アイアンボトムグレイヴディガー~ショタ提督の苦悩~ 作:ハルカワミナ
執務室に一部の艦娘に招集をかけた。
一部の艦娘とは私の体の事情を話した者達で赤城、加賀、扶桑、山城、鳳翔、荒潮、満潮、衣笠、青葉、金剛、そして大淀が目の前に並ぶ。
時雨と白露、春雨は遠征中なので当然の事ながら居ない。
鈴谷にしても本質を知っているわけではないので呼ばなかった。
天龍は龍田と予定があるらしく、別れるときに絶対に後で教えてくれよ!
と言っていた。
「さて、大淀。話を聞かせてくれないか。それとまるゆの処遇についてもだ」
そうなのだ、大淀に言われたまるゆの件については陸軍が関与しているとしか思えない。
全員の注目を浴びた大淀が、第一級秘匿事項ですが、と前置きして怯む事なく話し始めた。
「まるゆさんは陸軍が開発した艦娘ですが、提督のお薬については直接的な関わりはありません。ただ、海軍上層部からは提督を繋ぐ首輪として扱え、と言われています」
第一級秘匿事項の言葉で前に並んだ者達が緊張するのが分かった。
「海軍上層部とは誰だ? 少なくとも大将クラスの将官か?」
見えない敵が居るのがもどかしくて大淀に質問を投げかける。
「……おそらくは提督に心当たりがあるのではないかと。私も上層部については詳しく知らないのですが、提督を随分恨んでいる方、と聞き及んでおります」
大淀の言葉に金剛が反論した。
「Hey! テートクが誰かから恨みを買うなんてありえないネー!」
……いや、心当たりはある。
もしかしたら過去に不正を暴いた将官の縁者かもしれないな。
興奮する金剛を手で制して静かにさせる。止めてくれ、そこまで純粋な人間でもないのだ。
「では本題だ。大淀……貴様がくれた薬は毒なのか? 薬なのか? どちらだ?」
どんな答えが返って来ても冷静に対応できるように心を静める。
大淀はしばらく思い悩む様子だったが、少しずつ話始めた。
「基本的には提督の体に必要な薬です。胃痛を和らげる成分や、栄養剤の成分が入っています。ただ……」
ただ、の先から言いよどんでいるようだ。
誰も言葉を発しない。握った手にじわりと微かに汗が滲むのが分かった。
「ただ……何だ?」
我慢できずに先を促すとしばらく迷っていたが話してくれた。
「……飲みすぎれば分解できなかった成分が毒として溜まっていきます。それに応じて副作用も酷くなっていきます……」
「……副作用って何よ。いや、そもそも司令官に毒になるものを飲ませてたってワケ? アンタは!」
満潮が今にも大淀に食って掛かりそうな雰囲気だ。
「待て、艦娘同士の諍い事は絶対に許さん。厳命だ」
満潮に釘を刺すと、不満そうな顔だが矛を収めてくれたようだ。どんな結果でも知っているのと知らないとでは大きな違いだ。
……薬に頼りすぎていた部分があるのは事実だが。
「副作用は、艦娘の欲望の増幅。それと……」
「ちょっと待って! それじゃあ姉様は!?」
大淀が話していると山城が口を挟む。艦娘達に勝手に発言して良いとは言ってなかったのだがな、と思ったが今更だ。
口には出さずに見守る事にした。
「……おそらくですが、扶桑さんは提督を守りたいが為に自分の中に取り込もうとしたのでしょう。もし提督が意識を失っていたらそのまま食べられていたかもしれません。……物理的に、ですが。そこまで提督が愛されているとは驚きましたけれど」
「嘘……そんな……嘘よ……」
大淀の言葉に扶桑が両手を口に当て、首をゆるりと左右に振り蒼白な顔でよろめく。慌てて山城が支えた。
秘書艦用の椅子を指し示して扶桑を座らせた。
……愛されていても私にはそれを受け入れる事はできないのだ。大本営から預かった大切な艦娘、それこそ江田島中将に顔向けができない。
……すまない。
扶桑を複雑な目で見つめた。
その視線を何かと勘違いしたのだろう。扶桑が縋るような声を絞り出した。
「提督……私は提督をお慕い申し上げております。傷つけるなど、本当に……あってはならない事……」
「姉様……」
山城が悲痛な声で扶桑に縋りつく。扶桑の声の最後は涙でくもり、聞こえなかったが言わんとする事は解った。
……フォローをしておかなければ後に影響が出そうだ。
執務机から離れ、扶桑に近づき、椅子の手すりを指が蝋燭のように白くなるまで掴んでいた扶桑の手に重ねる。
「大丈夫だ、お前に咎は無い。これからも守って、いや、護ってくれるのだろう?」
日の本の名を冠した戦艦、私の血筋に縁がある扶桑という名を持つ艦娘……。
どさくさで愛情を吐露されたとは言え、憎からず想っているのは私もそうだ。
「提督……」
手すりを握る扶桑の手から力が抜けた。これならば大丈夫かもしれない。
「Hey! テートクはワタシが一番LOVEなんだからネー!」
「……愛をけたたましく唄う蝉より鳴かぬ蛍が身を焦がすと言います」
