遅いってばよ!とっくに終わったぜ!!」

「自分でイタズラしておいて、なんで偉そうなんだお前は?……ところでナルト、今ここにカミナが居なかったか?」

「っ!!――し、知らねぇってばよ!オレはここで、ひとりでっ!片付けしてたんだからな!」

 

ナルトは「ひとりで」をやたら強調して言っているが、明らかに目が泳いでいる……ナルトはイタズラのアイディアは悲しいことに上手いが、嘘はとことん下手なのだ。忍者として、それもどうかとは思うが。

イルカは周囲の気配を探ってみるが、この場にはナルト以外の気配は感じられない。

……そんな馬鹿な。今の光景は、己の願望が見せた幻だったのか?

 

「イルカせんせぇー?片付け終わったし、オレもう帰っていいってば?」

「あ、あぁ……あ!待て、ナルト。……これから一楽に行くんだが、お前も一緒にどうだ?」

「一楽!?マジで!?行く行く!ぜったい行くってば――あっ……」

 

少し悲しい気持ちになりながらも、イルカはナルトを一楽に誘うことにした。

しかし、いつもは二つ返事なナルトの答えは、今日に限ってなぜか途中で途切れてしまったのだ。視線を泳がせ、どうしようかと迷っている姿に……あのナルトが、一楽のラーメンと天秤にかけるほどのものがあるのかと、素直な驚きとともに、それがなんなのかとても気になった。

 

「どうした?何か予定でもあったか?」

「…予定ってゆーかー………ジャガイモが…」

「は?」

「………あ。――やっぱ行く、一楽!なぁなぁ、今日は先生のおごり?」

「この前も驕ったじゃないか?」

 

ナルトの反応に気になるものはあったが、そのまま一楽に向かって走り出して行きそうなナルトを慌てて捕まえることでその違和感は忘れ去り、かわりにぶーたれているナルトに手裏剣の箱を倉庫に戻すようにと指示するのであった。

イルカも重い木箱を持ち上げた時、がさりっ…と、背後の茂みがわずかに揺れたような気がしたが、頭上を飛んでいく鴉の羽音に気のせいかと済ませしまった。

 

 

 

 

 

一楽でイルカとラーメンを食べ終えたナルトは、暗がりの夜道を軽快な足取りで駆けていた。手には、一楽の店主テウチから貰った半熟タマゴが二つ入った袋が揺れてる。そんなに腕を揺らして走ったら、袋が裂けてタマゴが飛び出しちまうぞ!……と、内心ハラハラしながら、イルカはその小さな背中を物陰に身をひそめながら追っていた。

 

断っておくが、イルカは断じてナルトに不信感を抱いているわけでも、ストーカー行為をしているわけでもない。……少なくとも、鍛えた忍の能力をこんな私的なことに発揮していることと、ナルトに対してもほんの少し罪悪感は抱いているのだが。

 

だが――店を出る時、テウチにかけられた言葉が少しだけ気になったのだ。

 

『ナルトの奴、ラーメンの食べ方が上手になったでしょう?』

『一年ぐらい前からかなぁ……ナルトの奴限定で、半熟タマゴのお持ち帰りをさせてやってんですよ』

 

にこにこと人の良い笑みを浮かべるテウチは、訳知り顔でイルカにそう言った。

確かに、イルカが初めてナルトを飯に誘って一楽へ来たとき、ナルトはなんとも独創的な箸遣いをしてスープをあちこちに飛ばしながらラーメンを食べていた。万人用の割り箸が、当時まだモミジのように小さかったナルトの手に余るサイズだったせいもあるだろうが、何よりもまず、正しい箸の持ち方と行儀のよい食べ方をナルトに教えてくれる人が居なかった為でもあるだろう。以来イルカは、一楽へ誘う度正しい箸の持ち方をナルトに教えてあげたりもしたものだが、早々何度もナルトと食事をする機会があるわけでもなく、また集中力の続かない本人の性格もあってなかなか矯正には至らなかった。

それがふと気づけば、今夜のナルトは正しい箸の持ち方で、スープもほとんど飛ばすことなくラーメンを平らげていた。おかげで、完食するのも早い。そして、いつもならちゃっかり替え玉までするところを、早々とスープを飲み干していた。テウチに差し出された半熟タマゴの袋も自然に受け取り、あと一口残ったスープを飲むだけとなっていたイルカに「イルカ先生、また明日な!」と言って先に帰ってしまったのだ。寂しい気持ち反面、その後姿はどこか急いでいるようにも見えた。

 

 

