アイアンボトムグレイヴディガー~ショタ提督の苦悩~   作:ハルカワミナ

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病んだ雛には銃弾を

「荒潮、これはお前の仕業か?」

 

満潮を見ると相当暴れたのだろう、いつも身に着けている青色のリボンタイはよじれ、胸元のボタンが開いている。

靴下もずり落ち、スカートも捲くれ上がって細く小鹿のような健康的だが、艶かしい白い脚が露となっていた。

 

「うふふふふ。もう……ひどい格好ね。」

 

荒潮は満潮を一瞥すると楽しそうに喋った。

 

「ンフー!ンーン!」

 

満潮が更に暴れる。

スカートが更に捲れ、下着が見えた。

見てはいけないと思い、視線を外す。

 

「逃げられないって言ったでしょう?あまり暴れると痛いわよぉ~?」

 

荒潮が満潮に近づくが、その足音で満潮が更に暴れる。

ベッドがギシギシと音を立てているのが、満潮が必死な悲鳴をあげているようだ。

 

「……悪ふざけはよすんだ、荒潮。」

 

満潮の縄を解こうと近寄ろうとした時、荒潮が前に立ち、止められた。

 

「こうしないと満潮ちゃん逃げちゃうから~。」

 

そんな馬鹿な訳があるか、おそらく荒潮のやり過ぎた悪戯だろう。

おそらくは昨日の夜から物を食べてない満潮を縛るのはそれほど苦では無かっただろうが……。

 

そっと荒潮の肩に手を置き、退いてくれと力を込めると抵抗せずに横に引いてくれた。

 

満潮の側に膝をつき、目隠し代わりにされていたタオルを取る。

暫く眩しさに目を瞬かせていたが、満潮の瞳が此方を捉えると、また暴れだした。

 

「落ち着け、大丈夫だ。怪我をするから暴れるな。」

 

静かに、できるだけ静かに刺激しないように囁くように。

 

しかし、足が飛んできたので仕方なく満潮の脚の上に膝を置く。

傷つける為では無く、傷つけない為に。

人身確保用の訓練で習った事だが、まさか艦娘に使うときが来るとは思ってもみなかった。

猿轡を取る……これはハンカチか。

キッと満潮は荒潮を睨みつけると怒鳴った。

 

「面白い事してくれたじゃない。倍返しよっ!」

 

その怒りを全て何処吹く風で受け止めた荒潮は飄々とした顔で告げた。

 

「あらー。提督がここに来るって聞いた時部屋から出て行こうとしたでしょ~?謹慎の罰則が重くなっちゃうと思ってぇ~。」

 

グッと悔しげな声を漏らす満潮。

全く悪びれもせず、愉しげに話す荒潮。いや、少しは悪びれて欲しいものだが。

確かに謹慎中に外に出ると誰かの目に留まったときややこしい事にはなる。

その点だけは荒潮に感謝すべきか。

……やり方は間違っているが。

などと考えていると満潮の怒りが此方を向いた。

 

「で、アンタはいつまで私の上に乗ってるつもりかしら?」

 

満潮が暴れまいと膝を乗せていたが、それが気に障ったようだ。

 

「あぁ、すまない。だが、手を解くから暴れないでくれ。」

 

手もタオルで縛られていたが、あれだけ暴れたのだ。痕になっていないか少し心配だ。

 

「……暴れたりしないわ。外すんなら早くして。」

 

心中はどうか判らないが、少なくとも表面上は力を抜いてくれた。

満潮の脚を押さえつけた膝を退かし、満潮とベッドを繋いでいたタオルを解く。

 

……少しだけ赤くなっていたが、擦り剥くような傷は出来ていないようだ。流石にホッとした。

荒潮も姉を傷つけるつもりは無かったらしい。

 

……再度考える、やり方は間違いだが。

 

「……いつまで触ってるのよ。」

 

満潮の腕に怪我が無いか確認していると、冷たい声が聞こえた。

 

「あぁ、すまない。怪我をしていないかと心配になってな。」

 

「なっ、何よ。私に恩を着せたつもり?!」

 

開いた胸元を隠すように庇い、怒鳴る満潮。

そんなつもりは毛頭ないのだがな、と苦笑しながら満潮の体から離れた。

制帽を被りなおし、居住まいを正すと未だ座ったままの満潮を見下ろす。

 

「満潮、謹慎命令を解きに来た。」

 

「なにそれ!?意味分かんない。好き勝手に謹慎命令出したり、解いたり……そういうとこが気に入らないのよっ!」

 

相変わらず辛辣な物言いだな、と思う。

しかしだからと言ってここで、はいそうですかと逃げ帰るわけにも行かないだろう。

 

「満潮、荒潮、両名に話がある。……私の体の事だ。」

 

提督は本当に人間かい?時雨の声が頭に響く。

一瞬その言葉と時雨の虚ろな瞳が思い出されて硬直した。

 

……そうか、やはりショックだったのかもしれないな。

 

「何よ……言うんなら言う、はっきりしなさいよ!ったく……」

 

手首を擦りながら満潮が立ち上がり、木椅子を引き、座った。

 

「あぁ……そうだな。じゃあ私が人間では無かったと言えば信じるか?」

 

「何よそれ。わけ分かんない。」

 

本題からいきなり話すと満潮がとうとう頭でも狂ったかという風な目つきをしてあしらわれた。

やはりそれが普通の反応だろう。

 

「順序立てて話そう。満潮、お前が私の近くに来るとイライラすると言ったな?」

 

昨日食堂で満潮に言われた言葉だ。

 

