アイアンボトムグレイヴディガー~ショタ提督の苦悩~   作:ハルカワミナ

45 / 69
注)女装回です。



Lapin Ange

「……どう、と言われてもな……」

 

目の前に広がる状態に何を言っていいのか分からない。

 

「ふふーん、提督のために用意したのよ!」

 

得意そうな衣笠だが……さて……。

 

「女性モノの私服ですわね……」

 

熊野が後ろから覗き込む。

そうなのだ、しかし見る限り衣笠達が着るには少しサイズが小さいモノばかりだ……。

 

「司令官、ごめんなさい! 青葉も見てみたいです!」

 

いつの間にか後ろに回りこんだ青葉が私の肩を掴む。

まさか……。この服を私に着せようというのだろうかと考えていたら、代わりに熊野が先んじて聞いてくれた。

 

「もしや、この服を提督に着せるおつもりですの?」

 

青葉が後ろに立った為、必然的に隣にずれ込んだ熊野だが、顔を見ると少し赤い。

憤慨してくれているのかもしれない。

 

……こういう時は頼りになるな。今度、好物のサンドイッチを奢ってやろう。

 

「もしそうだとしたら……わたくしは……」

 

そうだ熊野、唯一の常識人として衣笠の暴挙を止めてくれ。

 

「……衣笠はとてもいい趣味をしてらっしゃるのね。わたくし、嫌いではなくってよ?」

 

……だろうな。なんとなくこうなる予感がしていた。

熊野の頬が紅潮していたのは憤慨ではなくて期待だったのだな。

駄目元で青葉の顔を不安そうに見上げてみる。

……しかしこれが青葉の残った理性を打ち砕いてしまったらしい。

 

「司令官。青葉、もう我慢できません!」

 

両脇を抱えられ、ドレッサーの前に座らせられてしまった。

 

「待て待て! 一体何をどうしてその様な結論になる!?」

 

味方が居なくなってしまった事で、慌てて抗議する。

 

「提督昨日言ったよね? 何でもする、って」

 

衣笠がニヤリと意地の悪い笑顔を浮かべて言った。

確かに、言ったが……。だからといってこれは無いだろう。

抗議の視線を向けると衣笠が続けた。

 

「いやー、最初は青葉とデートして欲しかったんだけどね? ただ普通にデートさせるのも、ホラ、悔しいのよね」

 

嫉妬をしたという事で合っているのだろうか……。抗議の視線からジットリとした視線に変えると再び口を開かれた。

 

「で、まぁ駆逐艦の艦娘達からいくつか私服を借りてきたのよ。ふふーん、どう? 衣笠さんもやるでしょ!」

 

得意気に言われても困るが、まぁ要するに女装して青葉とデートしろという事らしい。

……どんな罰ゲームだ。

 

「青葉はそれで良いのか?」

 

青葉が最後の良心だろうと思い、聞いてみる。

これで駄目なら諦めよう。

 

「こー見えても青葉、自分の事には奥手ですから……」

 

少しだけモジモジとしている。

普通のデートだとずっと無言になりそうだな。しかし女装とは……。

 

そう思いつつ、部屋を見回すと『提督に言う事を聞かせて好き放題しちゃう本』という薄い漫画の表紙が目に入った。

島風の制服を着せられ、女装をさせられた提督らしき人物が描かれている。

……秋雲、お前のせいか。

暇なときに少々叱ってやらなければなるまいな。

どのようなお仕置きをしてやろうか考えていると衣笠から声をかけられた。

 

「提督、どれがいい?」

 

両手にワンピースやどこから借りてきたのかいわゆるゴスロリと呼ばれる形状の服を持っている。

 

「……服を借りてきた艦娘は私に着せると言って許可を出したのか……?」

 

もし許可が出ていなければ即刻中止させるつもりだったが、甘かった。

 

「女装した提督の写真と交換でって言ったら二つ返事でオーケーだったよー!」

 

……この鎮守府にはマトモな艦娘は居ないのかと深い溜息をつきかけたが、熊野にさえぎられた。

 

「一人前のレディとしてゴスロリを所望いたしますわ!」

 

