アイアンボトムグレイヴディガー~ショタ提督の苦悩~   作:ハルカワミナ

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死にたがりとさびしんぼ

「青葉、何をしている」

 

 到って簡単に見つかった。

 建物の外を歩いていると執務室のドアの前をウロウロしている青葉が目についたのだ。

 

「あ、司令官、青葉、見ちゃいました……」

 

 何を見たのだろうか。

 とりあえず執務室の前だと人目につくので中に招き入れる事にした。

 

「で、何を見たんだ?」

 

 執務室の椅子に腰掛けて問う。疑いたくは無いが、青葉が機密書類を漁った犯人だとして最悪の事態を想定、ピストルはいつでも抜ける様にしておく。

 最も艦娘相手に効果は薄いのだが……。発砲音で誰かしら駆けつけるだろう。

 

 できれば使いたくはないが。

 

「はい! 私の情報によるとですね。軍上層部は、この司令部にあまり良い印象を抱いて無い様です」

 

「あぁ、それは私も理解している。この間も陸軍の辻という名前の中将からはこんな子供が海軍少尉とは世も末だと言われたよ」

 

 他にも散々罵倒されたが、思い出すだけで腸が煮えくり返る様だ。

 陸軍と海軍の仲が悪いのは今に始まった事ではない。

 

 海軍上層部も私の司令部を陸軍からの文句の捌け口、いわゆるスケープゴートにしようとしている節があると少将まで上り詰めた提督仕官学校時代の友人から教えられた。

 

 提督によっては任務を遂行させる為に駆逐艦の艦娘をわざと轟沈させて成功率を上げたりしているようだ。

 上層部でもそのような手法がまかり通っている事は周知の事実だ。

 

 だが真っ向からその様な作戦に反対していれば反発も買うだろう。

 つまり、この司令部の私という存在は少々鼻つまみ者であるのだ。

 情報に聡い青葉の事だ。

 私が軍部で風当たりが強いことを知っていてもおかしくは無い。

 

「だが、お前たちはかならず護る。一人たりとも轟沈させたりしない。だから信じてくれっていうのはムシが良すぎるか」

 

 青葉の目を見ながら注意深く言葉を選ぶ。

 しかし青葉はキョロキョロと落ち着き無く目を動かしている。

 何か言えない事でもあるのだろうか。

 ……もしや本当に青葉が犯人なのだろうか。

 

「……きょーしゅくです。司令官、ですが……ちょおっと深入りしすぎたようです」

 

 青葉が7,7mm機銃を水平に構える。

 ちょうど今の自分の眉間あたりに照準がついているのだろう。

 額にペン先を近づけたようにムズムズする。

 コッソリとゴキブリとヘビのゴム製オモチャを中将のカバンに忍ばせておいたのだが……まさかそれくらいで殺されてしまうハメになるとは。

 どれだけ尻の穴の狭い人間だろうか、あの男は。

 

「青葉、私を撃つのか?」

 

 喉が渇く。

 机の下に隠したピストルが手汗でヌルヌルとすべり嫌な感触を伝えてくる。

 

「よく見えますねぇ……」

 

 青葉には私の声も届いてないようだ、照準を覗き込みながら呟く。

 艦娘の艤装での機銃掃射では普通の人間が撃たれたら即ミンチであろう。

 どうする?一か八かで青葉を撃つか?

 そんな事を考えていたら可笑しくなってしまってフフと息が漏れる。

 

「出来ない、な。青葉、すまない」

 

 艦娘を傷つけることはしたくない。

 そもそも青葉はあの陸軍中将からどんな辛い命令を受けているのか。

 おそらく姉妹艦の衣笠を轟沈させるとでも脅されているのだろうか。

 

「青葉、君が人殺しの業を背負う事はない。大丈夫だ、私が起こした問題は自分で責任を取る。だから後ろを向いて執務室から出ていきたまえ」

 

 瞳を閉じ、ゆっくりと自分のコメカミに銃口を当てる。

 ヒンヤリとした冷たさが心地よいと感じてしまうのは自分がおかしくなっている証拠だろうな、と考えたら不思議と口角が上がるのを感じた。

 自分は笑っているのだろう。

 そうだ、おかしい人間ならばこれで良い。

 

「え?」

 

