アイアンボトムグレイヴディガー~ショタ提督の苦悩~ 作:ハルカワミナ
声の主は衣笠だった。
全員が全員、何を言っているんだコイツは、といった目で見ている。
「いや、この間朝の連続ドラマで辛い過去で記憶を失った主人公に恋人が幸せな思い出を作れるようにって演出してたから……」
あぁ、なるほど。
連続テレビドラマ小説『ちんじゅ』か。衣笠は好きであったな。
「……記憶の上書きについては聞いた事がありませんが、実験的に試してみる価値はあるかもしれません」
何を言っているんだ大淀、と言い掛けたが一部の艦娘が衣笠を神様でも見るような目つきを向けていたのでやめた。
……私の意志はやはり無視だが、艦娘達が生き生きとしてくれるならそれでもいい。
……一人で居ると、あの記憶がフラッシュバックしそうで恐いからな。周りが騒がしければきっと大丈夫だろうと打算的な部分もあったのも事実だ。
「ふっ……ふざけんじゃないわよ! それって司令官をモルモットにって意味でしょうが!」
満潮が激昂している。唯一、常識的な事を言ってくれた。
が、衣笠達の言う幸せな記憶とやらがよく解らない。
相手は衣笠だ。……少なくとも悪いようにはしないだろう。
「良いのだ、満潮。……衣笠も決して悪気があるわけじゃないだろう。私の事を考えて提案してくれたのではないか?」
衣笠に視線を向けると何やら目を泳がせていた。
「えぇ、そうね……き、衣笠さんにおまかせ♪」
……とってつけたような台詞が気にかかる。少しだけ保険をかけておこう。
「満潮、もし衣笠がやりすぎだと感じたら止めてくれるか? お前の意見は頼りになる」
「えっ!? 頼りに……って本当? 司令官……?」
擁護が来るとは思わなかったのだろう。顔を赤くして少しだけ意外そうな声で戸惑っている満潮。
……少しだけ可愛いとか思ってなどいない。絶対にない……たぶんない。
「うふふふふ。満潮ちゃん良かったわねぇ~」
「ちょっと! 止めてよ! 荒潮!」
荒潮が満潮の頭をグリグリと撫でている。少なからず嫉妬の感情が見て取れたが言わないでおこう。
「提督?」
扶桑から怪訝そうな声が聞こえて来たが、何もないぞという風に笑っておいた。
このままでは埒があかないと考え、衣笠に話を振る。
「衣笠? で何か良い方法はあるのか?」
「うん、だから提督は昨日約束した通り私たちの部屋に来てね! 待ってるから!」
ニコニコと笑顔を浮かべる衣笠。……此処では秘密、と言う事か。
衣笠に頷くと大淀がパンパンと手を叩いて、一旦話を打ち切る方向に出たようだ。
「さて、それでは一度衣笠さん達に任せてみませんか? ……私もこの此処が好きです。誰も轟沈していないこの鎮守府は上層部から臆病者扱いされていますが、姉妹艦を失って自棄になる艦娘も居ませんし。……艦娘に悲壮感が漂う鎮守府なんて私も嫌です。皆さんも協力してくれませんか? ……提督を死なせない為にも!」
「どういう事なのです!?」
執務室のドアが吹き飛んだ。
慌ててそちらに視線を向けると艤装を全展開させた電が入って来た。
……不味いな。肩で息をし、かなり興奮している。
自分の言葉に酔っていたのだろう。大淀が少し芝居がかった口調で死なせない為に!などと言ったのが聞こえていたと思われる。
「嫌なのです! 司令官さんは死んじゃ駄目なのです! 司令官は! うわぁああん!」
艤装を背負った電が走って飛びついて来る。待て、その状態で飛びつかれたら人間は死ぬ。
特に私は艦娘からの攻撃へのセーフティがかからない。
一瞬走馬灯みたいなものが見えたが、それは腹に感じる重い衝撃で掻き消された。
「ぐふっ!」
腹から全ての酸素が抜けた。
腹に大穴が開いただろうと思い、首を下に向ける。
電が腰に手を回して私の腹の部分に顔を押し付けている。
……大穴は空いては居なかったのでホッと一息つく。
艤装を直前に解いてくれたのだな、と電の頭を撫でた。
しかし、これは少し気をつけていないと不味いかもしれない。
「なぁ、大淀。私のような体をしたものは艦娘からのセーフティが効かないのか? 少なくとも艦娘の艤装でスプラッタにはなりたくないのだが」
「えっ? そんな、まさか……」
大淀も初耳だったようだ。昨日から今日にかけての騒動を知らないのか……?
と、いうことは執務室には盗聴器など仕込まれていない事になる。
「本当なのだ……。青葉と時雨に照準を向けられた。時雨に到っては砲身を直に身体に当てられたな。……ハッ!?」
……迂闊だったかもしれない。この場に居るほぼ全員の艦娘が青葉を批難するような目で見つめている。
「え~と、ハハ……青葉しくじっちゃいました……。うわぁん! 司令官なんでバラすんですか~!」
青葉が恨みがましい声で此方を咎めるが金剛、扶桑、加賀に囲まれて身動きが取れなくなっているみたいだ。
まるで学校の不良がいじめっこを囲んでいるような構図だが、まずは泣いてしがみついている電を何とかするのが先だろう。
「司令官、死んじゃ嫌なのです……。司令官は電をいつも待っててくれたのです。だけど、まだ往かないで欲しいのです。お願いだからそんな先に行かないで欲しいのです……」
しゃくりあげながら必死でしがみつく電。誰もが毒気を抜かれたように此方を見ている。
……鳳翔は貰い泣きした様で目頭を押さえているが。
電も感情が昂ぶっているせいか、いつもの司令官さん、とさん付け呼びでは無くなっている。少し落ち着かせねばなるまい。
「電、私はまだ往かないぞ。……そんなに心配なら、この先もずっと隣を一緒に歩いて行くか?」
この間電と街に買い出しに出たとき、電がよそ見をしていて何度か遅れる度に立ち止まって待っていたからだろう。仕方なく手を繋いで歩き出してからは遅れなくなったが……。
買出しの荷物の中にとある物が入っていたり、迷子を見つけたり、あげくの果てに私が迷子扱いされて保護されそうになったりと色々騒動があったが、これはまたの機会に話そう。
「え? ……え? ……は……はにゃあー?!」
私から離れず、不安そうに見つめる電の頭を撫でながら声をかけたら蒸気船のボイラーの如くプシューと音がするほど顔が赤くなり、気絶した。
慌てて電の体を抱きとめる……何か間違えただろうか。
助けを求めるように艦娘達を見回すと全員溜息をついていた。
衣笠がこめかみを押さえながら、一言。
「提督……それ、プロポーズ……」
「は……?」
疑問の言葉が漏れたが、艦娘達からは溜息で返された……。
提督ステータス
恋愛掌握:C-
天然 :A
鈍感 :B
戦闘 :C(悪夢覚醒時A+)
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