アイアンボトムグレイヴディガー~ショタ提督の苦悩~ 作:ハルカワミナ
無言で食事を進める二人。先に口を開いたのは満潮だった。
「司令官の料理ってこんな味なのね。」
その声に顔を上げると手を止めて、此方を見ていた。
「口に合わなかっただろうか?」
思っていることがそのまま口に出てしまった。
しかし満潮はかぶりを振り少し考えてから口を開いた。
「ううん、美味しいの。美味しいから少しだけ意外なのよ。」
それに、と続ける。
「どこか懐かしい味がする。何かを思い出させるような優しい味。」
頬が緩んでいる満潮を見て、此方も頬が緩んだ。
満潮にそれを気付かれ、そっぽを向いて、ふん!と鼻を鳴らされた。
……懐かしく感じるのはおそらく醤油の香りだろうな、と結論づけた。
「司令官が料理を習ったのは誰から?」
「……寮に居た時の寮母からだ。」
満潮に聞かれ、しばらくどう答えようか悩んだが、正直に話した。
「ふぅん、親とかから習うものかと思っていたけれど、違うのね。」
「親は居ない。顔を覚えるより早く亡くなってしまったのでな。」
「……ごめんなさい。」
話を振った筈の満潮が少し俯いて謝って来た。
そんな顔をさせたくなくて言葉を紡ぐ。
「顔を覚えるより早く亡くなったと言っただろう?正直親が居た事の実感が無いのだ。強いて言うならお前達が家族みたいなもんだ。迷惑かもしれないが、な。」
少しだけ慌てていたのだろう、身振り手振りが少し大袈裟だっただろうか。そんな私を満潮はじっと見つけるとクスリと笑った。
「ふふ、そうね。迷惑だけど……嫌いじゃないわ。」
悪戯をした子供のように微笑む満潮を見て、こういう時間も悪くないなと思った。
蓄音機からは相変わらずスローテンポな洋楽が流れている。
片付けを始めようとゆっくりと立ち上がると満潮に制された。
「司令官、私がやるわ。」
空になった皿を流し台へ持っていく満潮。その背中を見てふと思いついた。
満潮が流し台に向かうと此方もキッチンへ向かい、冷凍庫の前に立つ。
「満潮、アイスがあるはずだ。食べるか?」
「あッ……!ビックリした。もう、いきなり声かけないでよね!お皿落とすところだったじゃない。」
……叱られてしまった。仕方ない、落ち度は此方にあるのだから。
しかし満潮は少々照れているようだ。見ると黄色いエプロンを着けている。
PUKAPUKAと書いてありヒヨコが描かれていて随分と可愛らしいエプロンだなと思った。
「……何よ?」
「いや、似合っていると思ってな。」
少々見蕩れていたようだ。満潮の疑問の声に答えると真っ赤になってしまった。
「う、うるさいわね!くれるんならさっさとしなさいよ!……アイス……。」
やはり甘いものは女性にとっては別腹なのだな、と苦笑した。
冷凍庫からハーフガロンサイズのバニラアイスを取り出し、ディッシャーで掬う。
「満潮、チョコレートは好きか?」
さきほど冷蔵庫を開けた時に見つけたものだが、チョコレートソースのボトルを取り出しながら聞いてみた。
「別に……嫌いじゃないわ。」
言葉とは裏腹に目の色が少し輝いていた。
満潮という娘がどういう性格なのかハッキリとした瞬間でもあった。
皿に二つほどアイスを盛り付け、一つだけにチョコレートソースをかける。経験上二つともかけてしまうと飽きるのだ。以前甘味処間宮で教えてもらったことがある。
甘いものは思い切り甘いものとほどほどな甘いものと組み合わせると満足度が違うと。
アイスクリームスプーンを添えて、テーブルに持っていく。
丁度満潮も洗い物が終わったようだ。手を拭きながら戻ってきた。
「すまんな、後片付けをさせてしまって。さぁ、食べようか。」
アイスをすすめると顔を輝かせていたが、此方の視線に気付くと鼻をならし、そっぽを向いた。……視線はアイスに向けたままだが。
……器用な事をするな、と思い可笑しくなった。
レコードを裏返し、B面をかけてみる。
どうやら映画音楽が集められたレコードらしく、ジャズも入っているらしい。
有名な黒人ジャズミュージシャンが歌うスローテンポだが、力強い歌声が流れていた。
