アイアンボトムグレイヴディガー~ショタ提督の苦悩~   作:ハルカワミナ

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あさごはんはたのしいな

「提督、朝だよ。良い雨だね」

 

「どう見ても快晴に見えるのだが、時雨。後、男の部屋には気軽に入っていいものではないぞ」

 

 カーテンが開けられている。今日も良い天気になりそうだ。

 目の前には時雨の顔がある。少し跳ねた黒髪、晴れた海原のような青く澄んだ瞳。

 見つめていると吸い込まれそうに堕ちて往く予感がする。

 手をのばしてその瞳に触れたい衝動を必死で抑えた。

 自分の顔は赤くなっていないだろうか。

 

 しかし……そんな幻想は次の言葉で一瞬で吹き飛んだ。

 

「女性扱いしてくれるのは嬉しいけれど、提督の寝顔は可愛らしいからね。僕に弟が居たらこんな感じなんだろうね」

 

「弟か……すまないが着替えるから部屋から出てくれないか?」

 

 自分に犬の尻尾があったらそれはもう綺麗に三日月を描いて足の間に入り込むくらい落胆しているであろう。

 

 そんな事を考えていたらさらに追いうちをかけられた。

 

「え?ダメだよ提督。僕が着替えのお手伝いをしてあげるんだから」

 

 これは完全に男として見られていないらしい。

 自分の脳みそが沸点まで達する前に時雨を部屋から追い出さねば。

 ……と思っていたら物凄い衝撃音と振動で部屋が揺れた。

 

「ッ! 敵襲か!?」

 

 慌てて衝撃音がした方に視線を向ける。

 

 ……扶桑がドアに砲塔をぶつけていた。

 

「何をしている、扶桑……」

 

 朝から疲れたくないのだがな、と心底あきれた風を装って額に手を当てて問う。

 

「い、いえ……提督がいつまでも起きてらっしゃらないので遠征帰りがてらに寝顔を……じゃなくて起こしに参りました」

 

 そうか、それで艤装を装備したままだったのだな。あわあわと手を振る扶桑、あまり快適ではない覚醒を迎えてしまったので少し意地悪をしようと問いかけてみる事にする。

 

「扶桑、君も弟の寝顔を出歯亀しに来たのか?」

 

「え……弟ですか? それは一体……」

 

 そのまま扶桑の視線が時雨を捉える。

 時雨はむぅとむくれたような顔をしていたが、それを見て何かをひらめいた様だ。

 

 笑みを浮かべ、扶桑が自分に近づいてくる。何か嫌な予感がする。

 

「あら、そういうわけではありません。それに弟でしたらこういう起こし方はできませんよね?提督」

 

 視界が真っ白に染まる。

 柔らかいモノに顔が埋まる。

 洗い立ての衣服と石鹸の匂いがする。

 これでも人並みに性欲はあるのだ、朝ということも相まってこのままでは恥ずかしい事になってしまう。

 

「ふぁなひはまえ、ふほう(離したまえ、扶桑)」

 

 駄目だ、口もしっかりと固定されてしまっている。

 

「提督、そんなに喋ると弾薬庫がちょっと心配です……」

 

 扶桑がクスクスと笑いながらこんな事を言うが、こんなところで弾薬庫に誘爆は勘弁願いたい。

 明日の新聞に淫猥提督、寝室で艦娘に手を出し爆発!なんて見出しで載ってしまう。

 初雪などは普段から提督爆発しろ等とからかってくるのだが……。

 あぁ、しかし柔らかい。このまま目を瞑って寝てしまうのも有りかもしれない。

 

「扶桑、提督。君たちには失望したよ……」

 

 冬の雨のように底冷えのする声が響く。

 今は夏なのだが、部屋に冷房でもかかっているのだろうか。

 

「時雨……? 貴女にとっては提督は弟みたいなものなのでしょう?なら私がどうしようと勝手じゃないのかしら」

 

「僕が先に提督を起こしに来たんだから邪魔はしないでくれるかい?」

 

 頼むから煽ってやらないでくれ、扶桑。

 時雨も魚雷発射管を向けるのはやめなさい。

 怒らない子ほど怒らせると怖い。

 というか時雨も扶桑も怒らない娘だったな。

 

「今は僕が提督の秘書艦だよ。その僕が提督の朝の支度を手伝うのを邪魔しないでくれるかい?」

 

