アイアンボトムグレイヴディガー~ショタ提督の苦悩~ 作:ハルカワミナ
すみません。
「ッ! そんな!? 提督!? 提督を離しなさい!」
ガコンと音を立てて大和が駆逐棲姫に砲塔を向ける。
「止めて下さい! 提督に当たります!」
それを榛名が無理矢理羽交い絞めにして止めている。
一瞬何が起こったのか判らなかった。
でも、遠目で微かに見えたのは駆逐棲姫の白い肌に抱かれた提督の姿。
肩を貸していた春雨も気付いたようで、暴れだすのを必死に押さえる。
「時雨姉さん!? 邪魔しないで下さい! 司令官が!」
「クッ! 落ち着いて、春雨! だからと言って僕達が行っても轟沈するだけだよ」
此方も暴れる春雨を羽交い絞めにして止める。
「時雨姉さんはどうしてそんなに落ち着いているんですか! 司令官が! 司令官がぁ!」
泣きじゃくる春雨を押さえつつ、自分が考えていることを言葉にする。
「……提督はすぐにどうこうされない筈……だと思う。でなければ駆逐棲姫が提督を抱き上げている理由にならないよ。もし興味の無い人間なら海の底に沈めているだろうから」
そう言うと、春雨の暴れる力が少し弱くなった。
とは言え、提督を胸に抱いている駆逐棲姫の気がいつ何時変わるかも知れない。
一種の賭けだけれど、一度鎮守府に戻って艦隊を再編成、万全の状況で救援、捜索艦隊を出さなければならない。
その間に提督が殺されてしまったら……と嫌な考えが頭をよぎるけれど、必死でそれを追い出す。
見回すと誰も動揺しているようだ……。
「僕がしっかりしなくちゃ……!」
自分にも言い聞かせるようにひとりごち、インカムのマイク出力を最大にして呼びかける。
「皆! ここは退くよ! この戦力じゃ勝てない!」
「No! 時雨ー! テートクを見捨てるつもりですカー!?」
金剛も反対しているけれど、このままじゃ犬死にだ……。
「提督は直ぐにどうこうされる訳じゃないと思う……。もし深海棲艦に知能があれば金の卵を産むニワトリを食べようとはしないはずだから」
「What!? でも! 今なら皆で囲めば!」
「対潜能力の無い戦艦が敵潜水艦がいる中をくぐりぬけて行くのは難しいと思うよ。対潜に長けた駆逐艦の皆はボロボロだ……。ここは一旦立て直すのが得策なんだよ!」
金剛にまるで赤子をあやす様に一から説明する時間も惜しい。
ジリジリと焦燥感に身を焦がされる。
こんな事をしてる間にも深海棲艦は周りを包囲しているかもしれない。
「お願いだ……。今は皆が生きているうちに鎮守府に帰ろう。もし提督を取り戻したときに誰かが轟沈でもしていたら、提督は……自害し……いや悲しむと思うよ」
自害してしまうよ、と言い掛けたのを慌てて押し留めて言い直す。
あの純粋すぎる少年を決してそんな目に合わすわけにはいかない。
……それが、10年前に決意した事だから。
「お姉様! 私も時雨ちゃんの意見に賛成です。ソ級潜水艦がまだ潜んでいます!」
榛名が大和を押さえながら声を荒げる。
流石に超弩級戦艦を押さえるのは難しいらしい。
「……もう、無駄です……。射程外に離れられました。霧島の演算では速やかに撤退を推奨します」
霧島の声がして、そちらを見ると眼鏡に片手を当て、直しながら落胆したように溜息をついていた。
「Shit! Shit! Shiiiiit!!! テートクゥ!」
金剛が悪態をついている。
「……! ふぅ……わかりました。代理として大和が旗艦を務めます! 全艦隊、帰投します! ……今なら提督の御友人が鎮守府におられます、指示を仰ぎましょう。提督が連れ去られているならばビアク島周辺の島々の何処かに深海棲艦の泊地があるはずです。大和が
