アイアンボトムグレイヴディガー~ショタ提督の苦悩~ 作:ハルカワミナ
「おや、これは可愛らしい。しかし女子の肩を撫で回すのは将校殿といえども褒められた行為ではありませんな」
飄々と言った態で、富永大将と私の間に割り込む女性。
「……邪魔立てするな、あきつ丸!」
「おや、邪魔とは何の事ですかな? もしや年端もいかない娘子を撫で回すのが大将閣下の御趣味とは。随分魂消た高尚な御趣味ですな」
大将があきつ丸と呼んだ女性と火花を散らしている。
根負けしたのか舌打ちをすると、後ろに控えていた辻中将に振り向いた。
「……チッ……。お前、名前はなんという」
後ろ向きに声をかけられた。おそらく私に問いかけたのだろう。
「……レイカと申します……」
偽名を名乗り、できるだけ粛々と答えた。
「レイカか、覚えたぞ。……ここは娯楽が無いのでな……ククク」
瞬間、体中が総毛立つ。
おそらく私を諦める気は無いのだろう。……あからさまな人間の欲望というものはここまで醜いのだな。
千鳥足の辻中将を連れ、ビルの地下から出てきた何人かの護衛と共に富永大将は去っていった。
ふぅ、と一息つく。
「大丈夫でありますか? レイカ……と申されたか。災難でしたな」
「ありがとうございます。あきつ丸さん、でよろしいでしょうか。助かりました……」
助けてくれた女性に頭を下げ、礼を言う。
「あきつ丸……で構いませぬよ。そちらの艦娘と同じく私もでありますゆえ」
……そういえば陸軍も艦娘を開発しているのだったな。まるゆもそうだったが。それがあきつ丸か。
そちらの、と視線を向けられた青葉がピクリと反応する。
「し……レイカ、大丈夫ですか!? あの、あきつ丸さんありがとうございます。恐縮です、青葉といいます!」
慌てた様子の青葉に日常を感じ、安堵する。
しかし、感情が落ち着いたことによって先程の悪寒が寒気となって体を襲い、思わず両腕で自分を抱いてしまった。
「……怖かったのでありましょうな。償いになるかは判りませぬが……」
ふわりと……羽根のようにふわりとあきつ丸に抱き締められてしまった。
随分と肌が白い艦娘だったので、体温は低いかと思ったが随分と温かかった。
「艦娘が着いていると言うことは海軍の関係者でありますか?」
「レイカはこの鎮守府にとって大切な人です」
私を挟んで陸と海の艦娘が話をしている。
「青葉殿、陸とか海とか一体何なのでしょうなー」
「本当ですねぇ。あ、でも今うちの鎮守府に陸軍の艦娘が遊びに来てるんですよぉ」
「陸軍の艦娘ですか、あきつ丸以外に居たでしょうか……はて?」
青葉が口を滑らせてしまったようだ。
少しギクリとしたがあきつ丸は心当たりが無い様子でホッとした。
「……それで、あきつ丸さんはいつまでウチのレイカを抱き締めているんですか?」
青葉が後ろからジットリとした声で問いかけた。
心なしか後頭部にジリジリと太陽に虫眼鏡をかざしたような視線を感じる。
「……何やら随分と良い香りがするので、正直自分も戸惑っているのであります」
不味い……もしやあきつ丸には私のような体質の持ち主への耐性が無いのではなかろうか。
少しだけあきつ丸の体温が上がっているようだ。
それが此方にも伝わってくる。
顔を見上げると少しだけ頬が紅潮しているようだ。ファンデーションのせいで分かりにくいが……。
「この香り……実に良い……ハァ~……」
身をかがめて此方の首筋をクンクンと嗅ぐあきつ丸。
……そういえば暁達と見たドラキュラの映画にこんなシーンがあったな……。
その翌朝、暁が布団をコッソリ干している所を見かけてしまったが……。
いや、そんな事を考えている場合ではないな。この話はまた今度語ろう。
まずはあきつ丸を引き離そう。
「あきつ丸、助けて貰った恩人に言いたくはありませんが。そういうことは、よその子でお願いしたい……!」
少しだけいつもと口調を変えて淑女然とした態度を取る。
その言葉を聴いたあきつ丸がハッとしたような表情をし、ゆっくりと名残惜しげだが、手を離してくれた。
「申し訳ない! 何分むくつけき男共に囲まれていて……少々精進が足りないようであります」
「……離してくれたなら良いんですぅ~。じゃあレイカ、行きましょうか!」
青葉が此方の手を引き、先に進もうとするとあきつ丸に呼び止められた。
「待つのであります!」
「何なに? なんの話ですかぁ?」
青葉が胡乱気な目をあきつ丸に向けた。
しかし、あきつ丸は動じていないようだ。
心根が強いのか、空気が読めていないのかどちらだろうか。
「……言いたくはありませぬが、あの大将閣下は欲しいと決めたものは非道な手段を使ってでも手に入れる御仁であります。いくら艦娘が護衛と言えども多人数の人間相手では少々分が悪いのでは、と考える次第であります」
「う……。でもまさかですよね? そんな白昼堂々とハイエースするなんて」
ハイエースとはなんだろうか……。青葉にそっと耳打ちして聞いてみたら、言葉では言い表せぬような卑猥な事を言われ、尾骶骨の辺りがムズムズした。
あきつ丸はその言葉にフルフルと首を振った。
「……あの御仁ならやりかねないであります。不肖、このあきつ丸が鎮守府までお送りしたいであります」
「うぅ……」
あきつ丸の言葉に青葉が唸った。
どうやらデートの続きをしたいのと私を危険な目に合わせたくないという気持ちを天秤にかけて葛藤しているようだ。
しょうがない、また日を改めて出かけるとしよう。……衣笠には叱られるかもしれないが。
「青葉? すまないが日を改めよう。今度は、ちゃんとした格好で出かけたい。……好意を抱いている相手なら特にな」
そっと青葉に耳打ちするとボンと音が鳴るかと思うほど顔が赤くなった。
……言い過ぎたかもしれないな。
ブツブツと口の中で呟き、両手の人差し指を合わせている青葉を置いてあきつ丸を見ると何やらニタリとほくそ笑んでいた。
「ほほう……レイカ殿がネコかと思っておりましたが、タチだったのですな。これは驚き申した」
待て待て、どうしてそうなる!?
「ネコ……タチ……」
青葉の声が聞こえてそちらを振り返ると耳から蒸気が噴出すかと思うほど、更に顔が赤くなっていた。そのままゆらりと後ろに倒れる。
「青葉ァーーーーー!?」
慌てて抱きとめるが、目を回している青葉を余所にあきつ丸のくつくつと言った笑いが響いていた。
粛々という言葉については産経妙の記事を見て使っています。
誤用でしたら申し訳ありません。
ハイエースに関しましては実在する車種とは何の関係性もございません。
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