アイアンボトムグレイヴディガー~ショタ提督の苦悩~   作:ハルカワミナ

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ゴシック幼女と竜田揚げ

「どうするんだ、これは……」

 

まだ室内では熊野が暴れているようだ。かなり騒がしい声が外にも漏れている。

 

……自室か執務室にでも篭もっているしかないな。

自室に、と思い足を向けるが、まだ演習や出撃で減った資材の計算が残っていた事を思い出した。

仕方あるまい。執務室に行こう。

正直この格好では気が乗らないが。

自分が今どうなっているのかも確かめたい。鏡に背を向けて座らせられていたせいで、自分の姿を見られなかったしな。

あちこち歩いて天津風に借りたという服を汚してしまうのは困る。

寄り道せずに真っ直ぐ執務室に行こう。

 

……あまり他の艦娘に会いたくないと言うのが本音でもある。

しかしその願いは天に届く事は無かった。

 

「うぶっ!」

 

「きゃっ!」

 

ウィッグの前髪が目に入り、かき上げようとしたところに艦娘にぶつかってしまった。

白と黒の制服、濃い紫の髪。そして紐……ではない、リボンタイ。

龍田にぶつかってしまったらしい。

 

龍田とは天龍型2番艦で天龍の妹にあたる軽巡洋艦だ。

石炭と重油の混合燃焼型機関を持ち、燃費のよさは艦船時代から特筆すべき点だ。

ちなみに龍田揚げの名前は、この龍田から来ているらしい。

から揚げを作ろうとしたら小麦粉が無く、代わりに片栗粉で作ったら好評だったみたいだ。

……私も大好きだ。龍田揚げの方は。もう一度言う、龍田揚げの方は。

 

艦娘としての龍田は普段から天龍をネタにして色々といじられているので正直苦手なのだ。

 

「すまない、大丈夫か?」

 

「あら~、新人ちゃん? それとも迷子かしら~?」

 

身長差のせいで此方がよろけて倒れそうになったが、咄嗟に龍田が背中に手を回し助けてくれた。

……龍田はこんなに優しいお姉さん然とした艦娘だっただろうか……?

しばらく顔をじぃと見つめていると、見惚れていたと勘違いされたらしい。

 

「こんなに可愛い子にじっと見られると私、恥ずかしいわ~。ふふふっ♪」

 

もしかして私が提督だと判らないのか……?

熊野め、一体どこまで化粧を施したのだ。

 

「龍田……?」

 

疑問に思って声をかける。

 

「あら~、私の名前知ってるのね。初めまして、龍田だよ。あなたのおうちは何処かしら~?」

 

……全く判らない様だ。このまま隠し通す事も考えたが、バレた時に後が恐い。

例えば……女装好きな変態提督と天龍をいじりたい為だけに鎮守府中に噂を流される。若しくは、人知れず監禁されてあんな事やこんな事を……。

そういえば昔、秋雲が龍田を題材にして薄い本、いわゆる同人誌と言うものを書いていたな。

 

……その後、本が龍田にばれた時に鎮守府のてるてる坊主としてぶら下げられていたが。

 

龍田が秋雲を首からぶら下げようとしていたのを慌てて止めた記憶がある。

 

……この話は怪談の時にでも誇張して話すとしよう。暁などは漏らしてしまうかもしれないが。

なので私が提督であることを隠しておく選択肢は無いな。

 

「龍田、私だ。提督だ。」

 

「あら~。嘘はだめよ~? こんなに可愛い子が提督の筈ないじゃない~」

 

……何処かで聞いたようなフレーズだな。

心なしか背中に回された手が熱を持っているような気がする。

 

「離してくれないか、龍田。執務室に行かなければ」

 

「執務室に入るには鍵が無いと入れないのよ~? 逃げようとしたって絶対逃がさないから~」

 

何を言う、鍵ならポケットの中に……。しまった、服は衣笠達の部屋か、今戻って入っていくのはおそらく危険だ。

愕然としてしまった此方の態度に少しだけ勝ち誇った様な龍田が声をかける。

 

「ね? だから送って行ってあげるわ~。さ、龍田おねーさんと一緒に行きましょ?」

 

「待ってくれ、執務室には電がいるはずだ! 電に聞いてくれれば……!」

 

その言葉に龍田は『んん?』と此方を凝視する。視線が怖いが目を逸らさず、信じてくれと一抹の望みを掛けた。

 

「本当に提督~?」

 

コクコクと頷く。

 

「そんな必死に上目遣いをされても~。……攫っちゃいますよ~? うふふふふふっ♪」

 

「身長差があるのでそういう風に見えても仕方無いだろう……。とりあえず離してくれ」

 

未だに手を背中に回されているが、少しだけ力が強くなった様な気がする。

 

「あはっ♪ ねぇ提督? もうずっとこのままでも良いんじゃないかしら~……うふふ」

 

不味い、龍田の眼に危険な光が燈っている気がする。

一刻も早く抜け出さねば、と思うが身じろぎをしても全く離れない手に恐怖を感じる。

 

「さぁ、行きましょうね~」

 

……先ほど冗談で頭の隅で考えた拉致監禁という言葉が頭をよぎった。

 

……ポタリ、ポタリとどこかで水滴が落ちる音が聞こえる……。

龍田に攫われ、暗い地下室で鎖に繋がれた自分。

 

もう昼と夜の区別もつかないほどの時間、ここに繋がれている。

待つのはただ、足音だけ。龍田の足音だけが私の命を繋いでいる。

コツーン、コツーンと階段を下りる音が聞こえて私の心臓は期待に踊る。

ギィと錆が浮いた、鉄の匂いがする扉を開け龍田が入ってくる。

 

