アイアンボトムグレイヴディガー~ショタ提督の苦悩~ 作:ハルカワミナ
銃に安全装置だけかけて机に置く。
天龍に背を向け深呼吸をして試しに、あーと喋ってみた。
……良かった、声がでる。
「すまない、少し夢見が悪くて混乱していたようだ。」
目を合わせず、床の埃などに視線を向ける。
土下座して謝っても赦される事ではないが、ひたすらに謝る。
ドアに刺さったナイフを回収しに近づくと、天龍に前に立たれ遮られた。
「どうした、危ないぞ。」
自分でも驚くほど冷たい声が出た。その言葉に天龍がピクリと身じろぐが、隻眼でギロリと睨まれた。
「何だ?……何に脅えているんだ?提督。」
今度は此方が身じろぎをする番だった。
「何でもないんだ。さっきも言ったようにさきほど悪夢を見てな、混乱しているだけなのだ……。」
下を向いて決して天龍と目を合わせようとしない此方の態度に相当苛立った様だ。チッと舌打ちが聞こえ、言い終わった瞬間に胸倉をぐいと掴まれ、爪先が浮く。
「嘘は良いんだよ!アンタさっき風呂に行ってたよなぁ?いつ昼寝したんだよ!?」
「な、何故それを……?」
夢見が悪かったのは本当だが、風呂に行くのは一部しか知らない筈だ。
もしや行動を監視されていたのか?
天龍が大淀と繋がっている可能性が頭に浮かび、カッと頭が熱くなった。
艦娘と何人かすれ違っていたのに何故そのような結論が出てきたのか不思議に思うが、その時はおかしいとも思わなかった。
「……離せ、天龍。」
「あぁ!?」
先程の夢のせいか、随分と死と暴力に対するリミッターが緩くなっている気がする。
天龍に胸倉を掴まれたまま、ドアに刺さったナイフを引き抜き、天龍の首元に当てた。
「離せと言っている。聞こえなかったか……?」
諭すように、しかしこれまで出した事もないような冷たい声が自分の口をついて出る。
「ぐうっ!……クソがっ!」
その言葉に天龍は悔しそうに捨て台詞を吐くと、手を離した。
沸騰している頭に任せるまま、天龍にナイフの切っ先を向け問いかける。
「言え、誰の命令だ。何の目的がある。」
天龍の黄水晶のような瞳に脅えが走る。いつも強気で勝気な艦娘が自分に脅えている……昏い愉悦が湧き上がるのを感じ、その欲望に身を任せてしまいたい感情が自分の躯を駆け巡った。
その淀んだ感情が脳に達した時、必死で警鐘を鳴らす存在があった。
それはまるで線香花火の様に脳内でパチパチとはじける。
その火花に照らされるように、嵐の海に漂っていた人の欠片が怨嗟の声と共に自分の身体に纏わり付いて引きずり込んだ……!
天龍の瞳に映った自分の姿に今度は此方が脅える。
「ち……違う……!違うんだ!来ないでくれ……。すまない!」
だらりと降ろした手からナイフが滑り落ちる。それはトスリと音を立てて、自室に敷かれたカーペットに突き刺さった。
「おい!?」
「ヒッ!?」
天龍が訝しみ、声を此方にかけてくるがそれさえも恐い。
「すまない、天龍……ごめんなさい、ごめんなさい……!」
何に謝っているか解らないほど混乱している。
ズリズリと音を立てて後ずさるが、椅子に躓き後ろに倒れた。
「おい!?」
天龍が慌てて近づこうとするが、膝と腰だけでジリジリと距離を取りながら牽制の言葉を放つ。
「来るな……クルナ……コナイデ……!」
後に天龍が語っていたが、その時の私は本当に普通じゃなかったと、放って置けば自害していてもおかしくないような雰囲気を纏っていたと未だに言われている。
今私が生きているのは天龍のおかげかもしれない……。
天龍が此方に駆け出して来ると同時に腕を上げ、交差させて何かから自分を守ろうとする。
殴られると思い、目を瞑り、歯を食いしばった。
……しかし感じたのは強いが、柔らかな抱擁。
「え……?」
ぎゅうと顔に天龍の胸が押し当てられる。意外な感触に戸惑いの声が漏れた。
「……しっかりしろよ、提督。誰もアンタを傷つけたりしねーよ。」
あのような事をしたのに関わらず、天龍が慈しむような声音で語りかけるように話す。
嗚呼、と声が漏れる……あの時、あの海から引っ張り上げてくれた腕もこうでは無かったか……?
何が幻想か真実か判らないが、せめてもの希望に縋りたくて目の前の温かさを抱きしめた。
何分間かそういしていただろうか。
少しだけ冷静になれたような気がする。天龍の身体に腕を回したまま聞いてみた。
「何故、私が風呂に行っていると……?」
「あ?電に頼まれたんだよ。提督に勉強会が遅くなるかもしれないから伝えてくれって。風呂に入ってるのもその時聞いた。」
そうだったのか、私の勘違いであんな事を……。本当に申し訳なく思う。
「すまない……。」
「良いんだよ。大体艦娘ならあんなモン刺さってもすぐに治るしな!」
アハハと笑い、此方を元気づけようとしてくれているのだろう。だが、刺されば痛いのは当たり前なのに、それをあえて言わない天龍の優しさに感謝した。
「さぁ、提督。離してくれ、オレも予定があるんだ。」
そう言って立ち上がろうとする天龍。
しかしその身体が少しだけ離れた瞬間、思い出したくも無い光景がフラッシュバックした。
自分の手が、足が、頭が……。血か重油か判らないモノにねっとりとしゃぶられる。耳のすぐ後ろで怨嗟の声がする。
奥歯がカタカタと震え、慌てて目の前にあった温かい体温を持った存在に必死で縋りつく。
「オイ!?」
天龍が慌てた声を出すが、すぐに尋常じゃない様子だと察したようだ。
「……寒い……嫌だ、一人にしないでくれ……。一人は恐いんだ……!」
「あぁ、もうしょうがねぇなぁ!」
我ながら情けない、もし今一人だったなら発狂していただろう。
天龍はヤレヤレといった様子で頭の後ろを掻くと、立ち上がろうとした力を緩めてくれた。
「良いぜ、居てやるよ。もう少しだけな。……一人ぼっちは寂しいもんな……。」
頭に腕が回され、そのまま天龍の胸に押し付けられた。
もう片方の手で頭をグリグリと撫でられる。……そうだったな、天龍はいつも口では勇ましいが本当は面倒見がよく優しいのだ。
頭を撫でられる感触に身を任せると、身体中から力が抜けた。
まるで太陽が降り注ぐ浅瀬に身をたゆたえているようだ。
弛緩し、力の入らなくなった頭を撫で続けられているが、若干弱められている。
犬か猫を撫でるようなやわやわとした手つきが心地よくて目を閉じた。
……しかし警戒心を全て解いてはいけなかったのだ。ドアが開けられ、声がかけられた。
「あらー、やっぱりこうなっちゃいましたか。」
一番聞きたくなかった人物の声を……!
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