……鶴の一声だった。

ゴスロリならば体型もでにくいので、もし見咎められてもごまかせるかもしれない。

しかし……この服の選択肢にズボン系統が無いのが悪意を感じる。

 

しかし、女装か……。少しだけ懐かしいな。

女装に関しては軍学校時代に何度かさせられた事がある。

一般の学校見学ツアーや観艦式の時に手伝いに行った時の話だ。

同期の奴らが悪乗りをして、女物の制服を着せられたのだ。

……前日にポーカーなどしなければ良かったと今も後悔している。

その後、しばらくは私宛に手紙や花が贈られて来ていたのだが、残念なイケメンの同期が助けてくれた。

 

……この話は長くなるし、素面で話せる様な話題ではないのでまた機会があるときにでも話そう。

最も私は酒は飲めないがな。

 

「……着替える場所くらいは用意して貰いたいのだがな。それと下着はこのままでいいのだろう?」

 

「お、提督乗り気だねぇ! じゃあこの衝立の後ろでお願い! ちなみにパンツはどんなの履いてるの?」

 

妙に衣笠が目をキラキラさせている。少しだけ恐くなって聞いてみた。

 

「……衣笠よ、それはセクハラになるのではないか?」

 

「トランクスとかだったら線が出ちゃうからこっちで用意しないとって思ったのよね!」

 

「……ボクサーパンツだ」

 

正直に答える。今の衣笠なら女性モノの下着まで着けさせかねない。

 

「ふーん、それなら大丈夫そうね。……残念」

 

聞き捨てならない事をボソリと呟かれたが、今日、この下着を選んだ事を神に感謝した。

 

「それとそこでカメラを構えている青葉を押さえておいてくれ。でなければこの話は無しだ」

 

「……気になるんですかぁ? 青葉いい子にしてますよぉ?」

 

あまり信用できない、何故ならば此方と視線を合わせずに口笛など吹いていたからだ。……うん、わざとらしいな。

と、ジト目で見つめていた所に衣笠が青葉を羽交い絞めにした。

 

「んじゃ提督、お願いしまーす!」

 

「ちょっ! 衣笠! スクープが! 大スクープが!」

 

ぎゃあぎゃあと騒いでいる二人を尻目に、溜息を一つついて衝立に隠れた。

 

「ちなみにこの服は誰から借りたんだ?」

 

念のため青葉と衣笠の位置を声で把握したかったので着替えながら声をかけた。

 

「ゴスロリ服は天津風だねー。ガーターも借りてきたけど、提督着けるー?」

 

「……止してくれ。流石にそれを着けるのは天津風に悪い」

 

肌に直につけるものは遠慮したい。……新品ならまだしも、な。

 

「そう言うと思って新品のニーソ買って来てあるから安心してね!」

 

自分の考えが読まれたらしい。それにしても衣笠はノリノリだな。

しかし天津風か……言われてみると少し大人びた雰囲気のワンピースだ。

おそらく何処かのブランド品だろう。

其処此処にエレガントさを感じる意匠が施されている。

胴回りは比較的ゆったりとしているのでコルセットをつけるまでもなさそうだ。……あれは苦しかったな。

そうこうしているうちに着替え終わった。

 

「これで良いか?」

 

靴はまだ革靴のままだが、座らないとブーツもニーソもつけれないので衝立の影から出る。

 

「まぁ! よろしくてよ! よろしくてよ!」

 

……熊野が興奮している。

フラッシュが焚かれ一瞬、目が眩んだ。青葉め、カメラを没収するぞ。

 

「提督、ここ座ってー。ウィッグつけるから」

 

衣笠がドレッサーの椅子を指し示す。言われるとおりにストンと座った。

 

「やっぱ提督には黒髪だよねー。あ、これ明石さんに作って貰ったんだけれど限りなく人毛に近い素材でしかも蒸れにくいんだって」

 

「よくそんなものを開発する暇があったな」

 

ウィッグを被せられ、櫛を入れられる。

サラサラと言う音が心地よい。

胸元に垂れている髪を指先でいじると確かに人毛に近い手触りだ。ナイロンや混合毛とはまた違った感触がする。

 

