アイアンボトムグレイヴディガー~ショタ提督の苦悩~   作:ハルカワミナ

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ショタ提督鎮守府辞典・・・紋クマ(モンクマ):鎮守府でわりと人気を誇っているクマをモチーフにしたゆるキャラ……そこ、クマ○ンとか言わない。


満ちた潮は優しく奏で

満潮と二人きりになった部屋でしばらく無言で抱きしめられていた。

 

「ねぇ、司令官。もうあんな事やめてよね……。」

 

ボソリと満潮が耳の隣で呟いた。

 

「あんな事、とは?」

 

なんとなく予想がつくが、敢えて聞いてみた。

 

「死にたがり……。」

 

その言葉にピクリと此方の体が震えるが、消え入りそうな呟く声でそのまま続けられる。

 

「司令官、死ぬつもりだったでしょう。バカね、知ってたわ。」

 

ギュッと抱きしめられる手に力が込められる。

 

「……気付いていたのか。すまない、どうかしていたようだ。」

 

ハハ、と所在なさげに笑ってみせる。

本当はこんなみっともないところを見せたくはないのだが、まだ自暴自棄になっているのかもしれない。

 

「何かあったなら話くらい聞いてあげるわ。……司令官がしっかりしてないと皆が迷惑するじゃない。」

 

少しだけ心配そうな顔の満潮が新鮮だった。

 

「……ありがとう。」

 

こんなどうしようもない人間を人間と認めてくれた満潮に礼を言う。

 

「とりあえず言っておくわ。バカな考えは起こさないで。」

 

トンと軽く胸を両の手の平で叩かれ、満潮の体が離れる。

少しだけ名残惜しい気もしたが、元々あのような態度が態度だった為にお互いがどう接して良いのか解らない。

まるで中学生の恋愛だな、と考えると少しだけ恥ずかしくなった。

 

「そういえば、昨日の夜から何も食べていないと聞いたが。」

 

妙なこそばゆい雰囲気の流れを変えたくて荒潮に聞いた言葉をふと思い出す。

謹慎中の者でも絶食させたりはしないが、自分から食事を取っていないとなると問題だ。

 

「……あまり食欲なかったから。それに夕食はそれどころじゃなかったし。それよりも……」

 

満潮が此方の右手をじっと見つめる。

 

「……それ、いつまでそのままにしておくつもり?血が床に落ちたら掃除が大変なんだけど。」

 

血の跡のついた指を見咎められた。

 

「すまない、ティッシュかなにかあるだろうか。」

 

すでに血は止まりかけているが、見てくれが悪い。ティッシュかなにかで圧迫しておけば直に止まるだろう。

 

「はい、使って。」

 

満潮が両手でティッシュの箱を持ち、簡単に引っ張り取れるようにしてくれる。

クマのぬいぐるみのようなティッシュカバーがキョトンとこちらを向いて中々に可愛らしい。

紋クマと言う着物を着た黒いクマのキャラクターで、ゆるキャラとして有名になっているモノだ。

礼を言いつつ、ティッシュを一枚引き抜き、指に丸め、押し当てる。

その行動をじっと見ていた満潮はベッドの下から何やら箱を取り出し、机の上に置いた。

 

「ココ、座って。」

 

言葉少なに木椅子を引いて指差す満潮。

まさかな、と思う反面、少しだけ期待している自分も居た。

 

「……手当てしてあげるから座りなさいよ。」

 

逡巡していたら少し顔を赤くして、そっぽを向く満潮。

人に優しくすることは慣れてないのだろう、その仕草が可愛らしくて笑みが零れた。

 

「な、何笑ってんのよ。良いから座る!」

 

ハイハイと苦笑しつつ満潮が引いてくれた木椅子に座る。

 

「ハイは一回。」

 

……指摘された。何かしら喋ってないと照れが入るのかもしれないな。

机の上に手を置くとゆっくりとティッシュを剥がされた。乾いた血がひっついてペリペリと剥がれる感触が少し痛い。

新しいティッシュに消毒液をかけ、ピンセットで傷の周りに塗られる。

沁みるが、文句を言う筋合いもないので黙っていたら満潮に話しかけられた。

 

「ねぇ、司令官。怪我とかした時はいつもあんな感じで?」

 

あんな感じとはティッシュで圧迫していた事だろうか。

男だから、と怪我には割りと無頓着だった。

 

「いや、ライターがあれば炙って止めたりしていたぞ。」

 

少しだけあきれた様な顔をした満潮が一言、バカね。と呟き、少しだけ笑った。

冗談とでも取られたのかもしれないな。だが、艦娘の笑顔が見られるならそれでも良いと思った。

指の周りの乾燥した血液が消毒液で溶かされ、綺麗になっていく。

消毒液の沁み痛むのが和らぐかと思い、話を振ってみた。

 

「だが、艦娘はこんなものより酷い怪我をすることもあるだろう?」

 

少しだけ考える素振りを見せた満潮だが、机の上に置かれた救急箱から木綿のガーゼを取り出しながら答えてくれた。

 

「艦娘は入渠さえすれば怪我も癒えるから。痛みも普通の人間とは違って艤装のおかげで、ある程度は軽減されるわ。」

 

ガーゼを傷口に当て、テープで固定する。

上手いものだな、と少し感心した。

 

「終わり。感謝しなさいよね。」

 

満潮がテープを鋏で切ると同時に言葉も切った。

人間の手当ては艦娘の教育として一通り教えられるが、満潮の手馴れている様子を見ると経験があるのかもしれない。

 

「手当てに慣れているな。」

 

ずれないように、しかし動かしやすく固定されたガーゼを巻いた指を見て聞いてみた。

 

「……朝潮型は割りと無茶をしやすい艦娘が多いから。艦船の記憶もそこを引き継いでるの。」

 

その言葉に荒潮の命令無視をした話が頭をよぎる。

少しだけ悲しそうな感情が満潮の瞳に映った。

憎まれ口を叩くのも、史実のトラウマが原因なのかもしれないなと考えたら少しだけ納得できた。

 

……確か史実では満潮は修理中に朝潮、大潮、荒潮が沈没している。

自分ひとりドックで修理を受ける中、姉妹の訃報を聞いて愕然とする満潮。

その後も様々な艦隊に編入させられ地獄のような日々だったと。

最期は扶桑と同じ海に沈んだと聞いている。

 

記憶に引きずられ過ぎるのは誉められたことでは無いが、艦娘となってしまった運命を受け入れて尚、戦ってくれている。

満潮のドーナツみたいに結った頭を抱き寄せ、撫でた。

 

「……ありがとうな。」

 

何に対してか解らないほどごちゃ混ぜになった礼を述べる。

対して満潮はただ一言だけで返した。

 

「……バカ。」

 

……少しだけ満潮と通じ合えたかもしれない。

胸元では満潮が静かに呼吸をしている。

この鎮守府が満潮の心休まる場所になれば良いな、と潮騒の名を持つ艦娘に淡く希望を抱いた。

 




評価・お気に入り・閲覧ありがとうございます。
ツンデレって可愛いですよね。
少しだけ提督も救われました。
意外なところからダークホース登場かもしれません。
誤字・脱字などありましたらお知らせください。

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