アイアンボトムグレイヴディガー~ショタ提督の苦悩~ 作:ハルカワミナ
「天津風に外出する旨を伝えておかなければならないな」
「あ、それなら私が伝えておくよ。衣笠さんにお任せ♪」
衣笠が私に任せて、と言わんばかりに胸を叩く。
「そうか……では頼む。今から出かけるならば早いほうが良いしな。遅くなるならば自室に戻るようにとも伝えておいてくれ。それとこれを天津風に渡してくれるか」
机の上にあったメモに『南方海域への護衛艦隊について、編成は天津風に任せるが高速戦艦と足の速い空母で固めるように。準備出来次第出撃してくれ。』と走り書きをする。護衛さえ出せばおそらく向こうが見つけてくれるだろう。
メモを受け取ると衣笠はニヤリと笑みを浮かべた。
「ふふーん。提督は青葉と遅くまでナニをするつもりなのかなぁ?」
「……茶化さないでくれるか。一緒に出かけるだけだ」
苦笑し、まずは自室に財布を取りに行く為に青葉の手を握る。
……が、全く動かない青葉を見ると硬直していた。
「ナ、ナニって……。初めては……海の見えるホテルでって……決めてたんだけどな……」
……すさまじい勘違いをしているようだ。
「青葉、しっかりしてくれ。少なくとも今の私の外見ではホテルに入ろうとしても青葉が捕まってしまう」
「へーえ? ホテルに入るつもりはあるんだ?」
衣笠に突っ込まれて絶句する。
あまり人の言葉尻をあげつらわないで欲しいものだがな……。ジロリと睨むと衣笠は降参といったポーズを取った。
「冗談、冗談だってば! ……その目つきも何かに目覚めちゃいそうだから伝えてくるね!」
ヒラヒラと手を振り、執務室の方向に向かっていく衣笠。
「では行こうか、青葉」
「は、はい! きょーしゅくです!」
まずは財布だな……。
鎮守府内を共に歩く青葉の手は暖かく熱を持っていた。
……少しその熱に慣れないが、頼もしさを感じて青葉に微笑みかける。
少し顔が赤かったが、青葉も此方を見て微笑み返してくれた。
鎮守府を出るとまだ陽は高かった。
途中何人かの艦娘とすれ違ったが、誰も私だと気付かなかったようだ。
心配になって青葉に問いかける。
「なぁ、青葉? 私の格好はいつもとそんなに違って見えるのか?」
すると青葉は人差し指を顎に当てて考える。その仕草が少し可愛らしい。
「ん~……そうですねぇ。少なくともいつもの司令官とは思えません。口調や喋り方でやっと気付くかな? って程度で。ほら、口調が特徴的な子はたくさんいますし」
「あぁ、確かにそうだな」
口調が特徴的な艦娘を何人か頭に思い浮かべる。
まぁ今はいいか。時間は少ないが精一杯青葉を楽しませてやらないとな。
「青葉、何処か行きたい所はあるか?」
「司令官が行きたい所なら何処でもいいですよぉ?」
青葉に言われ、返答に困る。
何処でも良い、は割と困るのだがな。
まぁ良い、それでは繁華街を少しぶらついて小腹が空いたら甘味処間宮にでも行こう。
「ではまず繁華街にでも行くか。タクシーを拾おう」
運よく空車のタクシーが捕まった。
青葉と二人で乗り込む。
「お嬢ちゃん達何処まで?」
「繁華街までお願いします」
タクシーの運転手に伝えると、少し眉をしかめられた。
「わかった。だけど繁華街へ行く道はちぃと混んでるよ。なにやら軍のおえらいさんが来てるみたいでねぇ」
随分フランクな口調の運転手だな、と思ったがこの容姿では仕方ないか。
しかし軍のおえらいさん?まだアイツが来るには早すぎるが……。
「司令官、行って見ましょう? 青葉、興味あります」
「そうだな……大淀が知らないと言う事は空軍か陸軍かもしれない。顔を拝んでおいて損は無いな」
……ただ単に大淀の伝達ミスかもしれないが。
青葉とそっと小声で話すと運転手から話しかけられた。
「へぇ、お嬢ちゃんはレイカっていうのかい。少しキツ目な所が名前も合わさって将来美人になりそうだ」
「え?」
いきなり勝手に名前をつけられて唖然とする。
「あれ? 違うのかい? そっちの娘……艦娘だろ? その子がレイカって呼んでたから、そうだと思ったんだけどな」
……そういう事か。司令官をレイカと聞き間違えたのだな。
「ちが……ぐむむむ……」
否定をしようとすると青葉に口を塞がれた。
「はい、この子は鎮守府の大事なお客様なので私、青葉が護衛をしているんです! ね、レイカ?」
「そうかそうか、ウチの娘もこの間幼稚園で艦娘達に手作りの筆立てをプレゼントしたってはしゃいでたよ。ここの鎮守府の提督さんはやり手みたいだから、本土の建物まで攻撃される事が無くて本当に助かってるんだ。前のヤツは、……ありゃ駄目だったな」
運転手と青葉から楽しそうな声が聞こえる。
……艦娘に拒否感を示す人間も居るが、この人は違うようだ。
自分の功績を評価されて少しだけ嬉しい。
「何笑ってるんですかぁ? レイカ」
イカンイカン、少しにやけていただろうか。青葉に見咎められた。それはそうと私はレイカで確定なのか……。
どうしたものかと思っていると青葉にそっと耳打ちされた。
「司令官がこんな可愛い女の子だって知られたら、きっと大騒ぎになりますよ?」
それもそうだな、コクコクと頷くとやっと口を塞いでいた手を離してくれた。
「ちなみに軍のおえらい方というのは?」
駄目元で聞いてみる。
「うーん、名前までは知らないけれどオリーブ色の軍服を着ていた人が何人か居たよ。絡まれる事はないと思うが気をつけてな」
オリーブ色と言う事は陸軍か。正直あまり陸軍に良い思い出は無いが、此方から絡まなければ問題はないだろう。
「うーん……やっぱり混んでるなぁ」
運転手の言葉に外を見ると確かに車の流れが悪い。
……確かここら辺には青葉を楽しませられる店があったな。
「運転手さん、もう100メートルほど行った所で止めてもらえますか?」
「分かった。じゃあお嬢ちゃん達可愛いからサービスしとくな!」
そういうと運転手はメーターを止めてくれた。
「ありがとうございます」
お礼を言い、好意に甘える事にする。
……女装も悪くないかもしれないな。
料金を支払い、青葉とタクシーを降りて店の前に立つ。
「レイカ、ここは?」
「過去の知り合いがやっている店だ。……相手はもう私の事は覚えてないが、な」
青葉に聞かれて、少しだけやりきれない寂しさを覚える。
怪訝な顔をした青葉を余所に店のドアを開ける。
「あっ、いらっしゃいませー!」
カメラを修理していたらしい濃い灰色の髪を緑のリボンで結んだ女性が顔をあげて声をかけてくれた。
「……夕張、さん?」
青葉の目が点になり、固まってしまった。
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