そうこうするうちに、ナルトが住んでいるアパートに着いた。火影自ら管理しているアパートは古いが設備はしっかりとしているもので、にも関わらずナルト以外に入居者は居なかった。おそらく…いや、十中八九、九尾を宿すナルトの近くに住みたがる者がいなかったのだろう。ぽつぽつと、周囲の家々が家族団欒の明かりを灯す中で、ナルトのアパートだけは明かりひとつ持たない真っ暗な巨塔であるはず、だった――

 

「ただいまだってばよ、カミナ!!」

「おかえり、ナルト。イルカ先生との一楽、たのしかった?」

「すっげー楽しかった!ラーメンも美味かった!あとコレ、テウチのおっちゃんから」

「あ、半熟タマゴだ!ありがとうナルト。今度テウチさんにもお礼言いに行かなきゃ」

「カミナってば、これ好きだもんなー」

 

温かな明かりの灯る部屋で、温かな笑みを浮かべてカミナがナルトを出迎えていた。アカデミーでは見たことのない二人の心からの笑顔に、イルカはまたじん…と、自らの胸とそして目頭が熱くなるのを感じた。

そういえばカミナの編入手続きを行う際に、彼女の住まいがどこか聞き覚えのある住所だと思っていた。なんのことはない。その住所はかつて、新米教師だったイルカがナルトを受け持ったばかりの頃、アカデミーに来ない彼の部屋を訪ねるために調べた住所と似通っていたためだ。彼女の住所は、ナルトの部屋の隣だったのだ。

 

かつてナルトの部屋を訪れた時、彼の部屋は空のカップ麺の入れ物や牛乳パックが散乱して、とにかく汚かった。だが、窓の端より覗いた今の部屋は、塵ひとつ落ちていないような床に乾いた洗濯物が畳んで積み上げられており、これがあのときと同じ部屋かとは思えないぐらい綺麗になっていた。

 

「へへへっ、またイルカ先生におごってもらっちった!……カミナも、一緒に行きたかったなぁー…」

「……私も、ナルトとイルカ先生と一緒にラーメン食べたかった。……でもね、もう少し。″立派な忍者になったら″でしょ?」

「おう!″立派な忍者になったら″だってばよ!!」

 

まだ手裏剣やクナイを持つには小さすぎる、柔らかで穢れを知らぬ二つの手が、互いに合わさり握り締められてこつんっと狭い額同士がくっつき合う。子どもとはいえ、そろそろ異性同士の間では恥ずかしさを意識するような年頃の二人が、そんな戸惑いを見せることなく触れ合っている。それはとても、とても神聖なもののようにイルカは思えた。

――それから二人は、帰って来てから手を洗ってなかったね、と笑い合い、子どもにはまだ高いシンクで順番に手を洗って、それからナルトが「ジャガイモまだある?食べてーな!」と言い、「えー?ラーメン食べてきたんでしょ?太るよ?それから、肉じゃがのこと?」と苦笑しながらも、すでに彼女は冷蔵庫からタッパーを取り出して鍋の用意をしている。冷えた肉じゃがを温め直している間に、半熟タマゴを新しい器に入れ替えて冷蔵庫に仕舞い込んでいた。……カミナは将来良いお嫁さんに、否、すでに立派過ぎるぐらい家事ができる少女なのだと心底感心してしまった。

 

イルカはようやく腑に落ちたものを感じて、温かな部屋の窓から視線を外した。ナルトは夕刻、今晩夕飯を用意しているカミナのことを気にかけていて、それで一楽に行くことを決めかねていたのだろう。そして、カミナの口ぶりからして、カミナはきっとあの時近くに居てイルカとナルトの会話を聞いていたのだ。……まったく、アカデミーの生徒の気配に気づけないとは自分を顧みる反面、イルカはそこでナルトが悩んでいたというその行為がとても嬉しく思った。彼に、人を思いやる気持ちがあることに。彼を、自分以外にも見ていてくれる人が居ることに。

 

イルカが見上げた夜空には、綺麗な星々が瞬いていた。

こんな日は、両親のいない真っ暗な家に帰るのが嫌で、いつまでも河原で夜空を眺めていたことがある。そんなとき、仕事帰りだと言って現れた三代目が一緒に一楽のラーメンを食べてくれた。……思えばあの後、三代目は火影塔に戻ってまた仕事を続けていたに違いない。けれど、両親が居なくなって数年が経とうと、時々現れて声をかけてくれる三代目に自分は救われたのだ。

 

イルカには三代目がいてくれた。そしてナルトには、カミナがいてくれる――だが、しかし、と…イルカはふと、淀んだものが自らの胸元を過るのを感じた。

 

