アイアンボトムグレイヴディガー~ショタ提督の苦悩~ 作:ハルカワミナ
「そんなことさせると思う?」
設楽と喋る様子を無言でじっと見つめていた天津風がナイフの様に冷たく尖った言葉を放つ。
……そういえば設楽と天津風はなにか雰囲気が似てるな。喋り方と言い、そっくりだ。
「悪いが止めても無駄だ。すまないな、天津風」
席を立つとドアの前に天津風と衣笠が立ちはだかった。
「……貴様等、どういうつもりだ」
自分でも不味いと思うが、どうにも感情が昂ぶるのを抑えきれない。
「提督、落ち着いて。金剛さん達が向かっているなら足手まといになるかもよ?」
衣笠が此方を落ち着けようと声をかけてくれる。
しかしドアの前をふさいだまま。
「……私も反対だ。提督や設楽達を護衛する為に艦隊編成をしなければならないが、すでにこの鎮守府の主力は出払っているのだろう?」
長門が壁に背をつけ、腕を組みながら一語一句考えるように話す。
「もし提督が向かった後に鎮守府を攻撃されたらどうなる? 主力艦隊不在の間に鎮守府が攻撃された場所もあると聞いているぞ」
私も聞いた事がある。
主力艦隊を全て出払わせていたために、鎮守府が深海棲艦に攻撃されたと。
その後、提督が生死不明になったがあまり艦娘に慕われていなかったのか秘書艦の長門と大淀が提督業を引き継いだと聞いている。
……私の鎮守府ではどうだろう。
もし私が死んだら艦娘達は泣いてくれるだろうか。
「天津風、衣笠。もし私が深海棲艦の手にかかって死んだらどうする」
……しまった。考えて居た事が口に出てしまった。
「あ、いや。気にしないでくれ。なんでもないんだ」
慌てて言葉を取り消すが一度出てしまった言葉はもう戻らない。
『……地面に落ちた雨の音を声にするのは野暮だと思わないかい、提督。』
ふと時雨の言った言葉を思い出した。
あの時の時雨はどういう気持ちであったのだろうな、と考えていたら衣笠の言葉で現実に引き戻された。
「私は泣くかもだけれど、まずは青葉を慰めるかな。姉妹艦だし、あの子が提督を慕っているのは事実だしね」
「いや、先程のは戯言だ。気にしないでもらえるとありがたい」
衣笠に弁明すると天津風が近寄ってきた。
「私は!」
怒りを含んだ声色で此方に大股で歩いてくる天津風。
「……あたしは、あなたが敵の手にかかって逝くなら深海棲艦を一隻残らず沈めるわ。例え腕折れ、腹に風穴が空いても残った歯で奴等の喉笛を噛み千切ってやるから」
天津風の瞳にはその様子を想像しているのだろう。
暗い愉悦の光が燈っている。この感情は以前何処かでぶつけられた事がある。
……そう、怨念だ。
あれは何処だっただろうか……。
あぁ、深海棲艦と戦っているときだったな。艦娘につけた通信機から深海棲艦の沈み行く時の声が未だ耳に残っている。
しかし今は天津風を落ち着かせねば。
こうなっているのはおそらく私の体臭だろう。
事前知識の無い天津風には仕方の無い事だ。
ましてや駆逐艦、体の小ささも相まって薬の影響への耐性も理性で抑える事も知らないのだろう。
「天津風、大丈夫だ。すまないな、変な事を言って。何処にも行かないから、もしもの時は守ってくれるか?」
天津風の肩を少々強めに叩く。
これで正気に戻ってくれればいいが。
「あ? え、えぇ……そうね。あたしに任せてくれれば提督の一人や二人大丈夫よ。ね! 連装砲君!」
肩を強めに叩いたせいだろうか。瞳に光が戻った天津風が正気を取り戻す。しかし、私が二人も居たら大変だろうな。多少偏屈なのは自覚しているつもりだ。
「しかし……。ただ待つだけというのは辛いな。大淀が居る作戦司令室へ向かうか。あそこなら情報もすぐ入って来るだろうしな」
