アイアンボトムグレイヴディガー~ショタ提督の苦悩~   作:ハルカワミナ

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時雨改二の対空値は特筆すべきモノがありますね。


穢れた愛と汚れた藍

「司令! 何を言っているのですか!? あれは深海棲艦です、春雨ではありません!」

 

 いつの間にか艦の隣に付いた霧島がずれた眼鏡の位置を直しながら叫ぶと同時に砲撃を開始した。

 海に浮かぶ深海棲艦は腕を前に重ねて防御の姿勢を取り、此方を狙うのを止めたようだ。

 

 霧島の砲撃音のおかげで呆けていた思考がクリアになった。

 しかし、私はあの深海棲艦を知っている。

 昏く紅い月の日の夜に廊下で佇んでいた艦娘……。

 

「……春雨はッ!?」

 

 ハッと気付き、レーダーを見る。

 4時の方向に深海棲艦、その後方2時の方向に7つの青い三角が見えた。そして3時方向に3つの青い三角。

 7つという事は島風と遠征隊の駆逐艦の艦娘達だろう、先程の場所から僅かに移動を開始しているようだ。

 では目の前のアイツは春雨では無い……。

 そもそも何故あの深海棲艦を春雨と見間違えたのだ、莫迦か私は。

 

「霧島、春雨達を頼む……!」

 

「司令、まさか!?」

 

 霧島の驚く声が聞こえる。そうだ、私が囮になって駆逐艦の艦娘達から引き離す!

 

「大和! 武蔵! そちらに持っていく(・・・・・)! 弾薬が尽きるまで撃てぇっ!」

 

 サーチライトを当て続けながら面舵いっぱいに急旋回をする。

 急激な操作に艦のあちらこちらから軋んだ悲鳴が上がるが、必死で操舵輪を力で押さえ込む。

 

「危険です! 司令! お姉様方! 司令を止めて下さい!」

 

 霧島の悲痛な叫びが無線越しに聞こえる。

 

「……大丈夫だ。おそらくヤツは私しか狙って来ない」

 

 捕捉されていない状態ならいざ知らず、一度発見されてしまえば、私は深海棲艦に取ってなによりの御馳走(エサ)に見えるだろう。

 言い換えれば、囮としてこれ以上最適な駒は居ないという事だ。

 麻痺している頭が顔に笑みを浮かべると同時にじわりと足に黒い藻が絡まっていく。

 まるで白い軍服に絡んで、喪に服す鯨幕の様に、逃がすまいと。

 この重油と血の海へと沈めと。

 それを振り払うようにディスプレイに拳をぶつける。

 ディスプレイにヒビが入り、レーダーの表示が歪む。まるで自分の心を表す様に。

 叩き付けた拳からはじわりと手袋に赤いものが染みていく。紅白とはなんて縁起が良いのだろう!

 

「クク……クハハハハハッ! さぁ、鬼ごっこだ! 捕まえてみろ!」

 

 乾いた哂いを張り付かせでもしなければ気が狂いそうだ。

 ……いや、もうすでに狂っているのかもしれない。

 

「サーチライトは深海棲艦に当て続けろ! 弾着予測に全ての演算を! 全て避けろ!」

 

 ヒビの入ったディスプレイに命令し、最大戦速で深海棲艦に背を向け遠ざかる。

 霧島は金剛達と合流できた様だ。少しだけ安堵する。

 あそこに居たら深海棲艦の通り道だからな、各個撃破される恐れがあった。

 まずは憂いが一つだけ消えたな。

 

「敵深海棲艦のデータが不足しています。メインシステム稼働率80%の為、反応速度も下がります」

 

 ……こんな時にっ!

 

「100%に上げるには!?」

 

 声を荒げてAIに当たってしまう。

 ジリジリと焦れる心がまるで誰かに恋をしてしまったかのように錯覚する。 

 

「不可能です。現在の搭乗者には人間以外の組成が混ざっているようです」

 

 あぁ、そうか……ふと納得してしまった。

 つまり私はあの嵐の夜に深海棲艦に捉われてしまっていたのだろう。

 だから艦娘の艤装が通常の人間に利く筈のストッパーがかからない。

 否、艦娘にとっては敵と認識されていたのだろう。

 嗚呼、精神(ココロ)が壊れる。

 ガラスのコップを落とし、粉々に砕けた音が響いた……様な気がした。

 足元の黒い塊が喉にまでせり上がって、口から入っていく。

 ズルリ、ズルリと音を立て、まるで獲物を見つけたヌタウナギのように柔らかい部分、つまり私の精神を蝕んで、啄ばんで行く。

 

「ク、ククク……! アハはハハは! そうか! 私が! 私は! 私こそが深海棲艦だったのだな!」

 

