アイアンボトムグレイヴディガー~ショタ提督の苦悩~ 作:ハルカワミナ
一方、その頃遠征任務に出撃した春雨達は……
「皆、このまま単横陣になって~!」
旗艦の私、春雨がインカムで指示をする。
単横陣は攻撃力は低いが回避能力は高い。
あまりこの海域は安全とは言いがたい為、警戒するに越した事は無い。
それにビアク島は私が艦船時代に沈んだ場所だ。フラッシュバックは今のところ起きていないけれど、気をつけなくちゃ。
「春雨、どうして先に手紙を届けたんだい?」
隣に並んだ時雨姉さんに話しかけられた。インカムのマイクのスイッチを切り、肉声で答える。
「司令官が急いでいるようだったからです、時雨姉さん」
「ふぅん……随分と提督の事を気にかけているんだね」
相変わらず時雨姉さんの機嫌が悪い。
「……時雨姉さんは、司令官の事が嫌いなんですか?」
「ッ! そんな事はっ!」
いつも冷静な時雨姉さんが動揺してる。
でもここは私も譲れない。
春雨一世一代の頑張りどころだから。
「春雨は、司令官が何であっても好きです! ……時雨姉さんは違うんですか?」
「……提督の事は僕も好きなんだ。だけど、僕もあの人も壊れてる……。だから、純粋な好意を向けられる春雨が羨ましいよ」
壊れている?何がだろう。
悩んでいると時雨姉さんが少し考えるような仕草をして話し始めた。
髪飾りがチリと音を立てて揺れる。
「提督は艤装を向けてもセーフティがかからない。それは春雨も見ていたよね」
時雨姉さんの言葉に私はコクリと頷いた。
「提督は一度死に掛けているんだ。……だからかもしれない。セーフティがかからないのは。僕は、あの生きる事を諦めたような儚げに笑う時の提督は大嫌いなんだ」
「一度死に掛けてるって何があったんです?」
だけど時雨姉さんは私の問いには答えず続けた。
「一緒に生きていたいのに……! それさえ叶わなければ僕が終わらせて……と何度思った事か!」
時雨姉さんの大きな声に五月雨ちゃんと白露姉さんが此方を向いた。
「時雨姉さん、落ち着いて!」
慌てて私は止める。
可能性は低いけれど、もしこの会話が傍受されていたら司令官への反逆の意アリと見られて問答無用で解体されちゃう。
……時雨姉さんも司令官の事は本気なんだ。愛情の方向は間違っているかもしれないけれど。
「時雨姉さん、だからと言って好きな相手を傷つけるのは幸せにはなれないと思います……。春雨は一緒に生きる道を選びます」
鎮守府に帰ればよくやったなって司令官が褒めてくれる。……それに、未遂で終わったキスもしてくれるかもしれない。
少しだけ顔が熱くなっているらしい。両の手の平を頬に当てたらじんわりと手袋の上から顔の熱が伝わってきた。
「……春雨? ……春雨は綺麗だね」
「はい?」
深い息を吐いて落ち着いたらしい時雨姉さんに声をかけられた。
綺麗?私が?意味が分からなくてなんとも間の抜けた返事をしてしまった。
「さっき、提督が死に掛けたって言ってたよね。……子供の頃、海に沈みかけていた彼を助けたのは、僕なんだ。提督は江田島って人に助けられたと思っているけれど。僕が死に掛けていた提督を彼に引き渡したんだ。酷い状態だったけれど、僕が積んでいた応急修理をしてくれる妖精が提督を治療してくれたんだ。腕の中で息を吹き返した子を見てホッとしたよ」
「え……?」
あまりの疑問に思考が固まる。
おかしい、時雨姉さんはあの鎮守府で建造された筈。
第一秘書艦の電さんなら他の鎮守府から配属されたので頷けるけれど。
それでも、提督が子供の頃なら10年近く前になると思う。……それに艤装としての応急修理要員を人間に使った……!?
