アイアンボトムグレイヴディガー~ショタ提督の苦悩~   作:ハルカワミナ

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笑顔の約束

……時雨が放った模擬弾が当たり、倒れてしまった花瓶などを無言で片付ける。

 

生けてあったスカビオサ……西洋松虫草と千日紅が散らばっていた。

 

「春雨、すまないが、そこの雑巾を取ってくれるか。」

 

「はい、どうぞ……。」

 

執務室には春雨と私、二人きりだ、

 

……時雨は幽鬼のような表情でしばらく立ち尽くしていたが、気分が悪いと自室に戻ってしまった。

秘書艦の仕事もできるような状況では無いと判断した為、一時的に任を解いた。

 

「あのっ……!司令官、時雨姉さんはきっと悪気があった訳じゃないと思います。」

 

雑巾で花瓶の水が零れた場所を拭いていると、春雨から声をかけられた。

 

「あぁ……。」

 

そうだと良いが、今は時雨と顔を合わせたくはない。それに悪気があったとしたら、まるでナイフのような悪意だな……と考え、悪い冗談すぎてククと笑いがこみあげた。

それを春雨は気分が上向いたと勘違いしたようだ。

矢継ぎ早に言葉を紡ぐ。

 

「ほら、時雨姉さんも艤装の調子が悪かっただけかもしれませんし!怒りすぎて、たまたまかもしれませんし!」

 

慰めてくれているのだろうな。

心配をかけてすまないと思いつつも気分が晴れる事は無かった。

そのまま暫く雑巾をかけていると春雨から声をかけられた。

 

「司令官、そろそろ輸送作戦の打ち合わせを。あの……」

 

同じところばかり雑巾を往復させていたようだ。

床の一部分が妙に綺麗になってしまった。

春雨の声に反応し、見上げると心配そうな瞳で両手を胸の前で組んでいた。

手に持っているもののは……千日紅の花か。

 

春雨の髪と同じ色合いを持つその花も春雨の表情と同じように少し萎れていた。

胸の奥がチクリと痛む。純真な春雨にこのような顔をさせてしまった事を。

 

……しっかりせねばな。

勢いをつけて立ち上がり、雑巾をバケツに放り投げたら外れてしまった。

春雨が苦笑しつつ、狙いが外れて転がっている雑巾をバケツに入れ、片付けをしてくれた。少しだけ恥ずかしい。

 

「……すまないな。それでは任務の詳細を口頭で伝える。」

 

汚れた水を捨てて来てくれた春雨が帰ってきた。

背筋を伸ばし、正面から春雨を見据える。

雑巾の狙いが外れて春雨の手を煩わせてしまった事を謝り、辞令を伝えた。

 

「第二駆逐隊春雨!駆逐艦のみでインドネシア方面への輸送任務を通達する。尚、編成は旗艦春雨に一任する。」

 

「はい、白露型五番艦春雨……了解しました!」

 

真面目な顔で敬礼をする春雨。

そうだ、手紙を託さねばなるまい。しかしここは執務室だ、筆談で伝えるとしよう。

 

「楽にしてくれ。僚艦の希望はあるか?」

 

ポケットに入れた手紙を取り出し、机に向かいながら、同期の提督に輸送任務のついでに手紙を渡して欲しいとメモに書く。

ここは盗聴の危険性があるとも。

 

少しだけ驚いた様子の春雨だったが、さきほどの騒動を見たせいか納得はしたようだ。

コクコクと頷いてくれた。

できるだけ平静を装ってくれる春雨の心遣いが嬉しい。

 

「では、敷波さんと、五月雨、白露姉さん、文月さん。そして……時雨姉さんを連れて行きたいと思います。」

 

時雨という言葉に此方の体がビクリとした。

それを見咎めたのか心配そうな春雨が近づいてきた。

 

「大丈夫です、司令官。司令官も時雨姉さんも、春雨が守りきります……!時雨姉さんの事は任せて下さい!」

 

盗聴を気にしているせいか、言葉は少なかったが春雨が時雨との問題を解決してくれようとしてくれるのは分かった。

 

ここは少し甘えても良いのかもしれない。

こんな事を考えてしまうあたり、自分が弱っている証拠なのだが……。

 

