アイアンボトムグレイヴディガー~ショタ提督の苦悩~ 作:ハルカワミナ
満潮と自分が食べたアイスの皿を洗い、一息つく。
……少しだけはしゃぎすぎたかもしれない。妙な倦怠感が体に纏わりついている。
いかんな、しっかりせねば……もう薬には頼れないのだから。
執務室に帰って少し休もう。
ガスの元栓を閉め、使った場所を綺麗にする。
それがこの部屋を使わせてくれた鳳翔への礼儀だ。
使った食材をバーカウンターにあったメモに書いた。食堂に寄って鳳翔に渡すとしよう。
少しだけ余ったチャーハンはラップをかけ、冷蔵庫にしまっておいた。
余ったので欲しい人がいたら食べてください、とメモを乗せておいた。
……その後、那智と隼鷹がこのチャーハンを取り合い飲み比べをし、鳳翔に叱られるのだがこの話はまたの機会に語ろう。
最後に電気を消し部屋の鍵を閉めた。
年代を感じさせるテーブルやバーカウンターの香りに後ろ髪を引かれながら。
酒は飲めないが、この雰囲気は好きだ。落ち着きたいときは寄らせて貰おう、と考えつつ。
大分空いている食堂に着くと第六駆逐隊の4人が居た。暁、響、雷、電だ。
「あ、司令官!どうしたの?」
「司令官、ごきげんようです。」
「あ……司令官さん……。」
三人に同時に話しかけられた。雷、暁、電だ。
電の様子が少しだけおかしい。顔を赤くして俯きながら声をかけたもののどうしたら良いか迷っている様子だ。
……おそらく昨日の事なのだろうな。昨日電に唇を奪われた事を思い出す。
どう返事を返したものかと逡巡していると響が仲裁してくれた。
「皆、同時に話し掛けるから司令官が困っているよ。」
……暁が長女で響が次女に当たるのだが、誰が長女か解らないな、と苦笑しつつ話しかけた。
「お前達は食事だったか、邪魔してすまないな。」
食事のトレイを見るとまだ食事中のようで、いくつかの野菜が残っていた。
「暁が嫌いな野菜を残し……むぐぐっ!」
暁が真っ赤になって響の口を押さえていた。
「べ、別に嫌いじゃないし!今から食べるつもりなのよ、レディーだから好き嫌いは無いわ!」
必死に弁明しているが、嫌いなのだろう。
しかしそこをつつくのは野暮と言う物だろう。あえて知らないフリをしてやるのも優しさか。
「そうだな、だが腹に入らなければ無理する必要はないぞ。」
勿体無いかもしれないが、戦時中ならまだしも今は割りと飽食の時代だ。
無理矢理食べさせて更に嫌いになる事はよくある。
……ここの寮母に言えば食べやすいメニューを考えてくれるだろうかと思案していると雷に注意された。
「もう!司令官は暁を甘やかしすぎよ、そんなんじゃダメなんだから!」
「すまないな。だ、そうだ暁。頑張れ。」
雷に叱られ、苦笑する。
頭を撫でてやろうかとも思ったが、食事中だ。
不衛生なので止めて置いた。
なんだかんだ言いつつも、この4人は仲が良くて楽しそうだ。
先に自分の用事を済ませてくるとしよう。
「鳳翔に用があってここへ来ただけなのだ。あぁ、電にはすまないが後で話がある。秘書艦の事だ。少しだけ待っていてくれるだろうか。」
電が食堂に居てくれたのは好都合だ、時雨が遠征に向かった為、秘書艦のシフトを少し繰り上げて貰おう。……それと昨日の事も話をしたい。
後をひいて仕事に支障が出るならば此方はあまり気にしていないと伝えた方が良いだろう。
「はわわわ、わかりましたのです!」
いきなり話を振られた電がわたわたと慌てる。
その様子が少し可愛らしく、クスリと笑みが漏れてしまった。
響が何か言いたげな目で見つめていたが……。
さて、鳳翔は居るだろうか。4人に後でな、と後ろ手に手を振り、厨房へ向かう。
「おや、坊ちゃん提督。鳳翔さんかい?」
……空いている食堂にこの寮母の声はよく通る。
暁達の方からクスクスと笑う声が聞こえて来た。
特に言明する気も起きなかったのでなるべく普通に返事を返す。
「はい、居るでしょうか。裏に回ったほうが良いです?」
