アイアンボトムグレイヴディガー~ショタ提督の苦悩~   作:ハルカワミナ

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薫風撫でるはテクニシャン

衣笠達の部屋に入るとお茶会が始まっていた。

 

「あ、提督。頂いてるよ~」

 

衣笠が食べかけの煎餅を持っていた手を振った。

 

「衣笠さん? 食べ物を持った手を振り回さないで貰えるかしら。お行儀が悪くてよ?」

 

「んにゃ~……ごめんごめん」

 

熊野に衣笠が行儀を窘められ、苦笑する。

……熊野は比較的落ち着いたようだな。

これならば落ち着いて話もできるだろうか……。

明日、一緒に出かける事を先延ばしにしてもらう言い訳を頭に描く。

知り合いがこの鎮守府に来る……これでは駄目だな。同期の少将が視察に来る、ではどうだろうか。

もう少し考えればもっと良い言い訳も出来るだろうが、如何せん時間が無い。

これで行くとしよう。

 

「青葉、話があるんだが」

 

「んもぐ……何なに? なんの話ですかぁ?」

 

紅茶と煎餅を頬張っている青葉が口の中のモノを飲み込んでから返事をした。

 

「明日、出かける件なんだが先延ばしにしてもらう事はできないだろうかと思ってな」

 

「青葉は構いませんけど……どうかしたんです?」

 

至極当然の疑問を返された。さきほど頭の中で考えていた言い訳を齟齬が無いように並べ立てる。

 

「軍学校時代の同期で、今少将になっている人間が明日、この鎮守府に視察に来る。……この格好では、その……」

 

「あー……。そういうことでしたら青葉は構いませんよ。……楽しみは後に取っておいたほうが倍になりますもんね!」

 

少しだけ視線を逸らし、しょげた様子を見せた青葉だったが、再び此方を向いた時にはにこりと笑顔を浮かべてくれていた。

胸の奥がチクリと痛むが、ここは青葉に感謝しておこう。

 

「すまない、青葉。では着替えを……」

 

「駄目よ!」

 

提督服に着替えると言おうとしたら衣笠に遮られた。

驚いて衣笠を見ると、此方に指を突きつけて近寄ってきた。

 

「提督? 青葉が肝心な時は押しが弱いの知っててつけこんでるでしょう?」

 

「い、いや。そんな事は無いぞ?」

 

図星を突かれてどもってしまった。これではその通りですと言っている様なものだな。

何やら衣笠がニヤリとしている。あまりいい気分はしないな……。

 

「だから、ね? 提督は今から青葉とデートしましょう!」

 

「何ぃ!?」

 

「えぇっ!?」

 

……衣笠の言葉に私と青葉がほぼ同時に声をあげた。

 

「だって提督が予定変更する事はよくあることだし、また次も先延ばしになっちゃうかもしれないでしょ?」

 

衣笠の声にしばらく考える。

……確かにそれはそうなのだが、今からか……。

できれば残務を終わらせておきたかったのだが、艦娘との約束を反故にするわけにもいかないからな。

 

「分かった、では財布を取ってきても良いだろうか。……それと護身用具も一応持っておきたい」

 

ハンガーにかけられた提督服に目が行く。熊野辺りがかけておいてくれたのだろうか。

しばらく自分の服を見ていると衣笠からニヒヒと笑い混じりの声がした。

 

「あ、それ青葉がやったんだよ。青葉ったら提督の匂いがします、とか言ってウットリしながらクンクンしてたんだよ」

 

「う、ウットリなんかしてないよ! 何言ってるの衣笠!」

 

「クンクンは否定なさらないんですのね」

 

慌てて衣笠に食って掛かった青葉だったが、熊野の一言で轟沈したようだ。

 

「あぅ……」

 

小さい声をあげて、真っ赤な顔をしている。苦笑しながら万年筆型ナイフと提督専用のマスターキー、ジュニア・コルト……小型拳銃を取り出す。

 

「万年筆と拳銃……ですわね。提督? どうしてこんなものを?」

 

