アイアンボトムグレイヴディガー~ショタ提督の苦悩~ 作:ハルカワミナ
「あはは、よく間違われるんですよー! やっぱ似てます?」
夕張似の女性はテキパキと修理機材を片付けながら笑顔で応対してくれる。
……そうなのだ、この女性は元、夕張だ。艤装を解体し、鎮守府から離れた元艦娘。
おそらく鎮守府に居た事も私の事も忘れているだろう。
「えっと、カメラを見たくてですね。たしか、此処のお店の御主人が少し前に良いのが入ったと言ってくれたんですよ」
ニコリと夕張だった女性に微笑む。
「あぁ~、お爺ちゃんは今観劇に行ってるんですよ~。私でよろしければ聞きますよ!」
「あ、今日は私では無くてこの子です。ほら、青葉」
未だに固まったままの青葉の背中を軽く叩く。
「あ、ども、恐縮です、青葉ですぅ! 一言お願いします!」
あわあわとした態度の青葉に吹き出してしまった。
「そんなに固くならないで? 艦娘の青葉さんですね、写真の腕が良いってお爺ちゃんから聞いてます。あの写真も青葉さんが撮ったんでしょう?」
鎮守府の夕張とは少し違う口調で壁に掛けてある晴嵐……水上攻撃機の写真を指差す。
「あ、うん。青葉が撮った写真ですねぇ」
晴嵐が飛び立つ瞬間をしっかりと収めている。流石青葉だな。
「此方のデジタル一眼レフなんて如何です? レンズだけでも勉強させていただきますよ」
「え、これあのメーカーの新作!? うわぁ、予約しても手に入らないから諦めていたのに……うわわ、こっちのレンズも雑誌で紹介されてたヤツだ」
……奇妙な女子トークらしきものが始まってしまった。
まぁ、楽しんでいるようで何よりだ。女子トークに華を咲かせている二人は放っておいて、私も店内を見せてもらうとしよう。
「うぅ、このレンズ欲しいけれど。手持ちが……手持ちがちょこっと足りないかしら……」
しばらく店内を見ていたら声が聞こえた。青葉がレンズを見て悩んでいる。
……仕方が無いな。
「支払いはカードで。一括でお願いします」
横からカードを出す。
「しれいか!? ……じゃなかった……レイカ、ちょっと待ってくださいよぅ!」
……司令官と言い掛けたな……。それほど驚愕しているようだ。
確かに高いが、これくらいなら充分払えるほどの貯えはあるつもりだ。
「世話になっているしな。これくらいの恩返しはさせてくれ。それと青葉の撮る写真は好きだからな」
「あぅぅ……」
続けざまに畳み掛けると顔を真っ赤にして俯いてしまった。
「お買い上げありがとうございます! では梱包しますので少々お待ち下さい」
夕張……いや、もうすでに一般人となっているのだったな。
店員に言われ頷く。
「今度は御店主が居るときに来たいものだな。あの人は昔の話を語るのが上手い」
「……そうですね、お爺ちゃんの話はついつい時間を忘れちゃいます」
……不自由無く暮らしているようだな。少しだけ安心した。
「はい、お待たせ致しました! どうぞ」
「ホラ、青葉」
そっと青葉の背中を押して受け取るように促してやる。
「は、はい! あの、ありがとうございます!」
青葉は満面の笑みを浮かべて此方の手を握ってくれた。
……店員に微笑ましいと言った表情をされて恥ずかしいが、この笑顔が見れるなら安いものだ。
店を出ると少し陽が黄色くなっているが、まだ歩くには問題なさそうだ。
さぁ、街を歩こうか。
手を繋いでいる青葉を見るとまだニコニコしている。
片手にはレンズが入った箱をしっかりと抱いて。
「帰る時に寄れば良かったか?」
不自由にならないかと思い、青葉に声をかけるが杞憂だった様だ。
青葉にフルフルと首を振られた。
「大丈夫です! 青葉、感激です!」
……興奮して榛名の様な喋り方になっているがそれほど喜んでくれると此方も嬉しい。
