アイアンボトムグレイヴディガー~ショタ提督の苦悩~ 作:ハルカワミナ
「じゃあこれは私が青葉さん達に持っていってあげるわね!」
雷の声がした。
「あ、あぁ……すまない。頼めるだろうか」
響のおかげで自分の考え無さに気付き、放心していたようだ。気の抜けた返事をしてしまった。
「元気ないわねぇ、そんなんじゃ駄目よ!」
テキパキと私が焼いた煎餅を包む雷の姿を見て苦笑する。
「どうしたの? 司令官」
視線に気付いたのだろう、雷が疑問の声をあげた。
「いや、なんでもない。では雷、頼むな」
そっと雷の頭を撫でる。
「そうそう。もーっと私に頼っていいのよ」
フフンと腰に手を当てて威張る雷に救われた気がする。
そういえば雷は一部の提督からロリお艦、つまりロリオカン等と呼ばれていると聞いた事がある。
全てを許してくれる包容力があるとも取れる言動が目立つからなのだろうな……。
他には妹の電と名前をよく間違われる事が悩みの種らしいが。
「天龍の許可を取ってきたよ。司令官、良いかい?」
響が帰ってきた。良いかというのは遠征任務の事だろう。
「構わないが、何処にいくつもりだ?」
「南方方面に行くよ。……この間輸送任務をしていた時にちょっと気になる事があったんだ」
と、いう事は東京急行任務か。それならば遅くとも今日中には戻れるな。そういえば春雨達は無事だろうか。
「東京急行なら駆逐艦がもう一隻とドラム缶が必要だが……」
輸送任務を成功させる為には、最低限守らないと達成できない暗黙のルールみたいなものがある。
例えば艦種だ。補給任務に戦艦など連れていくととてもじゃないが資源がマイナスになる。
かと言って、軽巡洋艦ばかりで編成をすると艦船時代のトラウマがフラッシュバックしやすくなり、これまた失敗するのだ。
なので、場所にもよるが資材運搬任務等は史実に沿った駆逐艦5隻に対して軽巡洋艦1隻などの編成がベストとされている。
「ん……まぁそこは任せておいて。それじゃあ第六駆逐隊、抜錨するよ」
「分かった、編成と装備に関しては響に一任する。頼んだぞ」
響の頭を撫で、遠征任務を任せる。
何か考えがあるのかもしれない。……ただ単に腹ごなしの運動をしたいだけかもしれないが。
「じゃあコレを急いで青葉さん達に渡してくるわね! 皆、出撃ドックで待っててね!」
雷が煎餅を抱えて食堂から出て行った。
その背中を見送っていると電から声をかけられる。
「あの、司令官さん……怒ってるのです……? その、勝手な事をしてごめんなさいなのです」
不安そうにおどおどと挙動不審な電の頭を撫でて答える。
「怒ってなどいない、むしろ感謝している。私に責が行く事を考えてかばってくれたのだな、すまない」
「ふにゃあ……」
撫で続けていると電が蕩けてしまった。不味い、少し面白いかもしれない。調子に乗ってワシワシと色んなところを撫でてみる。
「ふあ……はにゃあ……はわわ……」
髪、耳の裏、顎の下などを撫でていると色々な声が出た。
まるで楽器か人に慣れた猫のようだ。
面白くて止まらない。
「おかしいなぁ、連装砲くんの機嫌が悪い……なんで?」
天津風の声がして、そちらに視線を向けるとマスコットの連装砲の砲塔がこちらを向いていた。
艤装では無いので人への殺傷暴力はないが、それでも当たると痛い。普段はスポンジ状のボールを詰めているようだが、怒ると実際の砲弾も撃てるらしい。気をつけねば。
両手をあげて降参のポーズを見せ、声をかける。
「わかったわかった。では執務室に行こうか。鳳翔、すまないが片付けを頼んでも良いだろうか。後で何かしら融通しよう。それと電、気をつけてな」
鳳翔と顔を赤くした電がコクリと頷いたのを確認して食堂の入り口で待っていてくれた天津風に駆け寄る。
……スカートがひっかかって走りにくいな。
「あなた……まるでお姫様みたいね。体中からバニラの香りをさせて。あたしが男なら襲いかかってるわよ」
天津風に近づくとそんな事を言われた。冗談はやめてくれと笑いかけたが、妙に顔を赤くして此方から目を背けてしまった。
他愛も無い話を幾つか振るが、天津風は上の空だった。
……どうかしたのだろうか。ふと連装砲のマスコットと目が合う。
知らないと言った風に、フルフルと首を振られた。
そうこうしているうちに執務室に着いた。
「天津風、鍵を開けてくれないか。私の服から取り出すのを忘れてきてしまってな」
「しょうがないわね……はい、開けたわ」
天津風に礼を言い、執務室に入ると電文が届いている様で、電信機にランプが点いていた。
「あら、電文ね。受け取っても?」
「あぁ、頼む」
天津風が電信機を操作すると文字を印刷された紙が出てきた。
『我、其方ニ向ウ』
ビリッと根元から破き取り、電文をこちらに渡してくれる天津風。
「我、そちらに向かう……って誰か来るの?」
しまった……同期に誤解が解けた事を伝えるのを忘れていた……。
同僚の鎮守府からこの鎮守府に来るとなると、明日には着くと思われる。
海路を利用するので向こうの護衛は恐らく長門が率いる艦娘達だろう。
此方も護衛艦隊を出すべきだろうな。……歓待だけに。
しかし明日は青葉とこの格好で出かけなければならない。
このような格好を彼女はあまり好まないだろうな……。
嗚呼、簡単に予想できる。
黒髪を風に棚引かせ、腰に手を当てて一言。
『何、アナタまたそんな格好してるの?』
釣り目気味の視線でじっとりとねめつけられる。
う……想像しただけで冷や汗が垂れてきた。
「あなた、すごい汗よ? 大丈夫? 無理はしないでね」
心配した天津風に声をかけられた。
「私の軍学校時代の同僚が来る。ついては護衛艦隊を編成したい。今から言う艦娘達を呼んでくれないだろうか」
「良いけれど……あなたはその格好で良いの? 戦艦クラスに押し倒されても私じゃ助けられないわよ?」
しまった、女装している事を忘れていた……。
「……着替えてきてもいいだろうか」
「ええ、待っているわね」
天津風に断って執務室を出た。
さて、衣笠達の部屋に急ごう。
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