「……ありがとう、春雨。」

 

机の上の手紙を胸にギュッと抱きしめると何やら決意を秘めた瞳で此方を見つめてくる。

 

「司令官、春雨が無事に任務を終えて帰投したら……デートしてください!あの……その……できれば、さっきの続きも……。」

 

顔を真っ赤にしてモジモジと両手で頭の上の帽子を押さえる春雨。

……さっきの続きとはやはりあの事だろう。

先程の春雨に囚われた自分が思い出された。

必死な表情の春雨に自然と笑みが零れ、帽子の上から頭を撫でてやる。

 

「あぁ、約束だ。頼むな、春雨。」

 

その言葉に明るく頷くと、再び敬礼をした。

 

「はい、白露型五番艦春雨、もう何も怖くありません!……出撃ですっ!」

 

春の雨のような柔らかな笑顔を残して春雨は執務室を出て行った、二種類の花が寄り添うようにささった花瓶を机の上に残して……。

 

……しばらく感傷に浸っていたかったが、荒潮との約束もある。そろそろ行かねばなるまい。

机の上の千日紅が少しだけ揺れた。何となく春雨が机の上に居るような気がして、花をつついてみた。

 

「行って来る、春雨。」

 

勿論返事など返ってくるわけがない、自分も相当参っているのかもしれない。

クスリと自虐的な笑いが漏れた。

 

執務室を出るとき、千日紅の花がいってらっしゃいと……揺れたような気がした。

 

駆逐艦の艦娘が生活している棟を歩く。

土曜日ということもあり、大半が気を抜いているらしい。通りがかる部屋の幾つかから楽しそうな声が聞こえた。

この鎮守府では艦娘のストレスを軽減するといった目的で、一部屋に入居できる最大人数は二人までと決め、同居生活をさせている。

民間の施設を軍が買い上げ、運用に耐えうる増改築をしたと聞いているが、随分と恵まれているかもしれない。

中には4人以上が同じ部屋になる鎮守府もあると聞く。

まぁ、部屋の大きさがおそらく広いのではないかと思うが、ソリが合わない艦娘同士だと大変だと聞いた。

他所の鎮守府で瑞鶴と加賀、他数人が同室となってしまった時随分と騒動があったようだ。

駆逐艦の艦娘が緩衝材となって問題を解決したと聞いているが随分とやり手の駆逐艦娘だと、話を聞いた時感心した。

 

他所の鎮守府について考えを巡らせていると、荒潮と満潮が生活している部屋に着いた。

 

……この際だ。満潮達にも話しておこう。

罵詈雑言が飛んでくるかもしれない。もしかしたら怒り狂って艤装で吹き飛ばされるかもしれない。

だが、何故かそれでも良いと思えてしまったのは少なからず自棄になっているからだろう。

そのせいか不思議と落ち着いていた。

扉をノックし、声をかける。

 

「荒潮、満潮、居るだろうか。」

 

ドタドタと何かが思いものが転がる音がして、中から声が聞こえた。

 

「あら。提督?どうぞぉ~、うふふふふ。」

 

荒潮の声が聞こえるがまだ何かが暴れているような音がする。

考えていても仕方ないので一声かけてから部屋に入る事にしよう。

しかし、よく考えてから入るべきだったのだ。

何故、暴れるような音がしていたのか。

何故、荒潮がいつにもまして楽しそうに笑っていたのか。

何故、荒潮がドアを開けてくれなかったのか。

 

「入るぞ、荒潮、満し……お?」

 

目隠しと猿轡をされ、さらに腕をベッドに縛りつけられた満潮の姿が飛び込んで、頭の中が真っ白になった。

 

 

 




春雨の竣工日は8月26日
誕生花はを西洋松虫草と千日紅を選びました。
花言葉は恵まれぬ恋と変わらぬ愛情。
どちらがどちらの花言葉に当たるのでしょうね。

閲覧・お気に入りありがとうございます。
プロローグにめんそーれ♂様から戴いたショタ提督イメージイタストがあります。興味がある方は是非。
誤字・脱字などありましたらお知らせ下さい。

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