アイアンボトムグレイヴディガー~ショタ提督の苦悩~   作:ハルカワミナ

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天気晴朗ナレドモ波高シ

「鈴谷、索敵はどうだ?」

 

先行していた鈴谷達に追いつき、近距離通信チャンネルを開く。

こちらのレーダーでも確認しているが、今の所危険は無い様だ。

 

「んぉ、提督。随分イケてる艦だねぇ」

 

鈴谷が振り返り、高速艇を見ながら口を開く。

 

「今のところ異常は無いよ、ただもうすぐ夜だから鈴谷達の瑞雲は飛ばせなくなるねぇ」

 

「問題ない。その為に砲も積んでいるだろう? 比較的高速で移動できて、耐久力もあり、高錬度な艦娘は鈴谷達しか居なかったからな。頼りにしている」

 

「ふひひひっ♪ 鈴谷褒められて伸びるタイプなんです。うーんとほめてね」

 

……少しだけ気持ちの悪い笑い方をした鈴谷に苦笑すると利根からも通信が入った。

 

「提督よ。少し気にかかる事があるのじゃ。少し風が強い、夕暮れが見えるとは言えどもあちらでは荒れるやも知れんぞ」

 

それは少々気にかかっている。

嵐の海なぞ最悪だ。

 

「利根、お前の経験としてはどう思う?」

 

「……あまり良い波では無いみたいじゃな。渦潮が出ているかも知れん。島風を先行させてはどうじゃ? 提督が乗っている艦では小回りがきかんじゃろう」

 

利根が人差し指を舐めしゃぶり、風に当てて透かす。

風向きと湿度を計る原始的で簡易的な方法だ。

 

「あぁ、そうした方が良いだろう。島風、話は聞いていたな? 先行して索敵、哨戒を頼む」

 

「オゥッ!?」

 

話を振ると島風が驚いたような声をあげる。

……恐らく連装砲と話でもしていたのだろう。

任務中に集中を切らして欲しくは無い、後で少し叱っておく事にしよう。

 

「……速度が一番速くて小回りの利く島風に渦潮の警戒と哨戒をして欲しい。できるな? 島風」

 

「私が一番? やっぱり? 任せて! 私には誰も追いつけないよ!」

 

少し褒めたら勝手に自分ひとりで納得して先行してしまった。

……何事も無ければ良いが。

その時、ザザとノイズ混じりの無線が入る。

 

「コチラ葛城型巡洋艦、前方に敵影無し。しかし曇天、浪も高いです」

 

葛城型巡洋艦というのは大和の素性を隠すための言葉だろう。

大和達とは少し距離が離れている。

中距離での通信の為、周波数をこまめに変更しているとは言え、傍受を警戒しなければならない。

大和が戦艦になる前、つまり初代の大和は巡洋艦であったと聞いている。

そこからもじったのだろう。

私はディスプレイを操作して周波数を合わせ、大和に送信する。

 

「了解。そちらに島風が向かうが、衝突に気をつけろ。以上通信終了」

 

「わかりました」

 

手短に通信を終え、前を向く。

……このまま無事に着けばいいが。

鼓動が不安で早くなる。手がジットリと嫌な汗をかくのを感じる。

 

「……焦ってもどうにも出来ぬぞ。提督よ」

 

利根の声がインカム越しに聞こえる。

私の感情が見抜かれていたか。さすが利根型の長女だけあるな。

 

「大丈夫だ、しかし不安はある。鎮守府で一報を受けてから電文が一切入らないのも気掛かりだ」

 

「お主が信じてやらなくてどうする。大丈夫、装備は万全じゃ!」

 

小さ目の窓から覗くと利根が胸を張っている……ように見える。

……張るほどの胸は……いや、何でもない。やめておこう。

焦りを艦娘に悟られてしまった事に苦笑するが、おそらくは元気付けようとしてくれたのだ。ここは礼を言っておかなければなるまい。

 

「……そうだな、ありがとう。頼りにさせてもらうぞ」

 

「我輩がいる以上当然じゃ! 提督より少しお姉さんなのだからな。……だから、その、もっと甘えても良いんじゃぞ?」

 

