アイアンボトムグレイヴディガー~ショタ提督の苦悩~ 作:ハルカワミナ
「あら提督、いつものお薬ですか?」
「あぁ、すまない。頼めるか?」
「はい。お任せください」
医務室で迎えてくれたのは大淀だ。
普段は任務発注や資材の管理をしてくれているが、明石が忙しいときは薬品や備品の管理も一手に引き受けてくれている。
その仕事ぶりには頭が下がる。
「ここで飲んでいこう、水を貰えるだろうか」
胃の痛みがかなり酷いので一刻も早く薬を飲みたい。
「はい、どうぞ提督」
手渡されたコップの水と薬を口に含み飲み込む。
「くぅ、苦い……」
良薬口に苦しと言うが、この薬の苦さだけはいつも慣れない。
「提督、処方をした人間が言うのも何ですが、あまり薬に頼るのもどうかと思います」
「ははは、大淀がくれる薬は良く効くのでな。つい色々と頼ってしまうのだ、すまないな」
コップに残っていた水をぐいと飲み干し、ふぅと一息つく。
冷たさが喉を走っていく感触が心地よい。
「もう、提督はお上手ですね。そういえば陸軍の艦娘の処遇はお決めになったのですか?」
軽口を軽口で返される。
陸軍の艦娘とはまるゆの事だろう。
「あぁ、まるゆはしばらく鎮守府内で預かる事にした。一応監視もつけているしな、スパイかと思ったが……」
「えっ!? あっ……」
薬品棚からビンを取り出そうとしていた大淀が指を滑らせ、茶色いビンが床に落ちる。
耳障りな高い音がして、床に落ちたビンは砕け透明な液体がぶちまけられた。
「あっ! も、申し訳ありません! すぐに片付けます!」
その場にしゃがみこみ割れたビンを片付けようとする大淀。
慌てているのだろうか、大淀らしくないミスだが、それを黙ってみている事はできるはずもなく声が出てしまった。
「莫迦! 素手で触るな!」
「えっ!? あっ! 痛ッ!」
声が出たときには遅かった。
大淀の白い指先に赤い線が走り、赤い珠が雫になって床に落ちる。
「見せてみろ!」
「ひゃっ!」
返事も待たずにぐいと大淀の手をひっぱる。
観察してみたがガラス片はついていないようだ。
これならある程度血を出してしまえば自然に止まるだろう。
私は躊躇うことなくその指を口に含み吸い上げた。
「て、提督! いけません、汚いですのでお放し下さい!」
「じっとしていろ!」
上目で睨みつつ吸う。
割れたビンはどうやら消毒用のエチルアルコールのようだ。
薬品を扱っていたからだろうか、大淀の指は石鹸の匂いがし、ひんやりと冷たい。
揮発する香りと大淀の血の味が相まって少々くらくらする。
自分の口中の温度と大淀の指の温度が判らなくなって、ようやく血の味がしなくなった。
「っふぅ……血は止まったな、後はアルコール……は割れたのか。流水で洗ってから絆創膏なり貼っておけ。……大淀?」
ぼぅと顔を上気させているように見える。
大淀もアルコールの匂いに酔ったのだろうか、早く換気をして割れたビンを片付けなくては。
「……大変申し訳ありません。少しお暇を頂けますと幸いです。提督」
「待て待て待て、今大淀に抜けられては困る」
雑務や任務の整理を一手に引き受けてくれている大淀だ。
いきなり抜けられては業務も全く立ち行かなくなるだろう。
「応急処置の仕方が気に入らなかったのなら謝る、何分無調法者でな。許してくれるとありがたい」
頭を下げて謝る。
「ぷ、くく……。提督、冗談です。怒ってなどいませんよ。なので顔をお上げ下さい」
眼の縁をこすり、笑いながら絆創膏を薬品棚の引き出しから取り出す大淀。
「冗談にしては此方は笑えなかったのだがな」
「良いではありませんか、これも艦娘のメンタルケアですよ」
そう言って絆創膏とガラスで切った指を私に差し出す大淀。
「さ、貼って頂けませんか?でなければ片付けることができません」
「お前まだ、水で洗っていないだろう。いいのか?」
ふふと笑われ、さらに手を前に突き出される。
「良いんです、これは、このままで」
根負けした私は大淀から絆創膏を受け取った。
「ふぅ……わかった。だがもし痛むようなら明石にでも診て貰え。いいな?」
「はい、わかっています」
白い指先に絆創膏を巻く瞬間少し鼓動が早くなった。さっきは咄嗟に出た行動だったせいか意識などしていなかっただけに。
「さ、提督。後片付けは私がしておきますから、どこか行く場所があったのではないですか?」
「む……それはそうだが」
「大丈夫です、今度はホウキとチリトリで片付けますので」
にこりと笑われては信用するしかないだろう。
私は大淀に任せて青葉の部屋に向かうことにした。
胃痛も随分治まったようだ。
「あー……大淀、薬、助かった。ありがとう。後は頼む」
去り際に一言声をかける。
まだ気化したアルコールが抜けていないのだろうか、少し体が暑い。
「はい。お任せ下さい」
大淀は私よりしっかりしているようだ、艦娘はアルコール分解能力も高いのか今度聞いてみる事にしよう。
……その後隼鷹と千歳に聞いたら提督公認の酒盛りと題したどんちゃん騒ぎが始まってしまったのはまた別のお話。
「……ふふ、現在時刻ヒトヨンマルマル。提督の必死で指を吸うお顔可愛いかったわ。うふふ、少し得したかな」
しばらくして明石が医務室に戻ってきたとき大淀は指に巻かれた絆創膏をずっと見つめていたらしい……。
読んで頂いてありがとうございます。
ショタ提督はお酒にはものすごく弱いです。
胃薬(?)とお酒って相性悪そうですね!
書き溜め分はここまでになります。
続きはもうしばらくお待ち下さい。