 狂ったように笑う。

 笑えばこの精神に取り付かれた黒いモノを吹き飛ばせるだろうかと一抹の望みを賭けて。

 吹き飛ばせなければこのまま艦をあの深海棲艦にぶつけても良い……。

 その時、聞きなれた声が無線を通して飛び込んできた。

 

「違います! 司令官は私達と同じだったんです! 司令官が一度死に掛けた時に艦娘の、いえ! 時雨姉さんの応急修理妖精が司令官のカラダを治してくれたんです!」

 

「……はる、さめ?」

 

 嗚呼、と。涙が出そうになる。

 良かった、声が聞きたかった。その為に此処に来たのだ。

 

「はい、春雨です! 島風ちゃんの無線を借りて話しています! 皆ボロボロですけど、生きてます!」

 

「提督が装備させてくれた12cm30連装噴進砲で春雨を狙った爆弾を吹き飛ばしたんだ。……直上だったから無事に、とまではいかなかったけれど轟沈は防げたよ」

 

 時雨の声も聞こえる。

 どろりとした、私の精神を蝕んでいたモノがずるりと音を立てて離れていく。

 

「……よく、やってくれた」

 

 今、口を開けば歓喜の嗚咽が漏れ出してしまいそうだ。辛うじて、それだけを絞り出すとディスプレイに映し出された深海棲艦を見る。

 サーチライトの眩しさにも幾分目が慣れた様子で、此方に再び照準を当てている。

 

「春雨、時雨。鎮守府に帰ったら先程の話を聞かせて欲しい。私が死に掛けた事を何故知っているのか、何故時雨がその場所に居たのか……をな」

 

 ヒビ割れたディスプレイ越しに深海棲艦を睨みつつ、照準を合わせずらくする為に艦を左右に振る。

 船体が軋む音が聞こえるが、今だけもてば良い。……最悪エンジンが焼け付いてもこの海域さえ離脱すれば艦娘に牽引してもらう事だってできる。

 

「はい! それと、時雨姉さんと私にキスをしてくださいね! ……時雨姉さんも幸運の女神なんですから」

 

 春雨の言葉にブフゥと息が漏れ、緊張感が霧散してしまった。

 

「春雨!? 僕は別に……ッ!」

 

「はい? 時雨姉さん、さっき言ってましたよね? 恋のライバルとして絶対に負けないって」

 

「う……。それは、その……もっと時間と場所をわきまえてだね……」

 

 無線からは時雨の慌てた声と春雨の笑いを含んだ声が聞こえている。 

 聞こえる様に溜息をつき、すぅと息を吸い込み、マイクにむけて怒鳴る。

 

「……馬鹿者共が! 此処は敵地だろうがぁ!」

 

「うひゃあっ! ごめんなさい!」

 

 悪ノリしていただろう春雨の驚いた声に笑みが零れる。

 ……本当に無事で良かった。

 再びディスプレイの青白くぼんやりと、まるで幽霊の様に佇む深海棲艦を睨みつける。

 

「大和! 武蔵! そこからありったけの弾をぶち込め! 敵を一歩も動かすな!」

 

「了解だ! 全砲門、開けっ!」

 

「敵艦捕捉、全主砲薙ぎ払え!」

 

 私の言葉に武蔵と大和が答え、轟雷が響く。

 大和と武蔵の砲は史実では砲撃時に食器を全て水の中に漬けておかなければ衝撃で割れるほどだったらしい。

 その砲撃が深海棲艦を襲い、その場に釘付けにする。

 

「くっ! 至近弾です! 武蔵! 狭叉弾を!」

 

 大和の次弾装填音が無線越しに聞こえる。  

 その時、無線を通してノイズ混じりの声が聞こえた。

 

「ヤラセハ……シナイ……ヨ…………ッ!」

 

 海の底から響くような、静かだが狂気を秘めた声。

 

「私ハ……駆逐棲姫……アナタが……欲シイ……」 

 

 まさかと思い、ディスプレイを見ると深海棲艦が儚げな笑みを浮かべていた。

 

「無傷!? いえ、効いている筈! そうか……それなら……やるしかないわね!」

 

 大和の主砲が再び火を噴く。

 距離があっても判るほどの砲火に晒された深海棲艦、これなら為す術も無いだろう。

 だがその認識は……甘かった。

 爆煙が晴れたとき、サーチライトに映し出された姿は未だ健在。

 しかし、服のあちらこちらが破れている。

 どうやら全く効いていないわけでは無さそうだ。

 ただ、大和と武蔵の砲撃をまともに喰らって沈まないとは……。

 

「なんて装甲だ……」

 

 思わず呟きが漏れ、駆逐棲姫がそれに答えるように虚ろな瞳を大和達に向ける。

 

「イタイジャナイ……カ……ッ!」

 

 不味い! 何かが来る!