カミナは、数年前に里の外から来た身寄りのない子だった。彼女は、かつて木ノ葉で起こった忌まわしいあの事件を――九尾の狐の存在を、知らないのではないだろうか。イルカの両親を奪い、木ノ葉隠れに壊滅的な悲劇をもたらした存在はいま、ナルトの″中″に封印されているのだ。

 

まさか三代目は、何もしらないカミナをナルトの傍に置くことで、ナルトの孤独の埋め合わせをしているのではないか……そんなことを一瞬でも考えてしまった自分を、イルカは心の底から嫌悪した。だが、それでも…もしかしたら――

 

 

「――イルカ先生」

 

 

突然の誰何に、イルカはびくうっ!!っと、身体が浮いたんじゃないかと思うぐらい驚いた。それぐらい、予期できなかった。その証拠に、はっと振り返ってその″赤″を目視するまで、まったく″彼女″の気配を感じ取れなかったのだから。

 

「カミ――」

「しー……」

 

思わず気配を消し忘れて名前を呼びそうになり、情けないかな、アカデミーの教え子に声を落とすようジェスチャーされてイルカは言葉を飲み込んだ。――カミナは、小さな包みを片手に持ったまま、イルカが立つ廂の屋根の上に居た。彼女の隣で開いている窓はおそらく、彼女の住んでいる部屋に繋がっているのだろう。明かりのついていないその部屋から、カミナはイルカの前へと出てきたらしい。

しばらくお互いに微動だにしないでいると、「ごちそうさまっした!!」とナルトの元気な声が灯の灯った部屋から聞こえてきた。ナルトは皿によそわれた肉じゃがを食べ終わったようで、満足そうに腹をさすりながら器と箸をもってそれをシンクに置いた。水をかけて汚れを落としやすくする配慮も忘れない。それから、ワンルームに面したガラス張りの戸を開けて、その中に入っていく。おそらく、風呂にでも入りに行ったのだろう。

 

灯のこぼれる窓を挟んで対峙する、カミナとイルカ。イルカは思わず、緊張した表情でカミナを見つめてしまっていたが、カミナはナルトが風呂場へ消えると、ふわりと優しく微笑んでイルカを見た。それは子どもらしくない、でも、慈愛に満ちている大人びた笑顔だった。――亡くして久しいイルカの母の笑顔が、一瞬脳裏を過った。

 

「……ナルトには、ゆっくりお風呂に入るように言いましたからすぐには出てきませんよ。いつもは、カラスの行水かってぐらいで……―――ありがとうございます、イルカ先生。ナルト、喜んでました」

「え?あ、あぁ……オレは、大したことはしてないよ。それにしても、知らなかったなぁ。ナルトとカミナが、こんなに仲が良かったなんて……」

「イルカ先生」

 

頭を掻いてつとめて明るく言葉を発したイルカを、カミナの、少し悲し気な声音が遮った。

それだけで、イルカはすべてを悟った。やはり……ナルトとカミナは、この関係を他者に知られたくはないのだ。そして確信する、その理由(わけ)を。

 

「……カミナ、キミは……ナルトのことを、どう思っているんだ?」

 

正直、イルカ自身、この知ったばかりの事実を前に、カミナに何を問うべきか、問いたいのか……自分でもよくわからなかった。ナルトの傍に、誰かが居てくれるのは嬉しい。けれど、彼女は何を想ってナルトの傍にいるか。似たような境遇に居る者同士の同情か、孤独ゆえの依存か。本来庇護されるべき年齢であるにも関わらずそれらを持たない彼女らにとって、その心情が悪いものだとは思わない。イルカはただ純粋に、カミナの気持ちが知りたくなったのだ。イルカが弟のように大事に思っている、ナルトのことだけに。

 

「……私が、ナルトを?…どう思って?うーん……」

 

大人びているとはいえ、まだ正真正銘、彼女たちは子どもだ。今の質問は、ちょっと難しかったかとイルカは相好を崩した。彼女たちが、まるで恋人同士のような親密さを醸し出していたから、つい先走った質問を投げかけてしまったようだ。

 

「……そうだな、カミナは――」

「…好きです」

「え?」

 

見ると、手にした包みの結び目をいじりながら、カミナは少し俯いて小さく言葉を発した。その幼いながらに整った容姿は、暗がりの見間違いでなければ少し赤い。

 

「ナルトのこと…好きです」

「………。」

 

――イルカは今、猛烈にナルトに土下座して謝りたくなった。

 

「(すまんっ、ナルトぉおお!!お前への告白、オレが先に聞いちまったぁああ!!)」

 