「そんなの司令官の態度にイライラするだけで、何の関係があるのよ。」

 

今度は満潮には返事せず荒潮に話を振る。

 

「荒潮、今朝私から良い匂いがすると言ったな。私は香水等つけてはいないにも関わらず、だ。」

 

いきなり話を振られた荒潮は驚いた様子だったが、暫く考えると口を開いた。

 

「そういう体質の人もいるんでしょ~?それじゃないのぉ~?」

 

そうだな、これだけでは説得力に欠けるな。

 

「私の体には艦娘を惹き付ける匂いがあるらしい。例えるなら……カブトムシに対する樹液か赤城に対するボーキサイトだな。」

 

冗談だと思ったのかクスリと荒潮から笑いが漏れた。

 

「司令官、頭大丈夫?」

 

満潮は本気で心配してくれているようだ。

何か良いものはないかと見回すと机の上に水差しとコップがあった。

丁度良い、利用させてもらおう。

手袋を外し口に咥えた。水差しからコップに水を注ぐ。

満潮も荒潮も何がしたいのが判らない様子で此方を見ている。

ポケットに手を入れ、万年筆型ナイフのキャップを外す。

そのまま親指の腹を刃先に強く押し付けた。

 

「ッツッ……!」

 

思ったより深かったかもしれない、ブツリという感覚があり、爪の裏側までじんと痺れが走る。残った指で手早くキャップを閉めるとポケットから手を引き抜いた。

 

「司令官!?」

 

「分かっている。」

 

満潮が驚いた声を出すが、手短に答えて遮った。

親指をギュッと押し、水の入ったコップに血をポタリポタリと落とす。

赤い珠が澱みのように底に行くほど広がって、やがてそれは水の色に溶けた。

 

コップを手袋を外していない方の手で持つと満潮に近づき、告げた。

 

「満潮、飲め。」

 

「はぁ!?嫌よ!」

 

当たり前だ、私なら飲みたいとも思わない。

だが、怒らせるのが目的なのだ。もっと、怒ってくれ。

 

「命令だ、飲め。」

 

なるべく冷たく言葉を放つ。

 

「あ、頭おかしいわよ!絶対!」

 

満潮の瞳に脅えの色が出る。

そうだ、脅えでも良い。艤装を喚び出せ。

砲身を向けて、全てを吹き飛ばしてくれ。

暗い愉悦の感情が胸の中で渦巻いていた。

……今思うとどうかしていた、それを実行した後、満潮がどうなるか等、一切考えていなかったのだから。

そうして一歩、脅えた満潮に近づくと、横から荒潮にコップをひったくられた。

 

「満潮ちゃんを虐めないでほしいわぁ~。」

 

言葉に怒りの感情が乗っている。コップを叩き割られるかと思ったが、荒潮が一気に飲み干した。

 

「荒潮っ!?」

 

満潮の驚く声が聞こえた。

 

「ふふっ、飲んだわよぉ~?これで文句ないわよねぇ~?」

 

言い終わった途端途端に荒潮の体から戦意高揚状態特有の光り輝く微粒子に包まれた。

 

「あらあら。これは~?」

 

荒潮から不思議そうな声が漏れた。、

 

「……これで判ったか?私は人間じゃない。可笑しいだろう?」

 

艤装でそんな事を考える頭ごと吹き飛ばして貰いたかったが、そうもいかなかったようだ。

笑ってくれ、と満潮に笑みを向ける。

 

しかし満潮は興味なさげに椅子から降りると、此方を向いて言った。

 

「ふぅん、じゃあどうしてアンタは泣いてんのよ。」

 

驚いて頬を触ると、今朝流しつくして枯れたと思っていた液体が溢れていた。

その事実に驚愕していると、満潮にそっと抱きしめられた。

 

「バカね、司令官の事嫌いとは言ってないじゃない……。ホントは感謝してるの。姉妹とも合わせてくれて。」

 

満潮の思いもよらない行動に頭が働かない。

 

「嫌われているかと思っていたのだがな。」

 

かろうじて出た言葉だった。

 

「司令官の体質なんでしょ?ちゃんと赤い血が出る人間じゃない。それにどうして近くに行くとイライラしたのか解ったから。」

 

「どういう事だ……?」

 

今までの満潮の態度が軟化した事に疑問を投げかける。

 

「司令官に近づくと甘い香りがして、落ち着かなかったの。まるで全てを委ねても良いって……それが嫌だったのよ。でも原因が判ったから、拒む理由も無いわ……。」

 

満潮の顔を見るといつも気丈に引き締めていた形の良い眉を不安そうにしかめている。

黒と金色をした虹彩を持つ瞳の端には、涙だろうか。

髪で隠れてしまったが、キラリと反射する真珠が見えた。

 

「……ごめんなさい、司令官。」

 

気位の高い満潮が謝るなど、相当な勇気が必要だったのだろう。

その言葉を聞いて、少しだけ迷ったが怪我をしていない方の手で満潮の頭を撫でた。

猫のように気持ちよさそうに目を瞑り、しかめていた眉も力が抜けたようだ。

人間じゃないかもしれないこの体を体質と呼んで、人間として扱ってくれる満潮に心の底から感謝した。

 

「うふふふふ。ちょ~っと席外すわね。」

 

荒潮が含み笑いをし、呟くと静かに部屋を出て行った。

 

……過程はどうあれ満潮と話す機会を作ってくれた荒潮にも感謝すべきかもしれない。




提督と荒潮ちゃんがヤンデレ化しかけました。
閲覧ありがとうございます。
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