「司令官、これブーツとニーソ。インタビュー、する?」

 

「しない」

 

青葉に一言返して、持って来てくれたものを身に着ける。

……ニーハイソックスを履くとき、スカートを腿まで上げてしまい、熊野が獲物を狙う肉食獣のような目つきをしているのが気になった。

 

「後はお化粧ですわね! わたくしに任せて頂ければ最高のメイクをして差し上げますわ!」

 

鼻息荒く熊野が張り切っている。少し恐いが下手に言葉を言わない方が良いだろう。興奮している所にガソリンを撒くような事になりかねない。

 

「まずは下地を……あまり下品にならないように致しますわ」

 

冷たいクリームが熊野の指によって顔に塗られていく。

少しだけ気持ちよくて目を閉じた。

 

「次はファンデですわね……。提督の肌、綺麗ですのね。少しだけ嫉妬しますわ。……衣笠さん、このブランドのパフはおすすめしませんわ」

 

「え!? そうなの?」

 

女子トークが始まってしまった。何時の時代でも女子というものはこういう話題が好きなのだな。

ファンデーションをパフで軽くはたかれる。柔らかい感触が心地よい。

 

「提督、ピューラーとマスカラをつけるので目を少し開けていただけます?」

 

「そこまでしなくても良いのではないか……?」

 

「いいえ! せっかく提督は睫毛も長くていらっしゃるのに、もったいないですわ!」

 

強い口調で言われ、仕方なく目を開ける。目の周りを他人に任せるのは自分でするより少しだけ恐怖感があるな。

マスカラを塗られ、眉毛を描かれる。

ペンの先を額に近づけたようなムズムズとした感触が残った。

 

「後は、チークですわね。……その前にアイシャドウを入れますわ。少し赤い色がお人形さんみたいで合いますの」

 

瞼に筆が塗られる。まるでキャンパスだな、と苦笑しかけるがあまり顔を動かすと怒られそうなので我慢した。

チークをサッと塗られ完成かと思いきやそうでもないようだ。

 

「後はリップを……衣笠さん、リップはありませんの?」

 

「あ! しまった、忘れてた……」

 

別に無くても構わないのだが、と熊野に目線を向けると何やら勘違いしたようだ。

 

「しょうがないですわね。私のリップを塗ってさしあげますわ」

 

「え、それって間接……!」

 

熊野の言葉に青葉が慌てるが時すでに遅し。

 

「今年の新作でうぉーたーぷるるんと言った触感を出せますわ! これで完成でしてよ」

 

唇に軽くリップを塗られる。色合いからして淡いピンクの様だ。

……終わったようだ。ゆっくりと目を開けると三人の艦娘がホゥと溜息をついていた。

 

「……これは……想像以上ですわ……」

 

「青葉、この気持ち……なんだろ? なんだろ?」

 

「直撃ー……? 提督、あの、みないでくれますー……?」

 

何やら怪しい雰囲気だ。慌てて正気に戻すために言葉を紡ぐ。

 

「さ、さぁもう良いだろう?明日この格好で青葉と街に行けば良いんだな?」

 

服に手をかけ、脱ごうと胸のボタンを外すが失策だった様だ。

 

「提督! ちょっと待った! その仕草はヤバイって!」

 

衣笠が制止する声が聞こえたが遅かった。

 

「とぉぉ↑おう↓!」

 

熊野が理性を失った目で此方に飛び掛ろうとしたのを衣笠と青葉が必死で止めていた。

 

「提督! ちょっと熊野が落ち着くまで出て行って! 今すぐに!」

 

半分悲鳴が混じった衣笠の声に押され、部屋を出たが……。

 

「どうするんだ……。この格好で……」

 

途方にくれる女装提督がそこに残されるだけだった……。

 




タイトルは某ゴスロリブランド名をもじりました。
可愛らしい、且つ大人っぽい服が多いのでよろしければ検索してみて下さい。

閲覧・お気に入り・感想ありがとうございます。
誤字・脱字・文法の誤りなどありましたらお知らせくださいませ。
勉強させていただきます。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。