アイアンボトムグレイヴディガー~ショタ提督の苦悩~ 作:ハルカワミナ
「このスケベ男は放っておきましょう。艦娘はコイツに近づかないように」
少しだけ怒っているような風体の設楽が立ち上がる。顔が赤いのは怒気のせいだろうか。
「……あぁ、そうだな。今艦娘が私に近づくのはあまり褒められたものではないな……」
執務机に手を掛け、よっこらせと立ち上がった。
大淀が処方する薬を飲んだ直後は発汗や体臭に戦意高揚の成分が乗るらしく艦娘の理性を飛ばし易いのだ。
……最高にハイ!ってやつだあー!等と叫んではならない。ダメ、絶対。
こんな事を考える程度には頭は落ち着いているらしいな。
艦娘達を見ると大淀、衣笠の両名は理性を保っているが、状況が分からないらしい天津風は何やらスカートの前を押さえてモジモジとしている。
長門は先程理性を飛ばしかけたせいか他の艦娘より一歩引いている。
「天津風さん、緊急用の放送端末を」
大淀が天津風に指示を出す。
「え!? ええ、分かったわ」
大淀が全館放送用のマイクに近づいて話す。
「さきほどの発砲音は訓練です。繰り返します。先程の発砲音は訓練です」
そう言ってマイクのスイッチを切った。
……あぁ、なるほど。設楽が長門の正気を取り戻す為に撃った音を聞きつけて誰かが飛び込んでこないとも限らないからな。
何人かの艦娘はいぶかしむかもしれないが、それでも大淀の言葉なら大丈夫だろう。
それに記録として残るが大淀の声であれば訓練として処理される。……私が言ってもアラを突かれ痛くも無い腹まで探られる事になりかねないからな。
「設楽は薬を飲んでいるのか?」
ふと疑問に思って聞いてみた。
「ええ、アナタほど飲む頻度は多くないわ。……必要最低限にはしているからなのだけれど。そもそも何故ここまで早くフラッシュバックの症状が出てるの? それこそほぼ日常的に食事に入れて摂取でもしないとこうはならない筈よ?」
設楽が大淀を睨みつける。敵意の篭もった瞳で。切れ長の目が細められて敵か味方かを推し量っているようだった。
「それは……」
大淀が言いかけるのを私は手で制した。
「私が話そう。……恥ずかしい事に慢性的な胃痛を抱えていてな。どうしても頼ってしまっていたのだ。大淀に責は無い」
「提督……ありがとうございます」
副作用や効果については全く知らされていなかったが、ここでそれを設楽に言うほどでもないだろう。
できれば問題をばらまきたくないしな。
「それはそうと救援要請についてだが、本当に時雨からだったんだな?」
「はい、救援要請と共に、敵の第一波は凌げたと電文を受け取りました。……ですがそれからは連絡が来ていません」
大淀から状況報告を聞く。
不味いな、時間的にはそろそろ夜だ。
夜戦に持ち込まれたら時雨達の生存の可能性はゼロになる。
窓の外を見て橙に染まった景色を確認する。
「設楽の護衛に向かわせた高速戦艦達を時雨達の下へ向かわせよう。暗号は変えておけ、他の鎮守府で深海棲艦に暗号が傍受されていた事があったみたいだ」
信じられないことだが、深海棲艦が暗号を解読しているという噂がまことしやかに囁かれている。
確か有名な鎮守府が発信源で、駆逐艦の吹雪が精一杯頑張っている場所だ。
自分が行って無事な姿を確認したかったが、今は最善と思われる策を取ろう。
無事で居てくれ、春雨。
「天津風、衣笠に頼んでおいたが護衛艦隊の編成は誰だ?」
未だモジモジと顔を赤らめている天津風に声をかけるとビクリと体を震わせた。
「えっ!? あ、うん……。戦艦は金剛、榛名、比叡、霧島。空母は赤城と翔鶴よ」
……どうやら自分の体の不調には気付いていないらしい。
少し席を外させるべきだろうか……。
だがこれなら救援に向かわせられる。
「大淀、頼む」
「畏まりました。それでは暗号電文を飛ばします」
小型端末を取り出し、操作をしている大淀。
恐らく司令室の機材に直結しているのだろう。
「送信しました。それでは確認の為に作戦司令室に戻ります」
操作を終わらせたらしい大淀が此方を向いた。
「あぁ、二度手間を踏ませてしまって申し訳ない」
感情に任せて呼び出してしまった事を少し後悔した。
「……良いんです。あそこで薬を持っていかなければもっと酷い事になっていたでしょうから」
大淀の言葉にギリと歯軋りをする。確かに大淀が来なければ、長門に止められなければ自分の体か艦娘を傷つけていたかもしれないのだから。
「……すまない。苦労をかけるな」
「ふふ、本当ですよ。そう思うなら私ともデートしてくださいね」
ニコリと微笑み、一礼をして出て行く大淀。
やはりばれていたのか。
「随分もてているようね。艦娘とデートまでするなんて。正直アナタはその外見だから恋愛対象には適さないと思っていたわ」
妙に不機嫌そうな設楽の声がする。
「お言葉ですが、提督は艦娘の事を第一に考えています。たまに過保護とは言える時もありますが、私達は感謝しています。異性とはいかないまでも父親や兄、弟に抱くような好意が芽生えるのは当然の流れです」
衣笠が設楽に食って掛かる。フォローをしてくれているのだろうか。
「ふぅん……。まぁ、いいわ。それで、アナタは黙って座っている様な人じゃないわよね?」
設楽が私の肩に手を置く。
……ばれていたか。
「あぁ、空軍の知り合いに連絡を取る心算だ。小型のオスプレイをな」
「……ってアメリカの機体じゃない! そんなもので日本の空を飛ぶつもり!? 第一そんなものは空軍は導入していない筈よ!? ……まさか!」
設楽が激昂する。
無理も無い、当然の事だ。だが、存在するのだ。
小型にして機体識別番号を偽装したものがな。
名称はMV/SA-32J:海鳥。
航続距離は燃料タンクを換装すれば1000km弱まではいくだろうか。しない場合は400kmほどだ。ギリギリ帰れるか片道切符かは運次第だな……。
「やめておきなさい、海鳥の事は私も聞いた事があるわ。でも行かせない。あれは深海棲艦にとっては蚊を落とすより簡単よ」
コメカミに銃をつきつけられる。
「設楽!?」
「提督!」
長門と衣笠の声が響く。
しかし設楽はそれに全く動じず、言い放った。
「良いわ。私と行きましょう。魚雷艇を貸すわ」
行きましょう、という単語に様々な意味が込められていた気がする。
それは往きましょう、なのかもしれないな。
巻き込んでしまってすまないと思いつつも設楽に頷いた。
海鳥は架空の兵器で、ジパングに出てくる垂直離着陸機です。
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ロリ提督とショタ提督の挿絵はプロローグの方に置いてあります。