 青葉の素っ頓狂な声が聞こえる。

 なんだ、まだ出て行ってなかったのか。

 まぁ良い、引き金に人差し指をかける。

 後の事は時雨が引き継いでくれるだろう。

 彼女は有能だ。

 嗚呼、しかし心残りが一つだけ、また別れを経験させてしまう事だろうか。

 願わくば、また独りで泣く事は無いようにと祈る。

 彼女の戦跡を辿り涙した事は私が墓まで持っていこう。

 

「すまない」

 

 けして彼女に届く事は無いだろうが、謝罪の言葉を述べ人差し指に力を込める。

 

「わぁぁぁあ~! ダメェッ!」

 

 悲鳴と発砲音とで鼓膜が鳴っている。

 天井からパラパラと壁材のかけらが降ってくる。

 どうやら銃弾は天井に当たったらしい。

 私の腕を捻りあげているのは青葉だろうか。

 痛いので離して欲しい。

 

「青葉、すまないが邪魔をしないで欲しい。後、腕が痛いので離してくれないか」

 

 せっかく人が覚悟を決めたのに邪魔をするとは……。

 目を開け、腕を捻りあげている青葉を見る……誰だ?

 

「君は誰だ?」

 

 私の腕を捻りあげているのは青葉ではなかった。

 正面を見ると腰を抜かしている青葉が居る。もう一度右腕にへばりついている艦娘?を見た。

 ゴーグルをつけ、白い水着らしきものを着ている。

 おそらく潜水艦娘なのだろう、道理で気配にも気付かなかったわけだ。

 

「とりあえず離してくれ。腕が痛い。」

 

 なるべく落ち着いたトーンで言ったつもりだったが自分の右腕に張り付いた艦娘?はブンブンと首を振るだけだった。

 とりあえず空いている左手で右手のピストルを机に置く。念のためにセーフティレバーもかけておく。

 銃が離れたことで安心したのかようやく捻る力が弱くなった。

 

「もう一度聞く、君は誰だ?」

 

「ま、まる……」

 

「その艦娘が司令官の部屋に出入りしてたんだよ! 青葉、見ちゃったんだ……」

 

 右腕にへばりついた艦娘の言葉をさえぎるように青葉が喋る。

 まだ腰を抜かしているようだが、カーペットに染みが広がっている所を見ると粗相をしてしまったらしい。

 

「そうか、じゃあ君の名前を教えてくれないか?」

 

 このままでは銃声を聞きつけた艦娘が押し寄せてくるだろう。

 ある程度事情説明ができる様に情報は整理しておきたい。

 

「まるゆはまるゆです! 陸軍が開発した秘密兵器です!」

 

 私の右腕にぶら下がりながらまるゆと名乗った艦娘は自慢気に自己紹介をした。

 

「そうか、じゃあまるゆは陸軍の命令を受けて私を暗殺しに来たんだな?」

 

「え? まるゆはそんな……」

 

「司令官! 離れて!」

 

 腰を抜かしたままの青葉がまるゆに機銃の照準を向ける。

 慌てて私の背に隠れるまるゆ。

 嗚呼、誰かから、どいてそいつ殺せないとか言われそうだ。

 

「まるゆは人殺しなんてしません!」

 

 私の背中で大音量で喋らないで欲しい。

 

「嘘だッ! 青葉見てたもん! アンタがモグラみたいに隠れて司令官の机を漁っていたとこ!」

 

「モグラじゃないもん。まるゆだもん!」

 

 五月蝿い。ここは息を吸って……

 

「五月蝿い! とりあえず落ち着け! 貴様等!」

 

 執務室のガラスにヒビが入った。

 自分の声は凶器になりうると自覚しているほどには高いのだが、ここまでとは……。

 深呼吸をし、一呼吸置いてから質問を続ける。

 

「どうしてまるゆは海軍司令部に来ていたんだ?」

 

「……まるゆは陸軍の偉い人になんでもいいから海軍隊長さんの邪魔をしてこいと言われたんです。」

 

 目を回しながらまるゆが質問に答える。

 

「そうか、じゃあ何故執務室に出入りしていた?」

 

「海軍上層部からの報告書がこの机の中にある事は知っていたので落書きしたら海軍隊長さん困るかなと思ってたんですが、その人と海軍隊長さんが部屋に入って来たので……。」

 

 まるゆは青葉を指差す。その人とは青葉の事だろう。

 全力で脱力した。

 ただの嫌がらせをしたかっただけなのか。

 

「もう一度聞くがまるゆは本当に暗殺等考えていないんだな?」

 

「はい! まるゆのバラストタンクを賭けても良いです!」

 

