利根を70まであげたはいいが設計図が足り無い。
あれから数日、深海棲艦の残骸から剥ぎ取った資源のおかげで、『夕張』の艤装はツギハギながらも起動するようになった。艤装に斬艦刀を載せるためにジョイントを付けられるようにしたのが、一番苦労したかな。
補給もバッチリ、あとは水面に立つことができるか、これが問題だ。いや、補給がバッチリだからといって戦闘ができるわけではないのだけれど。
結局この数日で整えた装備は12cm単装砲と61cm3連装魚雷、折れた斬艦刀と探照灯だけなのだし。
一応弾薬は12cm単装砲は自由に撃てるほどあったが、魚雷は三発分だけしか確保出来なかった。予備は無い。
「正直心もとないかな……」
バッチリとは言え無いかもしれ無い。連戦は期待出来そうにないだろう。おっとこれでは戦闘することが前提のような気もするが、何事にも最悪はあるものだ。
備えておいて損はない。一戦、それも駆逐艦ならば勝率は高いだろう。だが、それまでだ。
それに、まだ水の上に立ったことは無いのだから、慣れるまでに多少の時間がいる。
今から、試してみるのだが……正直不安しか無い。一応海の上というのはまだ怖いので、例の海水の池で試験を行うことにした。
「うぅ……大丈夫よね?」
艤装を装備し、そっと、薄く張った氷の上を歩くようにおそるおそる一歩を踏み出す。慎重に、細心の注意を払って出来るだけ浅めのところで。
次の瞬間、パシャっという音と共に私の右足は、水面を踏みしめていた。
「へぇ……こんな感じなんだ……」
揺らぎは無い、波が無いからか、それが本来の仕様なのかは分から無いが、私の足は、しっかりと身体を支えている。
そこからは二歩目を踏み出すのは早かった。すでに恐怖心は無く、逆に興奮と好奇心が私を支配していた。
「わぁ……!!」
確かに、確かに私は今、水の上に立っていた。忍者の使う水蜘蛛のように、水面に両足を付け、沈むこと無く。
で、これからどうしようか。艦娘は水面を滑るように移動していたはずだが、その方法がわから無い。今は、立っているだけだ。
先程三歩目を踏み出したが、難無くクリア。歩く事は問題無いが、機動性の問題も出てくるだろう。間違いなく水面を走るより早いだろう。
あのスケートみたいな移動法はどうやって行っているのだろう。皆目見当もつか無いし、教えてくれる人もいない。
行き当たりばったりになってしまいそうだが、やってみるしかないか。
水面を歩くのを止め、膝を曲げて、少し、体重を前に傾けた。
そのまま、前進、と心の中で唱えてみる。
微動だにしなかった、何故だ。
「ひょっとして、大前提が違うのかしら……?」
補給が済んでいるといえど、今の私は艤装を『装備』しているだけなのだ。『起動』させてはいない。というか起動方法がわからない。
前提として艤装を装備している事が艦娘として正しい状態ーーすなわち水上行動が可能な状態になるーーと推測していたが……。
この状態から考えれば、艤装を『装備』することは水面に立つ事を可能にするだけ、であって『起動』してはじめて水上行動が可能になるのではないだろうか。
「やっぱ、手探り状態で行うのは難しかったかな……」
知らないことを行う、と言うのは難しいものだ。先人の偉大さがよく分かる。ついでに言えば艤装のハンドル(?)には引き金が付いているが、引いても弾が出ない。
「う〜ん……起動!スピンオン!リンクスタート!接続!アウェイクン!……ハァ、やっぱ適当な修理に無理がありすぎたのかなぁ……」
この『夕張』の艤装、うんともすんとも言いやがらねえ。何が悪いんだ?機関が死んでたりすんのか?そしたら私詰むんだけど。
艤装ー、艤装ー、艤装ーってばー、聞こえてないのー、おーい。
ガキン!
「……動いた」
しれぇパワーすげー。なんか他の艦艇の台詞を奪うのはやめて差し上げろとか聞こえてきそうだけど、結果オーライだし。
まあ、冗談はここまでにして、何が必要だったんだ?接触不良とか?それとも艤装に呼びかけるとかそんな感じ?
考えても分からないので、私はそのうち、考えるのを止めた。
「ふーん、ま、動いてしまえば、こんなものかぁ……なるほどねぇ」
メカニズムは全くわからないが、アメンボのように水上を自在に滑る事ができた。流石にジャンプ&ターンをする気にはなれないけど。
幸いにも体が多少動きを覚えていたようで、動きを覚えるのにそこまで時間はいらず転覆するなどの無様を晒さずに済んだ。
「さて、やってきました外周区!これから、試験航行を行いたいと思います!!」
外周区の砂浜から、少し大きな岩が出っ張っている場所に立って、海を睨む。テンションを上げていかないと、緊張で失敗しそうになるのだ。
海は波は小さく穏やかで、風はほとんど無かった。これ以上ないほどに快晴で、絶好の海水浴日和とも言えるだろう。
数センチ下、少し時間が経てば潮の満ち引きで沈んでしまいそうな岩の上から水面へと移る。
「おっとっと……」
足が波で少しばかり揺られ、バランスを取るために身体を動かす。やはり完全に波が無い場所とは、大違いだ。
左右の足に均等に体重をかけて、前進の命令を出す。私の身体は、波をかき分け沖合へ向かって進み始めた。
適当な修理のせいでそこまでスピードは出ないが、まあ問題無い。ちゃんと水上航行はできている。
さて、次は現在の武装の性能ーーというより使えるかどうかを確認をしようか。
烈風が九機になって余裕ができたのでようやく601が手に入るーーと思っていたらやはり雲龍の設計図が無かった。