くつくつと笑い、次は何処に行こうかと青葉を先導する。
「そうだ、確かこの先の公園にたこ焼きとクレープの屋台があったな。青葉はどっちが食べたい?」
少し大き目の、この公園にはいつも屋台に改造したフォルクスワーゲンのバンが止まっている。
鎮守府内ではあまり有名では無いが、隠れたオススメスポットだ。
着任したての頃は息抜きと運動がてらよく足を運んでいた。
「ん~……じゃあクレープで! ……たこ焼きはそのぅ、青海苔が歯についちゃうとキスが……」
「分かった、じゃあ向かおうか」
……たこ焼きの後の台詞は聞かなかった事にしよう。
あえて否定して機嫌を損ねるよりも良いだろう。
しかし少々浮かれていたようだ……。ビルの陰から出てきた人物にぶつかってしまった。
「わぅっ!」
「おわっ!?」
ぶつかった弾みで転びそうになったが、咄嗟に青葉が手を引き上げてくれて転ばずに済んだ。
対して相手は尻餅をついている。
「あ、あのすみません。大丈夫ですか?」
「ぶ、無礼であろう! この小娘が!」
地面に腰をおろしたままの姿勢で怒鳴りつけてくる相手を良く見ればオリーブ色の軍服、そして丸眼鏡……辻中将だ。陸軍の中でもできれば一番会いたくない人物に出会ってしまったな……。
何故このようなところに陸軍中将が、とも思ったがまずは此方の素性がばれないようにしなければ後で何を言われるかたまったものではない。
「申し訳ございません。私の不注意でした、お怪我はございませんか?」
頭を下げて謝ると共に相手を観察する。随分と酒の臭いをさせているな……。
「おぉー! 痛い痛い! 全くこんな田舎に来るのではなかったわ!」
此方の謝罪を完全に無視され、少々ムッとするが堪える。
「辻、どうかしたか?」
ビルの地下、階段を登ってきたもう一人の陸軍将校らしき人物が現れた。
ここは、確かバーだったな……。
もう一人の方はそこまで酒の臭いはさせていないようだが……さて。
じっと顔を見る。
確か富永とか言ったな、階級は大将だった筈。
顔と名前と階級を思い出していると辻中将がキィキィと耳障りな声でのた打ち回るように口を開いた。
「おう、富永殿。良い気分で空を見ていたらいきなりこの小娘に突き飛ばされてな。全く田舎は敵いませんな!」
……随分と大げさだな。しかも自分がさも立ち止まっていたような言い回しをしている。
「ほほう……。それはいけないな、お嬢さん。大人に悪戯するものではないよ。……見たところそちらの娘は艦娘かね? ということは海軍の関係者かね?」
青葉と自分にジットリと爬虫類じみた視線を投げかけられる。
青葉をそっと自分の後ろに庇い、せめてその視線を受けないようにと配慮する。
富永大将は辻中将の手を引き、起こすと此方にゆっくりと近づいてきた。
「……青葉、少し離れて」
「でも……」
青葉が逡巡している間に富永大将は後半歩、という所で止まった。此方の両肩に手を置き、上から見下ろす。胸元に視線を感じるのが分かり、鳥肌が立つ。
「悪い事をしたら償ってもらわねばねぇ。とりあえず一緒に来てもらいたいんだがどうかね、んん?」
好色そうな笑みを浮かべ、肩を撫で回す手に嫌悪感が体中を走り回る。……この少女趣味の変態が……!
鳩尾に拳を当てて……いや、だめだ。相手の服に妙な盛り上がりがある。おそらく銃を携帯しているな……。
「将校殿、どうかしたでありますか?」
ギリと歯軋りをすると同時に凛とした女性の声が響いた。
辻さんや富永さんには特に悪印象も抱いていませんし、史実の陸軍の方とは別人です。
……戦術が理解できるか、といわれれば理解はできませんが。
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