 嗚呼、胃が痛い。誰かこのレイテ沖海戦を止めてくれないだろうか……。

 と、思っていたら静かだが凛と通る声が止めてくれた。天の助けとはこのことか。

 

「司令官、朝食が冷めてしまうよ。鳳翔がせっかく作ってくれたのに彼女の悲しむ顔を見たいのかい?」

 

 救いの神はまだ自分を見捨ててはいなかったようだ。

 ドアの方に顔を向けると数人の艦娘が居たが声をかける勇気があったのはどうやら一人だけのようだ。

 

「あぁ、すまない響。すぐに行く」

 

 この状況から抜け出せるのが嬉しくてすぐに答えた。声が上ずってしまったのは御愛敬だ。

 

「了解、それからそこの二人。司令官が着替えられなくて困っているみたいだ。すみやかに部屋から退出したまえ」

 

 渋々といった風に扶桑と時雨が部屋から退出する。

 こういう時に冷静に指示ができる人間は少ない。

 自分が知る限りでは加賀か響くらいだろうか。

 最も加賀の場合口数が少なくて誤解されてしまう節があるのだが。

 他には不知火もいるが、たまに落ち度1000%クラスの大ボケをかます時があるので注意したい所だ。

 

 

「では早く着替えたまえ、司令官。私は部屋の外で待機していよう」

 

 ドアの前に群がっている艦娘達を響が解散させると静けさが戻ってきた。すぐに着替えるとしよう。

 

「響、待っていてくれたのか。さっきはすまない、そしてありがとう」

 

 ドアを開けると銀色の髪の娘が腕を組み、壁を背につけて立っていた。さきほどの騒動を鎮めてくれた謝罪と礼を述べる。

 

「なあに、いいんだよ。司令官が仕事をスムーズに進めるための協力は惜しまないさ」

 

 窓から差し込む太陽が響の髪に反射して一瞬金色に見え、眩しさに目を瞬かせた。

 綺麗な髪だ、フランスのアンティークドールでもここまで目を奪うものは早々無いだろう。

 

「そうか、改めて礼を言う。ありがとう響」

 

 髪に見惚れてしまっていたのをごまかす為に言葉を発する。少し顔が熱い。窓から差し込む日光に当たったせいだろうか。

 

「本当に……司令官は鈍感なんだね。視線に気付いていないとでも思ったのかい?」

 

「何か言ったか? 響」

 

 食堂に通じる廊下を二人で歩く。クスクスと横で笑う響の顔が少し赤いのも朝日に当たったせいだろう。

 白い肌に朱が映える。つついて触れてみたい誘惑はあるが、騒動を静めてくれた恩人に対して失礼だろう。グッと我慢した。

 

「触れてくれても構わないのだけどね、司令官」

 

 響がポツリと呟いた気がしたが、自分がまだ寝惚けているせいだろう。その証拠に聞き返してみたが、何も言ってないよとシニカルな笑顔が返ってきただけだった。

 

「提督、おはようございます。今日は遅いお目覚めですのね」

 

 食堂では赤城がお茶をすすっていた。

 ちらほらと艦娘が居るが、朝食はほぼ全員が摂ったようだ。

 

「あぁ、おはよう赤城。少し騒動があってな」

 

 背中越しに聞こえたのだろう、扶桑と時雨がビクリと身を震わせる。扶桑は艤装をちゃんと降ろしてきたようだな。それにしても何もあんな食堂の隅に居なくても……と思ったが反省を促す意味も込めて、もうしばらくは放っておく事にした。

 

「おはようございます、提督。どうぞ、冷めないうちにお召し上がりくださいね」

 

 お盆に鳳翔が朝食を載せて持ってきてくれる。

 そういえばちゃんと人間の給仕係も居るのだが、何故鳳翔が食事を作っているのだろう。

 まぁ、美味しいから良いのだが。今度暇が出来た時にでも聞いてみる事にしよう。

 

「ありがとう、鳳翔」

 

 礼を言って手を合わせ、早速箸をつける。味噌汁、鯵の開き、白米、香の物、胡瓜のタタキ。そして牛乳。

 牛乳は無理を言ってつけてもらっているのだが、朝はやはり和食だろう。それに鳳翔が作ってくれる食事は美味しい。

 と、三人分の視線が自分に向いている事に気がついた。

 

「どうした? 響、赤城、鳳翔」

 

 何か食事マナーが悪かったのだろうか、不安になってしまい問いかけてみる。

 