利根の言葉に操舵輪を握っていた手がすべり、ディスプレイに頭をぶつけそうになった。

 

「ちょっと利根さん!? ドサクサに紛れて何を言い出しますの!?」

 

熊野が利根に食って掛かる。

あぁ……どうしてこう、うちの艦娘達は……。

 

「五月蝿い貴様等、任務に集中しろ!」

 

一喝すると二人とも黙ってしまった。

私を出汁にして弄るのは構わないが、もう少し時と場合を考えて欲しいものだな。

窓から覗くとすでに顔の判別が難しいほどだった。

刻一刻と闇が迫っている。

ディスプレイのレーダーの倍率を二倍に変更すると先行している大和と武蔵らしき青い三角が映る。

この分ならすぐに追い抜くな。

速度計算を頭の中で行っていると横風と波が襲い、艦が横揺れする。

 

「うぉっ……と!」

 

妙な浮遊感を味わい、落ち着いてから並走する艦娘達の様子を見ると皆一様に波を被ってしまったようだ。

 

「うわぁ、グッショグショ! ……サイアクー……」

 

鈴谷からペッペッと口に入った海水を吐き出す音と共に通信が聞こえる。

 

「……大丈夫か?」

 

「うん、このくらいはへーき。だけど帰ったらお風呂使わせてね。提督も一緒に入ろ」

 

軽口が言えるなら特に何があったというわけではないだろう。

しかし、あまり良い傾向ではないな。天気も、士気も。

幾ら戦意高揚状態といえども、艦娘のメンタルによってそれは如何様にもなる。

 

「……少し速度を上げるか。利根、先頭を頼む。鈴谷は左、熊野は右だ。魚鱗の陣形と思ってくれれば良い」

 

「武田八陣形じゃな。海戦ではあまり聞かぬが、面白そうだ。良いじゃろう」

 

魚鱗の陣とは後方からの奇襲以外に対応する防御に特化した陣形だ。

……普通は輪形陣などにするのだが、隊を分けているしな。

すでに艦載機も飛ばせないほどの濃密な闇が迫っている。

少なくとも高速で移動している此方に追いつくのは難しいだろうと判断しての事だ。

艦娘達は闇夜でもある程度は見えるが、人間は不便なものだな。

 

ディスプレイに暗視モードでのカメラ映像を映す。暗視モードはどうやらレーダーの索敵範囲が狭まるようで、倍率の数字が消えてしまった。

演算処理に割いているのだろう、無理も無いな。

魚鱗の陣形を組み終わってしばらくすると大和と武蔵らしき艦影がディスプレイに映った。

この距離まで近づけば近距離通信でも大丈夫だろう。

 

「今からそちらを追い抜く。誤射しないでくれよ」

 

冗談混じりに通信を入れるとむぅと膨れた大和の声が聞こえた。

 

「んもぉ~、大和はそんな事しません!」

 

「あぁ、冗談だ。すまないな、帰ったら皆でフルコースディナーといこう」

 

「ええ、殿(しんがり)はお任せ下さい!」

 

危険な任務に就かせてしまうことを詫び、大和と武蔵を追い抜く。

しばらく無言で進むとやはり波も風も強くなってきた。

バチバチと音がするのは波のせいでは無く雨のせいもあるだろう。

 

「……そろそろ最後の通信があった海域だ。気をつけろ」

 

嵐の夜は嫌いだ。

さきほど薬は飲んだのでフラッシュバックは起きないと思うが。

いや、弱気になるな。

弱気になるからこそつけ込まれる。

ギュッと操舵輪を握り締めると島風から通信が入る。

 

「提督! 何か浮いてるよ。……これは、ドラム缶? 何か白いものが引っかかってるみたい」

 

ドラム缶は輸送任務についた艦娘達に持たせる艤装だが、何故こんな所に?

嫌な予感がする。

呼吸が上手く吸えない。

 

「……近くに金剛達は居ないか? お前がいる場所は此方のレーダー範囲外の様だ」

 

搾り出すように、唸るように歯を食いしばりながら声を出す。

 

「……!」

 

島風のヒュッと息を飲む音がヘッドセットから聞こえる。

なんだ、どうした、頼む、何か言ってくれ……!