「うふふっ♪ 今日も良い子で待ってたかしら~?」

 

龍田の甘く痺れるような声が耳を溶かす。

その声に体も溶かされる気がして全身から力が抜け、倒れこみそうになるが、ジャラリと手首と壁を繋ぐ鎖が邪魔をした。

手首が擦れて痛むが、もうそんな事は気にならないくらい衰弱している。

 

「提督が悪いんですよ~? そんな格好で私の天龍ちゃんを誘惑しようとするから~」

 

そんなつもりは毛頭無かったのだが、もうどうでも良い。

私の思考と視線はただ、龍田の持っているモノ、ただ一点に注がれていた。

 

「あはっ♪ 子犬みたいで可愛いわ~。ほら、ご飯ですよ~」

 

カレーの匂いが鼻腔をくすぐる。早く食べたくて手首の鎖が鳴く。

……鎖が立てる悲鳴は私の代わりに泣いているのだろうか……。

すでに嗚咽を立てる喉も枯れ果て朽ち果て、獣のような息しか出ない。

 

「はい、あ~ん」

 

龍田がスプーンでカレーを一掬い、口元に持ってくる。龍田が持ってくる食事は一口食べるごとに思考がボンヤリとする。

 

最初は薬が入っているかも、と思い、食べなかったら頭が朦朧とするほどの時間飲まず食わずのまま放置された。

その時気が付いたのだ、龍田は私の生死などそこまで気にしてはいないと。

涙を流しながら、スプーンで口に運ばれたものを咀嚼する。

嗚呼、直にこの悲しみも夢現と成り果てるだろう……これを飲み込みさえすれば……。

 

「うふふっ♪ 提督、可愛いですよ~? ずぅっと私のお人形さんでいてね~」

 

その言葉に糸の切れた操り人形の様にカクカクと頷いた……。

 

 

「提督~? 行かないんですか~?」

 

龍田の声に我に返る……。先ほどのは、白昼夢か……?もしやこれも薬の副作用だろうか。

 

「ど、何処にだ……?」

 

まだ頭が働いていない。疑問の声を上げると龍田が呆れたように肩を竦めた。

 

「先ほど自分で執務室に行くと言ってたじゃないですか。もうボケたのかしら~?」

 

……そうだったな、思い出して執務室に執務室に足を向けると龍田も付いてきた。

 

「龍田も来るのか?」

 

「だぁってぇ~、面白そうですし~」

 

溜息を一つついたが、離れてくれる気は無いようだ。

執務室に電が居てくれればいいが……。そういえば響達とお菓子を作っているのだったな。もしかすると居ないかもしれない。

 

執務室の前に来ると天龍が立っていた。

 

「お? 龍田……と誰だ?」

 

「天龍ちゃん、えぇっとこの子は新しく入った駆逐艦の艦娘よ~」

 

「待て龍田、何故そうなる!」

 

龍田に妙な紹介をされて思わず声が出てしまった。しかし天龍が龍田の軽口を本気にしたようだ。

ズイ、と此方の前に立つと腕を組みニヤリと笑いながら言った。

 

「オレの名は天龍。フフフ、怖いか?」

 

あぁ……凄く恐いよ。

都会の片隅のスーツを着たお兄さんに騙されてホイホイ着いて行ってそのままお風呂遊びをしそうで物凄く恐い。

 

龍田を見ると天龍の後ろで声も立てずに壁を叩きながら笑っている。

……器用な事だ。

 

「天龍……それは新しい艦娘が来るたびにやっているのか……?」

 

「あぁ!? お前新人の癖に口の利き方をしらねーんだな。ちょっと教育してやろうか? あぁん?」

 

天龍がポキポキと指を鳴らすが、正直微笑ましい。我慢できなくなった龍田が笑いをこらえながら天龍に話しかけた。

 

「て、天龍ちゃん……それ、提督……あはははっ!」

 

ネタ晴らしをしたら我慢が出来なくなったのだろう、腹を抱えながら笑い出した。

 

「は? ……え?」

 

「そういうことだ、天龍」

 

龍田と此方の顔を交互に見る天龍。そこに頷いてやると何となく理解したようだ。一瞬で顔が真っ赤になる。

 

……声で気付いたのだろうな。

しかし龍田も意地が悪いなと思ったが、天龍をいじるのはいつもの事だった。

多少歪んでいる所はあるが、この娘は天龍を愛しているのだ。

 

「て、提督? 何でそんなカッコしてるんだ……?」

 

まだ信じられないと言った風に天龍が此方の体をペタペタと触ってくるが、落ち着かないので止めて欲しい。此方も好きでやっている訳じゃない。

 

「天龍ちゃん? 提督は女の子になりたいんですって~。ふふふっ♪」

 

「龍田ァ!?」

 

思わず声が出てしまった。

変な事を吹き込むな龍田。天龍なら信じてしまいかねない……。

 

「あー……そうか。いや、それが提督の願いなら応援してやるよ。正直恐ろしいほど似合ってるしな……」

 

少し赤い顔をして此方から視線を外し、鼻の頭を掻く天龍。

褒められても嬉しくないのだが。

しかしどうするのだ、龍田よ……。

天龍が信じてしまったではないか。

これからどう誤解を解こうかと考えたが、一度信じたらテコでも考えを変えない目の前の艦娘を説得するのは骨が折れそうだ……。

 

「はぁ……」

 

憂鬱と言った感情がしっくりくるであろう溜息をついて、言い訳を考える。

 

……そのアンニュイな表情と溜息をついた私を本気で攫おうと考えた、と後に龍田が教えてくれたのはまた別のお話……。




DMM公式でヤンデレ認定されている龍田さん。

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