アイアンボトムグレイヴディガー~ショタ提督の苦悩~   作:ハルカワミナ

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水底への鎮魂歌

天津風が執務室からの直通回線で大淀に連絡を取る。

 

「はい、こちら大淀」

 

「大至急、執務室まで来てくれ。繰り返す、大至急だ」

 

大淀の声が聞こえると同時に天津風から端末をひったくるようにして捲し立てた。

 

「提督、先程時雨から救援要請が……」

 

何故旗艦の春雨では無く、時雨から……?

いやな予感がじわりと心中に広がる。

 

「良いから来いと言っている……!」

 

ほぼ当てつけに近い感情だが、大淀にぶつけてしまった。

 

「……分かりました。すぐに向かいます」

 

プツリと通信が切れる。

 

「提督、落ち着いて」

 

いつの間にか後ろに居た衣笠が声をかけてくる。

手には私の提督服を持っていた。

 

「すまない、衣笠。……少し席を外す。着替えるので覗かないでくれるとありがたい」

 

衣笠から提督服を受け取り、給湯室に入った。一番手っ取り早く着替えられそうな場所がここしかなかったからだ。今は自室に行く時間さえも惜しい。

艦娘達には悪いがおふざけはここまでだ。

ホルスターとウィッグを外し、給湯室の影で服を脱ぐ。

長門や衣笠が覗きに来るかとも思ったが、そのようなおちゃらけた雰囲気ではないと悟ってくれたようだ。

 

TPOをわきまえてくれるのはありがたいな……。

給湯室の水道と石鹸でメイクを落とす。……あまりう褒められた行為ではないが、非常事態ということで許してもらおう。

サッパリしたところでハンカチを取り出して顔を拭く。

ハンガーから提督服を抜き、袖を通して帽子を被る。

 

睫毛が落ち着かないのは確かだが、今はそんな事を構っている場合ではないだろう。

執務机に着いて、設楽に声をかけた。長門と衣笠は少しだけ残念そうな顔をしていたが、気にしない事にした。

 

「設楽、お前の小型魚雷艇は借りれるか?」

 

「どうしても、と言うなら貸してもいいけれどオススメはしないわ。知能の高い深海棲艦の姫ならば真っ先に私達を狙ってくると思う」

 

しばらく考える素振りをした設楽が答える。

 

「それならば良い囮になるだろう?」

 

「「「ふざけないでっ!」」」

 

天津風と設楽と衣笠の声が綺麗に重なった。

最初に口を開いたのは設楽だ。

 

「……少し頭を冷やしなさい。もしアナタが敵の手に落ちたら深海棲艦まで強化されるのよ? まずそうなったらコチラに勝ち目は無いわ。それに、小型と言っても操縦するのはアナタ一人でできるわけじゃないわ。操縦するほかの人間まで巻き添えにするつもり?」

 

設楽の言葉に我に返る。……かなり頭に血が上ってしまっていたようだ。

 

「……すまない」

 

一言だけ謝罪の言葉を口にし、少しだけ冷静になった頭で敵について考える。

深海棲艦の姫、南方にいるならば南方棲戦姫だろうか。

何度も退けた経験はあるが、何度でも復活している。

経験があると言っても戦艦と空母での、この鎮守府ほぼ最強編成で、だ。

駆逐艦が狙われたらひとたまりもないだろう。

特に恐ろしいのは夜戦に持ち込まれたときだ。

おそらく夜戦能力にかけては最強と言っても良いだろう。

 

春雨は無事だろうか……。

月が昏く紅く染まった昨日の夜を思い出す。

あの時の深海棲艦に見えたのはもしやこの事を暗示していたのではないかと。

嫌な考えばかりが頭に浮かぶ。

その時だ、ぞわりと……ぞわりと体が重油の中に沈みこむ感触がした。

視界が暗くなる。耳の奥でノイズが走る。潮騒の音と、鼓動の音が。

 

「……あっ?」

 

不味い……!この感覚は……!?

机の影、足元に黒い影が纏わりついている。

それは一気に膝まで上がって、人の手のカタチになった。

 

「や……やめろ!」

 

払いのけるが次から次へと纏わりついてくる。

耐えられなくなり、銃を抜いた。

セーフティを解除し、震える腕で照準を足元の黒い重油に向ける。

……自分の足ごと撃ち抜くこともいとわないと考えて。

 

「……! 長門! ソイツを押さえて!」

 

設楽の声が響く。ただ、すでに私にとっては人の声と認識ができなかった。

重油のもりあがった部分が紅く、ただ紅く盛り上がり、言葉を紡ぐ。

 

それは怨嗟の声。

 

「ドウシテ……ナゼ、オマエモコイ……ミナソコに……シズメ」

 

「嫌だ……! やめてくれ!」

 

引き金に力が込められ、弾丸が発射される直前に椅子から引き摺り下ろされ押し倒された。

 

「ッ! ……ハナセェ!」

 

両手両足を固定され、必死にあがく。目の前の黒い物体が覆いかぶさり、無理矢理何かを口に流し込んだ。

 

「ぅゲホッ……!」

 

甘ったるい何かが死臭を連想させ、たまらずえずいた。

気管に入ったようで涙が出る。

 

「ガハッ! ハヒュー……ハヒュー……!」

 

何とか息が吸えるようになった時、目に入ったのは長門の姿だった。

 

「なが……と……?」

 

焦点が合い、私の両手両足を拘束しながら心配そうな目で見つめる長戸。このような真似をさせてすまない……。もっとしっかりせねばと考えるが、あの恐怖には抗えないのが悔しい。

 

「……落ち着きましたか? 提督」

 

「……大淀……か」

 

声がかけられ、首だけを回しそちらを向くと空になった瓶を持った大淀が居た。

どうやら薬を飲ませてくれたらしい。

 

「アナタ、相当危険な所まで来ているようね」

 

設楽が腕を組みながら冷徹に言い放ち、転がった私の拳銃を拾った。

 

「……すまない、もう大丈夫だ。離してくれ、長門」

 

「っ……う……」

 

長門の様子がおかしい……。これは、まさか。

 

「いけません! 長門さんを提督から離して!」

 

大淀の切羽詰ったような声が響く。

しかし衣笠、大淀、天津風の3人がかりでもビクともしなかった。

 

「……光が見えるな。あの光は嫌いだ……まだ、まだ私は沈まない……!」

 

長門の瞳に暗い炎が宿る。やはり理性を失った扶桑の時と同じか!長門の手が提督服の襟に伸びる。長門が何をしようとしているのか一瞬で分かった。……おそらく私の衣服を破くつもりだ。

 

「やめろ長門!」

 

パァンと音が破裂した。

私が自省を求める声を叫ぶのと設楽が天上に向けて銃を発射するのは同時だった。

キンと耳が鳴っている。

 

「え……あ? 私、は……」

 

だが、これで良かったらしい。長門の瞳に光が戻っている。

その瞬間長門の体が離れ、設楽が代わりに膝を着いた。

 

「ホラ、立てる?」

 

手を差し伸べてくれる設楽、しかしその体勢は……。白いレースがついたモノが目に入る。

 

「……設楽、下着が丸見えだぞ」

 

ゴスと銃底で殴られ星が飛んだ。

薬のせいか、此方も欲望に正直になっているのかもしれない……。




めんそーれ♂様がロリ提督を描いてくださいました。大感謝です。

【挿絵表示】

プロローグにも置いてあります。
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