大和の鶴の一声で皆従わざるを得なくなったようだ。
インカムからは皆の啜り泣きや苦虫を噛み潰したような苦悶の声が聞こえる。
「……ありがとう、大和」
守るべき宝物を失くした鎮守府へと。
提督は僕にとって真珠と同じなんだ。
そして艦娘はそれを守る貝殻でなければいけない。
……執着心が強すぎて僕はいつも提督を傷つけては後悔しているけれど。
深海棲艦達は追撃してくる事もなく、僕たちは嵐に紛れて鎮守府への帰途に着いた。
鎮守府に帰ると一番に入渠させられ、高速修復材を使われた。
執務室で待っていた設楽少将という女性の提督や生目という提督、それに陸軍の艦娘が来ている事を知った。
あきつ丸というらしい、提督を鎮守府まで送ってくれたらしいけれどお酒を随分と飲んだみたいで客室で寝ているとの事だ。
まだ鎮守府の皆には動揺が広がってない様子だけれど、提督不在の話は直ぐに広まるだろう。
「……そう、やっぱりね」
執務室で僕たち艦娘から事の顛末を聞き、ソファに座りながら腕組みをし、考える仕草をする設楽少将。
その表情は浮かばぬ顔だ。
提督の執務机じゃなく、ソファに座って指示をしているのは鎮守府が違う僕たち艦娘への配慮だろう。
……提督の机に設楽少将が座っていたら、提督が居ないんだと言う事を否応も無く思い起こさせるから。
こういう気配りができる人はそうそう居ない。
きっと見た目は幼いが大人の世界を随分と清濁併せて飲み込んできたのだろう。
そんな雰囲気がにじみ出ている。
「私の鎮守府からも援軍に割ける艦娘を出して……。生目、アナタにも協力して貰うわよ。もしアイツが深海棲艦に
「はぇっ!? お、おう!」
設楽少将が生目提督を向き、話を振るけれど当の本人は鈴谷と熊野の太股を凝視していたようでうろたえていた。……少しだけ気持ち悪い。
「……ごめんなさいね、気持ち悪いヤツだけれどニーソックスが好きで好きでたまらないだけなのよ、ソイツ。……それはどうでもいいけれど、まずはあの馬鹿の居場所を探さないといけないわね……」
設楽少将が口を開く。
あの馬鹿というのは提督の事だろう。深海棲艦に連れ去られてしまったのだから、馬鹿と言われても仕方無いけれど僕達を助ける為に来てくれたのも否定されたような気がして少々ムッとする。
「沈んだのはビアク島周辺なんだろう? ならば、その辺りの洞窟だろう。……最悪なのは、これは仮説に過ぎないが深海棲艦側にも提督が居て深海鎮守府がある事だが……。その可能性は低いだろう」
「生目? そんなの初耳よ? 深海棲艦側に提督が居るなんて」
「あぁ、だから仮説に過ぎないと言っている。だが通信を傍受したり、クリスマスの時に深海棲艦の姫がプレゼント用と思われる綺麗にラッピングされた箱を持っていると噂があったからな。何かキナ臭い匂いはしている」
設楽少将と生目提督が話している。
そういえば冬に深海棲艦の北方棲姫が何か大きな箱を抱えていたらしい。
……この鎮守府の提督は、『あちらもクリスマスを楽しみにしたいんだろう、大事そうに抱えている物を強奪しなくても此方は此方で祝えば良いじゃないか』と言ってたっけ。あの時は僕もサンタ帽子を被って鎮守府の皆にプレゼントをしたんだ。提督はつけひげを付けてサンタ服を着たけれど似合ってなかったな。
フフと思い出し笑いをして、提督が今ここに居ない事を再認識させられ、途端に悲しくなる。
いけないな、こんな事じゃ。
僕がしっかりしなくちゃ。
「……設楽少将、生目提督、意見を具申してもよろしいでしょうか」
「時雨? 良いわ、何か良い案でもあれば聞かせて頂戴」
設楽少将の切れ長の瞳に見据えられ、背筋が伸びる。
