アイアンボトムグレイヴディガー~ショタ提督の苦悩~   作:ハルカワミナ

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指先ミルクティー

電が落ち着くまでと思ってソファに座っていたが、腕を離してくれない。

衣笠達に呼ばれているのだがな……。

 

「な、なぁ電?」

 

「司令官、何ですか何ですか? えへへ」

 

電、それは違う艦娘の台詞だ。

 

「……電?」

 

「冗談なのです……」

 

疑問の声をあげると少し恥ずかしそうに下を向いた。

その仕草が可愛らしかったが、そろそろ行かねばなるまい。

しかし、執務室に電を一人で残して行くのも心配だ。

 

「衣笠達に呼ばれているのだが、お前も来るか?」

 

「だ、大丈夫なのです。電はお留守番くらいできるのです!」

 

ふむ、と顎に手を当てて考えていると、ドアをノックする音が聞こえた。

 

「司令官、入ってもいいかい?」

 

この声は、響か。

 

「あぁ、いいぞ」

 

手短に返事をして立ち上がろうとする……が、電に腕を抱かれているので立てなかった。

 

「ちょ、電!?」

 

「司令官? 今、電と聞こえたが……」

 

此方が驚きの声を上げるのと、響がドアを開けて入って来たのは同時だった。

腕にへばりついた電の顔と、此方の顔を見て大体の事は察したようだ。

 

「……そろそろ戻ってもいいかな」

 

「待て待て、用件は何だ?」

 

踵を返して出て行こうとする響を慌てて止める。

 

「フフ、冗談さ。暁と雷がおやつを作るそうだから司令官と電に声をかけに来たんだ」

 

「そうなのか、しかし生憎と私はこの後、衣笠に呼ばれていてな。昨日からの約束なので果たさなければいけないのだ。電を一人にさせることになってしまうのでどうしたものかと思っていたが助かった。一緒に居てやってくれないか?」

 

行き先と理由を明らかにしておけば心配はしないと考えた末での言葉だ。

 

「そうか。司令官が一緒に来れないのは残念だけれど。じゃあ電を借りていくよ?」

 

……妙に残念という言葉を強調して言われた気がするが、気のせいだろう。

 

「あぁ、大丈夫か? 電」

 

電の同意を得られなければ一緒に連れて行こうと思ったが、元気な返事を返してくれた。

 

「なのです!」

 

その様子を見ていた響だったが、何やらニヤリと笑みを浮かべている。

 

「……何があったか皆でじっくり聞こうじゃないか、電」

 

「はわわわ、何もないのです! 何でもないのです!」

 

……電よ、私の体液の事もあるだろうが、戦意高揚状態になっている事は何でもないで隠せる事ではないぞ。

しかし、姉妹達と賑やかにしているならばそれが一番良いな。

 

「頼むな、響」

 

被った帽子の上から響の頭を撫でる。

少しだけ気持ち良さそうに猫のように目を細める。

 

「行っておいで、司令官。до свидания(ダスビダーニャ 訳:また会いましょう)」

 

響に背中を軽く押されて執務室を出た。

鍵は電に任せておこう。

……一寸前に電が秘書艦を努めていたときに鍵を閉め忘れてちょっとした騒動があったが。

今は先を急ぐのでまたの機会に語ろう。

 

少し早足で衣笠達の部屋に向う。

重巡洋艦棟に着くと前を歩く艦娘が居た。

焦げ茶色の制服とミルクティーの様な髪色のポニーテールが歩くたびに揺れている。

あれは、熊野か。

熊野は最上型重巡洋艦4番艦で、最上型の末妹に当たる。

この鎮守府に着任時は重巡洋艦だったが、艤装の改造を施してからは航空巡洋艦という括りになっている。

新しく航空巡洋艦の棟を作ろうとしたが、熊野にそこまでする必要は無いと言われたので重巡洋艦の時に使わせていた部屋をそのまま宛がっている。

 

艦船時代の記憶としては神戸の造船所で生まれ、激戦を繰り広げ、沈んだと資料にある。神戸に帰れなかった事を悔やんでいるとも……。

艦娘としては方向音痴なのが玉に瑕だが、お嬢様然とした喋り方と礼儀正しさには好感が持てる。

……そういえばよく私に髪を梳いてくれと言ってくるな。

普段は鈴谷がやっているのだろうか。

とりあえず声を掛けておかないと後々不機嫌になりそうだ。

 

「ごきげんよう、熊野」

 

「あら提督、熊野に何かご用?」

 

熊野の挨拶を真似してごきげんようなどと声をかけてみたが、気付いていないようだ。

……少しだけ寂しいとか思っていない、本当だ。

 

「いや、衣笠の部屋に用があってな。熊野を見かけたので声をかけたのだ」

 

「そうですの? 私も衣笠と青葉に用があったのですけれど。新しいエステに岩盤浴コースというものが出来たらしく、誘ってみようかと」

 

熊野がミルクティー色の髪を指先で弄りながら答える。

最新エステ情報が週間鎮守府かジュフシィのどちらかに載っていたのだろう。わずかに期待に満ちた目をしている。具体的にはワクワクしていると言ったほうが良いだろうか。

 

「衣笠と約束をしていてな、私と話を終わらせてからでも構わんか? すぐ終わるとは思うが……」

 

「構いませんわ。私も御伴しても?」

 

「あぁ、いいぞ。では行こうか」

 

熊野を横に連れて衣笠の部屋に向かう。熊野のエステ好きにも困ったものだ。

夏に熊野に秘書艦を任せたとき、鎮守府内にエステショップを作ろうとして軽く叱った事がある。

その後、不満だったのか私にエステの本を読ませ、エッセンシャルオイルを配合したオイルを塗ってくれとストライキを起こしたのだが。

 

……水着を着ていたとは言え、熊野の体は柔らかくて白かった。引き締まっている部分は引き締まっていて……。

鼻血が出そうなので止めて置こう。

 

この話は青葉が週間鎮守府に匿名小説として書いている。

もし提督諸氏が読みたければ、鎮守府に置いてある過去の週間鎮守府を明石か大淀に出して貰って欲しい。

……よほど二人の機嫌が良くなければ出しては貰えないかもしれないが。

 

「提督? 何処まで行くおつもりですの?」

 

熊野の声にハッと気付く。

どうやら物思いに耽っていて衣笠達の部屋を通り過ぎてしまったようだ。

 

「すまない、ボーっとしていた」

 

「もう、ちゃんと目をお開けなさいな」

 

クスクスと笑う熊野。少しだけ恥ずかしい。

気を取り直して衣笠達の部屋のドアの前に立つと何やら中から声がする。

 

「ほ、ホントにやるの?」

 

「大丈夫! 衣笠さんにお任せ♪」

 

ノックするかどうか逡巡させる台詞が聞こえてきた。青葉と衣笠の声だ。熊野と目を合わせたが、知らないと言う顔つきでフルフルと頭を振った。

……話もしない事にはどのような事か分からないな。

諦めてドアをノックする。

 

「衣笠、青葉。話を聞きに来た」

 

「あ、開いてるから入ってー」

 

ドアの向こうから衣笠の声がした。鍵は開いているようだ。

許可は出たので入るとしよう。

しかし入らないほうが良かったと直ぐに後悔する事になる。

 

「なんだ、これは……」

 

「ふふーん。どう? 衣笠さん最高でしょ!」

 

そこには男にとっては余り嬉しくない光景が広がっていた。

 




タイトルは某漫画から。

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