熊野に疑問の声をかけられた。当然だ、自分の提督が普段から拳銃などを持ち歩いているとは、艦娘にとっては良い気はしないだろう。

 

「……自室で分解整備をしていてな、執務室に戻そうと思っていたがスッカリ忘れてしまった」

 

「ふぅん……そうですの」

 

何か含むところがあるような返事をされた。

……こういう場合はどうするんだったか……。あぁ、そうだ、秋雲が持っていた少女漫画に描いてあったな。試しにやってみるとするか。

 

「ごめんなさい、熊野お姉ちゃん。こんなもの持ち歩いているなんて、私悪い子だよね……」

 

「はぶぅっ!」

 

上目遣いに熊野を見て、それから視線を逸らしながら憂う表情を浮かべると熊野が鼻血を撒き散らして倒れてしまった。

 

……なんだこの破壊力は。

 

「提督……もうずっとそのままでも良いんじゃない?」

 

衣笠が呆れたように呟く。いやいや、私はできるだけ男らしくありたいのだ。

……あんな事をしておいて説得力の欠片も無いが。

 

「司令官、青葉レッグホルスター持ってるよ。着けてあげるね!」

 

青葉が机の引き出しからホルスターを取り出す。レッグホルスターとは腿につけるタイプの拳銃携行器具だ。

 

「この椅子に右足をあげてくれます? 司令官」

 

青葉の指示に従い、右足を上げるとスカートを捲られた。

 

「ちょっ! 青葉?」

 

「もう、動かないで下さいよ。全部捲り上げるわけじゃ無いんですから」

 

驚いて声をあげるが到って青葉は冷静だった。

ここは任せるしかあるまい。

スカートの中に手を入れられ、まず腰に固定用のベルトを締められる。

青葉のひんやりとした手が臍から腰の周りをなぞっているようでゾクゾクする。

 

「あ、青葉? その、くすぐったいんだが……あっ!」

 

「じっとしててくださいよぅ。うまく着けれないじゃないですか」

 

モゾモゾと居心地無く動くと青葉に窘められた。

革のベルトが腿に当てられ、締められる。傍から見たら百合にでも見えるのだろうか。そう考えて衣笠を見ると食いつくような視線を送っていた。

その視線を受けたくなくて反対側を見るとドレッサーに自分の姿が映っているのが見えた。

 

青葉にスカートの中を弄られて顔を赤らめている少女の姿があった……。

 

「あ、あおば!? これ、まずい! 自分でやるから!」

 

「じっとしててって言ったじゃないですか。街中で拳銃落としでもしたら司令官、クビ飛んじゃいますよ?」

 

……全く気付いていない青葉を尻目に此方は意識してしまってそれどころではない。

こういうものは一度意識してしまうともう駄目だ。

せめて声をあげないように片手で口を押さえ、もう片方は青葉の肩に置く。

 

鏡の中の少女を見ると必死で声を出すまいと、相手を押しのけようとしていた。

その間にも太股に青葉の手がさわさわと触れる。ベルト以外の感触には一際感覚が鋭敏になっている様な気がする。

 

……痴漢されて声も出せずに必死で抗っている図に見えた。

 

「はい! 出来たよ、提督。……ありゃ?」

 

立ち上がった青葉に満面の笑みを浮かべられるが、此方が腰砕けになってしまった。

 

「きぬがさ……?」

 

荒くなった息を整えつつ衣笠に声をかけるとそちらも息が荒くなっていた。

 

「な、なに?」

 

「……青葉ってテクニシャンだったんだな……」

 

此方の言葉に頷く衣笠。初めて衣笠と意識が繋がったような気がした。

 

「何なに? なんの話ですかぁ?」

 

一人だけ訳が解らないと言った顔をする青葉。

……熊野が気を失っていてくれて本当に良かった。

こんな姿を見られたら野獣艦娘、……いや、クマと化して襲い掛かってくるだろう。熊野だけに。

 

「ん……んぅぅ……神戸牛……ですわ……」

 

妙に幸せそうな熊野の寝顔を見つつ、安堵した。

 

 




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