 

「……提督、は……春雨ちゃんのぼ、帽子が……この赤いのって……血!?」

 

嘘……だろう?

体中から力が抜け椅子から滑り落ちる。

ガクリと膝を着き、両手を下ろす。

春雨が、轟沈?

まさか、そんな事あるわけないだろう……。

頭の中で春雨の笑顔が血に塗れる。

私のせいか?!私が……!私が輸送任務などに行かせなければ!私が、大淀ともっと早く話してさえ居れば!

ぐぅと唸り、嘔吐感がこみ上げる。

 

「提督! しっかりするのじゃ! ここは敵地なのじゃぞ!」

 

利根が必死に声を荒げる。

椅子に掴まり、必死で体を起こす。

 

「あぁ……そうだな」

 

歯の間から零れるは怨嗟、後悔、慕情全てを込めた感情。

赦せない……。

 

「提督? どうしたのじゃ?」

 

不安気に利根が問いかけてくる声も、もうすでに届かなかった。

 

「暗視モード切替、レーダーを最大探知距離に!」

 

「危険デス 敵性反応ノ存在ガアリマス 探知サレル確率87%」

 

妖精を模したというAIに命令すると止められたが、そんな事を気にするほど冷静ではなかったようだ。

 

「構わん、一瞬で良い。艦娘の反応があれば急行してくれ」

 

「提督!? 何をしようとしているのじゃ!?」

 

利根の声が耳を突き刺す。しまった、マイクのスイッチが入っていたようだ。

 

「すまないな……。ただ、早く見つけてやらなければ春雨が……」

 

「落ち着きなさいな。安全な場所を見つけて隠れているかもしれないでしょう? ここは金剛さん達と合流して戦力を立て直すのが先決ではなくて?」

 

熊野が諭すように語り掛けてくる。

微かに声が震えている。焦燥しているのは私だけじゃなかったな。

 

「……そうだな、まずは金剛達を見つけよう。ただそれにはやはりレーダーを使わねばならないか……」

 

ディスプレイを睨みながら考える。

そうだ、この艦にはチャフ発射機 Mk 137が載っていたな。所謂デコイだ。

レーダーを最大に設定した後、チャフをばら撒けばカモフラージュにはなるだろう。

 

「レーダーを最大にし、チャフをばら撒く! 感があった方向に全速で進むぞ! 島風も、良いな?」

 

「了解! 私には誰も追いつけないよ!」

 

AIに命じ、レーダーを最大探知に切り替えると、比較的近い場所に6つ、島影に1つの大き目の青い点が映った。

やはり誰かが沈んでいるのかとも思ったが、固まっているせいで判別ができないのだろう。

 

「このポンコツめ……」

 

AIと兵装に棘を放っても通じるわけが無い、がジリジリとした感情に任せて、つい言葉に出してしまった。気を急くが、まずは金剛達の方向に向かおう。

 

「皆、六時方向に金剛達が居るようだ。全速で急行する!」

 

「うむっ! 了解だ! 指揮をしっかり全うしてこそ提督じゃぞ!」

 

利根が元気付けようとしてくれているのだろうか、務めて明るい声を出してくれるが今の私は感謝こそすれ焦燥感を抑えきる事ができない。

 

「……迷惑をかけるな……」

 

「もー! 提督、それは言わない約束っしょー? お爺ちゃんみたいだよ!」

 

鈴谷も此方を安心させようと軽口を叩く。

高速艇を金剛達が居るであろう方向に向け、レバーを全速に入れる。

パシュッと軽い発射音がして後ろを見ると、キラキラと発光するバルーンが海面に浮いていた。




チャフ発射機 Mk 137は現代の兵器ですが、デコイとバルーンについては空想兵器です。
ちなみに護衛艦:しまかぜに搭載されております。

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評価や感想下されば、此方も読ませて頂いてお返しさせていただきます。
ロリ提督とショタ提督の挿絵はプロローグの方に置いてあります。

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