アイアンボトムグレイヴディガー~ショタ提督の苦悩~ 作:ハルカワミナ
食堂に着くと人間と艦娘でごった返していた。
何人かに挨拶をされたが、手短に返す。
厨房を覗くといつもの寮母の女性が居た。
「坊ちゃん提督!列はちゃんと並んで!」
相当忙しい様で注意された。
だが、今日は此処で食事を取りに来たわけではない。
用件をさっさと伝えるとしよう。
「すみません、鳳翔は居るでしょうか。少し頼みたい事がありまして。」
チラリと奥に見えたが着物を襷がけにしている女性が居る。おそらく鳳翔だろう。
「分かった、じゃあ厨房出入り口の方に回っといで。そこだと皆が通りにくいから。」
寮母さんに指で示される。
ペコリと頭を下げ、食堂を出て厨房出入り口に向かうと後ろで大きな声が響いた。
「鳳翔さーん!坊ちゃん提督が呼んでるよー!」
……そんな大きな声で言わなくてもいいだろうと苦笑した。
何人かの注目を背に受け、しばらくドアの前で待つと鳳翔が手を拭きながら現れた。
「提督、お呼びでしょうか。」
ふわりとした笑みを浮かべてくれた。
「あぁ、忙しい所をすまない。実はお前が夜中にやっている店の厨房を借りれないだろうか。」
鳳翔は夜になると千歳や早霜など、一部の艦娘と共に小料理や酒を何種類か出している。
儲けは度外視でやっているみたいだが艦娘のメンタルケアの為と称していたらいつの間にか広まっていたらしい。
……元々はイベント用にレンタルキッチン程度にするつもりだったのだが、すでに鳳翔の店となっている。
そういえば第六駆逐隊の雷が店に来たとき、隼鷹が悪乗りしてカルーアミルクを飲ませた事がある。
あの時は酔った雷を介抱するのに大変だった。
……興味があるならば話すが、この話は人前ですると雷に怒られるので誰も居ないところでこっそり話すとしよう。
「それは構いませんが、昼間からお酒は駄目ですよ?」
「私は未成年だ。それくらいの分別はある。……あまり騒がしい場所で食事を取らせたくない艦娘が居てな。協力して貰えないだろうか。」
鳳翔にあらぬ疑いをかけられて少しだけむぅとしたが、目的を話すと納得してくれたようだ。
「ふふ、冗談です。かしこまりました、用意する食材は何ですか?」
察しが良くて助かる。流石鳳翔だな、と自分でも簡単に作れそうな物を選択肢に挙げた。
「では鍵を開けていくつかの食材を置いておきますので、冷蔵庫から使ったものは教えてくださいね。それと今度は油の始末には気をつけて下さい。絶対ですよ?」
鳳翔に注意されながら手をキュッと握られた。
過去に調理中、油で軽いやけどをしてしまった箇所だ。すでに痕は残っていないが。信用が無いな、と苦笑する。
鍵をかけているのは昼間から酒を飲みたがる一部の艦娘がいるからだ。
目の前にあるとあるだけ飲んでしまいそうなので、艦娘の健康の為仕方なく鍵を取り付けているらしい。
だが、これで許可は出た。さぁ満潮の部屋に戻ろう。
満潮達の部屋に戻ると満潮が一人で座っていた。
「すまない、待たせただろうか。」
「別に待っていないわ。ボーっとしてただけ。」
……昨日までなら罵詈雑言が飛んできただろうな、と考え、少しだけ可笑しくなった。
「……何よ?」
「いや、何でもない。食事に丁度良い所を都合したんだが、付いてきてくれるだろうか。」
不審がる満潮だったが、あえて詳しく説明せずに言ってみた。
「分かったわ。…………ありがと。」
自分の為に骨を折ってくれたと思ったのか、消え入りそうな声で礼が付け加えられた。顔は赤く、此方と目を合わせようともしなかったが。
鳳翔の店の前に着くと満潮が怪訝な顔をして言った。
「ここ、鳳翔のお店じゃない。どうしてこんな所に?」
「許可は貰ってある。安心しろ。」
ドアを開けても一向に入らない満潮を促す意味で、そっと背中を押した。
渋々と言った形で入ってくれたが、中を見るのは初めてなのだろう。きょろきょろと辺りを見回している。落ち着いた雰囲気のライトとよく磨き上げられたバーカウンターと古いテーブルが目を引いた。
……いつのまにこのような高級調度品を取り揃えたのだろうか。
帳簿の流れにおかしい所がないか確認せねばなるまい。
そんな事を考えていたらキッチンの方から声がかけられた。
「これは全部お古ですよ。購入代金もとても安かったので此処の売り上げで充分賄えました。」
鳳翔がくすくすと笑いながら冷蔵庫を閉める。
そんなに苦い顔をしていたのだろうか。
「それでは提督、私は食堂のお手伝いに戻りますね。」
「あぁ、ありがとう鳳翔。助かった。」
理由を詳しく聞かないでいてくれた事と、場所を提供してくれた事を合わせて礼を述べた。