この人からは提督と同じ匂いがする。もしかしたら提督と同じような体質なのかな。
「はい、提督の捜索隊は西村艦隊を推奨します。理由は偵察機を積めて火力も錬度も高い艦娘、つまり山城、扶桑、最上が居ますし対潜能力に長けた駆逐艦が僕……いえ、時雨、満潮と朝雲を連れていければ、ほぼ磐石となります」
……言ってしまってから慣れない敬語は使うものじゃないなと後悔した。
あちこちが変で赤面してしまう。
西村艦隊は他に山雲もいるのだけれど、あの子は扶桑と山城を前にすると腹痛に襲われるし、艦娘同士の編隊は最大6人編成での教育しか受けていない。
7人になってしまうと咄嗟の事態にどう動けば良いか混乱すると思ったからだ。
……それに錬度が高いと言ってしまったけれど、朝雲と山雲はつい最近鎮守府に着任したので錬度はそこまで高くは無い。
でもあえて西村艦隊で、と言ったのは提督に対して縁が深い艦娘達だから。
「What!? 時雨ー! 何を言ってるネー! ワタシも行きたいデース!」
「は、春雨も行きたいです!」
金剛に続いて春雨や他の艦娘も騒ぎ出してしまった。
「あぁ、もう! 五月蝿い! アイツが心配なのは解るけれど、騒ぎ立てたらその分進展が遅れるだけよ?」
設楽少将の一括で皆黙ってしまった。
この曲者ぞろいの艦娘達を黙らせるなんて凄いな。
「大淀、この鎮守府の艦娘データのリストを見せてくれる?」
「はい、設楽少将。どうぞ」
脇に控えていた大淀が設楽少将にファイルを渡す。
提督が言っていた大淀との禍根は解けたようだけれど、その為に僕や春雨が危ない目にあった事を考えるとやり場のない義憤じみた怒りに駆られてしまう。
「……朝雲が少し錬度が低いわね。代わりに金剛か春雨だけれど、春雨はあそこの海域は鬼門ね」
「いえ! 春雨は平気です!」
いつになく春雨が声を荒げる。
けれど、現実は非情で金剛にお呼びがかかってしまった。
ごめんね、春雨、と心の中で詫びる。
「それじゃあ旗艦は扶桑。西村艦隊と言うならば山城にしたい所だけれど、おそらく彼女が一番冷静になれる筈よ。頑張ってね、時雨」
「ありがとうございます……。必ず御期待にこたえてみせます」
設楽少将の言葉に答える。
「それじゃ、満潮と扶桑、山城と最上を連れて出撃してくれるかしら。作戦内容は捜索と偵察、無用な戦闘は避けて」
「わかりました、設楽少将」
「Yes! テートクをそのまま連れ帰ってしまえば良いネー!」
金剛の言葉に苦笑する。
でもどうしてだろう、僕は金剛を羨ましいと思った。
希望を多くもてば持つほど裏切られた時の反動は大きい。
腕は二つしかないのに両手に抱え切れないほどの希望を持って、そこに提督が入る余地はあるのかな。
……僕は何を考えているんだ。
妙な思考をしていた事にハッとする。
これじゃまるで提督が助からない事を望んでいるようじゃないか。
頭を振って嫌な考えを追い出すと髪飾りがリィンと音を立てた。
……提督、待っていてね。
必ず、僕が助けてあげるから。
提督を助けるのは僕でなければいけないから。
……この時僕は気付くべきだったんだ。
執着心という悪魔の手に心を握り締められていた事を。
━━━モウ二度ト失イタク無イ━━━
頭の中で誰かが嗤ったような気がした。
執務室を出た時、扶桑達を呼び出す館内放送がかかっていた。
金剛と一緒に出撃ドックに急ぐ。
金剛が何か話しかけていたけれど、僕は上の空で聞き流してしまっていた。
提督を必ず見つけなきゃ……。
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