「時雨姉さん……。意味が分かりません。どうしてそんな記憶があるんですか?」
少しだけ、自分の姉に当たる艦娘が恐ろしくなり、得体の知れない恐怖にぶるりと震えた。
「僕にも分からない。でも、あの鎮守府で建造されて……改二になった時思い出したんだ。血と重油と臓物が浮いていた中で全てを諦めたような瞳で僕を見ていた子だって。驚いたよ、助けた時から全く変わっていなかったんだから」
時雨姉さんが寂しそうな瞳で髪飾りを所在無さげにいじる。その仕草にいつもの姉の姿を感じて、先程の感情を恥じた。
「司令官にはその事を……?」
そうだ、自分の命の恩人なら司令官も特別な感情を抱いているかもしれない。
そうなると私には少し分が悪いのかな。でも時雨姉さんなら司令官とお似合いな雰囲気になりそうだし。
「言える訳ないじゃないか。僕は提督を助けてから……沈んだんだ。敵の攻撃を受けてね。前世でアナタを助けました、だから恩を感じて下さい、とでも言ったらまず頭を心配されるよ」
それに……と時雨姉さんが続ける。
「提督はその当時の記憶を封印しているみたいだ。もし完全に思い出したら今度こそ自分で自分の命を絶つかもしれない。僕はそれが怖いんだ……」
時雨姉さんがシニカルな笑みを浮かべ、どうすればいいのか分からないという風に首を振る。
あぁ、なるほど、と納得してしまった。この人も辛いんだ。
司令官を好きで、でも傷つけたくなくて、だけれど想いが届く事は無くてその術さえ知らなくて。
だから私もちょっとだけ、この不器用な人の背中を押してあげる事にした。
「前世とか春雨はどうでもいいんですけれど、今の時雨姉さんが司令官の事を好きなのは素直になって良いと思います。それに、司令官に艤装のセーフティがかからなくなったのは妖精さんのせいでは?」
私はさっきから考えていた持論を展開する。
「艤装は普通の人間には効果が無いですけれど。でも……仮死状態ならどうなんでしょう? 生気が限りなくゼロに近くなっていれば、時雨姉さんの腕に抱かれた司令官は艦娘の一部として認識されるかもしれませんし。もしかしたらその時に私達艦娘と同じような身体になっているかもしれません」
ここまで話して、あくまでも私の想像ですけれど、と付け加えた。
その言葉を噛締めるように反芻する時雨姉さん。次第に顔が輝くのが見てて分かる。もう一押しかもしれない。
「いつまでも鬱々としていたら司令官を春雨が貰っちゃいますよ? 春雨だけじゃなくて電ちゃんや扶桑さんや金剛さんや青葉さんなんかも強力なライバルになりそうですし、たぶんもっと増えますよ? 司令官の事が好きな艦娘」
「フフ、そうだね。負けないよ。僕が提督の一番になるんだから!……でも、まずは提督に謝らないとだね」
にこりと時雨姉さんが微笑む。あぁ、やっぱり時雨姉さんは笑っていたほうが良いな。いつもの儚い笑顔じゃなくて。
そっか、司令官と時雨姉さんは案外似たもの同士なのかもしれない。
「一番はあたしー!」
白露姉さんが時雨姉さんの一番って言葉に反応して通信に割り込む。
「きゃぁっ!」
思わずびっくりして声が出てしまった。
「春雨ちゃん、インカムのマイクずっとスイッチ入ってたよ……」
五月雨ちゃんの声がインカム越しに聞こえる。……という事は今までの会話全部!?
マイクのスイッチ切っていたはずなのに!……って切れて無かったみたい。
「春雨は五月雨よりドジだなぁ」
「なっ!? 私ドジっ娘じゃありません!」
白露姉さんと五月雨ちゃんが言い合いを始めちゃった。
と、その時重い何かが空を切る音が聞こえた直後、後ろで大水柱が上がった。
前を見ると遠くに黒い影が見えた。
「敵襲! 敵艦見ゆ! ってか? ふん!」
「ねぇ、こいつら……やっちゃって、い~い?」
敷浪ちゃんと文月ちゃんが艤装を構える。駄目だ、さっきの音は5inch砲の音じゃない、それに威力も。つまり敵は駆逐艦じゃない、少なくとも戦艦クラス……!
「駄目! 回避に専念して! 島の影と浅瀬を使って逃げ切ります!」
艦船時代の記憶がフラッシュバックしかけて足が竦みそうになるけれど、気合を入れて奮い立たせる。
「単横陣から複縦陣に! 被弾面積を減らして!」
守りきるんだ!誰も、生きて鎮守府に帰るんだ!
砲弾の雨が降り注ぐ。みんな紙一重で避けてるみたいで少しだけ安心する。
幸い戦艦が1隻、重巡洋艦が3隻みたい。こちらは高速な駆逐艦編成、これなら逃げ切れる!
一時は親指くらいの大きさだった敵を豆粒くらいの大きさになるまで引き離した。
もう少し離れれば砲撃も見てからかわせる距離だ。
ホッと一息つく。他のみんなも私が気を抜いたせいで緊張が少し解れてしまったようだ。
しかしこれがいけなかった。
時雨姉さんの直上、太陽を背にした禍々しい黒い艦載機が爆弾を落とす。
艦載機!?何処から!?いや、それよりも時雨姉さんは上に気付いてない!
「時雨姉さん! 危ない!」
「春雨ッ!?」
慌てて時雨姉さんを突き飛ばしたけど、当然突き飛ばした場所には私が立っているわけで……。
あぁ、やっぱりビアク島は鬼門かぁ。しかも艦載機の爆弾で沈んじゃう事も同じ……。
私が沈んだら司令官は悲しんでくれるかな。
キス、したかった、な……。
「春雨ェーーーーー!!!」
時雨姉さんの絶叫が響き渡るのと、落ちて来る爆弾に全ての光が遮られ、目を閉じたのは同時だった。
春雨のおかげで提督のカラダのヒミツ(意味深)が分かりました。
悪雨ちゃんにならないか、少し心配ですけれど。
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