一礼して、鳳翔は静かにドアを開け、去っていく。
「さて、では始めるか。満潮、好きな場所に座っててくれ。」
「……司令官、料理できるの?」
酷く不思議な顔をされた。
「あぁ、少しな。」
軍学校時代はずっと寮だった。しかし盆暮れ正月等は親元に帰る同僚達を羨ましく思っていた。
そんな時に料理を教えてくれたのがあの寮母の母に当たる人だ。考えれば母子二代に渡って面倒を見てもらっているわけだ。
祖母の晩年はほぼ自分が食事を作っていた事もあり、男の身で調理を教えてもらう事に抵抗は無かった。
そんな事を考えながら調理のときに使う薄いビニール手袋を一枚取り、怪我をしている手にはめ、制帽を脱ぎ、腕を捲る。
石鹸で手を洗い、冷蔵庫から刻み紅しょうが、ベーコン、刻みネギ、卵、グリンピースを取り出した。
皿に盛り付けられ、ラップをかけられたサラダも入っているが、これは鳳翔が気を利かせてくれたのだろう、ありがたく使わせてもらおう。
炊飯器の横を見ると、ボウルに炊いた白米と皮を剥いた玉葱があった。こんな時間にこの部屋で米を炊いている訳が無いので食堂から持ってきてくれたのだろう。
これだけあれば充分な量だ。
小鍋で湯を沸かしながら、フライパンを熱し、その間にベーコンを刻む。
お湯が沸いたらグリンピースを湯がく、こうすると発色も甘味も段違いになるのだ。
油をほんの少しだけ入れてベーコンを炒め、玉葱を荒くみじん切りに刻み、強火で炒める。
グリンピースを茹でたらザルに取り、水で少し冷やしてからフライパンに入れた。
塩コショウを少しと中華風調味料を入れ、下味をつける。じゅうじゅうという音とベーコンの油の香りが漂う。少なくとも空腹時にはたまらない匂いだろう。
「……手際が良いわね。」
満潮が興味深そうに此方の手元を座った席から覗いている。
「これくらいしかできないがな。」
満潮に褒められた事が嬉しいが、それを表に出したくなくて謙遜しておいた。
炒めた物をボウルにあけ、まだ熱いフライパンにそのまま流水をかける。
水が蒸発する煙と音が酷いが、そのままタワシで洗う。
よく使い込まれている鉄のフライパンだ。洗剤など使えば怒られてしまう。
そのままフライパンを火にかけ、水分を飛ばす。
充分に温まったら油を注ぐ。パチパチと油が跳ね始めた処で卵を入れ、お玉でかき混ぜる。
半熟になったところで炊いた飯を入れ、フライパンを振る。
思えば寮生活の時、同期に作ってやったら私の分まで食べられたな、とどうでも良い事を思い出す。
飯がほぐれたところで、さきほど炒めた物を入れて追加の塩コショウを振る。
「司令官、楽しそうね。」
同期の事を思い出していたら懐かしさで顔が緩んでいたらしい。満潮から再度声をかけられた。
「あぁ、少し昔の同期の事を思い出してな。」
「……ふぅん。」
思っていたことを答えたら興味なさげに生返事を返す満潮。
さて、ここで仕上げだ。これをするとしないとでは随分風味が変わる。
紅しょうがと刻みネギを混ぜいれてからフライパンを傾け、飯にかからない場所に醤油を垂らす。
醤油が焦げる音と香りが漂い、夜店の屋台を彷彿とさせる。
焦がし醤油をフライパンの片隅で作り、水分を飛ばしてから混ぜて、特製チャーハンの出来上がりだ。
皿に盛るとき、満潮にさっきの続きだけど、と前置きされて聞かれた。
「その同期ってどんな人?」
できるだけ綺麗になるように盛り付けながら答えたが、その行動にばかり注意していた為、思ったことがそのまま出てしまった。
「満潮によく似たヤツだな。はねっかえりで人のいう事を聞かないヤツだった。だが、満潮と同じくらい可愛かったよ。」
同期の顔を思い出しながら満潮の前にレンゲとチャーハンを置く。何やら照れているような拗ねているような複雑そうな顔をしていた。
「ふん!どうも。…………ありがと。」
……言動をもう少し考えるべきだったな、と少しだけ反省した。
冷蔵庫にサラダを取りに行き、帰ってくると満潮がテーブルの横に備え付けの古い蓄音機を見ていた。
「レコードか、かけてみるか?」
コクリと頷く満潮。スイッチを入れて針を下ろすと静かにMoon Riverが流れ出した。このメニューにこれは……と思ったが満潮が満足しているようなのでそのままにしておいた。
昔の世界的に有名な女優が歌う柔らかな旋律が流れていく中で、時間も穏やかに過ぎて行った。
唐突に始まるお料理回です。
女の子のハートを掴むにはまず胃袋から!って少し違いますね。
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続きは鋭意製作中です。