そういえばさきほどは裏に回ってくれと注意されたな、と思い出す。
「大丈夫だよ、人も居ないから。おーい、鳳翔さーん!」
名前を寮母に呼ばれ鳳翔が近づいてくる。洗い物を手伝っていたらしい、白い割烹着姿が少し新鮮だった。
「提督、おかえりなさい。その御様子だと大丈夫だったみたいですね。」
「あぁ、助かった。これが鍵と使ったものを書いた紙だ。それと冷蔵庫に少しだが余ったチャーハンが置いてある。良ければ感想を聞かせてくれ。」
「あら、それは楽しみにしておきますね。」
ニコリと微笑む鳳翔。是非鳳翔に味見をして貰い意見を聞かせてほしいものだ。
「ありがとう。また何かで礼をしたい、入用な物があれば言ってくれ。」
「ふふっ、では提督と私の船旅のチケットでも……。」
船旅も悪くは無いが、まだ深海棲艦の脅威があることを考えるといつもの冗談なのだろう。軽く流しておいた。
「そういう事はハネムーンに良いかもしれないな。その時は洋装でも着て見せてくれ。」
ふふと笑い合っていたら、寮母に突っ込まれた。
「坊ちゃん提督、鳳翔さんを泣かせると後が怖いよ。ここの男共にすごい人気なんだから。」
「冗談を言い合っているだけですよ。いつか平和な世界になれば本気で考えますが。」
だが本気で考える、という言葉尻を捉えられたらしい。
「そうかい、それなら鳳翔さんも安心だね!坊ちゃん提督も公務員だし、老後は安泰じゃないか。」
わははと笑い、隣に居た鳳翔の肩を軽く叩いている。
少しだけ鳳翔も苦笑していた。
……妙齢の女性というものはどうしてこうも誰かと誰かをくっつけようと煽るものだろうか不思議に思う。
鳳翔に助けてくれ、と目線を送ると気付いてくれた鳳翔がとりなしてくれた。
「ふふっ、そうなれば良いのですけれど。さぁ、提督もまだ執務があるみたいですから。」
仕事の話を振られると、いつまでも捕まえてはおけないだろう。
鳳翔の気遣いに感謝しつつ、その場を離れて電達に近づく。
「すまない、待たせてしまったな。」
「随分鼻の下を伸ばしていたみたいだね、司令官。」
響にじぃと、少しだけねめつける様な視線を送られた。
鼻の下を伸ばしていたつもりはないが、誤解は解いておかなければなるまい。
「いつもの軽口の言い合いだ。からかわれてばかりだがな。」
ハハと笑い、頭の後ろを掻く。
「そうかい?それなら良いんだ。でもあまり妹を悲しませるような事はやめてくれ。」
「響ちゃん!?」
響の言葉に電が口を押さえて驚く。
「む、そうなのか。それは悪かった、以後気をつけるとしよう。」
鳳翔と軽々しくハネムーンの話題などしたので、何かしら気に障った部分があるのだろうな。
自分にそこまでの好意を向けられているとは思わないが、悲しませてしまったのなら謝るしかないだろう。
「わかればいいんだ、司令官。」
響のブルーアゲートを嵌め込んだような、宝石の瞳がふと柔らかくなった。
電を嫁に貰おうとする男がいるならまず響に認められなくてはならないだろうな、とその大変さを想像して架空の存在に同情した。
「ところで司令官さん、お話ってなんなのです?」
少しだけ落ち着いた様子の電に声をかけられる。まだ顔は赤いが、精一杯此方と目を合わそうとしている点が健気で可愛らしさを感じた。
「……時雨を遠征に行かせてしまったのでな、秘書艦の仕事を繰り上げて早めに就いて貰おうかと思ったのだ。頼めるだろうか。」
「この後金剛さんと榛名さんと童話のお勉強会をするのです。できれば、その後だと嬉しいの……です。」
理由を言うと、おずおずと電から返答が返ってきた。
童話の勉強会とは金剛作の間違った童話を教えなおす事だろう。姉妹との時間は大切にしてやりたい。他の提督に言わせれば甘いかもしれないが、今日は特に大した執務も無い。
そう考えて、電に微笑み語りかけた。
「あぁ、構わない。特に急ぐ用事も無いからな。此方の都合で振り回してすまない。」
「そ、そんな事は無いのです!電こそ我侭を言ってしまってごめんなさいなのです。」