「What!? 加賀ー! ソレはどういう意味デスカー!?」
……此方では金剛と加賀が言い争いを始めたようだ。これでは埒があかない。少し注意をしようと息を吸い込んだ瞬間、衣笠に遮られた。
「じゃあ薬のせいで私達艦娘は世の中の提督に無条件で惹かれてるっていうの?」
……行き場を無くした息が漏れた。
「世の提督が全員そういう体質というわけではありません。今からそれをお話しますが……ここに居る方々には少々辛いかもしれません」
大淀自身も辛そうな表情をし、誰も言葉を発しなくなった。
「……まず、提督の体質についてお話しなければなりません」
静寂を破り、大淀が話すが言いよどんでいるようだ。
「……続けてくれ」
言葉の先を促すと、大淀は頷いた。
「何万人かに一人、艦娘や深海棲艦に愛されすぎる子供が産まれて来ます。成長するとその効果は薄れるので大抵気が付かないか、海で深海棲艦に襲われ、そのまま行方不明となるかどちらかです。提督の体液を貰った、あるいは提督の体臭で戦意高揚状態になった艦娘が居る事が何よりの証拠です」
大淀の言葉にゴクリと唾を飲んだ。扶桑の不安そうな瞳が此方を見つめる。
「軍はその様な体質を持つ子供が発見された場合、成長ホルモンを阻害する薬を処方、脳の下垂体の部分にも手を加えられます」
「ちょっと待ってよ! そんな非人道的な事……!」
満潮が大淀に食ってかかるが、気にせず大淀が続ける。
「今更です。年端も行かない少女に武器を持たせ、戦えというような時代ですから」
ギリと歯を食いしばる満潮だったが、それ以上何も言わなかった。
「……脳に手を加えているわけですから薬が切れると重篤な副作用として、増幅された過去のトラウマ、つまりPTSDが起こり、現実と過去に受けた心的苦痛の境が無くなります。中には耐え切れず発狂する人間も居ると聞き及んでおります」
……まさか、そんな、馬鹿な話があるか。
扶桑の上に置いた手がカタカタと震える。
「提督……」
扶桑が不安気に言葉をかけてくれるが、大丈夫だと目線を送り、頷く。
「……つづけて、くれ」
腹の底から絞り出すような声が出た。
「……はい。薬を飲んだ直後は艦娘を誘引する状態になります。それに伴いPTSDは薄れますが、さきほども言った様に分解できなかった成分が体内に蓄積します」
「……そーなると、どうなるんです?」
青葉が質問を投げかけると、大淀が言うべきか迷ったように視線を動かした。
……なんだ?もしやそこまで深刻な事態になるのか……?
「蓄積し続けた場合、深海棲艦まで誘引する様になります。海軍元帥の中にはその状態になった人間を『エサ』と呼んでいます」
「なっ!?」
誰かの声が響き、沈黙が訪れた。だが、エサとは……。随分と直球だな。
まるで悪い冗談みたいだ。
「ふざけないで下さいッ!!!」
静寂を破ったのは鳳翔だった。半分叫び声になった声に驚いて其方を見ると涙を流しながらえづいていた。
「どれだけ……どれだけの犠牲を払えば気が済むんですか! 人も艦娘も幸せに穏やかに暮らせる事を願っているんです! それを……! それを……!」
鳳翔がここまで激昂した姿は初めて見た。
おそらくこの場に居た全員がそうだろう。
しかし、大淀は表情を変えず、言い切った。
「もちろん深海棲艦を殲滅するまで、です。そう命令を受けています」
「うっ……! うぅ……うあぁああ……!」
鳳翔が崩折れ、嗚咽の声を洩らす。
鳳翔の嗚咽が執務室に響く。誰もが悲壮感に包まれ、悲痛な表情をしていたがハッキリさせておくべき事がある。
今の自分の状態はどの程度なのか、と。
「大淀、今の私はどの段階だ? 過去の記憶に関してはすでに映像として見ているが、辻褄が合わない部分が幾つかあるのだ。もしや艦娘の記憶を覗いて見たりできるのではないか?」
「段階についてですが、危険な状況です。フラッシュバックを抑えられる状況でしたら薬の成分が分解されるまで飲まないに越した事はありません。艦娘の記憶の共有についてもその様な報告は聞いた事がありません」
「そう、か……」
ある程度、大淀の話を聞いてから覚悟はしていたが、あの血と重油の海の記憶が正解なのだろう。
それを思い出したくなくて、精神を守る為に脳が記憶を改変したのか。
自分の命を軽んじる癖も、おそらくはあの時に一回死んでいるからか……。
「ちょっと待って? じゃあ幸せな記憶で塗り替えればどうなるの?」
誰もが虚をつかれた表情でその言葉の主を見た。
タイトルはTHE BLANKEY JET CITYの楽曲から。
危険ドラッグってデンジャー・ドラッグ、略してD・Dとかのが格好良いと思うんですよね。
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勉強させていただきます。