いやいや、カミナにそこまで白状させる気は、イルカにはこれっぽっちもなかったのだ。これが、アカデミーに通う少女たちの「○○くんカッコいいよねー!」「私、○○くんのことが好きなの!」などという微笑ましい憧れにも似た異性への好意程度のものでないことは、カミナの反応を見るに明らかであった。それが前々からの想いなのか、ついさっき自覚したもんなのかは分からないが、カミナのナルトに対する好意は嘘偽りなく、そして深てく広いものであることをイルカは直感的に感じ取っていた。……まったく、独身の身にはチクリとした痛みと、少しの気恥ずかしさが込み上げてくる。

 

「そ、そっかぁ!いや、その………ナルトのことを好きになってくれて、ありがとうカミナ」

「!……ふふ、どうしてイルカ先生がお礼を言うんですか?」

「んー、なんでだろうな……でも、お前にお礼を言いたくなったんだ。ありがとう」

 

重ねた感謝の言葉に、カミナは気恥ずかしそうに笑った。

 

「……なぁ、カミナ。お前、ナルトの″中″にいるモノの、ことは……」

「……知っています。かつて里を襲った悲劇は歴史書を読んで。ナルトのことは、ある人に……でも、それは公にしてはならない。たとえナルト本人にも。そういう掟なんですよね?」

「あぁ…そうだ。こんなこと、オレたち大人の勝手だと言うことはわかっている。それでも……」

「えぇ、分かっています。それが……ナルトを、私たちを守るためのものだということも」

 

一瞬、カミナの表情が悲痛なものへと歪む。なんだ?――イルカがひと瞬きをする間に、その表情は消えていた。

 

「……ナルトは、自分にまつわるしがらみよって、私が傷付くのが…嫌な思いをするのがイヤなんです。私も、ナルトを苦しませたくない。だから、二人で約束をしたんです。『立派な忍者になるまで、友達でいるのは内緒にしよう』って」

「そうだったのか……」

 

幼い彼らの決意を、イルカは辛く思った。一緒に居たいのにいられない、そんな些細な子どもの願いすらかなえられないこの里の現状に。

 

「イルカ先生が、ナルトの先生で良かった。ナルトは授業は少し不真面目だけど、ちゃんと、大切なことは先生から学んでいます。イルカ先生の優しさにナルトは救われて、ナルトの優しさに、私は救われたんです」

「カミナ……」

 

カミナの言葉に、イルカは感動した。元々緩いと自覚している己の涙腺が、いまにも栓を切って溢れ出してしまいそうだ。そんな情けない姿、教え子とはいえ見せられない教師として大人としてのプライドもあり、ぐっと堪える。

 

「……今日のこと、ナルトには内緒にしておきます。だから、先生も…その、ナルトには私の気持ち…」

「もちろん、そんな野暮なことはしないよ。お前のその気持ちは、いつか自分で伝えないと、な?」

「……はい///」

 

頬を染めてもじもじと俯く姿は、年相応の少女らしくて実に可愛らしいものだ。そういえば、いつもナルトのいる空間で、そんな風に指先を突き合わせているもっと控えめな女子生徒が他にもいたような……

 

「………なぁ、カミナ。ナルトと歳も変わらないお前に、こんなことを頼むのは筋違いなのかもしれない。でも……ナルトのことを、よろしく頼む。あいつのアカデミーでの態度はともかく、私生活の面ではオレもかなり心配していたんだ。下手すればナルトの奴、カップ麺だけで生きてたんじゃないのか?」

「ふふふ……前に、栄養失調で入院してました」

「そうなのか!?」

 

初めて知った新事実に、イルカは素っ頓狂な声をあげた。今度強制的にでも野菜を届けに来るべきか、と真剣に考えた。

 

「イルカ先生も……毎日アカデミーでお仕事頑張っているんですから、ちゃんと食べて休んでくださいね」

 

そう言って、カミナはイルカに手にしていた包みを渡した。ひんやりとしているそれは、今夜作った肉じゃがの余りらしい。余りというにはほどほどの量が用意されているあたり、もしかしたらカミナは、今夜イルカが此処へ来ることすら予期していたのではなかろうか。いやはや、忍としてすでに先見の能力までもすでに開花しているんじゃないかとイルカは今日はもう何度目かわからない驚きを実感したのだった。

――それからイルカは、夜寝るときは各々の部屋に戻って就寝するという実態をカミナに確認した後、安心して自らの帰路についた。その質問の意味の真意を分かりかねている様子のカミナではあったが、たとえ不純異性交遊という言葉すら知らぬ幼き子どもらであっても、今の内からその辺の分別は持っていてくれよと願うイルカの希望は成されていたことに安堵したのであった。