二人で謝り合い、それが可笑しくてふきだしてしまうと電も同じだったようだ。袖を口に当てて笑っていた。……これなら大丈夫そうだ。
「司令官、雷ならずーっと傍に居てあげるわよ!」
言葉と同時に横から座ったまま雷が腰に抱きついてきた。
「うぐふ!?」
勢いで腹が押され変な声が漏れた。
雷なりの愛情表現なのか、痛くはないがいきなりされるのは心臓に悪い。
腹に抱きついて頬ずりしている雷の頭を撫でてやると怪訝な顔をされた。
「ねぇ、司令官?何か美味しそうな匂いがする……食べていい?」
ビクリと身体が硬直する。
雷はカニバリズム性癖は持っていなかった筈だ。だが、理性を無くして襲い掛かられたら……。
嫌な予感と惨状の光景が頭をよぎる。
しかしその考えは暁の言葉で払拭された。
「本当ね、司令官すごく美味しそうな匂いがするわ。そうね……まるで旗が立ってるようなランチの……。」
スンスンと背中に鼻を近づけて嗅ぐ暁。お子様ランチと言いかけたのだろう。ハッと気付いたようで顔を赤くしてお子様じゃないし!等と言っていた。
あぁ、そうか。チャーハンを作った時に匂いが移ってしまったのだな。
……当然だ、服を着たまま作っていたのだから。自分で自分の臭いに気が付かなかったのは鼻が麻痺していたのだろう。
未だ腹に頬ずりしている雷に心底ホッとして撫で、暁の頭ももう一本の手で撫でてやる。
「頭をなでなでしないでよ!もう子供じゃないって言ってるでしょ!」
怒られたが、暁の言葉に安堵されられたのもある。慈しむ様に撫でていたら響から声をかけられた。
「司令官……。」
「ん、何だ?響。」
笑顔の仮面を貼り付け、努めて明るい声を出す。
しかし響は真剣な瞳で此方を射抜いている。何か……そうだ、嘘がばれた子供の様な気持ちにさせる目だ。
背中にたらりと冷や汗が流れるほど、しばらくの時間見つめられていたがふいと視線を外された。
「не волнуйся(ニ ヴァルヌーィスィヤ)……心配ないよ、大丈夫さ。」
ロシア語で喋られ、少しだけ頭が混乱したが日本語に言い換えてくれたようだ。
そんなに怯えたような仕草をしてしまっただろうか。……響には何か気付かれたのかもしれないな。
「昼は自分で作ったのでな、油の臭いが移ってしまったのだろう。お前達が勉強会に行ってる間、風呂にでも入って来るとするよ。」
ハハと笑い、理由を話す。
風呂に行くと予定を話しておけば、電が人を待たせていると遠慮しなくても良いだろうとの判断からだ。
「じゃあ雷は司令官のために背中を流してあげるわね!」
「だめだ、雷も勉強会に参加するんだ。」
……雷は過去にも私が風呂に入っていたとき、背中を流すと言って突入してきたことがある。
バスタオル一枚のみを身に着けた格好だったが、女性の発育を感じさせる肢体と姿態は隠す事ができず、見惚れてしまった隙に好きなようにされてしまった。
背中を流され、髪を洗われ、気持ちが良くなかったと言えば嘘になるが、もうあのような恥ずかしい事はしたくない。
風呂とはゆっくりと入るものなのだ。
この後、響にばれ、深夜に響、雷、電と艦娘用大浴場で混浴するハメになったのだが、また機会があれば書き記そうと思う。
暁?深夜なのでぐっすり寝ていた。言わずもがな、だ。
不承不承と言った顔だが、納得してくれた雷の頭をご褒美と言わんばかりに撫でる。
さて、いつまでも此処に居てはお互い行動できないだろう。話を切り上げるとするか。
「それでは行ってくる。お前達も精々励んでくれ。」
未だ纏わりついている雷を身体から離した。名残惜しげだったが、納得してくれたようだ。
行ってらっしゃいと言う4人の声を風のように背中に受けて、自分が帆船にでもなった気分になる。
さて、命の洗濯に行こう。
思ったより文が長くなってしまいました。
閲覧・お気に入りありがとうございます。
誤字・脱字・文法の誤りなどありましたらお知らせくださいませ。
勉強させていただきます。