正直言って春雨達の救援に行きたいのは山々だが、天津風の様子を見る限り私に何かあれば後を追う艦娘が少なからず居るかもしれない。
……私の思い上がりならば良い、笑って済ませられるが。先程の気迫には冗談ではすませられない迫力があった。
「私がこの馬鹿を見張っておくわ。天津風ちゃんは此処で待機して何かあれば知らせてくれる?」
設楽が天津風の頭を撫でる。
対して天津風は少しだけ迷惑そうだな。階級が私より数段上なので、跳ね除けられなくてこまっているようだが。
まぁ設楽が付いていてくれるなら問題はない。今の私の状態では艦娘にとって害悪以外の何者でもないからな。
「誰が馬鹿だ。……そういう事だ、天津風。もしここに一報が届けば直ぐに知らせてくれ。これも重要な任務だからな」
「重要任務なら仕方ないわね。……任されるから早く帰ってきてね」
命令に対して不安気な天津風が此方を見る。正直その視線に心臓がドクリと脈打つがその後の設楽の一言で急速に冷めた。
「……このロリコン。いつから駆逐艦の艦娘を手篭めにするような男になったのよ」
「何故そうなる。まぁいい。付いてきてくれ、設楽」
流石に性犯罪者のように呼ばれるのは我慢がならない。
とりあえず大淀の下へ行こう。
あぁ、その前に忘れていた。
「衣笠、長門、設楽も聞いてくれ。今日陸軍の艦娘に世話になってな。青葉と鳳翔の店で休んで貰っている。設楽を護衛してきた艦娘も良ければそちらで休んでくれ。それと衣笠、行くなら天津風に差し入れでもしてやってくれると嬉しい」
あの陸軍将校から助けてくれたあきつ丸を思い出す。
私の症状が落ち着いたら挨拶せねばな。
「……そう、ならお言葉に甘えるわ。長門? 磯風達を連れて休んでらっしゃい」
「ああ、そうさせてもらおう」
長門が設楽の言葉に答える。
衣笠に案内してもらえば良いだろう。
衣笠に視線を向けると分かったと言う風に頷いた。
さて、それでは設楽と作戦司令室へ向かおう。
執務室のドアを閉めると設楽に話しかけられた。
「アナタ、今の症状の具合は問題よ。一度軍病院にでも行ったらどうかしら」
「分かってはいるのだがな。今私が抜けるわけにもいくまい」
ゆっくりと歩き出して、私の言葉に設楽は少し考えるような素振りを見せた。
「怖いんでしょう? 自分がエサとみなされて艦娘達と引き離されるのが」
「……ッ! そんな事は!」
……無い、と言いたかったが実際その通りかもしれない。
「受け入れられなければ心が壊れるのが先よ。実際そうなってきた人間を何人か見てきたわ。そういう人間は自分の頭を撃ち抜くのが先ね。エサとして利用されるのが受け入れられず、それでも誰かに己の辛さを分かって欲しいと叫んだあげくの行動よ」
「……そうか」
その気持ちは解る気がする。私もエサとなれ、と命じられたら自分の命は断つだろうな。
「そうはさせないけれどね。私はあなたが大切よ。軍学校時代からの大切な同期ですもの」
設楽に同じ身長、同じ目線から真っ直ぐに視られる。
面と向かって大切と言われた事に少々顔が熱くなるが、それでも視線を外さない設楽にますます顔が赤くなる。
「ふふ、何顔を赤くしてるのよ。同期だって言ったでしょ。大切な、ね」
ボソリと勘違いしないでよね、と言われ、ようやく視線を外された。
設楽の顔も少しだけ赤いのは陽に朱が混じったか、気のせいであろうな……。
ロリ提督はツンデレ属性持ちです。
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ロリ提督とショタ提督の挿絵はプロローグの方に置いてあります。