アイアンボトムグレイヴディガー~ショタ提督の苦悩~ 作:ハルカワミナ
「で、天龍はどうして此処にいるんだ?」
執務室の前で待ちぼうけしていた天龍に聞いてみる。
「あ? 昨日の遠征の資材報告書出すの忘れててよ、此処に来たんだけど鍵かかってて入れねえんだよ」
……という事は電はまだ帰ってきてないのだな。
「服の中に鍵を忘れてきてしまってな、すまないが開けられないのだ。電がスペアキーを持っているので呼んで来てくれないだろうか」
秘書艦を頼んだときにスペアキーを渡してある。
今なら恐らく食堂だろうか。
「提督は行かねえのかよ? パシリにされるのは気にいらねーんだけど」
「う……。そうなんだが……」
「提督はこの可愛い姿を皆に見られるのが恐いんですって~。うふふっ♪」
また龍田が変な事を……。
見ろ、天龍がニヤニヤしている。
「そうかそうか、提督にも怖いものがあったんだなぁ! じゃあ電を探しに行くか!」
わははと笑い、此方の肩をパシパシと叩く天龍。正直痛いし、鬼の首を取ったような態度が癪に障る。
……こうなると思っていたよ。
仕方が無い。これ以上龍田や天龍にからかわれるのも癪なので電を呼びに行くか。
「電は食堂に居ると思う。私は行くがお前達はどうする?」
「そうね~。面白そうなので付いて行こうかしら~♪」
やはり付いて来るのか……。
ふぅと軽い溜息をついて気持ちを切り替える。
さて、食堂に向かうか。
食堂に向かう道中で何人かの艦娘と会ったが会釈ほどしておいた。
……わざわざ此方から火中に飛び込むような真似はしたくない。
龍田はひどく残念そうに笑っていたが……。
早く熊野が落ち着いて欲しいものだがどれくらいかかるのだろう。
爛々と目を光らせた熊野が四つん這いでシュコーシュコーと息を漏らし飛び掛ってくる図が頭に浮かんだ。……どんなホラーだ。
このままだと胃痛が復活しそうな気がするな……。
食堂には鳳翔と響、暁、電、雷が居た。
4人掛けのテーブルにはホットケーキを焼いているのだろうか、ホットプレートの上に大きな黄色い月が見える。
……どうやら生地を垂らしすぎて大きくなっているようだな。
あれでは火が通りにくいし、4人全員に焼いて行き渡る頃には最初に焼けたものが冷めてしまう……。
鳳翔も苦笑いしているな。
「あら~。提督? 何か言いたそうな顔してますよ~?」
「あぁ、すまない。ちょっと行って来る」
龍田達に断って暁達が座っているテーブルに近づく。
「お前達、お菓子を作ると言うのはホットケーキを焼いていたのか?」
「きゃあっ! ……アナタ誰?」
声をかけると生地を練っていたらしい暁が驚いて声をあげた。
……しまった、ホットケーキに気を取られて普通に声をかけてしまった。
その場に居た全員の視線が此方に集まる。
「……衣笠達にこのような格好をさせられてしまってな……。笑わないでくれるとありがたい」
「もしかして司令官さんなのです?」
電がいち早く気付いてくれた。
……流石だな。まぁあれだけ情事を重ねたので当然か。
……思い出して顔が火照るのを感じた。
頭を振ってやましい考えを追い出す。
そうだな。正解した事だし、今度間宮のアイス券を奢ってやろう。
コクリと頷くと雷と響が驚愕の声をあげる。
「うそ!? 司令官!? ……私より可愛いかも……」
「Хорошо(ハラショー 訳:素晴らしい)……」
……あまりジロジロと見ないでくれるとありがたいのだがな。
それよりもホットプレートの上が気になる。
見るとプツプツと穴が開いて片面が焼けた様子だ。
「ほら、焦げるぞ。ターナーでひっくり返した方が良くないか」
ターナーを持っている電に声をかけると少しだけしょんぼりとしている。
「重くて引っくり返せないのです……」
なるほど、確かに慣れてないとこの生地の大きさでは難しそうだな。
「代わっても良いか?」
袖が汚れないようにボタンを外して捲り上げる。