「司令官が美味しそうに食べているからね。私も和食を勉強してみようかなと思っただけさ」

 

「響ちゃんならすぐに覚えられますよ、私も協力しますからね」

 

 自分の言葉に鳳翔と響が楽しそうに会話をしている。

 二人の作る食事か、そういえば響が夜食にと作ってくれたボルシチは美味かった。和食の方もこの分だと期待できるだろう。

 

 顔が緩み、楽しみにしている自分がいる事に気づいた。

 

 あぁ、駄目だ駄目だ。こんな事だから威厳が足りない等と伊勢や日向達にからかわれるのだ。

 

「私は提督が食べている姿を見るのが好きなので」

 

 鳳翔と響から視線を横にずらし、赤城と目が合った時そのような言葉をかけられた。

 

「赤城は主に自分が食べている時が一番幸せだと思ったのだがな」

 

 人が食べている姿を見るのが好きというのは少し意外であった。

 

「勿論誰でも良いと言う訳ではありませんが……っと、提督、失礼」

 

 赤城の手が顔にのびる。

 

「御飯粒が頬に。お茶碗の縁についてたのがくっついてしまったのですね」

 

「あぁ、すまない。恥ずかしい所を見せてしまったな。赤城、このハンカチで指を……」

 

 ハンカチをポケットから出そうとした時には赤城は指を自分の口の中に入れていた。鳳翔、響は硬直している様だ。かくいう自分も一瞬思考が固まってしまっていた。

 時雨と扶桑の方向から湯呑みかなにかが落ちるのが見えたが私の心はそれどころではない。

 

「ご馳走様でした、提督。ふふ」

 

 花が咲くような笑顔を向けられて思考が更に真っ白になってしまった。

 新手の嫌がらせだろうか。あまりからかわないで欲しいものだ。

 

「あぁぁあああぁかぎさん、あなあなた何を……ッ!」

 

 珍しく鳳翔が慌てている。

 落ち着け、貴女と言うべきところが穴貴女になっている。

 たしかに赤城の胃袋は穴が空いているが……。

 鳳翔はよく私に冗談混じりで若妻のようにご飯にしますか、お風呂にしますか、それとも……等と聞いてくるのだが。

 

 こんな慌てた鳳翔を見るのは彼女が揚げ物をしている時に油が引火してしまった時以来だろうか。

 あの時は咄嗟に鳳翔を庇ったが、少々火傷を負ってしまったのと軍服を一着ダメにしてしまった。

 食材を無駄にしてしまった事がショックだったのか、私の火傷を手当てしながら艦娘を庇うなんて、と散々泣かれてしまった。

 

 まぁ今はそれは関係無いのでまた機会がある時に話すとしよう。

 

「早い者勝ちです。空母たる者、先手必勝ですよ?」

 

 胸を張って赤城が答える。このままではまた朝のように一触即発な雰囲気になってしまうと考えたので、昨日からの疑問をこの三人に聞いてみる事にした。

 

「執務室……によく出入りしている娘……ですか? いいえ、知らないですね」

 

「私も存じ上げません。最近は大抵此方に居るものですから」

 

 赤城と鳳翔は知らないようだ。

 

「響はどうだ? 何か知らないか?」

 

 食後のお茶を啜りながら響にふってみる。

 

「うーん、ここ最近青葉をよく執務室の前でみかけるよ。もしかしたら相談事でもあるのかもしれないね」

 

 青葉か……この間は自分の風呂上りに妙な写真を撮られた記憶がある。

しかも艦娘の間では間宮のアイス並みの価値で物々交換されているようだ。

 写真を全て回収しようと奮闘したのだが……長くなるのでその話はまたの機会に語る事にする。

 

「響、ありがとう。では私は少し青葉を探してみる事にしよう。それと鳳翔、御馳走様。美味かったよ、良い奥さんになれる腕だ」

 

 鳳翔は赤くなりながらブツブツと何かを呟いている。

 響はそんな鳳翔の頭を撫でている。どちらが年上なのやら。

 

「あの、提督。私には何もないのですか?」

 

 赤城が少し口を尖らせながら聞いてくる。

 

「赤城はつまみ食い禁止だな」

 

 ぷぅとむくれる顔が可笑しい。先ほどのお返しとして少し意地悪を言ってみた。

 

 さて、青葉を探しに行こう。




ヤンデレ化しそうな子が何人か……でもまだまだ健全進行です。
あとショタ提督はかなり純情です。

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