 

帰宅後、ひとりきりの部屋で肉じゃがを温めて食べたイルカは、その味が亡き母の物によく似ている気がして、ひとつこぼれた涙をぞんざいにふき取った。そしてその夜は、古い両親の写真を眺めながら、昔のことからごく最近のことまで、そして二人の可愛い教え子のことなどに想いを巡らせながら遅い夜食をゆっくりと味わったのだった。

 

 

 

――数日後。イルカはまた、ナルトを連れて一楽を訪れていた。

 

「ヘイッ、らっしゃい!!――よぉ!イルカ先生にナルト!」

「こんにちは、テウチさん。ラーメンひとつ」

「オレさオレさ!いつもの味噌チャーシューね!もちろん、大盛りで――あ」

 

まだ頭にかすりもしない暖簾をわざわざ跳ね上げて来店したナルトは、どんっ!と豪快に座ったカウンター席の右側を見て、ピシッと石のように固まった。隣にいた客も同様である。――カミナは、半熟タマゴを半分かじったままの態勢で、動けなくなっていた。

 

 

『――カミナ、この前の肉じゃがとても美味かったぞ。……お礼と言っちゃあなんだが、これを貰ってくれないか?』

 

今日のアカデミーの放課後、イルカに呼び止められたカミナは一楽の割引券を手渡された。その券の期限は今日の日付だった。

 

『今日は仕事も残っていて、一楽に行けそうにないんだよ。明日になればただの紙切れになっちまうし、良かったら使ってくれないか?』

 

そこまで言われれば、カミナも断る方が悪いと思い快く券を受け取った。ナルトは独自の修行をしてから帰ると言っていたし、おそらく彼も一楽のラーメンを食べてから帰って来るだろう。こういうことは珍しくなかった。

 

 

――というわけで、カミナはアカデミーの図書館に寄って前から読みたかった本を数冊借りてから、夕食時のよい頃合いに一楽へとやって来たのだった。しかし、出された醤油ラーメンを前に行儀よくいただきます、と手を合わせて宣言した後、早速大好きな半熟タマゴにかぶりついた瞬間ナルトたちがやって来た。余りにも驚いてしまったため、ごっくん、と…口の中にある汁の染み渡ったとろける食感を味わうのも忘れて飲み込んでしまった。

 

「………。」

「………あー…イルカ先生、やっぱしオレ、かえ――」

「まてまて、ナルト。もう注文しちまっただろう?それにお前が食べないと、この残り2枚の割引券が無駄になるじゃないか、なぁ?」

 

最後の問いかけは、カミナに向けてのものだということはすぐに分かった。

イルカは初めから、三枚の割引券を用意していて、その一枚をカミナに渡したのだ。――『ナルトとイルカ先生と一緒にラーメン食べたかった』――そんな些細なカミナの願いを、イルカは形にしてくれたのだ。

 

「奇遇だなカミナ。お前も、一楽にラーメン食べに来ていたのか。どうだ?ここのラーメンは美味しいだろ?」

「は、はい…」

 

イルカは、おろおろするナルトとカミナには構わず、にこにことセルフサービスな手拭きを取り、割りばしを用意していた。

 

「カミナは、好きなトッピングはあるか?」

「え?えーと……タマゴが…」

「そうか!――じゃあテウチさん、カミナに半熟タマゴ一個追加で。ナルトも、トッピング一種類までならおごってやるぞ?」

「えっ?え……??」

「……たまたま、カミナがラーメン食べているところに、オレたちが居合わせただけだ。どうせなら、みんなでラーメン食べたほうが楽しいし、美味しいだろう?」

 

イルカの言葉に、ナルトがぱぁっと顔を明るくする。振り返った先に居るカミナも、嬉しそうに笑っていた。

 

「!……へへっ、イルカ先生ってばナイスアイディアだってばよ!おっちゃん、オレのトッピング半熟タマゴとナルト追加な!!」

「こら、ナルト。一種類だって言っただろうが」

「硬いこと言わないんだってばよぉ、イルカ先生!!」

 

ニシシッ!と笑いながら、ナルトは足をぶらぶらとさせてテウチの作るラーメンを待つ。カミナは、主に話す二人の会話に耳を傾けながら、先ほどよりもゆっくりとラーメンを食べた。イルカは注文したラーメンを待つ間、カウンターに肘をついてアカデミーでは見ることのできない、教え子二人の姿を優しく見守っていた。

 

 

――その日は、ラーメンの湯気の向こうで三つの笑顔がいつまでも笑っていたと、後にテウチは語るのだった。

 

 

 

 

 

 

 


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