……フリル付きの袖に慣れていない為、少しだけ苦労した。
「はわわ! ど、どうぞなのです!」
電からターナーを受け取る。
生地の端に滑り込ませ、円を描いて一気に持ち上げ引っくり返す。
無事に引っくり返せたようで少しホッとする。
ホットケーキだけに、なんて言わない。絶対に。
そういえば国民的アニメに出てくる婿養子の父親はホットケーキを作りながらバク転をするらしい。
……埃が舞うのであまり褒められる事では無いと思うのだがな……。
「司令官……綺麗……」
暁が此方の手元に視線を合わせ、ほぅと溜息をついている。心なしかウットリとしているようだ。
暁よ、ホットケーキでは無く、何故此方の腕を見てそのような台詞を吐くのだ。
正気に戻す為に軽く脳天に手刀を入れておいた。
「もう! 何するのよ司令官! レディーに手をあげるなんて!」
「正気に戻ったか? 暁が此方に見惚れていたのでな」
指摘してやると真っ赤な顔でみ、見惚れてなんかいないし!と小声でぶつぶつ呟いていたが、気にしない事にした。
「それはそうとこんなに大きいものを焼いてどうするつもりだったんだ?」
「暁が一人前のレディーにふさわしい大きさを作るって息巻いていたんだよ。 私は止めたんだけどね」
疑問に思って聞いてみると響が答えてくれた。
やはり暁か……苦笑して視線を送ると顔を赤くしてそっぽを向いた。
「しかしこれでは全員分焼くには最初に焼いたモノが冷めてしまうだろう? 良い方法がある。私が次から焼いても良いか?」
「え!? 司令官料理できるの !?」
雷が驚いた声を出す。
……満潮にも同じ事を聞かれた事を思い出して苦笑した。
「少しだがな。鳳翔、すまないが小さ目のお玉を取ってきてくれないか」
横で心配そうに見ていた鳳翔に声をかける。おそらく手伝って良いものか迷っていたのだろうな。
「い、電は司令官さんが作ってくれるのなら食べてみたいのです!」
電が頬を赤く染めて自分の意見を主張した。……姉達が居る中では珍しいな。
他の三人の顔を見回すと頷いていた。ではここは好きにさせてもらおう。
鳳翔がお玉を取りに行ってくれている間、ターナーでホットケーキを四等分に切り分ける。
ボウルを見る限り、まだかなりの生地の分量があるみたいだ。これならそこで座って見ている天龍と龍田に配っても充分あまるだろう。
「お前達にも焼いてやるが、これは天龍と龍田に分けても良いか?」
少々分厚くて暁達には食べにくいと思ったからだ。
口の周りをベタベタに汚してしまうのはレディーを目指す者としては本意ではないだろう。
「わかったわ、司令官。天龍さん達には遠征とかでいつもお世話になってるし」
暁が4人を代表して答えてくれる。こういう時は良い姉の顔をしているな。最も、妹に当たる3人が暁の顔を立ててくれている事もあるが。
白い皿に二切れずつ、少し角度をつけてずらして載せる。いわゆる喫茶店盛りだ。
お玉とエプロンを持ってきてくれた鳳翔にホットケーキの乗った皿を渡して頼む。
「ディッシャーでプレートの空いた場所にアイスを乗せて龍田と天龍に出してくれるか。バターとメープルシロップもかけてやってくれ」
「ふふ、はい。畏まりました。まるで第六駆逐隊のお姉さんになったようですね」
鳳翔にクスクスと微笑まれる。妹と見られなかったのを喜ぶべきだろうか。話が聞こえていたらしい龍田に軽く会釈された。
手を軽く上げて返事の仕草を返しておいた。
……伝わっているといいが。
「よし、では始めるか」
PUKAPUKAという文字とヒヨコが描かれた黄色いエプロンを着ける。
……可愛い、確かに可愛いのだが……このエプロンは流行っているのだろうか。
ゴス服で料理はヤメテー!と叫んでも勝手に私の手を離れて料理を始めてしまう提督です。
……まぁ天津風が許してくれると良いのですけれど。
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