 大和達が居るであろう方向に腕に持った砲とまるで髑髏を模した様な凶悪な形の艤装を向ける。 

 

「オチロ! オチロッ!」

 

 ゾクリと悪寒が背筋を走る。

 

「大和! 武蔵! 気をつけろ! 敵の攻撃が来る!」

 

 言い終わらぬ内にズドム!と音が響く。

 ……大和の主砲に比べると随分と可愛らしい音だが、なにか嫌な予感がする。

 駆逐棲姫の砲が命中したらしい武蔵が何とも無いと言うように言葉を発する。

 

「くっ、いいぞ、当ててこい! 私はここだ!」

 

 待て、相手は駆逐棲姫……駆逐艦が得意なのは、雷撃……。そもそも島風を襲った魚雷はどこから来た?

 ……! しまった! そうだ、魚雷だ!

 

「馬鹿! 武蔵、避けろ!」

 

「あ?」

 

 武蔵の呆けた様な声と共に大水柱が上がる。

 

「武蔵ィィイイイ!」

 

 無線に向かって叫ぶとノイズと共に声が聞こえてきた。

 

「……ゴホッ! まだだ……まだこの程度で、この武蔵は……沈まんぞ!」

 

 武蔵が沈まないでいた事に安堵するが、どうやら相当なダメージを受けているらしい。

 レーダーを見ると、春雨を護衛している金剛達はもうすぐ敵の射程外に外れそうだ。

 

「武蔵! もう良い! 下がれ! 金剛、榛名! 武蔵の代わりに大和に付け!」

 

 傍受されるのを恐れて周波数を変えながら命令する。

 しかし、駆逐棲姫の声は無線の周波数を変えても耳に届いてくる。

 

「ツキガ……月が、きれいデスネ……デキレバ……アナタと」

 

 一瞬その言葉に思考が止まる。

 鎮守府の廊下で聞いた言葉と同じ、まるで文豪の求愛の言葉のように自然に。

 その儚げな瞳と視線がディスプレイ越しに此方を覗く。

 まるで精神(ココロ)の奥底まで見透かすかのように。

 

「やめろ……! 私を、見るな!」

 

 堪えきれない恐怖に襲われるが、目を逸らす事ができない。

 

「ズット……欲シカッタ……」

 

 駆逐棲姫が手を此方に伸ばすような仕草をする。

 まるで幽霊がおいでおいでと三途の川を渡らせたがるように。

 

「提督! 気をしっかり持ってください! 提督は大和とあの陽が差す鎮守府に帰るんです!」

 

 大和の声にハッと自分を取り戻す。

 ……危なかった、もう少しで取り込まれそうになる所だった。

 

「……すまない、そうだな。帰ろう、あの鎮守府に。だが、その為にはもう少し頑張ってもらうぞ!」

 

 半分叫びながら操舵輪を殴りつける勢いで操作する。

 ……しかし気付くべきだった。

 敵は一人じゃ無かったという事を。

 不幸だったのはディスプレイの白いヒビによって魚雷に気が付かなかった事。

 すぐ後ろに現れた赤い三角。

 

「!? 提督! 避けてください! ソ級潜水艦が後ろに!」

 

 大和の悲鳴混じりの声が聞こえたと同時に、爆砕音と衝撃が艦を襲う。

 

「グ……ァッ!?」

 

「被弾しました。航行不能につき、速やかに下船を推奨します。バルーンチャフと共に救命艇を降ろします」

 

 無機質な機械音声が言葉を紡ぎ、赤く暗い赤色灯の光に切り替わっている。 

 衝撃でしこたま体を打ち付けてしまったが、不味い! 艦が傾斜している。早く艦橋から出なければ!

 水密扉に飛びつき、こじ開ける。

 幸い扉は何とか開いたが、外に出ると同時に雨と風がバチバチと体を打つ。

 

 パシュッと軽い射出音と共にキラキラと光るバルーンと救命艇が射出された。

 みるみるうちに膨らんでいく救命艇を見下ろし考える。

 救命艇まで行くには、この海を泳がなければならないだろう。

 ……足が竦む。しかし、飛び込まなければ完全なる死だ。

 質量が重いものが沈む時、周りの物も一緒に引き込んでしまうのは海の事を少しでも知っていれば誰でも分かる。

 

「ええい、ままよ!」

 

 叫び、飛び込んだが直ぐに後悔する事になった。

 前後左右の感覚が全く分からない。

 かろうじてバルーンの光がある方向が海面だと判別はつくが、荒れ狂う波に邪魔されて辿り着く事ができない。

 肺から空気が抜けていくと同時に浮力が失われ、沈んでいく。

 嗚呼、また私は暗い昏い水底へ沈んでいくのか……。

 すまない、設楽……後は、頼んだ……。

 これも夢ならば誰かの手が引き上げてくれるのか……。

 淡い期待と共に沈み行く体から腕をキラキラと光るバルーンに向けて伸ばす。

 

「捕マエタ……モウ……離サナイ……」

 

 薄れ行く意識の中で艦娘の声を聞いた様な気がした。




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