アイアンボトムグレイヴディガー~ショタ提督の苦悩~ 作:ハルカワミナ
顔を上げると天津風が居た。
天津風とは陽炎型駆逐艦9番艦だ。
艦船時代は新型機関のテストモデルとされ、そのデータは後の重雷装高速駆逐艦島風へと受け継がれている。
言うなれば島風とは姉妹とはいかないまでも従姉妹あたりの関係になる。
艦娘としては島風と同じく連装砲をマスコット化した、連装砲くんと名付けられた連装砲をいつも連れ歩いている。
自立的に動いているので妖精と同じような存在なのだろうか。一度天津風に問いただしてみたら自分も知らないと言われた。
艦隊運用するに当たっては、燃費が少々悪いのが難点か。
彼女の名誉の為に補足しておくと、駆逐艦にしては、という枕詞が入るが。
短いワンピースと頭の帽子まで繋がっているガーターベルト、黒い紐の下着……と別にいつも見ているわけではないが、どうしても見えてしまうのだ。
一度スカートを穿かせようとしたらひどく嫌がられた。
見えてしまうだろうと此方が注意すると、見たいの?と扇情的に煽ってこられた経験がある。
わざわざ執務机にまで乗って迫られた。
小さな体から静かだが、高く芯の通った声で囁かれ、あやうく理性を失うところだった。
……恐らく此方が動揺するのを愉しんでいたのだろうな。
いつだったか、夜明け前に目が覚め、散歩をしていたら天津風と出会い、彼女のお気に入りスポットに連れて行かれた事がある。
水平線に昇る朝日を風に吹かれながら共に見たが、その横顔は真剣だった。
銀髪に輝く朝の光が鮮烈で、一瞬極上の金糸かと見紛うほどだった。
……何を考えていたのかと後に聞いてみると朝食を和と洋で迷っていた、と解り力が抜けてしまったが。
その後、真剣な顔で夕陽も一緒に見ないかと誘われたが……。
いや、この話はまた天津風が秘書艦になって暇が出来たときに時にでも話そう。
秘書艦としては天津風は色々な試験を受けていたせいか知識の幅が広く有能だ。
料理も比較的上手いので、将来は良い嫁になると思う。
それをこの間、本人に言ったら真っ赤な顔をしていた。
……案外不意打ちには弱いのかもしれないな。
「それ、あたしの服ね……。衣笠が借りに来たわ。ということはあなたまさか……」
天津風が此方を指差して見ている。
人を指差すのは止めて欲しいものだがな……。
その前にあまり騒がしくされて人目を引いても困る、ここは早めにばらしておこう。
「あぁ、そのまさかだ。衣笠達に見事にやられてしまったよ」
「おそろしいほど似合っているわね……」
天津風が呆れというか、感嘆というか、そのどちらもが入り混じった様な表情をしている。
「汚さないように気をつけているが、もし何かあれば償おう」
それでなくてもこの服で料理をしているしな……。
しかし天津風は事も無げに言った。
「いいわよ別に。それ、あたしにはスカートが長すぎて殆ど着ない物だし」
いや、せめてもう少し長いスカートを……と思ったが、聞くわけがないな。黙っておこう。
その間にも手を動かしていたが、天津風の注意はそちらに向いたようだ。
「で、あなたは何を作っているの? 随分美味しそうな匂いがするけれど」
「食べてみるか?」
じぃと何枚か焼きあがった煎餅に天津風が視線を送っていたので聞いてみた。
「ありがとう、戴くわ」
そう言って手を伸ばす天津風。ふわりと髪の香りが鼻をくすぐる。風呂上りなのかもしれないな。
「司令官さん……?」
天津風に気を取られていたら電から声が聞こえた。
「あぁ、いや……何でもない。電、頼みがあるんだが」
コホンと一つ咳払いをして、場を締め、電に声をかけた。
……執務室で待機を命じようと思ったが、やはりまだ一人にさせるのは危ないかもしれないな。……甘いかもしれないが。
「は、はい! 何なのです?」
驚きながらも真剣な顔で返事をする電に続けて命じる。
「できるだけ早く帰ってくるので、暁達4人と執務室で留守番していてくれないか? 何人か書類の出し忘れがある様だし、な」
一人で待機させるか迷ったが、姉妹達と、あえて留守番という表現を使って柔らかい表現にした。
語尾の書類の出し忘れの部分は比較的大きな声で天龍にも聞こえる様に言ったが……。
わぁーったよ、等と天龍から聞こえて来たが私もそこまで追及するつもりはない。
先ほど天龍達にからかわれた意趣返しだ。
「あなた、第六駆逐隊には本当に甘いのね。……何? その顔?」
ポリポリと煎餅を頬張っている天津風に言われた言葉が図星で、おそらく鳩がマシンガンを食らったような顔をしてしまった。
いや、それは鳩が死んでしまうな……。
そうだな、やはり甘いな。しかし、言ってしまったものを今更変える訳にもいくまい。
それに先ほどから響が何やら言いたそうな顔をしている。
言いたい事を言わせておくべきか、言わせずにおくべきか。
どちらが禍根が残らないだろうか。
いや、良い。ここは私が泥を被ろう。
「甘いかもしれないが、艦娘のストレス軽減の為だ。解ってくれるとありがたい」
「そう、それなら仕方ないわね」
他にも何か言いたそうな表情をした天津風だったが、引いてくれた様だ。
大人の対応をしてくれた彼女に感謝する。
煎餅の生地も切れたので今ホットプレートで焼いているのが最後だ。引っくり返して上からぎゅうと押す。
しかし、電から妙な事を言われた。
「あ、あの! 実は今秘書艦の席が空いているのです!」
……電、お前は一体何を言っているんだ。
おそらく今の私は鳩の上に魚雷が落ちてきた様な顔をしているのだろうな。
呆れて電を見ると、少し俯いてポケットから執務室の鍵を取り出した。
「天津風さん、今は時雨さんが不在なので秘書艦のシフトが繰り上がっているのです。それで電達は遠征に出かけたいのでその間、秘書艦を代わって戴きたいの……です」
「……解ったわ。新型缶のデータを取る予定もないし、その話受けるわね」
天津風と電が勝手に話を進めている。
どういう事だろうか、何故私を無視してこんな話になっているのだろう。
「……電が特別扱いされていると思われるのが嫌だったんだよ。そんな事も解らないのかい?」
響が私の隣に来て、小さな声で呟く。
そうか、やはり他の艦娘には特別扱いと映るのだな。猛省せねばなるまい。
「だけど、電を大切に思ってくれている点は評価するよ。Спасибо(スパスィーバ 訳:ありがとう)」
帽子を直し、シニカルな笑顔を見せて天龍達に近づく響。
おそらく遠征の旗艦を頼んでいるのかもしれない。
遠征の場所にもよるが、早ければすぐに帰ってくるだろう。
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