アイアンボトムグレイヴディガー~ショタ提督の苦悩~   作:ハルカワミナ

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暁の水平線

少し慣らして分かった事だが、この高速艇は直進は早いが曲がりにくい。

ソリの競技である、ボブスレーに近いと言えば分かり易いかもしれない。

隣を滑る様に進む島風は少し不機嫌そうだ。

 

「提督、後でもう一回! もう一回駆けっこしよ!」

 

島風が懇願するように駆けっこの再戦をねだる。

先程何でもするって約束をしてしまったからな。島風も必死なのだろう。

……おそらく弾薬も燃料も削った状態でならば勝てると思っているのかもしれない。

ただ、今から戦闘海域に救援に行くのだ。

浮ついた心では一撃で轟沈という可能性も無くは無い。

 

「あぁ、分かった。だが、鎮守府に無事に帰投してからな。それからで良いなら幾らでも競争しよう。それにそろそろ日も暮れてくる。電探を積んでいるとは言え、最大戦速では危険だしな」

 

「えっ? 提督、もう走り疲れたの?」

 

どうしてそうなる……。暗い中ではこの高速艇は危険だ。曲がれないし止まれない。島風が更に不機嫌になる。

 

この速さにこだわる島風型1番艦の艦娘の機嫌を治す良い方法は無いものだろうか。

窓から見える、隣に追従する駆逐艦の艦娘の事を考える。

高速、強力な雷装……。

今は五連装酸素魚雷を積んでいる。

おそらくだが、艦娘の中では一番速度が出せるだろう。

40ノット以上の速度を出せると普段から自慢している。

これは島風の95%の出力時であり、タービンが焼け付くのを覚悟すれば42ノットは出るのではないかと思っている。

 

……エンジンを大事にしたいので勿論そんな事はしないが。

対潜戦闘も対空戦闘も高い水準でこなす、所謂駆逐艦の化け物といった所だろうか。

勿論良い意味でだが。

艦船としての最期は迫り来る魚雷を全弾避けつつ、奮戦したと聞いている。

機銃掃討での蜂の巣状態ではあったらしいが……。

 

その後、乗員を全員退去させた後、意図的にタービンを暴走させ爆発、自沈している。

最大出力で運行させないのは艦船時代のフラッシュバックを起こす可能性があるのであえてしたくないのだ。

 

「……そういえば新式タービンを明石が開発したと言っていたな。島風がつけたらこの鎮守府で敵うものは居なくなるなぁ」

 

追従する島風の機嫌を直す為に、この間明石が言っていたことを思い出す。

 

「私が一番? やっぱり? そうよね! だって速いもん!」

 

新しい機関を装備して速度が上がる事を想像したのかニマニマと島風が表情を変える。

 

……よかった、どうやら機嫌は直ったみたいだな。

私は島風から視線を外し、前を向く。

緑色のディスプレイの左上部にレーダーが映っている。自艦を中心として、前向きの青い三角形が島風だろうか。

レーダーに触れると倍率が変わるようだ。

ディスプレイに小さく5倍と書いてある。

見ると青い矢印が5つほど増えた。

 

近くの一つの三角は島風だとして、少し離れて3つの三角は航空巡洋艦、利根、鈴谷、熊野か。

という事は一番前の2つが大和と武蔵だな。

 

このまま行けばおそらく追い抜くな。

先行しても良いが、艦載機が無いので索敵に不安が残るな。

鈴谷や利根達と足並みを合わせるべきか。

 

ディスプレイに指を当て、この艦船の装備を確認する。

オートメトーラ社製62口径76ミリコンパクト砲、OPS-18対水上捜索用レーダー、Mk137六連装デコイ発射機か……。

確かにこころもとないが、人間が作る兵器は深海戦艦には効かない。

 

何故かというとバリアみたいなもので防がれてしまうのだ。

みたいなもの、と書いたが正確には不明だ。

……人間と接触して無事に帰ってこれた例が無いのでな。

 

深海棲艦の事を考えていると通信が入って来た。

ヘッドセットを操作し、通信チャンネルを開く。

 

「提督、聞こえますか?」

 

大淀の声が少々のノイズとともに聞こえる。

 

「あぁ、問題無い。どうした?」

 

ディスプレイを操作しながら燃料、推進装置にも異常が無い事を確かめて返事をする。

 

「もうすぐ鎮守府近海領域範囲外に出ます。そうすると通常通信では傍受される危険性がありますので、鎮守府と直接の通信は出来なくなります」

 

「あぁ、分かっている。暗号で、だな?」

 

……暗号といっても何度も通信回線を開いていると此方の戦力も位置も特定されるかもしれない、必要最低限に留めておくべきだろう。

 

「はい、その通りです。それで、ですね。設楽提督から言伝を預かっています。必ず無事に帰るように、だそうです。……モテモテですね、提督」

 

「ははは、そんな事はあるわけがないだろう。設楽は同期の友人として気にかけてくれているだけだ」

 

私が笑い声と共に大淀に通常回線の通信を送ると、何やら設楽の喚く声が聞こえた。

 

『長門! 離しなさい! やっぱり私も!』

 

『えぇい! 落ち着かないか! 設楽!』

 

……長門と設楽も大変だな。

 

「ま、まぁこちらは心配は要らない。島風と大和も居るしな」

 

大和も島風も比較的性能の良い電信機を持っている。

私が使えなくても問題は無いだろう。

 

「はい、解りました。お気をつけて……」

 

「あぁ、では通信を終了する」

 

鎮守府近海領域では深海棲艦に通信を傍受される事は無いが、領域外に出れば傍受の危険性は跳ね上がる。

超短距離無線に切り替え、島風に連絡を取る。

 

「このまま島風の巡航速度で鈴谷達と合流。索敵機の届く範囲で先行する」

 

「了解です! 連装砲ちゃん、一緒に行くよ」

 

島風は小さな船に乗っているマスコットの連装砲に声をかけると、高速艇の前を進む。

まるで水先案内人みたいだな、と苦笑した。




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ロリ提督とショタ提督の挿絵はプロローグの方に置いてあります。

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