アイアンボトムグレイヴディガー~ショタ提督の苦悩~ 作:ハルカワミナ
「陸軍中将のカバンに悪戯したら暗殺されそうになったぁ?!」
執務室のソファで笑い転げているのは暁である。
レディたるもの大口を開けて笑うものではないと思うのだが。
「暁、あまり笑っては提督が泣いてしまうよ」
諌めているのは時雨だ。誰が泣いたりするものか。
暁め、毎朝牛乳を飲んでいる仲間にたいしてそれはないだろう。
毎朝牛乳同盟は他に電と瑞鳳、大鳳と龍驤が居るがこれはまた次の機会に話そうと思う。
「提督、肩の調子は大丈夫かい? 明石に骨を接いでもらったとはいえ無理は禁物だよ」
時雨が外れた肩を気にかけてくれているようだ。
あの後、金剛に提督は私を手篭めにするのデース!などと言われ、外れた右腕を引っ張られ余計に悪化したのだ。
整体が得意な明石を呼んだが、ここまで酷い脱臼は見たことが無いとまで言われて包帯を巻いて固定するハメになってしまった。
罰として金剛には汚れたカーペットと掃除を頼んだのだが、思ったより綺麗になっていた。
聞けばイギリス流ハウスキーパーのテクニックなのだと言う。
流石メイド発祥の国だ。
「会議中に中将が資料を入れたカバンからがヘビやゴキブリを取り出して大騒ぎになった、と陸軍では有名になっていましたが隊長さんの仕業だったのですね」
まるゆが煎餅を頬張りながらクスクスと笑っている。
敵意も艤装も無い様なので対潜水艦戦が得意な五十鈴を見張り兼護衛に置き、制限つきだが比較的自由を与えている。
「しっかし提督も無茶するわね~、人間の身体で艦娘に勝てるわけないじゃない。バカなの?」
ツインテールにした髪先を指でいじりながら五十鈴が会話に入ってくる。
艦娘達に説明を求められた時、咄嗟に自分が侵入者の艦娘に戦いを挑んだ、という話をでっちあげたのだが思ったよりうまく収束した。
……青葉とも口裏を合わせておかなければいけないな……。
医務室に痛み止めを貰いに行った後にでも青葉の部屋へ寄ってみようと思う。
だがまずはまるゆの問題だ。
「まるゆ、君のやった事は罪ということは理解しているかね?」
なるべく冷たい声で言ってみたが、まるゆはお茶を啜りながら何枚目かの煎餅に手を出している。
「もぐもぐもぐもぐ……」
目を合わそうとすると下を向いてしまった。
避けられてる感がして少し悲しい。
「提督の声が聞こえなかったのかい?」
時雨が珍しく苛立っているようだ。
声に余裕がない。
部屋の温度が五度くらい下がったような気がする。
五十鈴は額から汗が出ているし暁はさきほどまでの雰囲気が嘘のようにソファの上で震えている。
こんな雰囲気、へ、へっちゃらだし!などと聞こえるが、まさか時雨もこんなところで艤装を使用するほど考え無しではないだろう。
その時、まるゆがぽつりぽつりと話始めた。
「わかっています。まるゆがした事は悪い事です。おそらくこのまま憲兵さんに引き渡されて陸軍に帰れば解体処分でしょう。なら、せめて最後は美味しいものを食べて心安らかにありたいのです」
その言葉を聞いて私は切なく……いや、悲しくなった。
捕まえなければ良かったのだろうか、このような少女にしか見えない存在にそんな言葉を言わせた事にただ、やるせなさがつのる。
……いつの間にか私はこんなことを口走っていた。
「今はまだ憲兵に引き渡したりはしない。そこは安心してほしい。逃亡しないというのなら、鎮守府内での自由も与えよう。 どうかね?」
我ながら甘いと思う。
だが、まるゆはキョトンとした顔で信じられないといった風にこちらを見た。
そして何かを気付いた様に言葉を放つ。
「まるゆを憲兵さんに引き渡さないって……海軍隊長さんは何を考えているのですか? もしかしてまるゆのカラダが目的ですか!? 捕虜にして牢屋に閉じ込めてあんなことやこんなことやいろんなことを! 子供だと思っていたら海軍隊長さんはとんでもなく変態だったのですね」
……心外である。
まるゆを解体処分なぞさせるかと気遣ったら変態呼ばわりされてしまった。
ここは正直に本心を話すとしよう。
「まるゆを憲兵に引き渡して解体処分にするのは簡単だ。だが、それではせっかく会えたのに悲しいだろう?」
こんなに可愛い子なのに、と最後に付け加えようと思ったが時雨に睨まれているので後が恐い……やめておいた。
しかし解体処分と言葉に出したらまるゆの体はビクンと震えた。
やはり怖いのだろう。
「大丈夫だよ、うちの提督は優しいからね。きっとなんとかしてくれるさ」
「あら提督が優しいなんて五十鈴には丸見えよ。これで山本艦長のように威厳があればねぇ」
時雨と五十鈴がフォロー?ぽいものをしてくれる。
ありがたいことだ。
そろそろ青葉は落ち着いただろうか。
様子を見に行く旨を皆に伝えた。
「煎餅が気に入ったのならいつでも作ってあげよう。それは私が揚げたものでな。形は悪いが味は保証しよう」
去り際に執務室のドアを閉めながら告げる。
揚げ煎餅は昔祖母が作っていたものだ。
作り方は鳳翔に教えてもらったが、どうしても鳳翔のように綺麗な形にはならなかった。
「歪なほうが歯ごたえがあっておいしいですよ。それに子供にしか見えないのに大人ぶろうと必死な提督らしいです」
と笑いながら言われて恥ずかしかったのを覚えている。
執務室を出たら室内で煎餅争奪戦が始まったようだ。
天龍龍田のカキ氷の件と言い、揚げ煎餅争奪戦を繰り広げているあの娘達と言いどれだけ食い意地がはっているのだ、とため息をついた。
「食事は不足してはいないと思うのだがな……」
溜め息と共に声に出てしまっていた。
気持ちを切り替える為に制帽のズレを直し、医務室に向かうことにする。
文中の煎餅は黒ゴマの揚げ煎餅をイメージしております。
わりとモテモテなショタ提督、さてさてこの鈍感提督は自分に向けられる好意にいつ気付くのやら。
読んで頂いてありがとうございます。
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