 どうやらまるゆは艤装も一切無いようだ。

 ならば殺意が無いのも本当なのだろう。

 自分の命に関わる事では無いので安心したが、悪事は悪事だ。

なにかしら考えておくことにしよう。

 だが、まずは青葉だ。

 電探を装備しているせいかさきほどの私の声で想像以上のダメージを受けているようだ。

 まだへたりこんでいる青葉に近づいて声をかけてみる。

 

「青葉、大丈夫か? ……ウグッ!」

 

 手を差し出そうとしたら右肩に激痛が走った。

 どうやら捻りあげられたとき外れていたようだ。

 アドレナリンが分泌されていたようで気付かなかったが、さすがはまるゆも艦娘といったところか。

 仕方なく左手で青葉の肩に手を置く。

 

「し、れい、かん?」

 

 かろうじて言葉を発する青葉。

 その横に膝をついて再度声をかける。

 膝に冷たい感触がじわりと染込む。ズボンはクリーニングだな、と半ば諦めた。

 

「そうだ司令官だ。青葉、大丈夫か?」

 

 その瞬間パァンと乾いた音が執務室に響く。

 青葉に頬を叩かれたと理解するまでに数秒かかった。

 

「司令官は馬鹿ですか! 青葉は司令官をおまもりしようとしたのにどうして自殺するんですか!」

 

「いや、まだしてないぞ。ちゃんと生きてるだろう?」

 

「黙って下さい! 青葉は……青葉は……!」

 

「あぁ、すまない。だが青葉も悪いんだぞ?あんな紛らわしい言い回しするから青葉が陸軍から暗殺指令を受けたのかと……。」

 

「煩いです! このボケナス! 鈍感! 女タラシ! 見た目ガキンチョ! モグラ!」

 

「モグラじゃないもん! まるゆだもん!」

 

 まるゆはモグラと言われると怒るらしい。

 後、青葉、右肩を掴まれると痛い。

 随分と理不尽な罵詈雑言を投げつけられ怒られているが、まぁ仕方ない。

 ドタドタと外が騒がしい、我先にと廊下を走っているようだ。

 ヤマトナデシコたるもの廊下を走るなといつも言っているのだがな、と苦笑いを浮かべていたら艦娘達が執務室に転がり込んできた。

 

「提督?! 今銃声が! ……青葉?」

 

 時雨が息を切らせて青葉の名前を呼び絶句する。

 何が起きているのか理解の範疇を超えている様だ。

 青葉は泣きじゃくって粗相をした後が残っているし、自分はその青葉を左腕で抱きしめる形だ。

 

 日頃から鈍感と言われている私でもこの後の事は容易に想像がつく。

 

「あらあら~、提督ったら泣き叫ぶ青葉ちゃんを無理やり手篭めに~?」

 

 しかもこの状況でガソリンに火をつけるような事をさらりと言う龍田。

 

「見損なったぜ、提督! 子供だと思っていたらこんな事! オレはっ! オレはッ!」

 

「あらあら~、天龍ちゃん泣いちゃった~。よしよし~。」

 

 天龍をいじりたいがために上官を奈落の底に突き落とす。

 龍田ならではだろう。

 いや、この場合恨みもあるのだろう。

 この間古いかき氷機を見つけたので直すのを手伝ってくれた天龍とかき氷を食べているところを目撃されたのだが、そんなに龍田もかき氷を食べたかったのだろうか。

 

 しばらく口も聞いてくれなかった。

 やはり食べ物の恨みは恐ろしい。

 

「提督、いい天気ですね……」

 

 扶桑の声が聞こえる。彼女ならばようやく落ち着いて話ができそうだ。

 

「扶桑か、すまないがタオルを取って……くれない、か?」

 

 少しばかり安堵して視線を扶桑に向ける。

 おかしい、瞳から生気が感じられない。

 しかも執務室のドアと壁は砲塔で破壊され、全砲門がこちらを向いている。

 

 修理費は自分持ちだろうなぁと溜息と涙が出そうになる。

 他の艦娘も広くなった執務室の入り口から入って来た。

 とりあえず状況説明しないと収まらないだろう。

 

 嗚呼、胃が痛い……。

 青葉は着替えてくると言い放つと執務室を出て行ってしまった。

 後でフォローをしておこう。

 

 ……その後青葉の粗相についての名誉回復に私は東奔西走する事になるのだが、それはまた別の機会に語ろう。




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