「司令官、聞いてもいい?」
ジャズの音色に酔いしれながらアイスを啄ばんでいると、満潮から声をかけられた。
「ん、何だ?」
顔を上げると、下を向きながらアイスをつついている満潮。
そのまま言葉を紡がれた。
「司令官の事、聞きたいわ。色んな事。」
少しだけ考える素振りをすると少しだけ慌てた声が聞こえた。
「迷惑だったら良いの。別に。」
興味がそれほどあるわけじゃないし……と小声で呟くのがしっかりと聞こえた。
「いや、すまん。何から話そうかと逡巡していたところだ。」
さきほど両親は居ない事を話したので、できるだけ同情を引かないようにしたい。男としてのちっぽけなプライドだ。楽しげな話を織り込んで語るとしよう。
「……父母が居ない私は祖母に育てられてな、いつも山が遊び場だったよ。」
懐かしい幼少の頃の記憶を引っ張り出す。
山で迷った時の方法や真水の見つけ方、薬草と毒草の見分け方を少しだけ誇張して面白おかしく話す。
夜明け前にカブトムシを捕りに行ったが一匹も捕まえられなかった事、家に帰った途端、帽子の上からカブトムシが飛び立って行った事などを話したら司令官らしい、と満潮に笑われてしまった。
どういう意味だ、と少し口を尖らせるとまた笑われた。
祖母が亡くなり、あしながおじさんのような人物が現れた事、全寮制の軍学校へ入れてもらえた事等を話す。
祖母が亡くなった事、天涯孤独になってしまった事はあまり話したくなく、かなり省略してしまったが、勘のするどい満潮は何か気付いたようだ。
……そういえば満潮も艦船時代に姉妹を無くして天涯孤独になったのを失念していた。
何も聞いては来なかったが、あえて黙っていてくれたのだろう。
満潮の優しさに少しだけ感謝した。
軍学校時代の教育はとても厳しかったが必死に勉強していたら何時の間にか成績上位に食い込んでいた事、しかし体育だけは苦手だった事を話すと、さも当然のような表情で小さいから仕方ないわね、などと頷かれた。
悔しいのでそのうち大きくなると冗談混じりに怒るフリをしておいた。
……ムキになどなっていない、絶対に、無い。
満潮に請われてひとしきり自分の事を語っていたらレコードのB面も終わったようだ。
濃い茶色をした使い込まれた家具が静寂を奏でる。
「……満潮は、もう大丈夫か?」
あえて主語も本題も明らかにせず問いかける。ずるいやり方だとは自分でも思う。こうする事で満潮が本当に悩んでいる事を引き出そうとしているのだから。
「そうね……司令官のバカげた話のおかげで随分気が楽になったわ。……ありがと。」
気付かれていたようだ。
私もまだまだだな、と苦笑する。
「では夕食からは皆と一緒に取ってくれると嬉しい。もし、気が向かないというのならいつでも呼んでくれ。」
「ふん!どうも。…………ありがと。」
強がってはいるが、まだ少し不安があるようだ。
無理も無い、昨日は食堂で騒ぎを起こしてしまい、そのまま謹慎となったからな。噂に尾ひれがついている事でも懸念しているのだろう。
「なぁ、満潮。夕食も一緒に食べないか?食堂で。」
「そこまで私は弱くないわ。見くびらないで。」
元の調子に戻るまでもう一押しと言った所か……。ならば少し手を変えてみよう。
「満潮と一緒に居る時間がとても楽しかったからな。」
「なにそれ!?意味分かんない。」
憤慨した様子の満潮が椅子を鳴らしながら席を立つ。
そのままドアを開けて出て行った……と思ったらドアの影からそっと顔を覗かせていた。
「……ごちそうさま。美味しかった、ありがと……そ、それだけ!」
伏し目がちに顔を赤くして礼を言う満潮に心を捕らわれ、心臓が跳ね上がる。
今の自分の鼓動と同じ速さで廊下を音を鳴らしながら駆けていく満潮の名残に笑いが零れた。
余韻が残り、はしゃぐ胸を押さえながら考える。
……大事にしてやらねば、な。
満潮だけじゃなく、できれば全ての艦娘を。
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